ライオンのおやつ

著 者:小川糸
出版社:ポプラ社
出版日:2019年10月7日 第1刷発行 2020年1月29日 第11刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 瀬戸内海の空気と光が、哀しいことも和らげてくれるような本。

 主人公は海野雫。声優かアイドルみたいな名前、とよく言われるけれど、これが本名。33歳。瀬戸内海に浮かぶ、地元の人が「レモン島」と呼ぶ島にやってきた。「ライオンの家」という名のホスピスに入るためだ。そう、彼女の人生に残された時間はそう多くない。

 「ライオンの家」は、代表のマドンナ(ライオンの家ではそれぞれが呼んでもらいたい名前で呼ばれている)の方針で、「朝は何時に起きる」とかのルールが一切ない。敢えて言えば「自由に時間を過ごす」が唯一のルール。物語は、ホスピスや島の人々と雫のふれあいの日々を描く。

 とにかく気持ちのいい空気感を感じた。雫の部屋の窓からは、どこまでも広がる海が見える。手前のレモン畑には、ぷっくりと膨らんだたくさんのレモンが見える。島の空気は美味しい。抵抗力が衰えて空気を吸うのもどこか恐ろしかった雫も、深呼吸をくり返すほどに。

 もちろんホスピスが舞台なのだから、いつか「その日」が来ることを常に感じる。朝食の美味しいお粥を食べて幸せな気分の時も、毎週日曜日の「おやつの時間」にも、犬と寄り添うように散歩している時も、島でレモンを育てる青年とデートしている時も..。

 常に「その日」を感じ「その日」に向かっているとしても、いや「その日」に向かっているからこそ、その間をどのように過ごすのか?が大事で、もし選べるとしたら、これは一つの理想的な形なのだろう。私の家族に..と想像するのはいささかつらいけれど、私自身にならこういうのもいいな、と思う。

 それから「その日」に向かう日々という意味では、藤岡陽子さんの「満天のゴール」もそうだったことを思い出す。あちらはもっと長い人生の終盤だったけれど。

 最後に。ストーリーには直接関わらないけれど、心に残った一文を引用。

 そろそろ、おいしいイカナゴの季節がやって来ますねー

 磯と醤油の香りがした。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

むかしむかしあるところに、死体がありました。

著 者:青柳碧人
出版社:双葉社
出版日:2019年4月21日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 正直でいい人が報われる昔話も、ちょっと視点を変えるとこんなことになる、という本。

 日本人なら誰もが知っている昔話の舞台と設定で殺人事件のミステリー、という趣向。俎上に上がった昔話は「一寸法師」「花咲かじいさん」「つるの恩返し」「浦島太郎」「桃太郎」の5つで、それぞれが短編になっている。昔話の原型は相当にブラックなものだった、と聞いたことがあるけれど、本書の各編も相当にブラックだ。

 ネタバレになるので詳しくは書かないけれど、登場人物たちのイメージが全然違う。一寸法師は昔話どおりに知恵が回るけれどワルだし、花咲かじいさんは思わぬ人の不興を買っていたし、つるの恩返しの弥兵衛もどうかと思うやつになっているし、竜宮城は嫉妬が渦巻いているし、桃太郎は若い鬼たちを諭すときに使う怖い存在になっていた。「正直に暮らさないと、また桃太郎がこの島にやってくるよ」と。

 この「全然違うイメージ」が、昔話のストーリーを現実社会に置き換えたら
「確かにそうかも」と思ってしまうところが、面白いというか哀しいというかだ。だって、どこまでもどこまでも善人で欲のない人なんて、まずいそうにないし、いたら周囲は迷惑してるかもしれない。

 謎解きミステリーとしてもよく出来ているので、昔話のパロディという以外にも、犯人捜し真相探しの謎解きとして楽しんでもいいと思う。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ムゲンのi(上)(下)

著 者:知念実希人
出版社:双葉社
出版日:2019年9月22日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 読み終わると、思っていたところと全然違うところに着地している。そんな本。

 主人公は識名愛衣。神経精神研究所附属病院の神経内科の医師。「突発性嗜眠症候群、通称「イレス」の患者3人の主治医。イレスは世界でも400例ほどしか報告されていない疾患。普通に眠っていただけの者が、目を醒ますことなく昏睡に陥る奇病。その奇病が東京の西部で同時に4例発生、4人ともがこの病院に入院し、そのうち3人が愛衣の患者となった。

