7.オピニオン

クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界

著 者:ヤニス・バルファキス 訳:江口泰子
出版社:講談社
出版日:2021年9月13日 第1刷 9月14日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ひどいタイトルだと思うけれど、こんなタイトルでなければ読むこともなかったと思う本。

 2015年のギリシャの経済危機の際に財務大臣を務めた経済学者による異色の小説。

 主な登場人物は語りの「私」の他に4人。コスタはクレタ島生まれの天才エンジニア、アイリスは筋金入りのマルクス主義者の活動家、イヴァは元リーマン・ブラザーズの金融エンジニアでリバタリアン、トーマスはイヴァのひとり息子だ。時代は何度か前後するけれど「現在」は2025年、つまりは近未来で「コロナ危機」も過去のことになっている。

 描かれている物語はかなり突拍子もない。コスタが開発したシステムから意図しないメッセージが届くようになった。発信元はこの場所で、発信者は自分と同じDNAの持ち主。テストと実験を重ねた結果、システムが時空に小さな折り畳み構造をつくり出し、ワームホールが開いたらしいことが分かった。発信者は多元宇宙の別の世界のコスタだった。(区別のために、物語ではもう一つの世界のコスタを「コスティ」と呼んでいる)

 とまぁSF的な設定なわけだけれど、本書のキモはSFにはなくて、コスティが語ったもう一つの世界の内容にある。コスタとコスティの世界は、2008年の世界金融危機、リーマンショックのころに分岐し、コスティの世界では中央銀行を除いて銀行が廃止され、株式市場もなくなっている。つまり資本主義は終焉を迎えたということだ。

 例えば、会社の株式は社員全員が一株ずつ持ち、経営に関して平等な議決権を持つ。人々は中央銀行に口座を持ち、そこに基本給とボーナスが振り込まれる。基本給は全員が同額で、ボーナスは社員による一種の投票で決まる。その口座には、生まれた時にまとまった資金が振り込まれる。社会資本の還元として年齢に応じた一定額の配当もある。

 ここで描かれる社会モデルは、経済学者らしいとても緻密に吟味されたものだ。それでもリアリティを批判して冷笑するのは簡単だ。共産主義と同一して「失敗は歴史的事実」と相手にもしないこともできる。細かい論点を突いて「あり得なさ」を指摘することもできるだろう。でも、ここで大事なのは、私たちには「オルタナティブ(別の選択肢)」がある、ということだ。

 1980年代にマーガレット・サッチャーが「There is no alternative」と盛んに言い、安倍元首相が「この道しかない」なんてまねしていたけれど、そう言われると、妙な力強さを錯覚で感じてそんな気がしてしまう。でも「別の選択肢」はあるのだ。私たちが選びさえすれば..。

 冒頭に「異色の小説」と書いたけれど、実は著者の理想を小説の形で主張した異色の「ポスト資本主義宣言」だった。

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デジタル・ファシズム

著 者:堤未果
出版社:NHK出版
出版日:2021年8月30日 第1刷 9月30日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 急速に進む社会のデジタル化に対して、特に日本の状況について警鐘を鳴らす本。

 本書は「政府が狙われる」「マネーが狙われる」「教育が狙われる」の3部構成。それぞれのテーマで強大な権力の集中と利権に切り込むとともに、市民生活を脅かす危険性を指摘する。どれも私の知らなかった、すくなくとも意識したことがなかったことだ。

 「政府が狙われる」。みなさんは知っていただろうか?デジタル大臣は、通常は閣議決定しないと出せない他の省庁への勧告を、閣議を経ないで直接だせる、ということを。また、デジタル庁の予定される600人の職員の3分の1にあたる200人は民間企業から迎え入れる、ということを。利害関係者が政府と企業を行き来する、いわゆる「回転ドア」形式だ。

 「マネーが狙われる」。みなさんは知っていただろうか?○○ペイは銀行のような厳しい審査がある認可制ではなくて「登録制」であることを。万一の破綻や不正利用の際の「預金者保護法」のようなルールも、個人情報保護規定もないことを。また、デジタル通貨はその管理者によって容易に取引を止められる恐れがあることを。

