2F.辻村深月

はじめての

著 者:島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都
出版社:水鈴社
出版日:2022年2月15日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 直木賞作家4人の競演、音楽付き。なんと「贅沢」な、そして「新しい」と思った本。

 小説を音楽にする2人組のユニット「YOASOBI」と、4人の直木賞作家のコラボレーションによって生まれた短編小説集。「はじめて○○したときに読む物語」という共通テーマを持った書下ろし作品。

 直木賞作家の4人と収録作品を順に紹介。島本理生さんの「私だけの所有者」は「はじめて人を好きになったときに..」。家庭用アンドロイドの「僕」が、かつての所有者である技術者との間であった出来事を手紙の形で綴る。辻村深月さんの「ユーレイ」は「はじめて家出したときに..」。中学生の「私」は家出してやってきた知らない町の夜の海辺で、薄着で裸足の少女と出会う。

 宮部みゆきさんの「色違いのトランプ」は「はじめて容疑者になったときに..」。「並行世界」が存在する世界。主人公の男性は、妻から爆破テロに関連して娘が身柄を拘束されている、と聞く。森絵都さんの「ヒカリノタネ」は「はじめて告白したときに..」。主人公の女子高生は、長く想い続けている幼馴染に告白することに..4回目の告白をすることにした。

 ジャンルとしてはSFあり青春小説あり。形式としてはミステリー仕立やファンタジー系も。四者四様の物語が楽しめた。私が一番好きなのは辻村深月さんの「ユーレイ」。40ページほどの短い作品のなかで何度か場面が転換して、その度に「どういうこと?」と先が知りたくなる。「死」が近くにある物語なんだけれど、いやだからなのか「生」の瑞々しさを感じた。

 島本理生さんの「私だけの所有者」は、どうしたってカズオ・イシグロさんの「クララとお日さま」を思わずにはいられない。

 「YOASOBI」とのコラボレーションとしては、現在「私だけの所有者」と「ヒカリノタネ」の2つをそれぞれ「原作」にした、2曲の楽曲が配信されている。正直に言って「小説を音楽にする」ってよく分からなかったのだけれど、聞いてみると(MVなので見てみると)実に心地よかった。あとの2曲も楽しみだ。

 参考:YOASOBI「はじめての」プロモーションサイト

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噛みあわない会話と、ある過去について

著 者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2018年6月12日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 いやぁ「これはキツいよなぁ」と思った本。

 楽しい事やうれしい事を、当事者がみんな同じように感じているとは限らない。ましてや過去の出来事の記憶は...。という「思い出のズレ」の露見(それも相当にショッキングな)を描いた4つ短編を収めた短編集。

 「ナベちゃんのヨメ」。主人公は佐和。学生時代の同期の男子のナベちゃんの結婚式に招待された。ただし婚約者の女性が「気にする人」なので、女子はナベちゃんには直接連絡を取らないように言われる。「パッとしない子」。小学校の先生の美穂は、人気アイドルグループのメンバーの一人を教えたことがある。その子がテレビの企画で母校に来ることに。

 「ママ・はは」。主人公は小学校の先生で、2つ上の先輩のスミちゃんに、先日あった保護者会の話をした。ある生徒の母親が他の保護者に「皆さん、優しすぎませんか?なんでそんなに甘いんですか」と発言したのだ。「早穂とゆかり」。県内情報誌のライターの早穂は、カリスマ塾経営者の日比野ゆかりにインタビューすることになった。ゆかりは小学生の時の早穂の同級生で、その頃は「教室で浮いた存在」だった。

 「パッとしない子」と「早穂とゆかり」が強く印象に残った。どちらもキリキリと引き絞られるような痛みを感じる物語だった。生徒の希望の後押しをした、少し誇らしい思いを持っていた先生は、その教え子から思いもよらない言葉を投げられる。小学校の同級生の今の立場に配慮したつもりの言葉が、厳しい反応を引き出す。こんなことなら再会しなければよかった。