 愛衣には本人も知らなかった別の側面があった。愛衣の祖母は、かつては沖縄のユタで、不思議な力で探し物の場所を言い当てたり、病気を治したりしていたという。そして、その力は愛衣にも受け継がれているはずだ、というわけ。「不思議な力って、そんなものあるわけないじゃない」というのが、愛衣の最初の感想だったけれど、その力は実在した。

 というわけで、愛衣はユタの力を使って患者を治療する。患者の「夢幻の世界」に入り込んで、そこで「ククル」という生き物の導きで、患者の「マブイ」という魂のようなものを修復して取り戻さないといけない。「夢幻の世界」とは、患者が見ている「醒めない夢」のこと。「イレス」は、「マブイ」が傷つくことで強制的に仮死状態になった状態だったわけ。

 面白かった。愛衣がが勤める病院や実家の団らんなどの「現実パート」と、患者の夢幻の世界の「ファンタジーパート」、その中で明らかにされる事件の「ミステリーパート」。それから愛衣自身が抱える23年前の事件。そうした複数の要素が配合されている。私としてはちょっと「ファンタジーパート」が冗長なところがあるかな?と感じたけれど。

 最後に。「現実パート」の背景に、猟奇的な連続殺人事件が描かれている。同じく本屋大賞ノミネート作品の「medium 霊媒探偵城塚翡翠」もそうで、これは今年の本屋大賞の傾向なのかな?と思った。エグいのは好きじゃないんだけど..。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

3000年の叡智を学べる 戦略図鑑

著 者:鈴木博毅
出版社:かんき出版
出版日:2019年12月16日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 戦略を勉強する経営スクールの講座紹介パンフレットのような本。

 著者の鈴木博毅さんから献本いただきました。感謝。

 「孫子からGAFAまで」90分で読める戦略の「超」入門書。古代から現在までの全部で38の「戦略」を紹介。1つの「戦略」で紹介するポイントは、どれも3つだけ。「戦略」ごとに、概要紹介が2ページ、ポイントを1つ1ページで計3ページ、全部で5ページ。この繰り返しが読むリズムになってテンポよく読める。

 紹介される「戦略」は例として、孫子の兵法、君主論、カエサル、ナポレオン、クラウゼヴィッツ、ランチェスターの法則、トヨタ生産方式、ビジョナリー・カンパニー、ドラッカー、ポーターの競争戦略論、バーニーの企業戦略論、ブルーオーシャン戦略、戦略サファリ、ジェフ・ベゾス....。

 正直に言って「ポイントは3つ、ページ数は5ページ」では、それぞれの「戦略」は理解できないと思う。私は、突っ込まれることを考えて「知ったかぶり」さえ怖くてできない。それでも「この本は役に立つな」と思った。「あぁそうだったのか!」と思うページが度々あったからだ。

 例えば「ジェフ・ベゾス」のページの「アマゾンが売っているのは「モノ」ではない」。いや「モノ」を売っているのだけれど、それで儲けているのではないということ。アマゾンは「客がモノを買うときの選択・判断を助けることで儲けている」。とすれば、☆1つのネガティブなレビューでさえ、アマゾンの商品力になる。..なるほど。

 「入門書」の意味を考える。まぁある分野の「門に入ってすぐ」の場所で必要なことが書いてある本だろう。本書の位置は「門の外」だ。ここには中の紹介のポスターを貼った小さな門が38個並んでいる。気になった門をくぐるなら、巻末の「参考・引用文献一覧」の本を読むといい。それがたぶん「入門書」だから。

 漠として「戦略」を学びたい人とか、逆に具体的な問題意識があってその解決方を探している人は、ざっと目を通すつもりで読むといいかもしれない。1つや2つは心に引っかかる「戦略」があると思うので。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

きみはだれかのどうでもいい人

著 者:伊藤朱里
出版社:小学館
出版日:2019年9月23日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 良好な人間関係に必要なものは「余裕」だ、と思った本。