 「教育が狙われる」。みなさんは知っていただろうか?GIGAスクール構想によって進められた一人一台のオンライン学習によって、膨大な生徒たちのデータがGoogleに集約されることになったことを。それを制限する個人情報保護ルールが緩められたことを。オンライン教育が進めば究極的には教師は全国で1教科に1人でいい、と考える人が政権の中枢近くにいることを。

 本書の内容を「陰謀論」の類と考える人がいるのだけれど、本書を含めて著者の著作を読んだ私は「著者がそう言うのなら事実なのだろう」と思っている。取材によって、都合のいい意見をピックアップする傾向は感じるのだけれど、法案の成立など、意見を差しはさむ余地のない「事実」が丹念に調べ上げてあって信用が置ける。

 最後に。タイトルにある「ファシズム」という用語は、実は定義が定まっていない。なんとなくナチスなどの個人の自由を認めない抑圧的な体制を思い浮かべる。だから「いくらなんでもそれは考えすぎ」と思う人が「陰謀論」と考えるのかもしれない。私が読む限りは、本書での著者の直接的な懸念は「権力と利権の集中」にあって、抑圧的な体制はその延長にある。もちろん延長にあるのだから「考えすぎではない」のだけど。

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多数決は民主主義のルールか?

著 者:斎藤文男
出版社:花伝社
出版日:2021年4月20日 初版第1刷 7月10日 初版第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

最近「多数決なんて欠陥だらけじゃないか」と思っていたので、私の手元に来たのかな?と思う本。

「はじめに」の冒頭が本書のことを端的に言い表しているので引用する。

「多数決は民主主義のルール」とされています。「みんなが多数決できめたことだから」とも言われます。でも、ほんとにそうでしょうか。多数決なら、どんなことを、どのように決めてもよいのでしょうか。(中略)それを改めて考えてみようというのが、この本です。

著者がまず念頭に置いたのは、国会における多数決だ。特定秘密保護法(2013年)、安保関連法(2015年)、共謀罪法(2017年)、働き方改革関連法(2018年)、改正公選法(2018年)、カジノ実施法(2018年)、改正入管法(2018年)。これらの重要法案がすべて、与党による強行採決で可決・成立している。多数決なら「どんこと」を「どのように」決めてもよいのなら、これらの強行採決でもよいことになる。

「んなものいいわけがない。当たり前だろ」と私は思う。しかし私の「当たり前」を検証するために、本書は「社会契約論」のルソーと「市民政府論」のロックの思想から始め、ミル、シュンペーター、モンテスキューを引いて、立憲主義や人権保障、さらには直接民主主義の例としての国民投票などを議論の俎上に乗せる。正直に言って「こんなに手間がかかるのか」と思ったけれど、手間をかけた分、明確になったことも多い。

例えば「どんなことを」多数決で決めてはいけないのか?それは「人権に関わること」だ。多数派が少数派であるという理由で誰かの自由を奪ったり、生活を脅かすような不利益を強いたりすることはできない。これは大原則であって、日本国憲法では「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」とあるのだから。これに沿って考えると、性的少数者の権利や選択的夫婦別姓の問題は、この大原則を踏み倒しているように思える。

もうひとつ「自由民主主義」について。並列されることが多いけれど「自由主義」と「民主主義」は違う。民主主義を制度化したのが立法府と行政府。選挙という多数決で選ばれた国会議員からなるので「多数の支配」の原理がはたらく。自由主義を制度化したのが司法府。「多数の支配」を抑制して、個人の権利・自由を守る。故に三権の均衡がとても大事になる。

前半の学術的な検証に比べて、後半は現実の政治に直結する内容で、とても興味深くためになった。著者は市民立法運動の実践者でもあって、そうした経験も書かれていて心強いものを感じた。

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News Diet(ニュース ダイエット)

著 者:ロルフ・ドベリ 訳:安原実津
出版社:サンマーク出版
出版日:2021年2月20日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

とても意外な指摘だったけれど、少し前から思っていたことと重なることもあった本。

著者の主張または提案は次のとおり。「生活からニュースを絶とう」。新聞を購読しない、テレビのニュースも見ない、ラジオのニュースも聞かない、ネットニュースに浸らない。そうすれば人生の質が向上し、思考は明晰になり、貴重な洞察が得られ、いらいらすることが減って、決断の質が上がり、時間の余裕ができる。そして信じられないかもしれないけれど、大事な情報を逃すこともない。

