51.塩野七生

ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2017年1月25日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「ローマ人の物語」の著者による新シリーズの第2弾。読むのが2年ほど間が空いてしまったけれど、「ギリシア人の物語1 民主政のはじまり」の続き。

 前作では、スパルタとアテネの成り立ちと、2度にわたるペルシア戦役を描いた。そのペルシア戦役が、前480年のサラミスの海戦、前479年のプラタイアの戦いで、ギリシア諸国が圧勝して終結する。本書はそれから10数年後の前461年に、ペリクレスがアテネを率いるようになった年から始まる。

 その時ペリクレスは34歳。若くはあったけれど、家柄と才能に恵まれていた。いくつかのピンチを乗り越え、時にはそれをチャンスに変えて、アテネと、アテネを中心とするエーゲ海諸国の同盟である「デロス同盟」を治めた。対抗するスパルタとペルシアの王が、共に同年代の英明な人物であったことも幸いした。

 このペリクレスの死までが第一部「ペリクレス時代」。本のタイトル「民主政の成熟と崩壊」をなぞると「成熟」の部分。とすると、第二部「ペリクレス以後」は「崩壊」の部分になる。著者によると、アテネは50年かけて築きあげた民主政下の繁栄を、半分の25年で台無しにしてしまう。

 その第二部は、ペリクレスを代父に持つアルキビアデスを中心にして描かれる。彼も若くしてアテネの指導的立場に立つが、遠征先で本国から告発され、逃亡・亡命、さらに別の場所へと、波乱に富んだ人生を送る。その間にアテネの国力は、そぎ落とされるように弱まっていく。

 著者が描く歴史作品はやっぱり面白い。2500年前の出来事が生き生きと感じられる。エッセイなどでの政治的な発言には、私は同意しかねるのだけれど、それとこれは分けて考える。面白いものは面白いし、好きなものは好きだ。

 「分けて考える」と言った直後に恐縮だけれど、本書を読んでいて、著者の政治的な発言の背景が垣間見えた気がする。著者は「何かを成した人」を高く評価する。そして「成さずに批判した」人には特別に厳しい。

 デマゴーグ(扇動者)が現れて、アテネは「衆愚政」に陥ってしまう。そのデマゴーグの筆頭が、ペリクレスを公金悪用罪で弾劾して名を上げた人物なのだ。現代に置き換えれば「何かを成す人」は政権側の人で、その問題点を追及する野党はデマゴーグ、少なくとも著者にはそのように映っているのではないかと。

 最後に。気になった言葉を。「自信があれば、人間は平静な心で判断を下せるのである。反対に、不安になりその現状に怒りを持つようになると、下す判断も極端にゆれ動くように変わる。こうなってしまうと、民主政の危機にはあと一歩、という距離しかない。

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逆襲される文明 日本人へIV

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2017年9月20日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 著者のエッセイ集「日本人へ」シリーズの「リーダー篇」「国家と歴史篇」「危機からの脱出篇」に続く第4弾。雑誌「文藝春秋」の2013年11月〜2017年9月号までに掲載された、本書と同名のエッセイ47本を収録したもの。

 「逆襲される文明」というタイトルは、主に欧州諸国が抱える難民問題のことを指している。欧州という「文明」は人権尊重の理念を発達させてきた。それは難民にも国民にも同じ人権を保証する。ところが、例えば地中海に突き出たイタリアには、1日に千人もの難民が上陸するそうで、そんなことを言っていられなくなった。それを「逆襲」と表現しているわけだ。

 もともとが雑誌の月イチ連載のエッセイなので、様々な話題が取り上げられているが、本書に収録されたものは、これまでになく欧州の話題が多い。著者が住むイタリアのこと、EUのこと、EUのリーダー格であるドイツのこと、離脱を国民投票で決めたイギリスのこと。それだけ欧州が揺れているのだろう。

 気が付いたことが2つある。一つは、天邪鬼とは思うが、著者が書いたことではなく「書かなかったこと」。実は今回、著者としては奇妙なほど日本の政治について書いていない。この時期に「特定秘密保護法」「安保法制」「組織犯罪処罰法」が、成立しているのにも関わらず、その言及が一切ない。

