5.ノンフィクション

海をあげる

著 者:上間陽子
出版社:筑摩書房
出版日:2020年10月31日 初版第1刷 2021年6月5日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 気が付いていて見て見ぬふりをしていることを突き付けられた、そういう本。

 2021年の本屋大賞の「ノンフィクション本大賞」受賞作品。

 著者は教育学・社会学の研究者。沖縄県生まれで、今は普天間基地の近くに住み、保育園に通う娘がいる。東京と沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わり、現在は若年出産をした女性の調査をしている。本書は「webちくま」というサイトに掲載したエッセイを中心に12編を収録したエッセイ集。

 著者自身のこと、家族のこと、支援している少女たちのこと、そして沖縄のこと。テーマは様々だけれど、一貫しているのは自分の目で見て耳で聞いたことを書いていることだ。フィールドワークをする研究者らしく、視線が観察的で装飾が少ない抑え目な文章。そこに著者の感情がするりと差しはさまる。それは、娘に対する愛情であったり、沖縄の現状に対する怒りと哀しみであったりする。

 一編だけ紹介する。2019年に行われた辺野古の埋立ての賛否を問う県民投票のこと。宜野湾市や沖縄市などの5つの市の市長が県民投票を拒否し、その撤回を求めて20代の若者が宜野湾市庁舎前で、ハンガーストライキをした。その若者は元山仁士郎さん。著者と元山さんは1年半に出会っていて、その出会いは、著者に大きな後悔をさせるものだったらしい。

 この一遍では、ハンガーストライキに至る経緯と、その現場の様子、とりわけそこを訪れる沖縄の人々の思いが記されている。雨が降り始めて寒い2月の明け方に誰かが届けたテントで眠る様子。おにぎりの入ったビニール袋を渡しながら「こんなことまでさせて、おじさんは、もうつらくてつらくて」と言って泣く男性..。

 「基地反対運動をしているのは実は沖縄の人ではない」的な言説が流布しているけれど、本書のような現場で実際に見聞きしたレポートを読めば、それが事実でない、少なくとも一部分の切り取りでしかないことが分かる。そしてタイトルの「海をあげる」の意味が分かった時、読者は衝撃を受け自省することになる。

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ソーシャルメディアと経済戦争

著 者:深田萌絵
出版社:扶桑社
出版日:2021年5月1日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 これは「私の考えとは全く合わないな」と感じたけど「たまにはそんな本を読もう」と思って読んだ本。

 著者紹介によると、著者はITビジネスアナリストでITベンチャーの経営者でもある。ビジネスで米中を往来してきた著者が、新型コロナウイルス、SDGs、地球温暖化、DXと5G、米中の衝突といった、グローバルなトレンドを読み解く。

 著者の主張のベースは、これらのトレンドはすべて「ビジネスプロパガンダ」だというもの。つまり何者かが作り出して世論と政治を誘導している。それによって誰が得をするのか?を考えれば、その「何者か」が分かる、というわけだ。

 例えば新型コロナウイルスのパンデミックは、何者かが仕掛けた経済戦争だという。「ソーシャルディスタンス」というプロパガンダを前面に押し出すことで、リモートワークやリモート授業が進む。その通信負荷の増大を解消するために、ファーウェイ製の5G基地局の受入が進む。つまり「何者」とは「中国」らしい。

 さらに表面的には緊張関係にある台湾と中国が、裏では手を結んでいて、台湾が中国のフロントとして機能している、という指摘もある。日本も米国も、中国への技術移転には神経を尖らせるが、相手が台湾なら警戒が緩む。中国が購入できない最先端兵器を調達して、その技術を中国へ移転するという重要な役割を、台湾が担っている(と著者は主張する)。

 本書を手に取って「はじめに」を読んで「トンデモ本」だと思った。それは読み終わっても大きく変わらない。でも、例えば、中国・台湾に広がる人物相関図(蒋介石や周恩来の名もある)が載っていて、こうした著者があげる「事実」が本当なら辻褄は合っている。でも真偽の確かめようがない。参考文献も出典一覧もない。

