サル化する世界

著 者:内田樹
出版社:文藝春秋
出版日:2020年2月28日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この人のお話をじっくり聞きたい、こちらからもお話をさせてもらいたい、そう思った本。

 著者がブログに書いた記事などをまとめた本。「サル化する世界」は、冒頭の記事のタイトルでもあり、その記事で著者は、ポピュリズムを「「今さえよければ、自分さえよければ。それでいい」という考え方をする人たちが主人公になった歴史的過程のこと」と言う。その「今さえよければいい」という思考を、「朝三暮四」のサルに例えて、それで「サル化する世界」というわけ。

 一応「朝三暮四」の故事成語について。春秋時代にサルを飼う人がいて、朝夕にトチの実をやるのに、「朝に3つ、夕に4つ」と言ったらサルたちが怒り出した。そこで「朝に4つ、夕に3つ」と変えたらサルたちが大喜びした。そういう話。「目先の違いにとらわれて、結局は同じであることを理解しない」またそうやって人を欺くこと、という意味がある。

 記事のテーマは多岐にわたる。「民主主義」「中国」「韓国」「敗戦」「AI」「教育」「高齢者問題」「貧困」「雇用」...巻末にはグローバル化をテーマにした堤未果さんとの特別対談が収録されている。テーマは多岐にわたるけれど、どれにも「朝三暮四のサル」的な思考の蔓延に通じる。このタイトルを付けた人のセンスに敬服する。

 たくさんの気付きがあったけれど、深く共感して心に残ったことをひとつ。それは「優劣を比較する対象があるとしたら、それは「昨日の自分」」ということ。

 よく知られていることだけど、著者は大学の名誉教授であると同時に武道家でもある。300人ぐらいの門人を抱える、合気道の道場を構えている。門人たちを比べて、この人の方がこの人より巧い、というようなことは「考えたこともない」そうだ。修業上にそんなことは何の意味もないからだ。

 話は私事になるけれど、私は「希望する人は全員が大学教育を受けられるように」という政策が実現すればいいと思っている。その話を誰かにすると、かなりの確率で「大学を出ても使えない人もいるし、高卒でも優秀な人はいる」という話が返ってくる。

 ダメな大卒とデキる高卒を比べても意味がない。比べるなら、同じ人が高卒で社会に出た時と、大学教育を受けて社会に出た時を比べないと...と言うのだけれど、これまたかなりの確率で分かってもらえない。だから内田先生のこの話「わが意を得たり」の想いがした。

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あなたの人生、片づけます

著 者:垣谷美雨
出版社:双葉社
出版日:2016年11月13日 第1刷 2020年1月29日 第29刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

「部屋の乱れは心の乱れ」いつもは頷けないこんな慣用句が「そうだよなぁ」と思えた本。

全体の主人公は大庭十萬里。50代の女性。外見は「顔も体も丸い普通のおばさん」。職業は「片づけ屋」。「あなたの片づけ手伝います」という本を出版した。本はいまいち売れてないけれど、一部に熱狂的ファンがいる。なんでも「部屋だけじゃなくて人生そのものを整理してくれる」らしい。

依頼すれば十萬里さんが訪問して、部屋の片づけを指導してくれる。評価が「重症」の場合は月に2回の指導が3か月続く。十萬里さんは、本当は情の細やかな面もあるんだけど、愛想を使ったりしない。「部屋が汚くて修理の人を呼べない」と言うクライアントに「一応、羞恥心てものもあるんですね」なんて言ったりする。

本書には4つの指導ケースが、それぞれのクライアントを主人公にして、100ページ前後の物語として収められている。クライアントは30代の女性会社員、60代の木魚職人の男性、300坪の豪邸に一人住まいの70代の女性、エリート官僚の妻の40代の女性。それぞれに「心の乱れ」につながる要因がある。不倫関係だとか、妻に先立たれたとか、子どもたちが縁遠くなったとか..。

面白かった。本当にありそうで面白かった。同じ「部屋が汚い」でも様々だ。単に片づけないから散らかってしまうということもあるけれど、ドンドンとモノを買って部屋にあふれてしまうとか、いつか要るかもしれないと思って捨てられないとか..すべてのケースで、ちゃんと「心の乱れ」を表す汚れ方をしている。