 著者は安倍政権との親和性が高い。以前には、2010年の参院選の自民党の大勝を「良かった、と心の底から思った」と言っているし、本書でも最初の方で「自信を持って仕事している」と安倍首相のことを持ち上げている。だから安保法制などには賛辞を送るかと思えば、そうしない。そうしない理由を勘ぐってしまう。

 もうひとつ。著者は「軍事力」と「外交」を表裏のものとして捉え、核武装も辞さない。考え方が極めてマッチョだ。それに、カエサルに心酔していて「強い男がグイグイ引っ張っていく」式のことをよく言う。「時代錯誤なおっさんみたいだな」と以前から思っていたが、今回はそれが露骨に表れてしまった。

 例えば、待機児童問題に関して「幼稚園以前の子供を預かるのだから、保育士の資格などは不可欠ではない」「子供好きの女子学生でも、充分にできる」などと言う。福島からの避難児童へのいじめについては、その責任は「加害者児童の両親、それもとくに母親、にある」とも。

 私は、著者が描く歴史作品をほぼ全て読んでいる。そして大好きだ。その気持ちは変わらない。でも、御年80歳。年齢は理由にならないかもしれないけれど、著者の考えは時代からズレてしまっていると思う。

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ギリシア人の物語1 民主政のはじまり

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2015年12月20日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ローマ人の物語」の著者による新シリーズの第1弾。予告によるとシリーズは3部作になるらしい。

 「ギリシア・ローマ時代」という言葉があるように、現代の西洋文明の源流には、ギリシアとローマの文化文明がある。しかし、ローマが帝国として千年を超えて存続したのに対して、ギリシアの方は統一されることもなく、その隆盛は短かった。だた強い輝きを放っている。

 本書は、スパルタとアテネの両国の成り立ちと、そこで行われた社会の基盤を形作った改革を簡単に紹介。続いて、大帝国であったペルシアの侵攻を、ギリシアの都市国家の連合軍が迎え撃った、2度にわたるペルシア戦役を、本書の7割を割いて詳細に追う。

 古代の戦争を描くのが著者の真骨頂だ。それも、その戦争を指揮する司令官や将軍といった「人間」を中心に据えて、戦略戦術を解説する。「見てきたように」語って、鮮明に戦場を眼前に立ち上げて見せる。

 アテネのテミストクレスとアリステイデス、スパルタのレオニダスとパウサニアス、ペルシアのダリウスとクセルクセス。全員の来歴を言える人は、あまりいないだろう(ペルシア戦役は、ときどきハリウッド映画になっているようだけれど)。本書を通読すると、彼らが一人の人間として感じられる。

 著者がギリシア人を書く気になった理由について。昨今の「民主主義とは何か」という論争に、しばらく付き合ってはいたが、拒絶反応を起こしたそうだ。そこで著者が選んだのが「民主主義の創始者である、古代のギリシア、それもアテネに戻る」ことだった。

 最後に。著者の言葉を引用「アテネの民主政は、高邁なイデオロギーから生まれたのではない。必要性から生まれた」今はちょっとよく分からないけれど、この言葉をかみしめてみたいと思う。

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皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上)(下)

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2013年12月20日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 古代ローマの1200年の歴史(「ローマ人の物語」全15巻)を描き切ったと思ったら、「ローマ亡き後の地中海世界()()」、「十字軍物語()()(3)」と、コンスタントに著作を発表し続ける著者。熟練の職人のようなストイックさと気迫が感じられる。

 本書は、13世紀の初めの神聖ローマ帝国皇帝・シチリア王のフリードリッヒ二世の生涯を描いたもの。正直に言って「抜群の知名度」という人物ではないだろう。私はよく知らなかった。しかし同時期の年代記作者にラテン語で「STVPOR MVNDI(世界の驚異)」と称され、ヨーロッパの教養人ならこう言えば誰のことか分かる、という傑出した人物なのだそうだ。

 如何に傑出した人物であったかは、本書を読めば分かる。例を挙げると、彼は、ヨーロッパ初の国立大学である「ナポリ大学」を創設し、十字軍を率いてパレスチナに赴いて無血で聖都イェルサレムを解放し、「メルフィ憲章」を発布して法治国家を実現した。つまり、文化芸術学問を理解し、軍事の才能に秀で、開明的な統治者であったのだ。

