2.小説

あなたのゼイ肉、落とします

著 者:垣谷美雨
出版社:双葉社
出版日:2019年11月17日 第1刷 2020年2月14日 第7刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 人間って色々な理由で太るのだなぁ、と思った本。

 「あなたの人生、片づけます」の大庭十萬里の妹の小萬里が全体の主人公。文字通りの姉妹編。

 小萬里は「あなたのゼイ肉、落とします」というダイエット本を出して爆発的に売れている。個別指導もしていてなかなか評判がいい。テレビなどに出ないので、どんな人か分からない。年齢も容姿も体型も。でも「本人がデブやったら話にならんやろ」と考える人が多い。まぁ素直な想像だろう。ところが...。

 本書には4つの指導ケースが収められ、それぞれのクライアントが主人公。かつては「すごい美人」だった49歳の女性。2年ほど前に急激に太りだした18歳の元華族の三女。事故を起こして一年半分の記憶をなくした会社員の32歳の男性。小さいころに父親を亡くして母親と二人で暮らす小学校4年生の男の子。

 小萬里の指導は想像の「ナナメ上」を行っている。例えば、最初のケースの園田乃梨子の場合。夕食は野菜を中心にした鍋に、毎日ひと駅分は歩く、夜七時以降は食べない..。「あたり前なことばかりおっしゃるんですね」と言う乃梨子に対して「わたくしが魔法の痩せ薬を持っているとでも?」と返して、挙句に課題として出したのが「ブスとして生き直す」ことを考える、だ。

 面白かった。というか興味深かった。姉妹編の「あなたの人生、片づけます」では「部屋の乱れ」が「心の乱れ」に関連していた。「部屋」に比べると、「体重」は「心」との関連が想像しやすいので意外性は少ない。だから解決方法に「そういうことか!」という気持ちよさはないけれど、「役に立ちそう」と感じた。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

トライアウト

著 者:藤岡陽子
出版社:光文社
出版日:2012年1月20日 初版第1刷 3月5日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 近しい人たちが支えあっていけば、まぁなんとか幸せに生きていける、と感じた本。

 主人公は久平可南子。38歳。仕事は、一般紙の新聞社の校閲部から運動部に異動になった。シングルマザー。8歳の息子の考太を、宮城県にある新聞販売店を営む実家で預かってもらって、自分は東京でひとり暮らしをしている。考太の出生については、ちょっと複雑な事情があるらしく、可南子は、考太の父親が誰であるのかを誰にも言っていない。本人にも両親にも妹の柚奈にも。

 運動部になって最初の仕事がプロ野球のトライアウト。所属球団から戦力外通告を受けた選手が、もう一度どこかの球団に入団するために受けるテストだ。可南子は、そこでテストを受けていた投手から目が離せなくなった。深澤翔介。一時期は活躍したかつての高校野球優勝投手。可南子は記者1年目の時にその決勝戦に取材で来ていた。

 実は考太の「複雑な事情」にはプロ野球選手が関係していて、正直もうプロ野球には関わりたくない。でも何故か深澤のことが気にかかる。そして取材を申し込み...。この後は、可南子のこと、両親のこと、実家の新聞販売店のこと、妹のこと、考太のこと、たくさんのエピソードで織り上げるように物語が進む。もちろん「複雑な事情」も明らかになってくる。深澤はこのいくつかのことで重要な役割を担う。

 面白かった。誠実な人たちが支えあっているのが気持ちのいい物語だった。
可南子は、巧く立ち回れないのと意固地なところがあるのとで苦労をしている。それでも人に恵まれている。そりの合わない父の含めて両親は愛情深いし、妹は奔放に見えて一番の支援者だし、考太は芯の強いいい子に育っている。細かく見ると考太の担任も…。

 タイトルの「トライアウト」は、もちろん深澤が受けた入団テストのことを一義的には指すのだけれど、読み終わってみると複数の意味があるように思う。それは「再挑戦」とか「あきらめない」とか「心機一転」とか。深澤はもちろん、可南子にも、考太にも、柚奈にも、そういうことが起きる。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

たまちゃんのおつかい便

著 者:森沢明夫
出版社:実業之日本社
出版日:2016年6月15日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 海辺の町の磯の香りや、そこで暮らす人々の温かさを感じた本。