 ということで、本書はもしかしたら「トンデモ本」かもしれない。でも大事な示唆を含んでいる。世の中の話題は「誰かが意図的に作り出したプロパガンダかもしれない」と疑うことは大切だし、IT機器から情報が洩れている危険性は現実のものだ。「そんなバカな!」では済ませられることではない。

 そうそう。最後に述べられている「中小企業の労働生産性」の考察は、私もその通りだと思う。私の考えと全く合わないわけではなかった。

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池上彰の君と考える戦争のない未来

著 者:池上彰
出版社:理論社
出版日:2021年5月 初版 7月 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

本のタイトルに著者名を冠してしまうのはどうかと思うけど、内容はよかった本。

池上彰さんが「戦争をなくすにはどうしたらいいだろうか?」と問いかける。それを考えるために、まずは過去に日本で世界で起きた数々の戦争について、コンパクトに要点を解説する。その戦争はどんな理由で始まったのか?どうやって終わったのか?その影響にはどんなものがあったのか?

日本が戦った戦争として、元寇、秀吉による朝鮮出兵、薩英戦争、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争など。世界で起きた戦争として、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻、中東戦争、ユーゴの内戦、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争など。江戸時代以前の戦争を除いても約100年の間に10以上もあって「戦争しすぎでしょ」と思った。これ以外にも内戦や紛争と呼ばれるものを数えれば倍ぐらいになる。

その他に思ったことをいくつか。

1つめ。戦争が始まる理由がその犠牲と全く釣り合わないということ。例えば第一次世界大戦は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇弟夫妻の殺害が発端だけど、世界中の国を巻き込んで1600万人以上が死亡することになる。2つめ。アメリカの戦争のやり方が「短慮」としか言いようがないこと。ベトナム戦争では、戦略のために隣国のカンボジア政府を転覆させてしまう。イラク戦争は、大量破壊兵器を持っているという誤った情報を元に始めてしまった。

3つめ。日本の戦争の始め方も相当ヤバイこと。満州事変は関東軍の自作自演の爆発事件を理由に「自衛」を目的に始まっている。日中戦争は日本軍への発砲が端緒になる。これも自作自演の疑いがある(諸説アリ)。4つめ。戦争の因果は繋がっていること(十字軍の昔から)。第一次世界大戦の戦後処理が中東戦争の原因になっているし、ソ連のアフガン侵攻からイスラム国の台頭まで、いくつもの戦争が数珠つなぎに繋がっている。

5つめ。歴史に「もしも」はないとは言え、回避できたかもしれないポイントが多くの戦争であること。その多くは過ちを犯した者にきちんと責任を取らせることと、正しい情報に耳を傾けること。満州事変の端緒となった爆発が、「自作自演」だという情報は当初から上がっていたし、軍紀違反でもあるのに首謀者は責任を問われることなく、陸軍の中で出世して後の戦争を主導している。

実は、本書は若い人に向けて書かれたものなのだけれど、40歳でも50歳でももっと上でも、読めばためになると思う。あくまで「池上彰さんの見方」であることは心得て置くとしても、過去から学ぶことは多い。「ではどうすればいいのか?」にも触れている。恐ろしいのは過去の戦争の経緯に、現在の世界情勢と符号することが多々あることだ。「トゥキディデスの罠」は今の米中関係にもあてはまる。

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どうしても頑張れない人たち

著 者:宮口幸治
出版社:新潮社
出版日:2021年4月20日 5月10日 2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 重たい問題がさらに発展して、ちょっと今は手に負えないと感じた本。

 前作「ケーキの切れない非行少年たち」は67万部のベストセラーになったらしい。私はそのレビュー記事に「どう消化していいのか分からない」と書いている。そんなことは忘れていて、消化不良のまま2作目を読んでしまった。

 「はじめに」の冒頭に、テレビ番組で見た、元受刑者の出所後の生活や雇用の世話をしている会社の社長さんのことが書かれている。その社長さんが「頑張ったら支援します」という言葉をかけていた、と。社長さんの取組は素晴らしいもので頭が下がる。でももし、頑張れなかったらどうなるのか..? 実は「どうしても頑張れない人たち」が一定数いて、彼らはサボっているわけではない。