ホロッとくる。あからさまにではないけれど「愛」を感じる。十萬里さんに依頼するのは本人ではなくて親や義母や娘。そこに共通するのは親身な心配だ。「義母に「片づけ屋」を依頼されたらキツイだろうな」とは思ったけれど、このお義母さんもお嫁さんを信頼している。それぞれの物語の主人公は、愛されているのだ。

最後の物語は号泣した。涙腺の弱い方は人前で読まない方がいいと思う。

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京都府警あやかし課の事件簿

著 者:天花寺さやか
出版社:PHP研究所
出版日:2019年3月18日 第1版第1刷 2020年3月11日 第4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 笑いあり、ホロリとすることもあり、ハラハラドキドキもあり、そんな本。

 2019年の「第7回京都本大賞」受賞作。

 舞台は現代の京都の街。主人公は古賀大。「大」は「まさる」と読むけれど、二十歳になったばかりの小柄な女性。彼女は「京都府警人外特別警戒隊」の委託隊員として配属された。「人外特別警戒隊」は通称「あやかし課」と呼ばれていて、鬼とか天狗とか幽霊とかの「人ならぬ者たち」が起こす事件の処理にあたっている。中には「武士と猪のハイブリッド」とかの訳のわからないものもいる。

 相対する「あやかし課」の面々も、当然ながら人間離れした「力」を持つ。高いところまで飛んだりできるだけでなく、あやかし課のエースの塔太郎は、雷の力を自在に操れる。先輩女性隊員の琴子は薙刀を使う。上司の深津はもっと強い霊力を持ってバケモノを倒す。大も、京都御苑の鬼門に祀られる神猿に授けられた「魔除けの力」を持っている。ちょっと取り扱い注意の力なのだけれど、それはまだ秘密。

 処理する事件は様々で、鬼が、親しくなった女子大生のことを心配し過ぎて起こした騒動とか、鬼の娘の誘拐事件とか。食べ残しの無念が集まったバケモノとか、人の嫉妬心が凝り固まった怨霊とかの、人間が作りだした禍々しいものたちにも立ち向かう。まぁ最後には勝つのだろうと思ってはいても、なかなかスリリングな展開だ。

 面白かった。「京都本大賞」というのも分かる。「人ならぬ者たち」がこんなにたくさんいる、という設定は、1200年の「歴史の街」の京都だからこそしっくりくる。私は京都に数年住んでいたけれど、小路の向こうの暗がりに異界を感じることが何度かあった。昔は「人ならぬ者」が日常にもいたと思う。現代でもそれは「隣りあわせ」ぐらいの場所には感じられるのだ。

 「人ならぬ者たち」として、事件を起こす者たちだけでなく、大たちを助けてくれる神様たちも登場する。女子にモテたいがために四条通りで狸の姿になるとか、「今日のこと、ブログに書いてもいい?」と聞く神様とか...みんないいキャラクターを持っている。もしかしたら神様も関西人なのか。

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「なんでやねん」を英語で言えますか?

著 者:川合亮平 漫画・イラスト:こいけぐらんじ
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年11月24日 第1刷 2019年3月5日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 関西弁を英語に訳すのは、そのニュアンスまで含めると、関西弁を標準語に訳すのと同じように難しい、と思った本。

 著者は大阪生まれの大阪育ち。今はイギリスで俳優さんやミュージシャンらの英語インタビューなどの取材を行うフリーランス。自称「関西弁とイギリス英語のバイリンガル」。編集者から「「なんでやねん」って英語でなんて言うんですか?」と聞かれたことが、本書制作のきっかけ。それをタイトルにするストレートさが気持ちがいい。

 全部で6章あるけれど、メインは第1章の「知らんとヤバい めちゃ使うフレーズ50」。コテコテの大阪人やイギリスからの留学生が登場する会話で、関西弁のフレーズの英語訳を紹介する。1フレーズにつき、「会話の日英対照」と「ポイント」「関連表現」「同義語」を、挿絵入りで見開きに収める。NHKの語学講座のテキストをグズグズにした感じだ。「グズグズ」は失礼かもしれないけれど、全編を通した力の抜けたこのグズグズ感が、私は好きだ。