そんなバカな、と思った人も多いだろう。私もそうだ。善き市民として暮らし的確な判断をするためには、ニュースを見たり読んだり聞いたりして、世の中のことを知る必要がある。長い間そう思ってきた。しかし、そんな私でも、本書に書いてあることには反論の余地なしだ。(心から納得したかというと、そうでもないけれど)

ここまでの紹介でだぶん誤解があると思うので、1つ大事なことを。著者はニュースの対極に位置するものとして「新聞や雑誌の長文記事、エッセー、特集記事、ルポルタージュ、ドキュメンタリー番組、本」を挙げている。著者が絶とうと言っているのは、その日の出来事を短く報じる「最新情報」的なニュースのことだと分かる。決してジャーナリズムを否定したり、世の中の出来事を知らなくていいと言ったりしているわけではない。

そんな(最新情報としての)ニュースを絶った方がいい理由を、たくさん紹介している。一番分かりやすいのは「能力の輪」の例えによる説明だ。人は誰でも能力の限界という境界があって、その境界の外にある事柄には関与できないし対応もできない。どこかの国の大統領がバカなことをツイートしたと知っても、あなたにできることはない。そう考えると、ニュースの99%は、あなたとは無関係だというわけ。

もうひとつ。著者は現状を「日々のニュースの食べ放題」と言う。ニュースは「一口サイズのごちそう」で、砂糖のように食欲をそそり、消化もしやすいが、(摂りすぎると)きわめて有害でもあると(この意味でタイトルにある「ダイエット」は適確な表現だ)。例えば複雑な出来事を単純にしてしまうとか、ニュースが「思考」を妨げるとか、長い文章が読めなくなるとか。このことはこれからもニュースを見るとしても、心にとめておきたいと思う。

もちろんいくつか反論を思いつく。著者はそういったことの多くに先回りして用意をしている。反論を思いついた人は読んでみるといいと思う。もちろん「ニュースを絶った方がいい」と思った人も、ニュースダイエットのおだやかな始め方が書いているので参考にするといいと思う。

 

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仕事を楽しむ整える力 人生を自由に面白くする37の方程式

著 者:樫野孝人
出版社:CAPエンタテインメント
出版日:2021年5月28日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 図らずも自分の来し方と行く末を思うことになった本。

 著者の樫野さんはリクルートに入社し、人材開発部→キャンパスマガジンの編集長→福岡ドームに出向→メディアファクトリーで映画製作→ヘッドハンティングでITベンチャーの社長→神戸市長選に出馬(2度落選)→地域政党を結成・兵庫県議会議員を1期、現在は大学のMBAの客員教授を務めておられる。上昇志向と大胆さを感じさせるキャリアだけれど、本書によるとこれで「半歩ずつ」の転向なのだそうだ。

 本書は、そんな著者が歩んできたキャリアの道程で得た「仕事を楽しくする」ひいては「人生を自由に面白くする」方程式を、37個の項目に分けて紹介する。「方程式」は「コツ」とか「考え方」と言い換えてもいいかもしれない。例えば第2章「心の状態を整える」には、「天職(やりたい仕事)よりも秀職(人より上手にできる仕事)を探す」とか「変化するのは怖いけど、試してみるのはみんな大好き」といった膝を打つ言葉がたくさん並ぶ。

 著者は、それぞれの方程式を実例付きで紹介する。読めば著者の半生が分かるぐらいに具体的だ。本の主旨からして「成功した実例」が多いのだけれど、ちょいちょい「挫折」経験が挟まれていて、それがリアリティを引き上げている。実は私は著者と同い年。同じ年に社会人となり、同じ時代を生きてきたわけで、詮ないこととは知りながら、自分が来た道と引き比べてしまう。

 まぁ30代でITベンチャーの社長にヘッドハンティングされる半生と比べると、どうしても引け目を感じてしまう。その負け惜しみも一因としてあって
、全体的に「頑張りすぎ」な感じがする。そんなに頑張らなくても、それなりに楽しくやっていける。

 ただし、本書の対象読者は20代30代(著者の大学生の娘さんを含む)の人。人生の先輩から後輩に贈る言葉としては、このくらいのポジティブさが必要だろう。それに著者の本意は「頑張って上を目指せ」ではなくて「仕事を自分で面白くする」ことのススメで、若者に伝えたい大事なことだと思う。また一カ所「方程式…いや肝だと思う」とちょっと踏み込んだ締め方をした項目がある。それは「自分をきちんと公平公正に評価してくれる環境を選ぶ」ということ。このことは私も自分の娘に言いたい。