 少しだけ前作のおさらい。「ケーキの切れない」は「ケーキを三等分できない」という意味で、医療少年院にはそういう少年たちが大勢いる。ケーキを三等分できないのは彼らが「認知機能に問題がある」ことが原因。少年院に来ることになった理由(おそらく何かの事件)も、認知機能の問題が強く関連している。

 そして彼らはまさに「頑張ってもできない」「頑張ることができない」少年たちだった。頑張れないがために様々な困難に直面していて支援が必要なのに、頑張れないがために支援が受けられない。本書の問題意識はここにある。

 本書は「頑張ったら支援する」の恐ろしさ、逆に「頑張らなくていい」は本当にそうか?という問いかけや、やる気を奪う様々な言葉などを、豊富な経験のなかから解きほぐすように語っていく。そして「ではどうすれば」についても書いてある。これはなかなか実践的なものだった。

 相変わらず消化できないままだ。「頑張れない」と「頑張らない」は違う。「頑張れない」はいいけど「頑張らない」はダメ。いや「頑張らない」人は本当に支援しなくていいのか?支援は無尽蔵でないのだから優先順位をつけるとしたら?などと考えが発散したり堂々巡りしたり。

 しかし問題の認識はできた。それに、自分にも似た気持ちがあったことに気付いた。詳しくは書けないけれど、「人並み(以下)じゃ支援してもらえないのか」と感じた経験がある。「はじめに」のエピソードを読んで「この本読もう!」と思ったのは、そうした経験が感応したのだと思う。

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沈黙の春

著 者:レイチェル・カーソン
出版社:新潮社
出版日:1974年2月20日 発行 2014年6月5日 76刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 半世紀前の本が、現在の世界にも強く警鐘を鳴らしていることに瞠目した本。

 名著とされているので書名ぐらいは知っている人も多いと思う。私もその一人だった。「知っている」だけじゃなくてちゃんと読んでみようと思ったのは、世界各地で起きている「ハチの大量死」のことを聞いた今から数年前のこと。本書はその時に買ったのだけれど、ながく放置した期間もあって読み終わるまで数年かかってしまった。

 本書は、生物学者でもある著者が、主に害虫を駆除する目的で使用される殺虫剤や農薬の、自然や人に与える深刻な被害を、豊富な実証的データとともに明らかにしたもの。原著「Silent Spring」は、1962年に米国で出版され、日本語訳の出版はその2年後だそうだ。

 第一章に描かれた寓話で、春が来ても鳥の鳴き声もミツバチの羽音もしない、自然が沈黙した町が描かれている。書名はこの様子を端的に表した言葉で、実に印象的だ。今のような農薬の使い方を放置すれば、生命の芽吹きのない春を迎えることになる。それでもいいのですか?という警告の言葉でもある。

 殺虫剤や農薬による深刻な被害は数多く報告されているけれど、その中で印象的かつ示唆的なことをひとつだけ紹介する。1950年代、カリフォルニア州のクリア湖。おびただしい数のカイツブリという鳥が死んだ。そのカイツブリの脂肪組織を分析すると、1600ppmという異常な濃度のDDDという薬品が検出された。

 DDDはブユの駆除のために0.2ppm以下に薄められて散布された。それがプランクトン、魚、鳥と食物連鎖を経て生物濃縮という作用によって、8000倍に濃縮されたのだ。最終的にはカイツブリの雛鳥は見られなくなってしまった。ここのブユは蚊によく似ているけれど血を吸わない(ブユと訳してあるけれど、調べるとどうも「フサカ」という別の科の昆虫らしい)。その無害な昆虫を駆除しようとした。それもただ数が多すぎるという理由で。

 この事例が印象的かつ示唆的な理由は、他の事例は割と殺虫剤を無頓着に使っているのに対し、この事例では「中でも害の少ない薬品を」「水量を計算して(安全なように)薄めて」使っていることだ。安全に配慮していても、思いもよらない結果を招くことがある。特に「(安全なように)薄めて」は示唆的だ。今でも「基準値を下回っていれば安全」とされる。たしか原発事故の処理水の海洋放出も..。