 しかし当時は教会の権威が絶対の時代。彼は、教会の権威を傷つけたとして何度も法王によって「破門」されてしまう。生まれるのが早すぎたのだ。文化芸術学問が花開くのは、これより100年後のルネサンスのころで、彼が構想した統治機構は、570年後のフランス大革命を待たないと再び歴史に登場しない。

 このような感じで、フリードリッヒ二世の業績と、法王との激突の歴史が、臨場感あふれる筆致で描かれている。私としては本書は著者の代表作になるのではないかと思う。

 ところで、これまでの著作から、著者がカエサルが大好きだということが分かっている。カエサルほど男くさくないけれど、きっと著者はフリードリッヒ二世のことも好きになったんだろうな、と思う。

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日本人へ 危機からの脱出篇

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2013年10月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者のエッセイ集「日本人へ」シリーズの「リーダー篇」「国家と歴史篇」に続く第3弾。雑誌「文藝春秋」の2010年5月〜2013年10月号までに掲載された、本書と同名のエッセイ42本を収録したもの。

 「危機からの脱出篇」というタイトルは付いているものの、もともとが雑誌の月イチ連載のエッセイなので、折々の様々な話題が俎上に乗せられている。日本とイタリアの政治や社会、ヨーロッパと日本の比較文化論、日々の暮らしの中の話題...。著者がイタリア・ルネッサンスや古代ローマを書く端緒も明かされていて興味深かった。

 ローマ史の人物や出来事を引き合いにして現在社会を斬る、それも一切の留保も迷いもなくバッサリと。これが本書の、というより著者の特徴。著者の作品のファンとしては、小気味よくて好ましい。でも、現代の政治家にカエサルのようなリーダーシップやカリスマ性を求めるのは酷というものだ。また、「日本人は○○だから」式の決めつけは、なんだかとても高飛車に感じるし、「バッサリ」と白黒つけられないことの方が世の中には多い。だからとても無責任に聞こえるものもある。

 例えば日本の政治について。著者は「決められる政治」の樹立を今の日本の最重要課題としている。だから、先の参院選の自民の大勝には「良かった、と心の底から思った」となる。今は「常時」ではなく「非常時」だから、思ったことをドンドン実行すべし、というわけだ。しかし今の安倍政権に、思ったことをドンドン実行させていいのか?と問われれば、私はNoと言うしかない。

 また、著者はカエサルに惚れ込んでいる。だから危機に対して、カエサルのように決断力を持って毅然と、しかもユーモアを忘れずに振る舞うのが理想なのだろう。2010年ごろの米国でのトヨタ車の騒動で、日本人は正直すぎ、真面目すぎ、肝っ玉がないと言う。それで「ときには笑ってしまうような広告も出してはどうだろう」と...。これが何か良い結果に結びつくとは到底思えない。

 まぁもっとも著者は、自分の意見が誰にでも受け入れてもらえるなんて、思ってもいないし期待してもいない。そのことが迷いのない文章を生み出すと同時に、少々とんがり過ぎな危うさの元になっている。

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漁夫マルコの見た夢/コンスタンティノープルの渡し守

著 者:塩野七生
出版社:ポプラ社
出版日:2007年9月10日 第1刷発行(漁夫マルコ~)/
     2008年5月12日 第1刷発行(コンスタンティノープル~)
評 価:☆☆(説明)

 塩野七生の「ルネサンス地中海シリーズ」の2冊。塩野七生さんと言えば大著「ローマ人の物語」(単行本で15巻、文庫判ではなんと43冊)に代表される、ローマ世界の歴史に基づいた骨太の小説が有名。それに対してこの2冊は、それぞれ数十ページの絵本、さらに言うなら「大人の絵本」だ。

 「漁夫マルコの見た夢」の主人公は、ヴェネツィアの沖に細長く横たわる、リド島に住む16歳の漁師。物語は、彼が謝肉祭の夜に訪れた、ヴェネツィアの富豪の家での甘美な体験。タイトルに「夢」と付いているけれど、これは現実なのか夢なのか?

