著 者:重松清
出版社:新潮社
出版日:2009年7月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)
本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の2月の指定図書。
著者の作品を読むのは3年前の「青い鳥」以来で2冊目。「青い鳥」がそうだったように、本書でも著者は子どもたちを丁寧に描く。その心のひだをそっとなぞるように。帯に著者自身の言葉で「僕の「少年・少女もの」のひとつの集大成です。」とある。誇張でも虚勢でもないのだろう。本書を読み終わった今そう思う。
本書は10編の連作短編集で、登場人物はほぼ共通していて、恵美と文彦(ニックネームはブン)の姉弟とその友だちたち。彼らが1人ずつ交代で主人公になって、二人称の「きみは....」という形で語られる。まるで読んでいる私に語りかけているように。
すべての短編で登場して要となる役回りの恵美は、小学4年生の時に交通事故に遭い、左ひざに大きな怪我を負った。今でも歩くのに松葉杖が必要だ。事故の原因の一端は、友だちたちの他愛のない悪ふざけ。それを責めた恵美は、左脚の自由だけでなく、友たちまで失ってしまった。「みんな」を敵にしてしまったらしい。
弟のブンは、成績優秀、スポーツ万能、クラス一番の人気者だ。そんなブンの前に、転校してきた基哉(モト)が現れる。モトはブンより少し「デキルやつ」らしい。モトによって自分が「一番」ではなくなることを、ブンは「認める」のだが「受け入れる」ことができない。
こんな感じで、女の子が「みんな」との関係に悩む物語と、男の子が「誰か」との関係に悩む物語が交互に描かれる。そして恵美の前には、体が弱いために入院生活が長い由香が現れる。「みんな」を信じなくなった恵美と、「みんな」の中にいたことがない由香の間には、絆が生まれる。
その絆が、傷つき立ち止まってしまった友だちたちの心を、少しだけ前に押す。...落涙。
この後は、本書について私なりの解釈を書いています。本書を未読の方で、先入観なくお読みになりたい方は、読まない方がいいと思います。それでよろしければ、どうぞ。
この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。
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「みんな」を信じないことにしたことで、恵美は他の女の子たちのように「みんな」の中での位置取りの悩みから、一歩離れたところにいられたようです。
しかし、こんな分かったつもりの分析では説明できないシーンがあります。それは最後の最後、結婚式で恵美が堀田ちゃんと、ハナちゃんと西村さんと目が合って、泣き顔に変わりかけるところです。
「みんな」なんて信じない、と言って超然としていた恵美。由香と2人だけで、別に寂しくはない、と描かれていた恵美ですが、やっぱり無理してたんだなぁ、とあのシーンで思いました。
恵美が信じない「みんな」ですが、恵美もその「みんな」と同じように、友だちと仲良くしたり喧嘩したり、ができるものなら、そうしたかったんじゃないか、と思うんです。自分でも気がついていなかったかも知れないけれど。まだ中学生です。人間関係を達観するには早すぎます。
あの時、中学の時の友達の顔を見て、心の底に沈めてあったその辛さが浮かんできたんじゃないでしょうか?距離を取ることでしか、「みんな」との関係を保てなかったとしたら、この本に登場する誰よりも哀しいことですね。
「きみの友だち」重松清
「きみの友だち」は、連作短編集。 久しぶりに重松の作品で泣いた。この記事はネタばれあり、注意。 新潮文庫 し-43-12きみの友だち/重松清価格:662円(税込、送料別) それぞれの短編で、主人公が違う。 考えてみれば、脇役なんていない。自分にとってはみん……