 著者の作品は「虹の岬の喫茶店」「キッチン風見鶏」を読んだ。どちらもとても良かった。

 主人公は葉山珠美、親しい人からは「たまちゃん」と呼ばれている。20歳。青羽町という海辺の町の出身。翡翠色の清流の青羽川が作った扇状地で、紺碧の海に面している。美しい所だけれど、頭に「ど」がつく田舎で、地元の人たちのつながりが濃密。実家は父の正太郎が営む「居酒屋たなぼた」。

 物語は病院から始まる。正太郎が腫瘍の切除手術を受けているからだ。手術の終わりを待つたまちゃんには、正太郎に言わないといけないことがあった。青羽町に戻ってきて起業しようと思っていること。そのために、通っていた都会の大学をもう辞めてしまったこと。起業して始めるのは、町のお年寄りに食品や生活用品を届ける「移動販売」だ。

 この後物語は、無事に父の了解と後押しを受けて、たまちゃんが移動販売の「たまちゃんのおつかい便」を始めて軌道に乗せていく様を描く。

 たまちゃんの周辺の人々がいい。父の正太郎、継母のシャーリーン、祖母の静子、その友人の千代子、たまちゃんの同級生の壮介、おなじく同級生の真紀、真紀の姉の理沙、移動販売の師匠の正三、お客さまの初音...。みんないろいろある。例えば、真紀は引きこもりだし、正三は元やくざだし、シャーリーンはフィリピン人だ。(フィリピン人だからなんだ?外国人差別か?と思われるかもしれないけれど、この設定は本書に欠かせないものになっている。)

 たまちゃんのすごいところは、たまちゃんが「たまちゃんのお使い便」を始めたことで、上にあげた全員の暮らしが、よい方向に変わったことだ。それは著者のすごいところでもあって、たまちゃんを描くことで、たくさんの人の心情や暮らしまで描いている。秀作だと思う。

 正直に言って、冒頭でたまちゃんの起業の話が出た時には「そんな思いつきで始めてもうまく行きっこない」と感じたけれど、後でたまちゃんはけっこう周到だったことが分かる。なんだろう?この細かなリアリティは?と思っていたら、「あとがき」でモデルがいることが分かった。なるほど。

 心に残った言葉。わたしを夢見心地にさせたその声を、わたしは記憶のいちばん浅いところにタトゥーのようにしっかりと刻み付けておいた。

 「記憶の深いところに..」「心の奥の方に..」はよく見かけるけれど、「浅いところに..」は初めて(だと思う)。こういうことを意識的にできるといいなと思った、うれしかったこと、よかったことを、記憶の浅いところに刻んでおけば、すぐに思い出せる。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

イマジン?

著 者:有川ひろ
出版社:幻冬舎
出版日:2020年1月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 有川さんのこういう物語を読みたかった、と思った本。

 主人公は良井良助(いいりょうすけ)。27歳。子どものころ「ゴジラVSスペースゴジラ」をテレビで見て、自分が住む別府の街をゴジラが踏み潰していくのに衝撃を受けた。物語と現実がつながった。それを作る人がいる。そして「作る人」になりたい、と思った。

 そんな良助だけれど、物語の初めには歌舞伎町のキャバクラの呼び込みバイトだった。ある日バイトの先輩格の佐々賢治に誘われて、連続ドラマの撮影現場の制作アルバイトとして働くことになった。「作る人」の側になったわけで、ここで人生の歯車が回り出した感じ。

 この後は、良助の映画やテレビ番組の映像制作の現場での良助の奮闘を(端的に言って良助は「即戦力」だ)、良助が所属する制作会社「殿浦イマジン」の面々のエピソードを挟みながら描く。関わった作品は5つで、それぞれに個性的な監督、スタッフ、キャストが揃っている。著者の手にかかれば面白くないはずがない。

 それから有川ファンなら「これは!」と思うことが多々ある。例えば良助が最初に関わるドラマの名前は「天翔ける広報室」。空幕広報室が舞台だ。番組内に披露宴の祝辞もある。「みちくさ日記」という雑草(もちろん雑草という草はないのだけれど)を美味しく食べる番組もある。キャストの炎上事件と原作者のコメントも...

