5.ノンフィクション

映画を早送りで観る人たち

著 者:稲田豊史
出版社:光文社
出版日:2022年4月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

読んで「映画を早送りで観る」ことへの違和感がすごく小さくなった本。

映画を早送りで観る人が少なからずいるらしい。多いのは20代だけれど、30代以上の世代にもいる。調査によると動画コンテンツを「よく倍速で視聴している」「時々倍速で視聴している」を合わせると、20代で男性は36.4%女性は28.2%、全世代男女では23%。「倍速視聴」だけでなく、セリフのないシーンや「平凡なシーン」を飛ばして見る「飛ばし見」をする人もいる。

調査は「映画を」ではなくて「動画コンテンツを」なので、私としては「倍速経験率」が少ないぐらいに思うけれど、著者は違うらしくこの状況に「大いなる違和感」を感じた。しかし「同意はできないかもししれないが、納得はしたい。理解はしたい」と、なぜこんな習慣が身に着いたのかを解き明かそうと、「倍速視聴」「飛ばし見」をする人々らの意見を聞き取って考察したもの。

「習慣」はともかく、どうして「倍速視聴」「飛ばし見」をするのか?は、単純明快だ。それは「時間がもったいないから」。世間で話題、友達が話してたなので、観るべき(と本人が思う)作品が多すぎるのだ。Netflixなどの映像配信のサブスクリプションの登場で、1本あたりの視聴コストが限りなく安価になったことで、「観るべき」リストに入れる基準がグンと下がったことも一因。

「それじゃ作品をちゃんと味わえない」という意見はもっともだけれど、彼らは作品を「観たい」のではなくて「知りたい」ので、味わえなくても構わない。少し補足すると「観たい」作品はちゃんと1倍速で観ることもあるらしい。もし面白かったら、飛ばして見てもったいないとは思わないのか?と聞けば、倍の時間をかけていたら「こんなに時間を使っちゃったんだ」という後悔の方が大きい、という。

ここまでは本書の第1章の内容で、彼らがどうしてそうなったか?を、様々な角度から考察されている。共通するキーワードは「コストパフォーマンス」。「回り道」「無駄」「失敗」をしたくない。「したくない」と書くと「意思」のようだけれど、もう少し切迫した「罪悪感」「恐怖」のようなものを背負っている。いづれにしても「理由はある」のだ。私としては全部ではないけれど納得した。

ひとつだけ特筆したい。本書で「回り道したくない」の要因に「キャリア教育」をあげているが、これは本当にそうだと思う。本書には詳しくは書かれていないけれど、今の学校のキャリア教育では、中学校(場合によっては小学校)で、将来何になりたいか?そのためにはいつごろ何をするか?なんてことを考えるように指導される。まるでプロジェクト管理のように。こんな指導は間違っていると思うのだ。

こんな感じで本書には、テーマの「倍速視聴」「飛ばし見」を超えた様相が描き出され、現代社会の味方に新しい視点を与えてくれる。「映画を早送りで観る」に関心がない人にも、一読をおススメ。

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暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

著 者:堀川惠子
出版社:講談社
出版日:2021年7月5日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 戦争計画にあった「ナントカナル」という言葉が虚しく聞こえた本。

 2021年第48回大佛次郎賞受賞。尊敬する人生の先輩に薦められて読んだ。

 本書は太平洋戦争の戦時下に、広島市の宇品地区にあった「陸軍船舶司令部」に焦点を当てたノンフィクション。「陸軍船舶司令部」というのは、戦時下には参謀本部の直轄となり、戦場への兵隊や軍需品の輸送や上陸を支援する組織。

 キーマンとなるのはその「船舶司令部」の2人の司令官。一人は大正8年に宇品に着任した田尻昌次。上陸用舟艇の開発や組織改革を行い、日中戦争で実際の上陸作戦を指揮し、後に「船舶の神様」と呼ばれる。もう一人は昭和15年、田尻の退任後まもなく着任した佐伯文郎。太平洋戦争中の南アジアや太平洋への兵力の輸送に必要な船舶の手配に奔走、原爆投下後の広島の街の救援にも尽力した。