 新聞書評で斎藤美奈子さんが紹介していたのを読んで手に取ってみた。

 舞台は県税事務所。本庁ではなくて県の北東部を管轄する合同庁舎の中にある。滞納者に税金を納めてもらう(徴収する?)仕事をする納税部門を中心に描く。

 主人公は4人が章ごとに変わる。順番に紹介する。納税部門の「初動担当」の中澤環。成績トップで入庁した人事課から1年半で異動になって赴任してきた。総務部門の染川裕未。環の同期で半年前まで環の仕事をしていた。病休を経て半年で総務担当に復帰。納税部門の田邊陽子。ベテランのパート職員で噂話好き。総務部門の堀主任。裕未の上司でルールに厳格な「お局様」

 もう一人、大事な登場人物がいる。須藤深雪というアルバイト。環の仕事を手伝っている。と言うより環が面倒をみている。深雪は簡単な仕事も期待どおりにはできない。物語は、主人公のそれぞれが他の職員や家族のことをどう思っているか、特に深雪と絡んだ時にどういう気持ちでいるかを、刻々と描いていく。

 読んでいてつらい。主人公たちの言葉の刃が深雪に向かう。しかし「悪意」と言うのはためらわれる。同情や共感を感じてしまう。だから尚つらい。「ブスが人の金使って化粧してんじゃねぇ!」と窓口で怒鳴られる。「遺書にあなたの名前を書いて死にます」と電話口で言われる。そんなストレスフルな職場で、それぞれが抱える事情もあって、あの人もこの人も余裕をなくしている。

 著者はインタビューで「どれだけ頑張ってもあまり感謝されない」という公務員を掘り下げたと言い、「なぜ人は加害者になってしまうのか」を考えないと解決にはならない、と言う。その点についてはとてもよく表現できている。登場人物が「いじめの被害者にも落ち度はある」ということを口走るシーンがある。これは厳重な禁句だと思うけれど「加害者にも事情はある」はどうだろう?

 加害者も被害者と公平に描いたのは斬新な視点だったと思う。秀作だ。ただ、私はもう少し「救い」が欲しかった。主人公以外でも登場人物のほとんどが女性で、表面上はともかく内心では互いを批判し合っている。真情から互いを思いやる関係は、親子の間でさえない。「どうでもいい人」と突き放してしまえば「救い」なんていらないのかもしれないけれど、それはそれで「救い」がない。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

祝祭と予感

著 者:恩田陸
出版社:幻冬舎
出版日:2019年10月1日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 優れた小説の豊かな物語世界が楽しめた本。

 2016年下半期の直木賞受賞作「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ作品。

 6編の短編を収録。本編の主人公たちだけでなく脇役の物語もある。個性豊かな登場人物が多く競い合った作品ならではのスピンオフ。1つずつの背後に豊かな物語の存在を感じさせる。

 「祝祭と掃苔」は、本編のコンテスタントの栄伝亜夜とマサルが、二人が教えてもらったピアノ教室の綿貫先生の墓参りに行く。風間塵も付いてくる。「獅子と芍薬」は、本編のコンクールで審査員を務めていた、ナサニエルと嵯峨三枝子の出会いとその後。「袈裟と鞦韆」は、本編のコンクールの課題曲「春と修羅」の作曲者の菱沼忠明が主人公。「春と修羅」作曲にまつわるエピソード。

 「竪琴と葦笛」は、中学生だったマサルがジュリアード音楽院のオーディションでナサニエルと出会う。そこから二人が師弟になるまでを描く。「鈴蘭と階段」は、本編で亜夜の先輩でコンクールの付き添いでもあった浜崎奏が主人公。伴侶ともいえるヴィオラと出会う。「伝説と予感」は、塵の師匠で本編では既に亡くなっていた巨匠のホフマンの物語。塵との偶然の出会いを描く。強いて言えば、この物語が本編に直接つながる。

 「祝祭と掃苔」と「鈴蘭と階段」が後日譚で、その他は前日譚。繰り返しになるけれど、どの短編にも豊かな物語の存在を感じる。それを削いで削いで芯を残したようなシャープさがある。私は特に、「鈴蘭と階段」の奏のエピソードに震えるような感動を覚えたし、「獅子と芍薬」のナサニエルと三枝子の物語をもっともっと読みたいと思った。三人とも本編では重要な役どころながら脇役だったことを考えれば、著者の生み出した人物たちは、なんと躍動的で多彩なことだろうと思う。

にほんブログ村「恩田陸」ブログコミュニティへ
(恩田陸さんについてのブログ記事が集まっています。)