 著者はこれまでにも、昔の友達との価値観の違いからくる「交わらなさ」を度々描いてきた。時にそれは露悪的にさえ感じられた。今回は「交わらない」を超えて衝突を招いている。こういう心の暗い一隅を取り出して見せるのが、著者は上手いなぁと思った。

 一つ意外だったこと。帯に「あのころ言葉にできなかった悔しさを、辻村深月は知っている。共感度100%!」とある。物語の中で「あのころ悔しかった」のは、主人公ではなくて再会した相手の方。「こんなことなら再会しなければよかった」と書いた私は、主人公の方の気持ちになっているけれど、本書は「主人公じゃない方」に共感する読み方もできるらしい。もしそうなら私のように「痛み」ではなくて「快感」を感じるのだろうか。

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ツナグ 想い人の心得

著 者:辻村深月
出版社:新潮社
出版日:2019年10月20日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 死してなお絆が結ばれている。そんな関係もあるのだなぁ、と思った本。

 ベストセラー作「ツナグ」の続編。「ツナグ」は、2011年に吉川英治新人賞を受賞し、翌年には映画化もされた。この世に生きている私たちに死者を引き合わせることができる「使者(ツナグ)」と、死者との面会を依頼してくる人々を巡る物語。連作短編。

 今回、使者に死者との面会を依頼してきて会ったのは5人。親しい女性を亡くなった親友に会わせたいという役者。郷土の戦国武将と会いたいという歴史研究者。幼くして亡くなった娘に会いたいという母親。ガンで亡くなった娘との面会を求めた母親。板前の修業時代に慕っていたお嬢様に会いたい料亭のオーナー。

 前作の終わりで、渋谷歩美という男子高校生が使者を先代から引き継いでいる。帯には「使者・歩美の、あれから7年後とは-。」とある。それなのに冒頭の1編「プロポーズの心得」で、使者を務める小学生の少女が登場して戸惑う。あれ?この子だれ?新しい使者?。

 少女が誰であるかは後に分かる。なぜこの子が登場したのかの理由とともに分かる。そして読み終わってみると、この子の登場は続編としての本書の特長を象徴しているように感じる。

 その特長とは「(暗黙の)決まり事を破る」ということ。前作からの続きで言えば「使者は歩美」が決まり事なのに、知らない少女が出てきた。他にもある。「依頼者が死者と会うちょっといい話」が決まり事。でも「誰も死者に会わない」短編もあった。使者として以外の歩美の生活にフォーカスしたのも新しい基軸になっている。

 この「決まり事を破る」ことが、最終的には違和感や落胆にではなく、マンネリを防いで物語の厚みと期待につながっている。「続編」のあるべき姿を見るようだ。

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傲慢と善良

著 者:辻村深月
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年3月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 予想していなかった展開に翻弄されたけれど、読み終わってみれば気持ちがしっかり着地した本。

 二部構成。第一部の主人公は西澤架(かける)。39歳。婚活で知り合って今は一緒に住んでいた婚約者が、ある日突然姿を消した。手がかりは、彼女がストーカー被害にあっていて、相手は彼女の出身地の群馬で知り合った男らしい、ということ。そして第二部は、その姿を消した婚約者の坂庭真実が主人公。この構成は、著者の人気作「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」とよく似ている。

 第一部で架は、真実の行方を捜すために、群馬の真実の実家や、真実が登録していたという結婚相談所を訪ね、真実がお見合いをしたという相手にも会う。警察には相談したが、事件性は低いと判断されてしまった。興信所を使って調べることは、真実の両親に反対された。真実の過去には何かあるのではないか?そう思った架は、自分で調べることにしたのだ。

 架が捜す真実の行方は杳として知れない。しかし、架が分かってきたことはある。真実と家族、特に母親との関係や、真美の周辺の人々のものの考え方などだ。それとは別に、読者にも分かってきたことがある。それは、真実と出会うまでの架の交友関係。第一部は、架と真実が背負う背景が、それぞれ少しずつ明らかになる度に、その溝が深まる。それを越えることはできないんじゃないか?と思うぐらいに。