 「日本はこうして負けたんだな」ということが、これまでになく実感を持って分かる。もちろん敗戦の要因が「無謀な戦略」にあることはまず間違いなく、それを指摘する類書はたくさんある。「無謀な戦略」をもっと具体的に「ロジスティクスの軽視」として「南太平洋にまで長く伸びきった兵站線」を指摘する意見も少なくない。

 しかしこの「長く伸びきった兵站線」の実情を詳細に解明した本はどうだろう?。私は本書がその初めての本だと思う。「実情」を一言でいえば、要は「船が足りない」のだ。本書はその「足りなさ」を、具体例と数値を以てこれでもかというぐらい執拗に明らかにしていく。

 海に囲まれた日本からは、戦場に大量に兵力を送り込む手段は船しかない。輸送船は民間の客船を徴用したもので船員は民間人で火器も積んでいない。当然のように敵の標的されて損耗する一方なので数が足りなくなる(「損耗する」なんてモノのように書いたけれど、1隻撃沈されれば千人単位の兵士・船員が海の藻屑と消えるのだ)。さらには、日本軍の南アジアへの進出は資源を求めてのことだったけれど、その資源を日本へ輸送するための船がない。「船がないから船を新造できない」とう悪循環..。

 上に「本書がその初めての本だと思う」と書いたのには理由もある。本書の取材過程で、田尻昌次が残した全13巻のこれまで未発表で眠っていた手記を著者が発見した。それがなければここまでの事実の解明はできないだろうと思うからだ。発見された手記を基に今後の調査も期待できる。改めて資料の収集と保存の重要さを感じた。終戦から80年が経とうとしていることを考えれば、このような資料の発掘にはもうあまり時間がないかもしれない。

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ブックフェスタ 本の磁力で地域を変える

著 者:礒井純充、 橋爪 紳也 ほか
出版社:一般社団法人まちライブラリー
出版日:2021年9月18日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本」と「まちづくり」に興味がある人にはとてもためになる本。

 本書は「まちライブラリーブックフェスタ・ジャパン2020」という催しを再構成してまとめたもの。この催しは、図書館や書店といった本のある場所が垣根を越えて互いに訪れる機会を増やそうと2015年に始まった。「本のある場所」に「まちライブラリー」が含まれる。

 「まちライブラリー」は、お店や個人が用意した場所に、他の人が本を持ち寄って作る本棚。貸し借りや本の話をきっかけにしたコミュニケーションなどを通して、まちに開かれていることが特長。全国に広がる小規模な図書館「マイクロ・ライブラリー」の一つの形態でもある。

 4章構成で、第1章が「本」と「人」を考える5つの講演録。公共図書館のあり方やまちづくりとの関わりなど、多彩な視点から述べられている。第2章は「ブックツーリズム」がテーマ。原田マハさんを囲んだ話し合いと、奥多摩での実践の報告がある。第3章は「マイクロ・ライブラリー」について。中国と日本での様子が報告される。第4章は「マイクロ・ライブラリー」を実践する12か所からの報告。

 私は「本」にも「まちづくり」にも興味がある。だから読んでいて「ためになる」というか、栄養が沁み入ってくるような感じがした。実践報告に「あぁそういうやり方がいいのか」と思ったり、自分のことに関連付けて考えたり、講演で述べられた考え方に共感したりした。

 原田マハさんの「読書の神様」のお話は特によかった。私にもそのような神様が降りてきてくれないかと思った。そしてこの言葉が印象に残った。

 読書をする人の姿はとても美しい

 

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海をあげる

著 者:上間陽子
出版社:筑摩書房
出版日:2020年10月31日 初版第1刷 2021年6月5日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 気が付いていて見て見ぬふりをしていることを突き付けられた、そういう本。

 2021年の本屋大賞の「ノンフィクション本大賞」受賞作品。

 著者は教育学・社会学の研究者。沖縄県生まれで、今は普天間基地の近くに住み、保育園に通う娘がいる。東京と沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わり、現在は若年出産をした女性の調査をしている。本書は「webちくま」というサイトに掲載したエッセイを中心に12編を収録したエッセイ集。