 フレーズを掲載順に頭からいくつか。「よう言わんわ」「よう言うわ」「ようせん」「しょうもな」「アホくさ」「おおきに」「しゃあない」「なんちゃらいう」「しばいたろか」「茶しばきに行こか!」「ええかっこしいやな」「イキってる」...。

 「茶しばきに行こか!」は、私は22歳まで関西で暮らしていたけれど、一度も使ったことがない。でも有名なフレーズではある。こういうチラホラとそういう「それ誰がいつ使うのん?」というフレーズがあるけれど、多くは日常的に使うものだ。また、そうでないものも、著者が生まれた大阪と、私が生まれた神戸の(外の人からは分からない)違いのせいかもしれない。

 ちなみに「なんでやねん」は「Shut up.」。関西弁ネイティブの人からの不満の声が聞こえてきそうだけれど、これは漫才でよくある「ツッコミのなんでやねん」の訳。「なんでやねん」には特別に「グチっぽいなんでやねん」「疑問文のなんでやねん」「ひとり言のなんでやねん」と、他に3つのパターンが紹介されていて、まぁまぁ納得感がある。

 他の章は「やさしい活用講座」「関西特有の文化を英語で紹介してみる」「めざせ!英語でツッコミマスター」「よく分かる使い分け」「ちょっとだけ!英語で漫才」。どれもとても興味深い。

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あいちトリエンナーレ「展示中止」事件

著 者:岡本有佳 アライ=ヒロユキ
出版社:岩波書店
出版日:2019年11月27日 第1刷 2020年1月15日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

「表現の自由」「言論の自由」「○○の自由」は、キチンと対策を立てて対処しないと守れないものなのだと知った本。

本書には昨年の「あいちトリエンナーレ」で何が起こっていたかが克明に記録されている。ずい分と話題になったので必要ないかもしれないけれど、まずは「あいちトリエンナーレ「展示中止」事件」を簡単に振り返ってみる。

2019年に愛知芸術文化センターなどで開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、その一企画である「表現の不自由展・その後」に対して、開幕の8月1日から多数の匿名の「電凸」による嫌がらせや攻撃があった。それを理由に開催3日後にこの企画は展示中止を強いられた。後に10月8日に展示を再開、閉幕まで6日間の展示を行った。

もう少し細かく言うと、展示中止に至るまでには、河村たかし名古屋市長による展示撤去の要請や、菅義偉官房長官による補助金不交付の示唆などがある。あいちトリエンナーレ(以下、あいトリ)実行委員会の展示中止の理由は、匿名の攻撃、特に放火を示唆するFAXを受け「安全性の確保ができない」こと。

これは表向きの理由で、側面的に(あるいは本当の理由)は名古屋市長や官房長官による「検閲」と捉えられている。つまり「河村市長+管長官+電凸組」対「あいトリ実行委員会(大村県知事+津田芸術監督)+作家」を「表現の自由を侵す側」対「守る側」という対立構造だと考えられている。。

しかし、本書を読んでもっと深く掘ると別の姿が見えて来る。それは、作家とあいトリ実行委員会が対峙する姿だ。あいトリ実行員会には、展示中止の前にも後にも、できることするべきことがたくさんあったのだ。本書はこのことを、一方の当事者である「表現の不自由展実行委員会」によって記録したものだ。

さらに言うと「表現の不自由展実行委員会」は、キュレーターとしての立場でもあって、各々の作品の作家たちと同一ではない。さらにさらに言うと、作家の間(例えば海外の作家と国内の作家)でも、この展示中止に関する態度が違う。実に複雑で錯綜した関係を、私たちは(少なくとも私は)報道を通して、「侵す側」対「守る側」なんて単純に見ていたのだ。なんと浅いことか。