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進化のからくり

著 者:千葉聡
出版社:講談社
出版日:2020年2月20日 第1刷 7月7日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 書いてあるのは「研究」なのだけれど、力強い「物語」を読んだような気持になった本。

 著者は進化学者で巻貝研究の第一人者。本書はその著者が、進化に関する研究のいくつかを紹介する。具体的には「巻貝の巻き方(右巻きか左巻きか)の変異」「カワニナの種分化」「仙台近郊のホソウミニナの棲息環境と形態」「小笠原のカタマイマイの研究」等々。一見して地味な生き物だ。小さな巻貝とかカタツムリとか..地味すぎる。

 そんな地味な生き物の研究だけれど、まったく退屈しない。著者が紹介するのは、研究そのものだけでなく、研究を巡る謎解きのストーリーとその成果だからだ。それから、ダーウィンに始まる世界中の研究者も話題にはなるけれど、多くは著者自身が体験したり関わった研究についてなので、臨場感のある読み物になっている。

 その語り口もなかなかに楽しい。例えば本書の最初の話題は、巻貝の右巻きと左巻きの話なのだけれど、なぜか漫画の「北斗の拳」から始まる。ストーリーをご存じでカンの良い方は、ピンときたかと思うけれど、「北斗の拳」には内臓が左右逆になっている登場人物がいるからだ。(追記すると、ショウジョウバエの内臓逆位に関する遺伝子は「サウザー」と命名されているそうだ)

 また、進化学者の研究が想像以上にタフなものだとも感じた。進化学は今や分子レベルでの研究が「研究室の中」でも進んでいるけれど、標本採取はフィールドワークが基本なのだ。著者がカタツムリの調査のために、小笠原の母島の、左右が50~80メートルの絶壁の上の尾根を越える場面は圧巻だった。本書を書いているのだから、無事に帰ってきたことは分かってはいるにも関わらすだ。

 最後に印象的だった言葉を。

 目の前のたくさんの謎は、進化学者にとって何よりのご馳走である。

 「進化学者」を他のあらゆる「○○学者」に変えることができるだろう。著者によると、私たちの好奇心も「進化の結果」であるそうだ。

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「居場所」のない男、「時間」がない女

著 者:水無田気流
出版社:筑摩書房
出版日:2020年5月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 わが身を省みて、将来に備えて「関係を構築」しなければ、と思った本。

 タイトルから「話を聞かない男、地図が読めない女」のような、「男女の振る舞い」の違いをもっともらしく書いた、軽い読み物を想像して手に取った。しかし本書は、それとは違って「男女の境遇」の違いを統計や調査研究を引きながら重いテーマをしっかり論じたものだった。ここには何年も前から認識されながら、一向に改善しないこの国の問題が、明瞭な輪郭をもって切り取られている。

 ごく簡単に言うと「「居場所」のない男」というのは、男性が会社(仕事)以外の場所での関係が築けていない「関係貧困」のことを言い、「「時間」がない女」というのは、女性が1日のうちでも人生という長い時間軸でも、スケジュールに余裕がない「時間貧困」のことを指す。本書は3部構成で、第1部で男性の「関係貧困」、第2部で女性の「時間貧困」を検証・解説し、第3部でその解決のための考察をしている。

 「男性」に付言すると、関係が築けていないのは「頼れる人がいない」ことを示す。仕事から離れてしまうと「相談できるのは妻だけ(相談できる内容に限るけれど)」という状態に陥る。もちろん結婚しなければ妻はいない。先立たれても妻はいない。その結果と思われるが、日本の男性は女性の2倍以上も孤独死し(2017年 東京都23区の統計)、おなじく2倍以上自殺している(2018年 内閣府統計)。

 「女性」について言うと、本当に余裕がない。男性が思っているより数段忙しい。著者は「結婚してキャリアも積んで34歳までに子どもを2人ぐらい」という「モデルコース」を設計しているが、何歳までに○○という計画に追われて、息が詰まる思いがする。1日のスケジュールを見ても、特に母親になると、家族に対するケア労働(労働とみなされないことが多い)のために、家族が起きている間中スタンバイ状態になる。