 急展開の後に第一部が終わって、第二部が始まる。「急展開」と思うのは男性だけで女性なら最初から分かる、という意見もあるけれど、とにかく第二部が始まる。それは心に染み入るような物語だった。帯に「圧倒的な”恋愛”小説」とあるけれど、たしかにこれも”恋愛”の一つの形だろう。

 最後に。このタイトルからジェーン・オースチンの「高慢と偏見」を思い出す人も多いだろう。本書の中でも言及されるし、私は主題が似ていると思う。著者も「高慢と偏見」から想を得た、とインタビューでおっしゃっている

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ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ

著 者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2009年9月14日 第1刷 11月6日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ハケンアニメ」「東京會舘とわたし」「かがみの孤城」と、最近の作品に連続して☆5つ。それで「私は辻村さんの作品が大好きなのだ」と気が付いた。その辻村さんの2009年の作品。

 二部構成。第一部の主人公は神宮司みずほ。30歳。山梨県甲州市出身。29歳の時に結婚し、今は東京に住んでいる。職業はライター。雑誌に記事を書いている。母親を殺して逃走中(という疑いをかけられている)の、幼馴染の望月チエミの行方を捜している。そして第二部の主人公がその逃走中の望月チエミ、という趣向。

 第一部でみずほは、かつての同級生、遊び仲間たちを順に訪ねる。チエミの行方につながるような情報を聞き出すために。最近会ったのはいつか?とか、その時はどんな様子だったか?とか、その他に何か知っていることはないか?とか、そんなことを聞いて回る。

 聞き出せた情報は、それぞれは他愛もないものだけれど、みずほはチエミと事件の真相に近づいて行った。読者もその気になれば、みずほと一緒に謎解きができる、というミステリー作品に仕上がっている。

 ただ、この物語はミステリー以外の要素も色濃い。久しぶりに会う同級生たちとのやり取りや、差し挟まれる回想によって、様々なことが徐々に形づくられる。中学まで同じ学校に通って、高校で進路が別れたみずほとチエミの関係性。地元に残った遊び友達たちと、東京に出たみずほの間にあるすき間。みずほと実家の母親が抱える過去..。

 こうして、形づくられるのはザラザラとした手触りの悪いものだった。著者自身が山梨県出身でライターではないけれど文筆業ではあるので、なんとなくみずほと重ねて見てしまう。そうした時に「これ、大丈夫なのかな」と心配になるぐらい、ザラザラしている。

 分量的には第一部が約4分の3。第二部は、第一部の答え合わせであり、結末でもある。この第二部によって、ザラザラしたものも、きれいに「洗い流す」とはいかないけれど、そういうものを「乗り越える」ことはできた。

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きのうの影踏み

著 者:辻村深月
出版社:KADOKAWA
出版日:2018年8月25日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

  著者は「大のホラー好き」だと、インタビューなどで明かしていらっしゃる。本書はその著者が「楽しんで書いた」という「怪談」の短編集。短いもので数ページ、長くて約30ページの短編を13編収録。

 「ホラー」映画のように思いっ切り怖い話ではなくて、「口裂け女」のような都市伝説に近い。話として聞く分には「なにそれ、怖い~」と言っていれば済む、まさに「怪談」。ただし、本当にあったら身体の芯から冷えそうな話。

 怖かったのは「やみあかご」と「ナマハゲと私」。怪談をあらすじで紹介するような無粋なことはできないので、感想だけ。「やみあかご」は、わずか4ページの作品。愛らしい幸せさえ感じる前半からの急展開にゾクゾクした。「ナマハゲと私」は18ページ。これは「怪談」じゃなくて「事件」だ。上に「本当にあったら~」と書いたけれど、本当にありそうで怖い。

 「手紙の主」と「私の町の占い師」は、どちらも小説家が主人公。作家になって九年とか、先輩のホラー作家(著者は京極夏彦さんのファン)とか、里帰り出産とか、著者ご本人が主人公と思わせる設定。だから、エッセイのように「本当にあったこと」として読んでしまった。