「おわりに」を読むと、展示中止というショッキングな出来事の直後に、「何が起きたのか、しっかり社会に伝える本を作ろう」と著者に伝えた人がいるという。それが本書の編集者らしい。歴史に残る業績だと思う。「おわりに」の冒頭にはこうある。「記録は抵抗のはじまり」。金言だ。

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ドミノin上海

著 者:恩田陸
出版社:KADOKAWA
出版日:2020年2月4日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 新聞広告で発売を知った時から読むのが楽しみで仕方なかった本。

 2001年発行の痛快パニックコメディ「ドミノ」の続編。なんと19年の時を経て、再びあのワクワクドキドキが戻ってくる!読む前の私の期待はこんな感じだった。

 ページをめくると挿絵入りの登場人物紹介。これは前作と同じ。その人数がやたら多い(25人と3匹)のも前作と同じ。そしてその半数ぐらいが前作と共通の人物。前作のレビューで「一番のお気に入り」と書いた、エリコ姉さんもページの真ん中で微笑んでいる。どうやら健児くんと結婚したらしい。

 今回の舞台は、前作の東京駅周辺から国外へ飛んで上海。上海の街や動物園や「青龍飯店」というホテルで、25人と3匹が入り乱れて活躍、いや右往左往する。
 登場人物も少し紹介。上に書いたエリコ姉さんと健児くんの夫婦は「寿司喰寧(すしくいねぇ)」というデリバリー寿司店を経営。フィリップはホラー映画監督で上海でロケ撮影中。フィリップのペット、イグアナのダリオは非業の死を遂げる。マギーはコーヒーショップに潜伏中の香港警察の刑事。そして飛びぬけてキャラが立っているのは、上海動物公園のパンダの厳厳(ガンガン)。...

 こうやって紹介すると、登場人物に脈絡がないことがよく分かる。この関係のない人たちが、そう広くない上海の街のあちこちで出会ったりすれ違ったりする、短いエピソードが積み重なり、それがドミノ倒しのように展開することが、本書の、いや前作からの真骨頂。560ページもあるけれど一気読みもしてしまうかもしれない。

 「エリコ姉さんがおとなしいなぁ」と、少し不満だったけれど、最後でキレのいい活躍を見せてくれた。読む前のワクワクドキドキの期待は、9割ぐらい満たされた。

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ぼくたちは習慣で、できている。

著 者:佐々木典士
出版社:ワニブックス
出版日:2018年6月26日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「習慣」について考え、「習慣」を身につける方法を教えてくれる本。

 「習慣」について考える端緒として、まずは「習慣化に失敗したこと」を考える。例えば新年の誓い。「早起きをして規則正しい生活をする」「運動を定期的に行う」。いろいろあるけれど、失敗することが多い。それはなぜなのか?意志が弱いから?。では「意志が弱い」とはどういうことか?..

 著者は、この「意志が弱い」ことを行動経済学の「双極割引」という概念で説明する。私たちは将来の報酬を過小評価してしまう性質がある。「今日リンゴを1個もらえる」と「明日リンゴを2個もらえる」でも、「今日の1個」を選ぶ人がいる。ましてや運動を定期的に行うことで得る「いつか分からない将来の健康」より、サボることで得る「今日の楽ちん」を選んでしまうのは、もうほとんど仕方がない。

 でも「ほとんど仕方ない」で済ませたら習慣化には至らないので、そこをどうするか?が本書の主題。あの手この手で「双極割引」を乗り越えて「将来の報酬」を選ぶ。やろうかどうか悩んでいるうちはコイントス並みの確率で「やらない」を選んでしまうので、ほとんど考えずに行動するまで何とか続ける。そのコツも書いてある。

 そのコツの実践にも簡単じゃないよね?と思わないでもない中で、誰でもできそうな簡単なコツを1つ紹介。「目標をバカバカしいほど小さくする」。例えば「毎日腕立て伏せを1回」とか。何より難しいのは「やり始めること」なので、そのハードルを極限まで低くする。確かに腕立て伏せを1回やったら、2回、3回...とやってしまえる気がする。