 著者自身のこと、家族のこと、支援している少女たちのこと、そして沖縄のこと。テーマは様々だけれど、一貫しているのは自分の目で見て耳で聞いたことを書いていることだ。フィールドワークをする研究者らしく、視線が観察的で装飾が少ない抑え目な文章。そこに著者の感情がするりと差しはさまる。それは、娘に対する愛情であったり、沖縄の現状に対する怒りと哀しみであったりする。

 一編だけ紹介する。2019年に行われた辺野古の埋立ての賛否を問う県民投票のこと。宜野湾市や沖縄市などの5つの市の市長が県民投票を拒否し、その撤回を求めて20代の若者が宜野湾市庁舎前で、ハンガーストライキをした。その若者は元山仁士郎さん。著者と元山さんは1年半に出会っていて、その出会いは、著者に大きな後悔をさせるものだったらしい。

 この一遍では、ハンガーストライキに至る経緯と、その現場の様子、とりわけそこを訪れる沖縄の人々の思いが記されている。雨が降り始めて寒い2月の明け方に誰かが届けたテントで眠る様子。おにぎりの入ったビニール袋を渡しながら「こんなことまでさせて、おじさんは、もうつらくてつらくて」と言って泣く男性..。

 「基地反対運動をしているのは実は沖縄の人ではない」的な言説が流布しているけれど、本書のような現場で実際に見聞きしたレポートを読めば、それが事実でない、少なくとも一部分の切り取りでしかないことが分かる。そしてタイトルの「海をあげる」の意味が分かった時、読者は衝撃を受け自省することになる。

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ソーシャルメディアと経済戦争

著 者:深田萌絵
出版社:扶桑社
出版日:2021年5月1日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 これは「私の考えとは全く合わないな」と感じたけど「たまにはそんな本を読もう」と思って読んだ本。

 著者紹介によると、著者はITビジネスアナリストでITベンチャーの経営者でもある。ビジネスで米中を往来してきた著者が、新型コロナウイルス、SDGs、地球温暖化、DXと5G、米中の衝突といった、グローバルなトレンドを読み解く。

 著者の主張のベースは、これらのトレンドはすべて「ビジネスプロパガンダ」だというもの。つまり何者かが作り出して世論と政治を誘導している。それによって誰が得をするのか?を考えれば、その「何者か」が分かる、というわけだ。

 例えば新型コロナウイルスのパンデミックは、何者かが仕掛けた経済戦争だという。「ソーシャルディスタンス」というプロパガンダを前面に押し出すことで、リモートワークやリモート授業が進む。その通信負荷の増大を解消するために、ファーウェイ製の5G基地局の受入が進む。つまり「何者」とは「中国」らしい。

 さらに表面的には緊張関係にある台湾と中国が、裏では手を結んでいて、台湾が中国のフロントとして機能している、という指摘もある。日本も米国も、中国への技術移転には神経を尖らせるが、相手が台湾なら警戒が緩む。中国が購入できない最先端兵器を調達して、その技術を中国へ移転するという重要な役割を、台湾が担っている(と著者は主張する)。

 本書を手に取って「はじめに」を読んで「トンデモ本」だと思った。それは読み終わっても大きく変わらない。でも、例えば、中国・台湾に広がる人物相関図(蒋介石や周恩来の名もある)が載っていて、こうした著者があげる「事実」が本当なら辻褄は合っている。でも真偽の確かめようがない。参考文献も出典一覧もない。

 ということで、本書はもしかしたら「トンデモ本」かもしれない。でも大事な示唆を含んでいる。世の中の話題は「誰かが意図的に作り出したプロパガンダかもしれない」と疑うことは大切だし、IT機器から情報が洩れている危険性は現実のものだ。「そんなバカな!」では済ませられることではない。

 そうそう。最後に述べられている「中小企業の労働生産性」の考察は、私もその通りだと思う。私の考えと全く合わないわけではなかった。

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池上彰の君と考える戦争のない未来

著 者:池上彰
出版社:理論社
出版日:2021年5月 初版 7月 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

本のタイトルに著者名を冠してしまうのはどうかと思うけど、内容はよかった本。

池上彰さんが「戦争をなくすにはどうしたらいいだろうか?」と問いかける。それを考えるために、まずは過去に日本で世界で起きた数々の戦争について、コンパクトに要点を解説する。その戦争はどんな理由で始まったのか?どうやって終わったのか?その影響にはどんなものがあったのか?