 「コンスタンティノープルの渡し守」の主人公は、コンスタンティノープルの金閣湾で、渡し船を漕ぐ14歳の少年。物語は、彼の舟に乗る同じ年頃の少女と交わした淡い想いを切なく描く。

 「漁夫マルコ~」の方が「大人向き」の度合いの高い物語。こう言っては何だけれど、16歳の男(今で言えば高校生男子)が見るひどく自分勝手な夢のような話で、ちょっと赤面した。「コンスタンティノープル~」は至ってシンプルな物語ながら、切ない余韻が残る。

 正直に言って、物語としてはあまり面白くなかった。例えば私のように「塩野七生さんの絵本」ということで読んでみたい人はいるだろう。同じように、絵を描かれた水田秀穂さんや司修の作品として興味がある人もいるだろう。そういう人以外には...ということで☆2つ。

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十字軍物語2

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2011年3月25日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「絵で見る十字軍物語」「十字軍物語1」に続く、「十字軍物語」シリーズ4部作の第3弾。物語は、前作で1099年にイェルサレムの「解放」に成功した、第一次十字軍の立役者たちが世を去って、十字軍第二世代とも言えるボードワン2世がイェルサレム王に即位した、1118年から始まる。

 歴史年表を追うとこの後、1144年:イスラム世界の巻き返しによってエデッサ陥落、1146年:エデッサ陥落に危機感を強めたキリスト教世界が第二次十字軍を結成、1148年:第二次十字軍ダマスカス攻略に失敗、1174年:サラディンがスルタンに、1187年:イェルサレム陥落、となる。

 つまり本書は、1118年から1187年の約70年間の、中東の十字軍国家の歴史を物語る。普通に考えれば、出来事を1つ1つ綴っていけば「十字軍物語」にはなる。しかし、著者はそうしない。著者の関心は、歴史年表の出来事と出来事の間にまで及ぶ。

 例えば、1099年の第一次十字軍のイェルサレム解放から、1144年のエデッサの陥落まではどうだったのか、という観点だ。第一次十字軍はイェルサレム解放という「成功」によって解散、多くの将兵はヨーロッパに帰還してしまっている。つまり十字軍国家は、地中海にへばりついてイスラム世界に囲まれて、圧倒的な寡兵でこの40数年を過ごしている。なぜこんなことが可能だったのか?気になりませんか?というわけだ。

 歴史の勉強はどうしても出来事に注目してしまう。間が30年空いていようと40年空いていようと、そんなことを気にしてはいられない(むしろラッキーだ(笑))。でも、当たり前のことだけれどその間も人々は暮らしている。その暮らしを、宗教の対立、経済活動、築城技術、女性の政治介入、など様々な方向から光を当てて描く。著者にしか書けない「十字軍物語」だと思う。

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絵で見る十字軍物語

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2010年7月25日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者による「十字軍物語」シリーズ4部作の第1弾。以前に紹介した「十字軍物語1」は、「1」とは付いているが、実は第2弾になる。第1弾の本書は、8次にわたる十字軍を俯瞰する画文集で、第1次十字軍から順に語る物語としての「十字軍物語」が3巻、その後に続く形になっている。

 本書は、19世紀の画家であるギュスターヴ・ドレが描いた、ペンの細密画を左ページに、右ページにその場面を示した地図と、著者による最大で半ページの解説、という見開きの99セットで構成されている。

 まず、ドレの絵の美しさに驚く。モノクロの写実的な絵で、明暗と奥行きや立体感が写真以上にある。この絵によるビジュアル化の効果は絶大で、まるで写真つきの「現地レポート」を読んでいるかのように、十字軍が真に迫って感じられる。(よく見ると、非常に細かい線で描かれていることが分かる。要らぬ心配だけれど、印刷業者はとても苦労させられたのではないかと思う。)

 著者の文章も良い。簡にして要を得たもので、「見開き」という制約の中で、絵の場面とその背景となる出来事まで、説明が行き届いている。本書1冊を読めば、十字軍について少し語れるようになりそうだ。

 ただ、「ビジュアル化とは簡略化のことでもある」と、著者がまえがきにあたる「読者へ、塩野七生から」で言うように、本書で語られなかった物語はあまりに多い。著者は、このシリーズをイタリア・オペラに例えて、本書を「序曲」とし、続く3作を「第一幕」「第二幕」「第三幕」と考えているそうだ。当然「序曲」が終われば「第一幕」の幕が上がり、これまで語られなかった物語が語られる。続きを読もうと思う。