 最後に。「なるほど」と思ったこと。「努力」と「我慢」について。

 「努力」は支払った代償に見合った報酬がしっかりあること。自分で選んでいること。
 「我慢」は支払った代償に対して正当な報酬がないこと。誰かに強制されていること。

 できるなら「我慢」ではなく「努力」をしたい。ただし、その境界はあいまいで、自分でどちらかを決められることもあると思う。

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山本太郎 闘いの原点:ひとり舞台

著 者:山本太郎
出版社:筑摩書房
出版日:2016年6月10日 第1刷 2019年8月10日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 友人が「読んでみて」と何冊か渡してくれた「山本太郎本」の一冊。

 「政治家の「自分語り」なんてロクなもんじゃない」と思っていたけれど、そんなことなかった本。

 本書の元は2012年2月に集英社から出版された単行本。これを加筆修正、特に「文庫版まえがき」「文庫版序章」「文庫版最終章」を加えて文庫本化した。単行本の出版時期としては、2011年の東日本大震災後の反原発の活動開始後で、2012年12月の衆議院議員立候補より前。だからタイトル中の「闘い」とは、現在の政治家としての「反貧困」を含めた闘争ではなく、主に「反原発」の闘いのこと。ただし「反貧困」を含めて「原点」は同じであることは読めば分かる。

 その「原点」を明らかにするために、本書はまずは、反原発の活動の始点となった「高円寺デモ」、大きく報じられた「佐賀県庁への”突入”」について、その真相などを描く。その後に時代を遡って著者の生い立ちを描き始める。著者が「鬼軍曹」と評する母親から受けた教育、「元気が出るテレビ」での芸能界へのデビュー、井筒和幸監督、深作欣二監督らとの出会いと交流など。

 「原点」と言っても一つではなく複数あるのだろう。読んですぐに分かる「原点」は「母親の教育」だ。「高円寺デモ」のエピソードで目を瞠った。デモには遅れて途中から参加した。家を出る前に母親と揉めたからだ。止められたのではなく「自分も行く」と言い出して、「今日は家にいといてくれ」「いや行く」という押し問答をしていたからだ。

 目を瞠る出来事はまだ続く。母親は「貧しいフィリピンの子供の里親になるボランティア団体」に入って、何人かの里親になっていた。小学生の著者もフィリピンに何度か連れていかれ、裸電球が1個しかないような家で、1か月ぐらい過ごしている。「すべての弱い立場の人には手を差し伸べる」という考えを身につけさせるためだ。

 れいわ新選組が掲げる政策は、人気取りのパフォーマンスではないのはもちろんだけれど、もしかしたら「政策」でさえないのかも。そういう表層にあるものではなくて、太郎さんという人間の芯にあるものなのかもしれない。

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勝手に予想!2020本屋大賞

 明後日4月7日(火)に本屋大賞が発表されます。10作品がノミネートされていて、今年はそのすべての作品を読むことができました。

 その10作品は「線は、僕を描く」「店長がバカすぎて」「夏物語」「熱源」「ノースライト」「むかしむかしあるところに、死体がありました。」「ムゲンのi」「medium霊媒探偵城塚翡翠」「ライオンのおやつ」「流浪の月」です。

 何度も予想して一度も大賞が当たったことがないのですが、懲りずに今年も、私の予想を発表します。

 大賞:「熱源」 2位:「流浪の月」 3位:「線は、僕を描く」 4位:「ノースライト」

 「熱源」は、明治から昭和初期にかけての、樺太のアイヌや祖国を失ったポーランド人らの群像劇で、「自分は何者か?」を問う骨太の群像劇です。正直にって他の作品とは一線を画す秀作だと思います。直木賞も受賞していることが気がかりですが、過去にもダブル受賞の例があるので。

 「流浪の月」は、幼児誘拐事件と、その被害者の「その後」を描いた作品です。事件があると、私たちは分かりやすい説明を求めます。本書は、その世間が納得しやすい分かりやすい説明と事実のギャップを浮き彫りにしたものです。

 「線は、僕を描く」は、著名な水墨画家に弟子入りした大学生の物語です。白い画仙紙に墨だけで描く水墨画の世界が、主人公自身の境遇や成長とともに、魅力的かつユーモラスに描かれています。先輩たち登場人物も魅力的でした。