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ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論

著 者:デヴィッド・グレーバー 訳:酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹
出版社:岩波書店
出版日:2020年7月29日 第1刷 9月15日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これだけ技術が発達して自動化が進んだのに、ますます忙しくなるのはどうしてか?その理由を「やっぱりそうか」と思った本。

 ブルシット・ジョブを本書はこう定義している。「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態。その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」。定義のそれぞれの記述には意味がある。しかし、サブタイトルの「クソどうでもいい仕事」という理解でも、まぁ本書の理解のためには大差ないと思う。

 著者のデビッド・グレーバー氏は、2013年にあるウェブマガジンに小論を寄稿した。今でも読むことができる(On the Phenomenon of Bullshit Jobs)。冒頭を要約する。 

 ケインズが20世紀末までにイギリスやアメリカのような国では、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろうと予測した。テクノロジーの観点からは完全に達成可能であるのにも関わらずそうならなかった。それは、私たちを働かせるために実質的に無意味な仕事が膨大に作り出されたからだ。

 この小論は爆発的な反響を生み出し、数週間のうちに十数か国語に翻訳され、メディアでの論議が沸騰し、イギリスの世論調査会社が著者の仮説の検証のための調査を行うに至った。また著書自身もブルシット・ジョブの体験談を募集した。この調査結果と体験談の分析が本書のベースとなっている。

 400ページを超える大部の書籍で、前半は事例の紹介が繰り返されて、いささか食傷気味になるけれど、後半はデータを基にした緻密な文化人類学者らしい考察で引きつけられた。また、ブルシット・ジョブ解消の考察としてベーシックインカムが議論されるけれど、的を射たものだと思う。

 ここでは前半の早いうちに(食傷気味になる前に)提示される「ブルシット・ジョブの主要五分類」を紹介する。

 (1)取り巻き(Flunkies):だれかを偉そうにみせたり、偉そうな気分を味わわせる仕事。(2)脅し屋(Goons):ロビイストや企業の顧問弁護士など脅迫的な要素を持っている仕事。(3)尻ぬぐい(Duct tapers):組織に欠陥があるために存在している仕事。(4)書類穴埋め人(Box tickers):表向きの目的の達成になんら寄与しない書類づくりの仕事。(5)タスクマスター(Taskmasters):他人への仕事の割り付けだけからなる仕事。

 日本語訳がこなれていないためか、分類の名前だけではピンとこないものもあるけれど、著者の説明を読めばよく分かる。

 私の仕事の一部は紛れもない「書類穴埋め人」だ

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デジタル・ミニマリスト

著 者:カル・ニューポート 訳:池田真紀子
出版社:早川書房
出版日:2019年10月15日 初版 2020年7月15日 3版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 読んでさっそくTwitterを開くのを1週間に1回だけにした本。

 本書は「デジタル・ミニマリズム」の基礎となる概念や実践の方法を説明したもの。「デジタル・ミニマリズム」は本書の中で定義がある。

 「自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否かを基準に厳選した一握りのツールの最適化を図り、オンラインで費やす時間をそれだけに集中して、ほかのものは惜しまず手放すようなテクノロジー利用の哲学」

 つまりは、デジタルツールの利用は自分で選んだ本当に必要なものだけにして、できるだけ少なく(ミニマムに)しよう、ということだ。そして、こんなことをわざわざ言うには前提がある。私たち(の多くは)、SNSやニュース、ストリーミングメディアなどのデジタルツールを使いすぎているのだ。

 もちろん人によって違うけれど、本書が引用した調査によれば、Facebookの「平均的なユーザー」は、ソーシャルメディアと関連サービスに1日2時間を費やし、スマートフォンなどのデバイスを85回もチェックする。しかし、本当に問題なのは時間や頻度ではない、ユーザーがデジタルツールの利用のコントロールを失いつつあることだ、と著者は言う。