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十字軍物語1

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2010年9月15日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者はいったいどれだけの物語をその身に湛えているのだろう?「ローマ人の物語」で、ローマ帝国の1200年間を15年かけて描いた後、1年おいて「ローマ亡き後の地中海世界」で、西ローマ帝国滅亡後の6世紀から16世紀までの地中海世界を描く。そして間を空けずに、今回は「十字軍」(画文集とあわせて4部作の予定)だ。
 もちろん、文献などにあたって常にインプットがあってこそのアウトプットだし、ヨーロッパの歴史そのものに物語が埋まっているとも言える。しかしこの大量の物語がとめどなく流れ出るような、最近の著作活動には圧倒される。

 本書は、高校の世界史の教科書に載っている「カノッサの屈辱(1077年)」から話を掘り起こして、11世紀末から12世紀初頭にかけての、第一次十字軍のイェルサレムへの遠征を描く。主な登場人物は、この十字軍に参加したキリスト教国の領主やその親族たち。
 その陣容を紹介する。南フランスのトゥールーズ伯サン・ジル。神聖ローマ帝国下のロレーヌ公ゴドフロアと弟のボードワン。南イタリアのプーリア公ボエモンドと甥のタンクレディ。法王代理の司教アデマール。この他にもフランスの王弟や、各地の領主が参加していて「オール欧州」の様を呈している。

 このように紹介はしたものの、十字軍に造詣が深い方でなければ、初めて聞く名前ばかりだろう。高校の教科書には「カノッサの屈辱」の教皇グレゴリウス7世と皇帝ハインリッヒの名前は載っていても(これだって覚えている人はそう多くないだろうけれど)、第一次十字軍に参加した諸侯の名前は載っていないから(娘の教科書「詳説世界史 改訂版(山川出版社)」で確認済)。

 それでも敢えて名前を挙げたのは、本書が、彼らを主人公にした群像劇に仕上がっているからだ。歴史の記述は「出来事」を中心に語られることが多い。それは正確さを求められるからだろう。「出来事」は史料からある程度は確定ができる。
 しかし本書は「人」を中心に語られている。ある出来事を誰かが起こすと、その人が「なぜ、どういう気持ちで」そうしたかが描かれる。そんなことはなかなか史料に残っていないだろうから、正確ではないのだろう。でも、その方が物語に血が通う。そして圧倒的に面白い。

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日本人へ 国家と歴史篇

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2010年6月20日 第1刷 6月30日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 先日レビューを書いた「日本人へ リーダー篇」の続編、というより1ヶ月をあけて発行された上下巻の下巻といった方が的確だろう。「リーダー篇」が月刊誌「文藝春秋」の2003年6月号から2006年9月号までに掲載された著者のエッセイで、この「国家と歴史篇」はそれに続く2010年4月号までに掲載されたものだからだ。

 約4年前の2006年9月と10月を挟んで、それ以前と以後でこんなにも臨場感が違うものかと驚いた。前著に比べると本書は圧倒的な迫力で迫ってくる。もちろんそれは、前著は著者の筆が鈍かったということではなく、物事が人の(私の)関心から急速に遠ざかってしまう、ということなのだろう。
 そういうわけで、2冊とも読むに越したことはないけれど、どちらか1冊ということであれば、本書の方をオススメする。

 マキアヴェッリをよく引き(本書の扉のページも、マキアヴェッリの言葉の引用が記されている)、リアリストでもある著者の主張は、時に切れすぎて怖いぐらいだ。特に戦争や軍備についての考えは、私には受け入れられない。
 しかし、著者の考えの方が正しいのかもしれない、と気持ちが揺らぐ。前著で著者が明らかにしているのだが、この連載は「事後に読まれても耐えられるものを書く」という気概で書かれている。そして事後に読んで「あぁ、そのとおりだった」、と思う記事のなんと多いことか。
 例えば、民主党への政権交代の雰囲気が盛り上がっていた、2009年4月号の「拝啓・小沢一郎様」では、「単独で過半数を..」と期待と不安を口にしている。理由は、連立内閣では「小政党に引きずられる、有権者の意向の反映しない政治」になるから。異論はあろうが、民主党政権の約1年のある側面を見事に言い表している、と私は思う。

 「文藝春秋」の2010年8月号掲載のエッセイのタイトルは「民主党の圧勝を望む」。理由は昨年9月の記事と同じものに加え、政策の継続性のため。著者としてはここ2回の国政選挙は続けて期待を裏切ったことになる。

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