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

medium 霊媒探偵城塚翡翠

著 者:相沢沙呼
出版社:講談社
出版日:2019年9月10日 第1刷 12月9日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 こういうミステリーも有りか、ぐらいに軽めに思わせておいて、大仕掛けが仕掛けられていた本。

 本屋大賞ノミネート作品。「このミステリーがすごい!2020年版」第1位

 主人公は香月史郎。推理作家。年齢は30代か?警察の捜査に協力していて、ここ最近はいくつもの殺人事件を推理し解決に導いている。それにはウラがあって、実は、死者の魂を呼び出せるという霊媒の美少女がいて、彼女の助言によって犯人を特定しているのだ。香月はその犯人に導く論理を構築している。警察に「死んだ被害者に聞きました」とは言えないから。

 ミステリーに霊媒、それもホンモノが登場していいのか?という疑問はある。被害者から教えてもらえるなら、捜査も推理も必要ないのだから。でも、ミステリーには「ホワイダニイット(Why done it?)」「ハウダニイット(How done it?)」というジャンルもある。香月の論理構築はその変形で、これもミステリーには違いない。

 物語は、香月が新しく依頼された猟奇的な連続殺人事件を背景に置きながら、香月と霊媒の美少女とのコンビが解決してきた事件を順に描く。言い遅れたけれど、この霊媒の美少女の名前が、タイトルになっている「城塚翡翠」。あれ?とすると、主人公は推理作家の香月史郎ではなくて、霊媒の美少女の城塚翡翠の方なのか?...

 上に「ミステリーには違いない」と書いたけれど、面白いかどうかは別。私は、オカルト趣味が半端な感じがしたし、翡翠の振る舞いが何とも思わせぶり(私の世代がよく使った「ぶりっ子」というやつ)で、コンビによる事件解決はそんなに面白くなかった。でも、この物語は最終話まで読んで欲しい。面白いか面白くないかを判断するのは、最後まで読んでからだ。

 最後に。「女性の目から見れば、明らかに芝居だと見抜けるでしょうけれど、ほとんどの男性は信じ込んでしまうんですから、不思議なものです」。これは翡翠のセリフ。辻村深月さんの「傲慢と善良」でもそういう場面があったけれど、「そうなのか?男はダメだな」と思った。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

店長がバカすぎて

著 者:早見和真
出版社:角川春樹事務所
出版日:2019年7月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋さんを舞台にしたコミカルな物語。本屋さんが好きな人なら楽しめそうな本。

 本屋大賞ノミネート作品

 主人公は谷原京子28歳。武蔵野書店吉祥寺本店の契約社員。時給998円。小さいときから本屋で働きたいと思っていて、武蔵野書店には憧れの書店員がいて..希望を実現した形ではある。それでもよく「こんな店、マジで本気で辞めてやる!」と思っている。主な理由は「店長がバカすぎて」

 今年四十歳になる店長は、毎朝の開店前のクソ忙しい時間に朝礼で長い長い話をする。「明後日か明明後日に自分に来客があるはずなので、私につないでください」とか言う。次の日には「明日か明後日に..」。そんなことはその日の朝に言え!いや言わなくても店長に来客があれば店長につなぐだろ!一事が万事そんな感じ。

 物語は、京子さんの奮闘を描く。ちょっとしたミステリーもある。京子さんの周辺には様々な人がいる。店長、憧れの先輩書店員の他、アルバイトの大学生、お店のお客さん、出版社の営業、作家の先生..。全部で6話あるタイトルはそれぞれ「店長がバカすぎて」「小説家がバカすぎて」「弊社の社長がバカすぎて」「営業がバカすぎて」..大変そうだ。

 大変そうだけれど、みんなバカであってもユーモラスで憎めない。だから面白く読める。京子さんのお父さんがやっている小料理屋があるのだけれど、京子さんは、そこでうまく気分転換ができている。それは読者も同じで、書店の中だけではいささか飽きるけれど、絶妙なタイミングで舞台が転換する。いいアクセントになっている。父娘の関係もなんとなくいい感じ。

 ひとつだけ。物語中に「本屋さん大賞」という書店員が選ぶ賞の話題が何度も出てくる。「本屋さん大賞」が出てくる「本屋が舞台」で「本屋の店員が主人公」の小説を「本屋の店員たち」が「本屋大賞」にノミネートしている。自分の尻尾を追いかけてグルグル回る犬が頭に浮かんだ。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

