2P.夏川草介

臨床の砦

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2021年4月28日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

第3波でこれであったなら、4波、5波、そして予想される6波はどうなるのかと、背筋が凍える思いがした本。

シリーズ累計330万部を超えるベストセラー「神様のカルテ」の著者による「緊急出版」。今年1月の新型コロナウイルス第3波の下の医療現場を描く。

主人公は敷島寛治。18年目の内科医。専門は消化器。長野県の小さな総合病院「信濃山病院」の医師。「信濃山病院」は感染症指定病院として、地域のコロナ診療を引き受けている。そして敷島は6人いるコロナ診療を担う医師の一人。ちなみに6人のうちの2人は外科医だし、内科医は4人いるけれど呼吸器の専門医は一人もいない。

物語は、信濃山病院の2021年1月3日から2月1日までを描く。

例えば、駐車場には発熱外来の車が長い列をなす。車の間を防護服を着た看護師が車までiPadを持って駆けていく。車内の患者を病院内の医師がiPadを使ってオンラインで診察するためだ。

例えば、保健所との窓口になっている医師の大きな声が響き渡る。「あと三人?入るわけないでしょう。昨日と今日の二日間でいったい何人入院させたと思っているんです」。信濃山病院の感染症病床は当初は6床だった。この時点で20床にまで増えていて、終盤には36床になる。それでも十分とは言えない。

入院が必要な症状なのにホテル療養を余儀なくされる患者。万一の家族への感染を防ぐために家に入らず車で寝泊まりする医療従事者。車の中で2時間も待たされて急変した虫垂炎の患者。家族の面会が叶わぬままに最期の時を迎える老人。..またまだ「例えば」を重ねたいけれど、この他は是非読んで欲しい。医療現場の現実が少しでも分かるはずだから。それは、私の想像を(たぶん多くの人の想像も)大きく超える過酷さだった。

「医療現場の現実」と書いたけれど、著者は実際に長野県の感染症指定病院でコロナ診療に携わる医師だ。著者はインタビューで「現実そのままではないが、嘘は書いていない」「第3波で見た現場があまりに衝撃的だったから」と執筆の理由を語っている。その現場を伝えるための「緊急出版」なのだ。

最後に。本書の宣伝には「この戦、負けますね」というセリフがよく使われる。しかし、少しあとこのセリフを受けた次のセリフの方が、この物語を端的に表していると思う。

負け戦だとしても、だ

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超短編! 大どんでん返し

著 者:恩田陸、夏川草介、米沢穂積、柳広司 他26人
出版社:小学館
出版日:2021年2月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 お馴染みの作家さん、未読の作家さん、知らなかった作家さん、たくさんの作家さんの作品を一度に読めるのがおトクな感じがした本。

 30人の作家さんによる、それぞれわずか4ページの超短編作品が計30編、すべてがどんでん返し。私の馴染みのある作家さんでは、恩田陸さん、夏川草介さん、米澤穂信さん、柳広司さん、東川篤哉さん、深緑野分さん、青柳碧人さん、乙一さん、門井慶喜さん。お名前をよく聞く作家さんでは、乾くるみさん、法月綸太郎さん、北村薫さん、長岡弘樹さん。絢爛豪華とはこのことだ。

 個々のストーリーを紹介するのはなかなか難しい。30編もあるので全部は紹介できないし、「4ページ」しかないのでうっかりするとネタバレになってしまう。「大どんでん返し」をネタバレさせるほど無粋なことはない。それでも細心の注意を払って、特に気に入った2つだけ。

 米澤穂信さん「白木の箱」。主人公の夫は白木の箱に入れられて、軽く小さくなって帰ってきた。海外へ出張に出かけていたのだ。楽天家で好奇心が強く、どこでも平気で行ってしまう人。飛行機が遅れて帰りが伸びたので、できた時間を使って「ウィッチドクターに会ってみたい」と連絡してきていた。それがこんなことになるなんて..。

 伽古屋圭市さん「オブ・ザ・デッド」。ゾンビが突然発生した世界。世界中で感染が爆発的に広がっている。主人公は二人の男性。どこかに逃げ込んで厳重に出入口を塞いがだ。こうすればやつらもしばらく入ってこられない。こんな状況でも、「映画でゾンビに噛まれてゾンビ化した人までぶちのめすはおかしくないか?」なんて話していると..。