 角川文庫のサイトが、本書についての著者のインタビューを掲載していた。「収録作は実話がベースになっているものばかり」だそうで。さらっとおっしゃるけれど、それってすごく怖い。

 辻村深月さんのインタビュー記事へ

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ネオカル日和

著 者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2015年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 辻村深月さんのエッセイ集+掌・短編4本。エッセイは毎日新聞に2010年から2011年にかけて連載した「日本新カルチャーを歩く」を中心に42本。

 私は辻村深月さんの作品が好きだ。このブログで年に数個しかない☆5つを、「ハケンアニメ」「東京會舘とわたし」「かがみの孤城」と、3年連続で付けた。好きな作家さんができると、作品の向こう側にいる作家さん自身に興味が湧いてくる。どんな人なんだろう?それでこの「初のエッセイ集」を手に取った。

 本書には、著者の「好きなもの」が凝縮されている。毎日新聞の企画が「興味の赴くまま好きなところに取材に行ってよい」というものだったらしいので当然そうなる。どんな人なんだろう?という私の興味にも、直接答えてくれた。

 それで、著者の「好きなもの」とは。まずは、藤子・F・不二雄さん、ドラえもん、パーマン、のび太。ガンダム、ポケットモンスター、フジロック、アメトーーク。本や映画、演劇では「モモ」「オペラ座の怪人」、クリスティの「アクロイド殺し」、ポーの「黒猫」。好きな戦国武将は武田信玄(著者は山梨県民だ)。

 ここに挙げたのはほんの一例で、私が分かるものから選んだ。著者の「好きなもの」は、とても広い範囲に及んでいて、その好奇心の強さを、とても好ましく感じた。作品だけでなく、人としても好きになった。

 最後に。私は長野県民なので、戸隠のそばとか杉並木とか、「みすゞ飴」とかが出てくると親近感が急上昇する。

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かがみの孤城

著 者:辻村深月
出版社:ポプラ社
出版日:2017年5月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 辻村美月さんの最新刊。

 「東京會舘とわたし」がすごく良かったこともあって、私の要注目の作家さん。本書の紹介の前に言ってしまうけれど、☆5つ。実は昨年は「東京會舘とわたし」、一昨年は「ハケンアニメ」で☆5つを付けている。☆5つは、1年間に多い年でも数個でゼロの年もある。「要注目」どころか「大好き」ということだ、と今さら気が付いた。

 主人公の名は「安西こころ」。中学校に入学して最初の4月だけ通って、その後、行けなくなってしまった。不登校。そして一人では外に出かけられない「ひきこもり」状態。おかあさんは「これからだよ、がんばろう!」と言ってくれるが、こころはそれに応えられるかわからない。

 そんなこころに奇跡が起きる。ある日、部屋にある姿見の鏡が光り出し、手を触れて少し力を入れると、鏡の向こう側に引きずり込まれた。そこは「お城」だった。ディズニーランドのシンデレラ城のようなお城。そしてピンクのドレスを着て、顔には狼のお面を付けた少女がいた。

 というわけで、物語はファンタジックな幕開けをする。お城には他にも6人の中学生が来ている。そして、自分の家と城を行き来して、城の中に隠されている鍵を探す。その鍵で「願いの部屋」に入った者の願いが叶う。期限は3月30日。そういうルールのゲームが始まる。ますますファンタジックだ。マンガかアニメにありそうだ。

 これでは「マンガかアニメみたいな設定」という紹介にしかならない。何がいいのか分からない。しかし、☆5つの理由を説明するには、物語の大事な部分を盛大にネタバレしないとできない。困った。本当に困った。

 そんなわけで、これ以上言えるのは、この一言だけ。

 これは「壮大な「救い」の物語」だ。

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島はぼくらと

著 者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2013年6月4日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 以前から好きだったけれど「東京會舘とわたし」を読んで、「この人の作品をもっと読みたい」と思った辻村美月さんの作品。「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞した後の第1作目。