 有川さんのこれまでの、すべてとは言わないけれど、多くをブッ込んだ作品。ファン必見(有川さんの「観る権利、観ない権利」に賛同しない人を除く)

 最後に。最高に光っていた言葉を引用。「全力を尽くしてもままならないことがある。それでも全力を尽くす。ままならないながらも尽くした全力も、いつか明日に繋がる。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

あなたの人生、片づけます

著 者:垣谷美雨
出版社:双葉社
出版日:2016年11月13日 第1刷 2020年1月29日 第29刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

「部屋の乱れは心の乱れ」いつもは頷けないこんな慣用句が「そうだよなぁ」と思えた本。

全体の主人公は大庭十萬里。50代の女性。外見は「顔も体も丸い普通のおばさん」。職業は「片づけ屋」。「あなたの片づけ手伝います」という本を出版した。本はいまいち売れてないけれど、一部に熱狂的ファンがいる。なんでも「部屋だけじゃなくて人生そのものを整理してくれる」らしい。

依頼すれば十萬里さんが訪問して、部屋の片づけを指導してくれる。評価が「重症」の場合は月に2回の指導が3か月続く。十萬里さんは、本当は情の細やかな面もあるんだけど、愛想を使ったりしない。「部屋が汚くて修理の人を呼べない」と言うクライアントに「一応、羞恥心てものもあるんですね」なんて言ったりする。

本書には4つの指導ケースが、それぞれのクライアントを主人公にして、100ページ前後の物語として収められている。クライアントは30代の女性会社員、60代の木魚職人の男性、300坪の豪邸に一人住まいの70代の女性、エリート官僚の妻の40代の女性。それぞれに「心の乱れ」につながる要因がある。不倫関係だとか、妻に先立たれたとか、子どもたちが縁遠くなったとか..。

面白かった。本当にありそうで面白かった。同じ「部屋が汚い」でも様々だ。単に片づけないから散らかってしまうということもあるけれど、ドンドンとモノを買って部屋にあふれてしまうとか、いつか要るかもしれないと思って捨てられないとか..すべてのケースで、ちゃんと「心の乱れ」を表す汚れ方をしている。

ホロッとくる。あからさまにではないけれど「愛」を感じる。十萬里さんに依頼するのは本人ではなくて親や義母や娘。そこに共通するのは親身な心配だ。「義母に「片づけ屋」を依頼されたらキツイだろうな」とは思ったけれど、このお義母さんもお嫁さんを信頼している。それぞれの物語の主人公は、愛されているのだ。

最後の物語は号泣した。涙腺の弱い方は人前で読まない方がいいと思う。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ドミノin上海

著 者:恩田陸
出版社:KADOKAWA
出版日:2020年2月4日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 新聞広告で発売を知った時から読むのが楽しみで仕方なかった本。

 2001年発行の痛快パニックコメディ「ドミノ」の続編。なんと19年の時を経て、再びあのワクワクドキドキが戻ってくる!読む前の私の期待はこんな感じだった。

 ページをめくると挿絵入りの登場人物紹介。これは前作と同じ。その人数がやたら多い(25人と3匹)のも前作と同じ。そしてその半数ぐらいが前作と共通の人物。前作のレビューで「一番のお気に入り」と書いた、エリコ姉さんもページの真ん中で微笑んでいる。どうやら健児くんと結婚したらしい。

 今回の舞台は、前作の東京駅周辺から国外へ飛んで上海。上海の街や動物園や「青龍飯店」というホテルで、25人と3匹が入り乱れて活躍、いや右往左往する。
 登場人物も少し紹介。上に書いたエリコ姉さんと健児くんの夫婦は「寿司喰寧(すしくいねぇ)」というデリバリー寿司店を経営。フィリップはホラー映画監督で上海でロケ撮影中。フィリップのペット、イグアナのダリオは非業の死を遂げる。マギーはコーヒーショップに潜伏中の香港警察の刑事。そして飛びぬけてキャラが立っているのは、上海動物公園のパンダの厳厳(ガンガン)。...

 こうやって紹介すると、登場人物に脈絡がないことがよく分かる。この関係のない人たちが、そう広くない上海の街のあちこちで出会ったりすれ違ったりする、短いエピソードが積み重なり、それがドミノ倒しのように展開することが、本書の、いや前作からの真骨頂。560ページもあるけれど一気読みもしてしまうかもしれない。

 「エリコ姉さんがおとなしいなぁ」と、少し不満だったけれど、最後でキレのいい活躍を見せてくれた。読む前のワクワクドキドキの期待は、9割ぐらい満たされた。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

熱源

著 者:川越宗一
出版社:文藝春秋
出版日:2019年8月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 2019年下半期の直木賞受賞作。本屋大賞ノミネート作品。