日本が戦った戦争として、元寇、秀吉による朝鮮出兵、薩英戦争、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争など。世界で起きた戦争として、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻、中東戦争、ユーゴの内戦、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争など。江戸時代以前の戦争を除いても約100年の間に10以上もあって「戦争しすぎでしょ」と思った。これ以外にも内戦や紛争と呼ばれるものを数えれば倍ぐらいになる。

その他に思ったことをいくつか。

1つめ。戦争が始まる理由がその犠牲と全く釣り合わないということ。例えば第一次世界大戦は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇弟夫妻の殺害が発端だけど、世界中の国を巻き込んで1600万人以上が死亡することになる。2つめ。アメリカの戦争のやり方が「短慮」としか言いようがないこと。ベトナム戦争では、戦略のために隣国のカンボジア政府を転覆させてしまう。イラク戦争は、大量破壊兵器を持っているという誤った情報を元に始めてしまった。

3つめ。日本の戦争の始め方も相当ヤバイこと。満州事変は関東軍の自作自演の爆発事件を理由に「自衛」を目的に始まっている。日中戦争は日本軍への発砲が端緒になる。これも自作自演の疑いがある(諸説アリ)。4つめ。戦争の因果は繋がっていること(十字軍の昔から)。第一次世界大戦の戦後処理が中東戦争の原因になっているし、ソ連のアフガン侵攻からイスラム国の台頭まで、いくつもの戦争が数珠つなぎに繋がっている。

5つめ。歴史に「もしも」はないとは言え、回避できたかもしれないポイントが多くの戦争であること。その多くは過ちを犯した者にきちんと責任を取らせることと、正しい情報に耳を傾けること。満州事変の端緒となった爆発が、「自作自演」だという情報は当初から上がっていたし、軍紀違反でもあるのに首謀者は責任を問われることなく、陸軍の中で出世して後の戦争を主導している。

実は、本書は若い人に向けて書かれたものなのだけれど、40歳でも50歳でももっと上でも、読めばためになると思う。あくまで「池上彰さんの見方」であることは心得て置くとしても、過去から学ぶことは多い。「ではどうすればいいのか?」にも触れている。恐ろしいのは過去の戦争の経緯に、現在の世界情勢と符号することが多々あることだ。「トゥキディデスの罠」は今の米中関係にもあてはまる。

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どうしても頑張れない人たち

著 者:宮口幸治
出版社:新潮社
出版日:2021年4月20日 5月10日 2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 重たい問題がさらに発展して、ちょっと今は手に負えないと感じた本。

 前作「ケーキの切れない非行少年たち」は67万部のベストセラーになったらしい。私はそのレビュー記事に「どう消化していいのか分からない」と書いている。そんなことは忘れていて、消化不良のまま2作目を読んでしまった。

 「はじめに」の冒頭に、テレビ番組で見た、元受刑者の出所後の生活や雇用の世話をしている会社の社長さんのことが書かれている。その社長さんが「頑張ったら支援します」という言葉をかけていた、と。社長さんの取組は素晴らしいもので頭が下がる。でももし、頑張れなかったらどうなるのか..? 実は「どうしても頑張れない人たち」が一定数いて、彼らはサボっているわけではない。

 少しだけ前作のおさらい。「ケーキの切れない」は「ケーキを三等分できない」という意味で、医療少年院にはそういう少年たちが大勢いる。ケーキを三等分できないのは彼らが「認知機能に問題がある」ことが原因。少年院に来ることになった理由(おそらく何かの事件)も、認知機能の問題が強く関連している。

 そして彼らはまさに「頑張ってもできない」「頑張ることができない」少年たちだった。頑張れないがために様々な困難に直面していて支援が必要なのに、頑張れないがために支援が受けられない。本書の問題意識はここにある。