 主人公は、池上朱里、榧野衣花、矢野新、青柳源樹の、女子2人男子2人計4人の高校2年生。瀬戸内海に浮かぶ人口3000人弱の島「冴島」に暮らし、フェリーで本土の高校に通う。源樹は島に来た2歳の時から、他の3人は生まれた時から一緒に育っている。保育園も小学校も中学校も..。

 物語は、島にやって来た人たちと4人の関わりを主に描く。「冴島」は現村長(「現」と言っても6期目で、もう20年以上になる)の方針で、シングルマザーやIターン者を多く受け入れている。そうしたこともあって、人の出入りが意外と多い。「島」というと閉鎖的な社会を思い浮かべがちだけれど、そうでもなくて開かれている。ただ人々の心の中までそうかと言うと..。

 瀬戸内海の島に住む男女同数の高校生4人、しかも幼馴染。青空のように澄み渡った青春群像劇。恋と友情に揺れる女心?もしかしたら男心?なんてことを思ったけれど、本書はそんなありきたりの物語ではなかった。青春群像劇だし恋も友情もあるけれど、描かれるものはもっと広く深い。すごく面白かった。

 それは登場人物のそれぞれに、何かしら背負ったものがあり、それを丁寧に描いているからだ。例えば、3年前に身重の体で島に来たシングルマザーの蕗子。簡単にではないけれど、最終的には島も彼女もお互いを受け入れて、蕗子親子は島に居場所を見つけた。例えば、島の活性化のために雇われた「地域活性アドバイザー」のヨシノ。島民さえ「どうしてそこまで?」と思うほどの冴島への献身。それはなぜなのか?

 私が一番に心を動かされたのは、小さなエピソードとして紹介された、島の母子手帳のこと。島には中学までしかない。主人公の4人は、家から高校に通う選択をしたけれど、早ければ子どもたちは15歳で親元を離れる。島のお母さんたちは、その15年間にすべてを贈るつもりで、子どもを育てる。母子手帳はそのためにある。感涙。これは名作だ。

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東京會舘とわたし(上)旧館 (下)新館

著 者:辻村深月
出版社:集英社
出版日:2015年5月25日 第1刷 2016年6月6日 第5刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 「鍵のない夢を見る」で2012年上半期の直木賞を受賞した著者の最新刊。著者の「新たなる代表作」との呼び声も高い作品。

 主人公は小説家の小椋真護、30代半ば。物語は彼が、東京會舘のレストランでで、そこの社長と面談するシーンから始まる。「東京會舘を舞台に小説を描く」という希望に協力してもらうためだ。

 東京會舘とは、皇居の真向かいに位置する宴会場を主とする建物で、創業は大正11年(1922年)。地震と戦渦を潜り抜けてきた100年近い歴史がある。その間にこの場所が見てきた歴史を描く。そういう構想だ。

 プロローグで語られたその構想に従って、本編では東京會舘を舞台とした様々な物語が綴られる。時代を一旦遡って、第一章は、大正12年のヴァイオリン演奏会での出来事。金沢からその演奏会のためにきた青年の物語。その後「上巻」では昭和39年まで「下巻」で現代まで戻ってくる。

 すごくよかった。緩やかにつながる10個の物語があって、それぞれを堪能した。それぞれの物語が、珠のように滑らかに優しく光って見える。帯に「全国の書店員、読者から絶賛の嵐!!」と煽り気味の惹句が踊っているが、それも分かる気がする。「これ、本屋大賞じゃないかな?」なんて、まだノミネート作品も決まらないうちから思った。

 ちなみに東京會舘は2013年の上半期まで、直木賞の贈呈式と受賞者の会見が行われていた場所。(現在は建替えのため帝国ホテルで行われている)。当然、著者の受賞の時もそこだった。加えて、小説家が主人公に、同業のしかも同年代の人物を据えたのだから、ご本人をいくらか投影した人物であるはず。そういうことを考える楽しみもある。

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