 それには「承認欲求」と「間歇強化」という人間の心理が関係している。「承認欲求」は言わずもがな。「間歇強化」とは、報酬を予期せぬパターンで与えられると喜びが大きくなる、というものだ。「いいね!」されているかも?コメントが付いているかも?その期待は、叶う時も叶わない時もある。まさに「予期せぬパターンの報酬」だ。

 スマホの新着を占める赤い丸数字(赤い色にも心理的な意味がある)を見るとチェックせずにはいられないのは、そういう心理的な理由だ。人間の心理に基づく行動だから、これに抗ってコントロールするのは難しい。さらに留意すべきなことは、この状態はサービス提供企業が意図して作り出している。もう私たちはサービス提供企業に操られているも同然だ。

 SNSを使わないと「でも何か役に立ちそうな情報を見逃してしまうかもしれないでしょう?」と不安を口にする人が多いらしい。それに著者はこうコメントしている。

「使ってみなよ、意外なメリットがあるかもしれないから」というのは、商品の売りこみ文句として史上最悪の一つに違いない。

 ごもっともで。

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認知バイアス 心に潜むふしぎな働き

著 者:鈴木宏昭
出版社:講談社
出版日:2020年10月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 少し知ってはいた「認知バイアス」だけれど、これを軽視すると大変なことになる、と思った本。

 「認知バイアス」とは、本書の冒頭で「心の働きの偏り、歪み」と説明がある。言い換えると「実際にはそうではないのにそう思ってしまう心の働き」。例えば、直近の5年で少年による重大な事件数は変わらないのに、「増えている」と考える人が8割いる(2015年内閣府調査)。そこには「認知バイアス」が潜んでいる。

 認知バイアスを引き起こすものの一つが「ヒューリスティック」。経験則によって「ある程度正解に近い解」を見つけ出すための方法のこと。注目すべきは見つけ出すのが「ある程度正解に近い解」であて「正解」ではないことだ。「利用可能性ヒューリスティック」とか「代表性ヒューリスティック」とか、いくつか種類がある。

 「利用可能性ヒューリスティック」は、「思い出し(思いつき)やすいことは頻度が高い」と判断するクセのこと。何度も起きたことは記憶に残るので、ある程度合理性はある。ただしメディアが発達して、自分が経験していないことも知ることができる現代は弊害も大きい。何度も起きていなくても、何度も聞いたことも思い出しやすい。私たちは「起きた回数」と「聞いた回数」を区別していない。

 「代表制ヒューリスティック」は、ある集団の代表例を平均的な特徴(プロトタイプ)と思い込むクセのこと。例えば「平均的」を割り出せるほど付き合いが多くない人が、ニュースやネットで見聞きする「韓国人」を、韓国の人々の平均像と思い込む、というようなこと。言うまでもなくニュースは「特異なこと」を報じるのだから、報じられたことは平均からは逸脱している、にも関わらず。

 本書には「ヒューリスティック」以外にも、様々な認知バイアスを招く思考のクセについて書いてある。最後に「「認知バイアス」というバイアス」という章もあって、「認知バイアス」という考え方自体に潜むバイアスに言及していて、類書にはない著者の一段高い視点を感じた。

 直接的な言及はほとんどないのだけれど、新型コロナウイルスに対する私たちのありように、本書はとてもたくさんの示唆を含んでいる。著者にもそのような意図があったのではないかと、私は思っている。

 連日の報道で「利用可能性ヒューリスティック」を集団的に発動していると思うし、感染を気にしないで出歩く若者のインタビューを見て「若者はけしからん!」と憤るのは、「代表制ヒューリスティック」のあらわれだと思う。また、責任の分散による無責任のこととか、「検査による偽陽性」を論じたコラムなどもあって、コロナ禍の社会にピタリとはまっている。

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「居場所」のない男、「時間」がない女

著 者:水無田気流
出版社:筑摩書房
出版日:2020年5月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 わが身を省みて、将来に備えて「関係を構築」しなければ、と思った本。

 タイトルから「話を聞かない男、地図が読めない女」のような、「男女の振る舞い」の違いをもっともらしく書いた、軽い読み物を想像して手に取った。しかし本書は、それとは違って「男女の境遇」の違いを統計や調査研究を引きながら重いテーマをしっかり論じたものだった。ここには何年も前から認識されながら、一向に改善しないこの国の問題が、明瞭な輪郭をもって切り取られている。