 それで男性の「関係貧困」と女性の「時間貧困」は関連している。これもごく簡単に言うと、男性が「関係貧困」でも暮らせるのは、女性から時間を奪っているからで、これが「時間貧困」の原因の一つになっている。だからこの問題は両方同時にしか解決しない。それなのに「女性活躍推進」に代表される政策の数々は、男性の問題を置いたままに、この上さらに女性の時間を資源として使おうとしている。...嘆息。

 何気なく手に取った本だけれど、いい本に出合った。

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やばいデジタル 「現実」が飲み込まれる日

著 者:NHKスペシャル取材班
出版社:講談社
出版日:2020年11月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

「立ち止まれない」ことに怖気がした本。

本書は2020年4月に放送されたNHKスペシャル「デジタルVSリアル」の取材班が、番組の内容を軸に放送では伝えきれなかった取材内容を盛り込んだもの。大きく2つのテーマがあり、前半のテーマは「フェイク」、後半は「プライバシー」。「私たちの社会を自由に豊かにしてくれる」と期待していたデジタル技術の、不自由で非民主主義的な側面をあらわにする。

まず「フェイク」から。フェイク情報によって「子どもの誘拐犯」の濡れ衣を着せられ、集団リンチを受けて2人が死亡した、メキシコで実際にあった事件が紹介されている。リンチを加えたのは怒りにかられた市民。「その人たち大丈夫か?」と思う。しかし同様の事件は世界各地で起きている。「日本では起きない」とは言えない。

さらに深刻なフェイクも。「ディープフェイク」という技術を使えば「ある人があることを話しているビデオ」が作れる。見ただけではフェイクと見破ることはできない。今は、女優やタレントの「フェイクポルノ」が問題になっているけれど、「動かぬ証拠」であった動画映像が簡単に作れるのだから、誰かを陥れることも簡単になった。時代はさらに先へ進み、今はそれがビジネスになっているという…暗澹たる気分だ。

次に「プライバシー」。スマホの利用履歴から持ち主の人物像がどの程度分かるか?そんな実験が報告されている。結論から言うと、住所、氏名、職業、趣味、経済状態、異性関係..プライバシーが丸裸にされてしまった。おまけに「新しい仕事を始める」という未来予知まで的中させてしまう。

「まいったなぁこれは」が感想。技術の進歩がこんな息苦しい社会を招くなどと思いもしなかった。もう立ち止まれないのか?

最後に。とても気になったこと。それは、こんな状況を問題だと思っていない人たちが相当数いそうなこと。「フェイク」をビジネスにしているある人物は「ディープフェイクは単なる道具。テクノロジーは進化していかなかればなりません」と言う。別の人物は「フェイクビジネスという新たな道を切り開いてきたことに誇りを持っています」と言う。

プライバシーを丸裸にされた人物も「あの程度なら全然問題ないかな」と言って去っていった。

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13坪の本屋の奇跡

著 者:木村元彦
出版社:ころから
出版日:2019年11月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

「町の本屋さん」がどんどん減っていくのは、Amazonとかのネット書店に押されてだと思っていたけれど、理由はそれだけじゃないんだと気が付いた本。

本書のいう「13坪の本屋」とは、大阪の谷六にある「隆祥館書店」のこと。ノンフィクションを中心に、1つの本で3ケタを優に超える(300冊とか500冊とか)売り上げがある。地元のサントリーの会長であった佐治敬三関連のノンフィクションで、アマゾンも八重洲ブックセンターも抑えて、売り上げの初速が全国で1位になったこともある。

つまりは「メッチャたくさんの本を売る町の小さな本屋」だ。本にする題材としてとても魅力的なお店だけどしかし、本書の焦点はそこには当てていない。焦点が当たっているのは、先代のころから続く、書籍流通の悪弊の解消のための闘いだ。

知っているだろうか?例えば、取次が配本を決めるので、売りたい本があっても小さな本屋には届かない。例の全国で1番売った佐治敬三関連のノンフィクションが文庫化された際に、隆祥館書店には1冊も配本されなかったそうだ。でもこのこと、つまり、小さな本屋には思うようには配本されないことは、知っている人も多いだろう。

では、取次の意向次第で「売りたくない(売れそうもない)本」が、小さな本屋に時には大量に届くことは?(嫌韓本が書店の棚にあふれる理由はこれだった) 売りたくない本でも届いた分は、月末請求で代金を支払わなくてはいけないことは?返品しても、大きな書店は即返金されるのに、小さな本屋は場合によっては1か月先になることは?