 本書は「頑張ったら支援する」の恐ろしさ、逆に「頑張らなくていい」は本当にそうか?という問いかけや、やる気を奪う様々な言葉などを、豊富な経験のなかから解きほぐすように語っていく。そして「ではどうすれば」についても書いてある。これはなかなか実践的なものだった。

 相変わらず消化できないままだ。「頑張れない」と「頑張らない」は違う。「頑張れない」はいいけど「頑張らない」はダメ。いや「頑張らない」人は本当に支援しなくていいのか?支援は無尽蔵でないのだから優先順位をつけるとしたら?などと考えが発散したり堂々巡りしたり。

 しかし問題の認識はできた。それに、自分にも似た気持ちがあったことに気付いた。詳しくは書けないけれど、「人並み(以下)じゃ支援してもらえないのか」と感じた経験がある。「はじめに」のエピソードを読んで「この本読もう!」と思ったのは、そうした経験が感応したのだと思う。

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沈黙の春

著 者:レイチェル・カーソン
出版社:新潮社
出版日:1974年2月20日 発行 2014年6月5日 76刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 半世紀前の本が、現在の世界にも強く警鐘を鳴らしていることに瞠目した本。

 名著とされているので書名ぐらいは知っている人も多いと思う。私もその一人だった。「知っている」だけじゃなくてちゃんと読んでみようと思ったのは、世界各地で起きている「ハチの大量死」のことを聞いた今から数年前のこと。本書はその時に買ったのだけれど、ながく放置した期間もあって読み終わるまで数年かかってしまった。

 本書は、生物学者でもある著者が、主に害虫を駆除する目的で使用される殺虫剤や農薬の、自然や人に与える深刻な被害を、豊富な実証的データとともに明らかにしたもの。原著「Silent Spring」は、1962年に米国で出版され、日本語訳の出版はその2年後だそうだ。

 第一章に描かれた寓話で、春が来ても鳥の鳴き声もミツバチの羽音もしない、自然が沈黙した町が描かれている。書名はこの様子を端的に表した言葉で、実に印象的だ。今のような農薬の使い方を放置すれば、生命の芽吹きのない春を迎えることになる。それでもいいのですか?という警告の言葉でもある。

 殺虫剤や農薬による深刻な被害は数多く報告されているけれど、その中で印象的かつ示唆的なことをひとつだけ紹介する。1950年代、カリフォルニア州のクリア湖。おびただしい数のカイツブリという鳥が死んだ。そのカイツブリの脂肪組織を分析すると、1600ppmという異常な濃度のDDDという薬品が検出された。

 DDDはブユの駆除のために0.2ppm以下に薄められて散布された。それがプランクトン、魚、鳥と食物連鎖を経て生物濃縮という作用によって、8000倍に濃縮されたのだ。最終的にはカイツブリの雛鳥は見られなくなってしまった。ここのブユは蚊によく似ているけれど血を吸わない(ブユと訳してあるけれど、調べるとどうも「フサカ」という別の科の昆虫らしい)。その無害な昆虫を駆除しようとした。それもただ数が多すぎるという理由で。

 この事例が印象的かつ示唆的な理由は、他の事例は割と殺虫剤を無頓着に使っているのに対し、この事例では「中でも害の少ない薬品を」「水量を計算して(安全なように)薄めて」使っていることだ。安全に配慮していても、思いもよらない結果を招くことがある。特に「(安全なように)薄めて」は示唆的だ。今でも「基準値を下回っていれば安全」とされる。たしか原発事故の処理水の海洋放出も..。

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進化のからくり

著 者:千葉聡
出版社:講談社
出版日:2020年2月20日 第1刷 7月7日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 書いてあるのは「研究」なのだけれど、力強い「物語」を読んだような気持になった本。

 著者は進化学者で巻貝研究の第一人者。本書はその著者が、進化に関する研究のいくつかを紹介する。具体的には「巻貝の巻き方(右巻きか左巻きか)の変異」「カワニナの種分化」「仙台近郊のホソウミニナの棲息環境と形態」「小笠原のカタマイマイの研究」等々。一見して地味な生き物だ。小さな巻貝とかカタツムリとか..地味すぎる。