 ごく簡単に言うと「「居場所」のない男」というのは、男性が会社(仕事)以外の場所での関係が築けていない「関係貧困」のことを言い、「「時間」がない女」というのは、女性が1日のうちでも人生という長い時間軸でも、スケジュールに余裕がない「時間貧困」のことを指す。本書は3部構成で、第1部で男性の「関係貧困」、第2部で女性の「時間貧困」を検証・解説し、第3部でその解決のための考察をしている。

 「男性」に付言すると、関係が築けていないのは「頼れる人がいない」ことを示す。仕事から離れてしまうと「相談できるのは妻だけ(相談できる内容に限るけれど)」という状態に陥る。もちろん結婚しなければ妻はいない。先立たれても妻はいない。その結果と思われるが、日本の男性は女性の2倍以上も孤独死し(2017年 東京都23区の統計)、おなじく2倍以上自殺している(2018年 内閣府統計)。

 「女性」について言うと、本当に余裕がない。男性が思っているより数段忙しい。著者は「結婚してキャリアも積んで34歳までに子どもを2人ぐらい」という「モデルコース」を設計しているが、何歳までに○○という計画に追われて、息が詰まる思いがする。1日のスケジュールを見ても、特に母親になると、家族に対するケア労働(労働とみなされないことが多い)のために、家族が起きている間中スタンバイ状態になる。

 それで男性の「関係貧困」と女性の「時間貧困」は関連している。これもごく簡単に言うと、男性が「関係貧困」でも暮らせるのは、女性から時間を奪っているからで、これが「時間貧困」の原因の一つになっている。だからこの問題は両方同時にしか解決しない。それなのに「女性活躍推進」に代表される政策の数々は、男性の問題を置いたままに、この上さらに女性の時間を資源として使おうとしている。...嘆息。

 何気なく手に取った本だけれど、いい本に出合った。

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なぜ、読解力が必要なのか?

著 者:池上彰
出版社:講談社
出版日:2020年11月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「読み解く力」は「文章を読む力」だけではないんだな、と分かった本。

 タイトルの「なぜ必要なのか?」については、第1章のタイトルで「読解力を伸ばすと生き方が変わる」と、答えがほぼ出ている。その答えを踏まえて第1章では、読解力がある/ないの例を挙げて補足をする。第2章では「読解力」を「情緒」と「論理」の2つに分けて論じ、残りの第3~5章で「読解力」の付け方の指南を、視点を変えながら行う。

 特徴的だな、と思うのは「読解力」を「情緒的読解力」と「論理的読解力」に分けたこと、そして「情緒的読解力」の方を重視していることだ。「論理的読解力」は、評論などの「論理的な文章を読み解く力」、「情緒的読解力」は、文学作品などの「情緒的な文章を読み解く力」。同じ文字が使いまわされているだけで、情報量の少ない説明で恐縮だけれど、イメージはつかめると思う。

 著者が「情緒的」に肩入れするのは、「論理的に比べて軽視されているように思う」ことが主な理由ではあるけれど、「情緒的読解力」を「人間力」と言い換えるほど重視している。「自分とは違う「他者」の思いや考え方を汲み取る」ことであって、これを学ぶ場が失われるとすれば危惧すべき事態だ、と言う。

 「なるほどそうか」と思う。私も「情緒的読解力」を軽視していた。それを気づかせてくれたのは、本書を読んでよかったことの一つだ。

 ただ私は「「論理的読解力」だけでもなんとかしないと」と思っている。文章を読んで、書いてあることを書いてある通りに理解してほしい。最近は動画のマニュアルが増えたけれど、それでも新しいや知識や方法は文字から得ることが圧倒的に多い。それが読み解けないと、新しいことが身につけられない。いやいやそんな高尚なことでなく、メールやSNSの文章を、書いたとおりに読んでくれないことが多くて困っている。

 数学者の新井紀子さんが「中学を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることが公教育の最重要課題」とおっしゃっている。作家の佐藤優さんも「中学3年生までの国語学習を完璧に理解すれば、読解力は高等教育もそれで足りるし、社会に出ても耐えうるレベル」とおっしゃっている。これらはたぶん「論理的読解力」を身につけることについておっしゃっているのだろうと思う。

 最後に印象的な部分を。

 「教養がない」人とは、「知識が自在に操れていない」人だと言えるでしょう。安倍前首相は...

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