存在のすべてを

書影

著 者:塩田武士
出版社:朝日新聞出版
出版日:2023年9月30日 第1刷 12月30日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 読み始めたころの印象が途中で大きく変わって引き込まれるように読んだ本

 物語の発端は、平成3年に起きた前代未聞の「二児同時誘拐事件」。神奈川県厚木市で小学校6年生の男児が誘拐され、その翌日に横浜市で4歳の男児が誘拐された。神奈川県警は、誘拐という時間的に制約が厳しい現在進行形の犯罪に、同時に2つ取り組まなければいけなくなった。

 この2つの事件は、50ページほどの少し長めの「序章」に記されている。ややネタバレ気味だけれど、まだ「序章」なのでご容赦いたきたいが、2つの事件とも誘拐された男児は戻ってきた。厚木の小学生は翌日に保護された、横浜の4歳は...3年後に祖父母の家の玄関に一人で現れた...犯人も動機も事件の真相が不明のまま。

 本編は、横浜の男児が戻ってきてからさらに27年後の令和3年に始まる。主人公は2人。一人目は新聞記者の門田次郎。記者になって2年目にあの誘拐事件があり、担当刑事を取材した。今でも記者として事件の真相を追っている。二人目は土屋里穂。父親が経営する画廊で働いている。横浜の被害児童とは高校の同級生だった。

 これは面白かった。門田と里穂のそれぞれが、それぞれの思いを抱えて、30年前の事件の真相に近づいて行く。門田は新聞記者だけれど、あの事件で(見方によっては)捜査に失敗した刑事たちと思いを共有している。その点、とてもよくできた犯罪捜査の警察ドラマのようだ。里穂の方は、かつて恋心を抱いた同級生との空白期間を埋めるような、切ない物語。この2つが絶妙により合わさっていく。

 と、ここまでで十分に「秀作」なのだけれど、実はこれは、冒頭に書いた印象が大きく変わる前のこと。この後に続く物語には、本当に心を打たれた。

 最後にタイトルの「存在のすべてを」について。
 登場人物が「存在」のことを話すシーンは確かにある。でもそれだけではなくて、「その存在のすべてが愛おしい」とか「この存在のすべてを賭ける」といった心のあり様を、私はこの後半の物語に感じた。

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