 極寒の北の大地を舞台としているのに、物語が持つ圧倒的な熱量を感じた本。

 物語は、明治の初めごろに始まり昭和20年の終戦の年に終わる。約70年。舞台は北海道からサハリンに渡り、ウラジオストック、サンクトペテルブルク、パリへも飛ぶ。群像劇で主人公は複数いる。樺太出身のアイヌのヤヨマネクフとシシラトカ、2人の友人の千徳太郎治、樺太のアイヌのイペカラ、ポーランド人の民族学者のブロニスワフ・ピウスツキ、ソ連の女性兵士のクルニコワ。

 ヤヨマネクフら樺太出身のアイヌたちは、9歳の時に北海道に移り住み、冒頭の物語の始まりの時には15歳で、10歳の千徳太郎治とともに、和人(日本人)と同じ学校に通っていた。「諸君らは、立派な日本人にならねばなりません」と教えられるその学校では、意識された差別があり、意識されない差別もあった。しかし、維新から間もないこの頃には、筋の通った大人たちもいた。

 物語は、ヤヨマネクフたちの成長と、村を襲った疫病の悲劇などを描いた後、舞台がサハリンに移り、ポーランド人のブロニスワフが主人公となり、続いては樺太のアイヌのイペカラが主人公。そこから先は、イペカラがヤヨマネクフと出会い、ブロニスワフが千徳太郎治と出会い、シシラトカはヤヨマネクフと千徳太郎治と再会し……と、運命の糸が縦横に繋がって行く。

 圧倒された。テーマの訴求力と物語の構成力に。テーマは「私は何者か?」だと思う。アイヌとして生まれ日本の教育を受けたヤヨマネクフたち。祖国と母国語をロシアに奪われたロシア人のブロニスワフ。彼らのアイデンティティの悩みは分かりやすい。しかし、よく見ると登場人物の多くが、2つ以上の自分の成り立ちを抱えていて「私は何者か?」と常に問うている。それを決めるのは自分しかいない。

 構成力は、縦横に繋がる運命をリアリティを持って描いたことで分かる。実は登場人物の多くが実在で、実際のエピソードも多いらしい。リアリティはそれによる部分もあるけれど、ひとつのまとまりのある物語となったのは、著者の筆の力によるものだと思う。また、弾き手を代えながらも響く、アイヌの五弦琴の音が全編をひとつに繋ぐ役割を果たしている。その哀調を帯びた音が確かに聞こえた。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

夏物語

著 者:川上未映子
出版社:文藝春秋
出版日:2019年7月10日 第1刷 2020年1月31日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品

 「生まれる」ことも、無かったことにできないんだなあ、と再認識した本。

 主人公は夏目夏子。芸名かペンネームのようだけど、これが本名。夏子の生い立ちはかなり厳しい。子どもの頃、両親と9歳上の姉と夏子の4人で、1階が居酒屋のビルに住んでいた。大阪の港町でよく道ばたで誰かがうずくまっているような街。働かず、朝も夜も関係なく寝て暮らす父親は、酒を飲むと母親を殴った。その父親も夏子が小学校にあがった頃に行方がわからなくなった。

 今は、夏子は30歳。東京で一人暮らしをしている。小説家志望で作品を書いてはいるものの、上京して10年経つけれど結果は出ていない。フルで働いて月に十数万円のバイト代で暮らしている。本書は2部構成で、第1部は、夏子のところに姉の巻子と11歳の姪の緑子が訪ねてくる。第2部は、それから8年後、「自分の子どもに会いたい」と思った夏子の日々を描く。

 好悪の境目のギリギリのところを進む描き方。私が読んだ中では「ヘヴン」もそうだったのだけれど、著者の特徴かもしれない。私は未読なのだけれど、第1部は芥川賞受賞作の「乳と卵」のリメイクで、女性の身体のこと性のことをテーマにしている。豊胸手術とか生理とか。ユーモアが包んでくれるので、読むのに抵抗を感じるほどではないのだけれど、後ろめたさを感じてしまう。

 第1部がリメイクなら、第2部が本書の本命だと言える。第1部を踏み台にして、かなり高く飛んだ感じがする。そのテーマは「生」「生まれること」。私たちにとって「取り返しのつかないもの」といえば、その一番「死」だけれど、「生」もそうだというのだ。たしかに、一度生まれて来たら元には戻れない。これはずっしりと重い。

「死」と「生」を対にして「同じ」と見る見方は、小川糸さんの「ライオンのおやつ」にもあった。あちらはドアの出入りに例えて、ずいぶん軽やかなものに感じたけれど。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

流浪の月

著 者:凪良ゆう
出版社:東京創元社
出版日:2019年8月30日 初版 2020年2月7日 4版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 「分かりやすい説明」は疑った方がいい、という気持ちを新たにした本。