 「ノースライト」は、一級建築士を主人公とした一家失踪事件を追うミステリーを入口にした、様々な要素が縦横に絡む人間ドラマです。入口から予想したものとはずい分違うところに着地して、心地よく裏切られました。

 最後に少し苦言を呈します。ノミネート10作品に「子どものころの出来事のトラウマ」を扱う作品が多いのです。

 主人公に関して、目前で肉親が殺される作品が2つ、両親の突然の死で心に傷を負う作品が1つ、性的虐待を受ける作品が1つ。主人公が父親に叩かれ、別の登場人物が性的虐待を受けている作品が1つ。つまり半数の5作品が「トラウマ」を描いている。(残りの5作品でも、子どものころの父の死がストーリーに絡む作品が1つ、両親が亡くなっている作品が1つ。)

 本屋大賞は、個々の書店員さんの投票によってノミネート作品が決まりますから、総体としての意思があるわけではありませんが、「書店員はトラウマがそんなに好きなのか?」と思わずにいられませんでした。

—-2020.4.7 追記—-

 大賞は「流浪の月」2位「ライオンのおやつ」3位「線は、僕を描く」4位「ノースライト」で5位が「熱源」でした。私の予想の大賞は5位だけれど、2位が大賞、3位と4位は的中です。かなりいいセンいったんじゃないでしょうか。

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熱源

著 者:川越宗一
出版社:文藝春秋
出版日:2019年8月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 2019年下半期の直木賞受賞作。本屋大賞ノミネート作品。

 極寒の北の大地を舞台としているのに、物語が持つ圧倒的な熱量を感じた本。

 物語は、明治の初めごろに始まり昭和20年の終戦の年に終わる。約70年。舞台は北海道からサハリンに渡り、ウラジオストック、サンクトペテルブルク、パリへも飛ぶ。群像劇で主人公は複数いる。樺太出身のアイヌのヤヨマネクフとシシラトカ、2人の友人の千徳太郎治、樺太のアイヌのイペカラ、ポーランド人の民族学者のブロニスワフ・ピウスツキ、ソ連の女性兵士のクルニコワ。

 ヤヨマネクフら樺太出身のアイヌたちは、9歳の時に北海道に移り住み、冒頭の物語の始まりの時には15歳で、10歳の千徳太郎治とともに、和人(日本人)と同じ学校に通っていた。「諸君らは、立派な日本人にならねばなりません」と教えられるその学校では、意識された差別があり、意識されない差別もあった。しかし、維新から間もないこの頃には、筋の通った大人たちもいた。

 物語は、ヤヨマネクフたちの成長と、村を襲った疫病の悲劇などを描いた後、舞台がサハリンに移り、ポーランド人のブロニスワフが主人公となり、続いては樺太のアイヌのイペカラが主人公。そこから先は、イペカラがヤヨマネクフと出会い、ブロニスワフが千徳太郎治と出会い、シシラトカはヤヨマネクフと千徳太郎治と再会し……と、運命の糸が縦横に繋がって行く。

 圧倒された。テーマの訴求力と物語の構成力に。テーマは「私は何者か?」だと思う。アイヌとして生まれ日本の教育を受けたヤヨマネクフたち。祖国と母国語をロシアに奪われたロシア人のブロニスワフ。彼らのアイデンティティの悩みは分かりやすい。しかし、よく見ると登場人物の多くが、2つ以上の自分の成り立ちを抱えていて「私は何者か?」と常に問うている。それを決めるのは自分しかいない。

 構成力は、縦横に繋がる運命をリアリティを持って描いたことで分かる。実は登場人物の多くが実在で、実際のエピソードも多いらしい。リアリティはそれによる部分もあるけれど、ひとつのまとまりのある物語となったのは、著者の筆の力によるものだと思う。また、弾き手を代えながらも響く、アイヌの五弦琴の音が全編をひとつに繋ぐ役割を果たしている。その哀調を帯びた音が確かに聞こえた。

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