 そんな地味な生き物の研究だけれど、まったく退屈しない。著者が紹介するのは、研究そのものだけでなく、研究を巡る謎解きのストーリーとその成果だからだ。それから、ダーウィンに始まる世界中の研究者も話題にはなるけれど、多くは著者自身が体験したり関わった研究についてなので、臨場感のある読み物になっている。

 その語り口もなかなかに楽しい。例えば本書の最初の話題は、巻貝の右巻きと左巻きの話なのだけれど、なぜか漫画の「北斗の拳」から始まる。ストーリーをご存じでカンの良い方は、ピンときたかと思うけれど、「北斗の拳」には内臓が左右逆になっている登場人物がいるからだ。(追記すると、ショウジョウバエの内臓逆位に関する遺伝子は「サウザー」と命名されているそうだ)

 また、進化学者の研究が想像以上にタフなものだとも感じた。進化学は今や分子レベルでの研究が「研究室の中」でも進んでいるけれど、標本採取はフィールドワークが基本なのだ。著者がカタツムリの調査のために、小笠原の母島の、左右が50~80メートルの絶壁の上の尾根を越える場面は圧巻だった。本書を書いているのだから、無事に帰ってきたことは分かってはいるにも関わらすだ。

 最後に印象的だった言葉を。

 目の前のたくさんの謎は、進化学者にとって何よりのご馳走である。

 「進化学者」を他のあらゆる「○○学者」に変えることができるだろう。著者によると、私たちの好奇心も「進化の結果」であるそうだ。

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「居場所」のない男、「時間」がない女

著 者:水無田気流
出版社:筑摩書房
出版日:2020年5月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 わが身を省みて、将来に備えて「関係を構築」しなければ、と思った本。

 タイトルから「話を聞かない男、地図が読めない女」のような、「男女の振る舞い」の違いをもっともらしく書いた、軽い読み物を想像して手に取った。しかし本書は、それとは違って「男女の境遇」の違いを統計や調査研究を引きながら重いテーマをしっかり論じたものだった。ここには何年も前から認識されながら、一向に改善しないこの国の問題が、明瞭な輪郭をもって切り取られている。

 ごく簡単に言うと「「居場所」のない男」というのは、男性が会社(仕事)以外の場所での関係が築けていない「関係貧困」のことを言い、「「時間」がない女」というのは、女性が1日のうちでも人生という長い時間軸でも、スケジュールに余裕がない「時間貧困」のことを指す。本書は3部構成で、第1部で男性の「関係貧困」、第2部で女性の「時間貧困」を検証・解説し、第3部でその解決のための考察をしている。

 「男性」に付言すると、関係が築けていないのは「頼れる人がいない」ことを示す。仕事から離れてしまうと「相談できるのは妻だけ(相談できる内容に限るけれど)」という状態に陥る。もちろん結婚しなければ妻はいない。先立たれても妻はいない。その結果と思われるが、日本の男性は女性の2倍以上も孤独死し(2017年 東京都23区の統計)、おなじく2倍以上自殺している(2018年 内閣府統計)。

 「女性」について言うと、本当に余裕がない。男性が思っているより数段忙しい。著者は「結婚してキャリアも積んで34歳までに子どもを2人ぐらい」という「モデルコース」を設計しているが、何歳までに○○という計画に追われて、息が詰まる思いがする。1日のスケジュールを見ても、特に母親になると、家族に対するケア労働(労働とみなされないことが多い)のために、家族が起きている間中スタンバイ状態になる。

 それで男性の「関係貧困」と女性の「時間貧困」は関連している。これもごく簡単に言うと、男性が「関係貧困」でも暮らせるのは、女性から時間を奪っているからで、これが「時間貧困」の原因の一つになっている。だからこの問題は両方同時にしか解決しない。それなのに「女性活躍推進」に代表される政策の数々は、男性の問題を置いたままに、この上さらに女性の時間を資源として使おうとしている。...嘆息。

 何気なく手に取った本だけれど、いい本に出合った。

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