 主人公は家内更紗。物語の始まりの時には9歳、小学校四年生だった。更紗は公務員のお父さんと自由奔放なお母さんに育てられた。お母さんは昼でも夜でも飲みたいときにお酒を飲み、料理はうまいけれど気が向いたときにしかしない、たまにアイスクリームが夕食になる。ところが両親が順にいなくなり、今は伯母さんの家で暮らしている。

 伯母さんの家では、「夕食にアイスなんて駄目に決まってるでしょう」と言われる。一人息子の中学生も感じ悪い。小さな不快が積もって居心地が悪く、帰りたくない。そうして公園でひとり時間をつぶしていた時、更紗の友達たちが「ロリコン」と噂する、大学生の佐伯文に「うちにくる?」と声を掛けられ、ついて行ってしまう。これが、後に言う「家内更紗ちゃん誘拐事件」の発端。

 誘拐事件は2か月ほどで、更紗と文が外出した時に通行人に通報されて、文が逮捕、更紗が保護されて解決する。物語は、更紗が文と居た2か月をさっと描いた後、日本中を騒がせた「家内更紗ちゃん誘拐事件」の被害女児、としての20代になった更紗の暮らしを綴る。好奇の目で見られることもあるけれど、大体の人は優しい。更紗が望んだ優しさではないけれど...

 事件があると、私たちは説明を求める。事件はなぜ起きたのか?どんなことが起きたのか?説明が分かりやすければ分かりやすいほど受け入れられる。それが事実だと固く信じる。被害者についてさえ「被害者はこのようになる」という分かりやすい説明を信じている。事実はもっと複雑で分かりにくいはずなのに。本書は、世間の理解と事実とのギャップを浮き彫りにする。

 また、物語を読んで「事実」を知っている私でさえ、「更紗ちゃん、それはちょっとどうかな?ますいんじゃないの?」と何度が思う。分かりやすい説明と同時に、被害者には「被害者らしいふるまい」を求めている。本書が描く「分かってない世間」に、自分も含まれることに気づかされ、居心地が悪い想いがした。

 「事件の後」を描いたという意味では、角田光代さんの「八日目の蝉」を思い出した。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ライオンのおやつ

著 者:小川糸
出版社:ポプラ社
出版日:2019年10月7日 第1刷発行 2020年1月29日 第11刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 瀬戸内海の空気と光が、哀しいことも和らげてくれるような本。

 主人公は海野雫。声優かアイドルみたいな名前、とよく言われるけれど、これが本名。33歳。瀬戸内海に浮かぶ、地元の人が「レモン島」と呼ぶ島にやってきた。「ライオンの家」という名のホスピスに入るためだ。そう、彼女の人生に残された時間はそう多くない。

 「ライオンの家」は、代表のマドンナ(ライオンの家ではそれぞれが呼んでもらいたい名前で呼ばれている)の方針で、「朝は何時に起きる」とかのルールが一切ない。敢えて言えば「自由に時間を過ごす」が唯一のルール。物語は、ホスピスや島の人々と雫のふれあいの日々を描く。

 とにかく気持ちのいい空気感を感じた。雫の部屋の窓からは、どこまでも広がる海が見える。手前のレモン畑には、ぷっくりと膨らんだたくさんのレモンが見える。島の空気は美味しい。抵抗力が衰えて空気を吸うのもどこか恐ろしかった雫も、深呼吸をくり返すほどに。

 もちろんホスピスが舞台なのだから、いつか「その日」が来ることを常に感じる。朝食の美味しいお粥を食べて幸せな気分の時も、毎週日曜日の「おやつの時間」にも、犬と寄り添うように散歩している時も、島でレモンを育てる青年とデートしている時も..。

 常に「その日」を感じ「その日」に向かっているとしても、いや「その日」に向かっているからこそ、その間をどのように過ごすのか?が大事で、もし選べるとしたら、これは一つの理想的な形なのだろう。私の家族に..と想像するのはいささかつらいけれど、私自身にならこういうのもいいな、と思う。

 それから「その日」に向かう日々という意味では、藤岡陽子さんの「満天のゴール」もそうだったことを思い出す。あちらはもっと長い人生の終盤だったけれど。

 最後に。ストーリーには直接関わらないけれど、心に残った一文を引用。

 そろそろ、おいしいイカナゴの季節がやって来ますねー

 磯と醤油の香りがした。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)