線は、僕を描く

著 者:砥上裕將
出版社:講談社
出版日:2019年7月3日 第1刷 2020年1月28日 第7刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「白い紙に一本の線を引く」それだけのことにこれほど様々なことが込められることに驚く本。

 本屋大賞ノミネート作品。

 主人公は青山霜介。私立大学の法学部の1年生。友人の古前くんのあっせんで、水墨画の展覧会の設営のバイトに来た。そこで水墨画の大家、篠田湖山の目に留まり弟子入りすることに、さらにはなぜか湖山の孫で新進の水墨画家である千瑛と、来年の「湖山賞」を争って対決することになった。

 物語は、霜介の水墨画修行を中心に、古前くんたち霜介の大学の友人と、千瑛たち湖山先生の弟子たちのそれぞれを描く。古前くんたち大学生はライトコメディタッチで、千瑛たち水墨画家はそれぞれの苦悩も含めて。このあたりのバランスがとても良くて、物語に奥行きと親しみやすさを与えている。さらに言うと、古前くんも千瑛もとても親しみやすいユニークなキャラクターだ。

 素人の学生が、才能とキャリアを併せ持った芸術家に、たった1年で対抗できるわけがない、まぁ誰もがそう思うだろう。千瑛も思うし私も思う。まぁ小説だから作り話だから、で済ませてもいいのだけれど、それだけではない。霜介には白い画仙紙に墨だけで描く水墨画を描く素質があったのだ。いやそれは「能力」ではなくて、「状態」とか「境遇」とかいうものだ。霜介の心の中にある「真っ白な空間」がそのことを表している。

 芸術の世界に入って成長していく。悠々とした師匠やユニークなキャラクター。文楽の世界を描いた、三浦しをんさんの「仏果を得ず」を思い出す。似ているけれどももちろん違う。「仏果を得ず」が曲調でいうところのメジャーで本書はマイナー。心の深いところに沁みる気がする。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー

著 者:ブレイディみかこ
出版社:新潮社
出版日:2019年6月20日 7月20日 4刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

英国の出来事を読みながら日本のことを考えた本。

2019年の本屋大賞「ノンフィクション本大賞」受賞。著者は福岡市生まれで現在は英国在住のライター・コラムニスト。英国人の男性と結婚し、中学生の男の子がいる。本書は文芸雑誌「波」に連載のエッセイ16本を収録し書籍化したもの。

タイトル「ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー」は、中学生の息子がノートの端に書いた落書きの言葉。落書きの本人からの説明はないけれど、日本人の母、英国人の白人の父を持つ、自身のアイデンティティを表したもの、と読者は解釈するだろう。じゃ「ブルー」は?これは、とても意味深な言葉になっている。

何重もの意味で興味深かった。英国の中学生の暮らしが生き生きと描かれていたし、その社会が抱える問題も、それを克服しようとする努力も、身の周りの出来事として描かれていた。でも、一番に興味深かったのは、英国のことを描きながら、日本の私たちを改めて見直すように促す視点を感じたことだ。

もちろん、本書には日本のことはあまり書かれていない。最初は「英国人と結婚した日本人の母とその息子の英国暮らしの話」と、海外のホームドラマを見るように、自分とは距離を置いて読み始める。しかしある時に、読みながら自分たちと引き比べていることに気が付く。

例えばこんな一文がある。

英国の子どもたちは小学生のときから子どもの権利について繰り返し教わるが、ここで初めて国連の子どもの権利条約という形でそれが制定された歴史的経緯などを学んでいるようだ。

私の知る限り日本では、子どもたちが「子どもの権利について繰り返し教わる」なんてことはない。教科書に「子どもの権利条約」は載っているけれど、それはその理念を覚えるためで、「あなたたちには権利がある」と伝えるためではない。

本書とは離れるけれど、条約の署名時に、12条の1「自由に自己の意見を表明する権利」について、「必ず反映されるということまでをも求めているものではない」と、文科省が教育委員会にわざわざ通達するような国なのだ、私たちの国は。

小中学生の子どもを持つ親、教育に関わる人、英国の暮らしの興味のある人、におススメ。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)