会社というのは商品が売れなくなっただけでは倒産しない。資金繰りが滞って債務の返済ができなくなって倒産する。返金が遅れればその間は借金になって、資金繰りを圧迫する。小さい本やにとっては死活問題だろう。「隆祥館書店」はこうした悪弊に異議を唱え続けて、僅かではあるけれど改善を勝ち取ってきた。

後半に収められた、「隆祥館書店」主催の「作者と読者の集い」の講演録も必見。藤岡陽子さん、小出裕章さん、井村雅代さん、鎌田實さんの4人の方のお話がとても示唆に富む。

さて、町の小さな本屋を守りたい、と思うなら何をすればいいか?それを考えねば。

もし「書籍流通の悪弊」に関心があったらこちらの記事も読んでほしい。
なぜ書店にヘイト本があふれるのか。理不尽な仕組みに声をあげた1人の書店主:ビジネスインサイダー

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きみのまちに未来はあるか?

著 者:除本理史、佐無田光
出版社:岩波書店
出版日:2020年3月19日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「未来はあるか?」と問いかけて、「その未来はあなたがつくる」と呼びかける本。

 地域づくりについて事例を交えて考察する。まず「地域」を取り巻く現状を俯瞰する。国全体は借金が膨らみ、産業は空洞化、そして高齢化が進む。地域(地方)に目を転じると、「消滅可能性都市」として全国の多くの市町村で存続が危ぶまれる。一方、若い人たちの間では「ローカル志向」「田園回帰」などと呼ばれるトレンドも注目されている。

 トレンドは追い風ながら、都市の消費者は「手っとり早い消費」を志向していて、過度の観光地化や不動産開発などの弊害もある。そのような弊害を招かないよう注意しながら、住民間のつながり、土地、自然、まちなみ、景観、伝統・文化などの地域の「根っこ」を意識した地域づくりを提案する。

 「根っこ」を意識した地域づくりの事例として「福島県飯館村」「熊本県水俣市」「石川県金沢市」「石川県奥能登」の4つを挙げる。飯館村は1980~90年代の住民組織の活動。水俣市は水俣病を捉えなおした1990年代の「もやい直し」の運動。金沢市は1960年代から近年まで続く断続的な街づくり。奥能登は2000年代からの里山里海と人材育成をテーマとした活動。

 「意外」というか「面食らった」というか。理由は2つ。ひとつは事例の選定の問題。飯館村は活動で得た多くのものを原発事故で失ってしまっている。水俣市は水俣病という重い負の遺産を抱えた街だ。金沢市は、何度も行ったことがあるけれど、地方の町から出かけていくと繁栄した大都市に見える。一見すると、地域づくりがテーマになるような街の参考にいいのは、奥能登の取り組みぐらいではないか?と思った。

 ふたつめ。本書は「岩波ジュニア新書」の一冊で、私としては「未来はあるか?」という刺激的な問いかけをして、小中学生に何を伝えるのか?という興味を持ったので読んでみた。小中学生を侮ってはいけないけれど、相当の前提知識がないと伝えたいことが伝わらないと思う。繰り返すけれど、小中学生を侮ってはいけないとしてもだ。

 「意外」ではあったけれど、私自身には気づきもあった。それは「多就業スタイルの生活」。奥能登に移住してきた人の例が載っている。漁師の収入だけでは足りないけれど、キャンプ場の管理人や観光協会の事務局や、ダイビングのコーディネートや民宿の手伝いをして補っている。それで「のんびり自然にあわせて暮らし、農漁業が休みになる時期には、年に1回くらい海外旅行に行く」、そんな生活ができる。

 もちろん不安定さはある。でも休む間もなく1つの仕事だけをする、というのは「都市のスタイル」なんじゃないか。「地方には(暮らしていけるだけの収入を得る)仕事がないから」と言って、若者が都会に流れる。それはスタイルが合ってないからなのかもしれない、と思った。

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