 「超短編」と「どんでん返し」と聞くと、星新一さんのショートショートが思い浮かぶ。星さんのショートショートは、SF作品の雰囲気があったけれど、それに比べると本書の作品はミステリー色が強いように思う。でもオチで、クスッとするもの、ゾッとするものなど様々にあるのは同じだ。気軽に読めるし、物語の構成の勉強にもなる。こういうジャンルがこれからも増えていくと楽しそうだ。

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始まりの木

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2020年9月30日 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

読み終わって心が洗われたように感じた本。

神様のカルテ」シリーズで、医療の現場の様々な人間ドラマを描いた著者による新刊。

主人公は藤崎千佳。東京都心にある国立東々大学の民俗学研究室の大学院生。物語は、この研究室の指導教官である、准教授の古谷神寺郎と千佳のフィールドワークで出かけた旅先での出来事を主に描く。弘前、京都、長野、土佐..さらに出かけた先で少し足を伸ばすことも多く、様々な土地を訪れる。

古谷准教授は40代。行間から受ける印象はもっと上の年代なのだけれど、それは古谷が、学会では実績のある高名な民俗学者であることだけでなく、ほとんど病的なまでの偏屈で、誰に対しても暴言を吐きまくるからだ。しかしその偏屈さを好ましく思っている人が多いのは、方々で出会う古谷の知己たちの態度で分かる。千佳も嫌いではない。

洗練されたストーリーが深く沁み入るような物語だった。主人公は千佳だけれど、物語を通して描かれるのは古谷という人物の成り立ちだ。詳しくは言わないけれど、同じ民俗学者であった妻を亡くした痛みと、民俗学に対する強い信念が、古谷と言う人物を形作っている。

そしてその偏屈な学者がフィールドワークに千佳を伴うのは、千佳に何かを託そうとしているのだろう。旅先で千佳は、度々不思議な出来事に出会うのだけれど、それは千佳自身が持っているものが引き寄せているのだと思う。

その「不思議」のひとつが、紅葉の鞍馬に向かう叡山電車で起きる。私にとってはいくつもの思い出がある場所で「あそこならそういうことも起きる」と思った。

最後に。古谷の言葉をかみしめたい。
この国の人々にとって、神は心を照らす灯台だった
民俗学の出番だとは思わんかね

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新章 神様のカルテ

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2019年2月5日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「神様のカルテ」「~2」「~3」「~0」に続く第5弾。タイトルが「新章~」となったのは、舞台となる主人公の勤務先が変わったことや、娘が生まれて家族ができたことなどから、「新しい物語」の始まりを意図してのことだろう。

 主人公は、栗原一止。内科医となって9年目。2年前に、市中の一般病院から大学病院に移った。それまでの実績や常識が通用しない特異な世界で、右往左往する日々。そんな暮らしを始めた矢先に娘を授かり、一止と妻の榛名、娘の小春の3人で、陋屋の「御嶽荘」に暮らしている。

 「引きの栗原」と呼ばれていて、一止が当直や救急当番の時には、患者が救急搬送されてくる。だいたいの場合は次々と。今回の作品でも序盤で、ドクターヘリで患者が到着したその時には、救急部の20床がほとんど埋まっていて、そこにさらに救急車の到着連絡が入る。修羅場だ。

 救急部のこの様子は、以前の一般病院の時から変わらない。「引きの栗原」もその時からそう呼ばれていた。違うのは、一止には目の前の患者だけに集中できない、気詰まりな仕事があることだ。それはベッドの確保。ベッドを差配する担当の准教授にお伺いを立てて確保してもらわなけれなならない。患者が既に来ているのに「色々と連絡をとってみたが、難しくてね」なんて言われる。

 このベッドの件は、大学病院の「特異な世界」の象徴で、要は「患者よりも病院のしきたりやルールが優先される。「24時間365日」の看板がある以前の一般病院とは大きく違う。「新章」は、この環境の中で一止が、どのように自分の求める医療のあり方を全うするのか?どう成長していくのか?が描かれる(のだろう)。

 とてもよかった。最先端の医療現場を舞台にした物語なので「死」を描かないわけにはいかない。それは、描きようによっては過度に情緒的になりすぎたりする。そういうのは「感動のための死」を感じて私はイヤなのだけれど、本書の場合は医師たちの態度が真剣で、却って感傷が入り込まないためか、スッと受け入れられた。

 一止の同期の医師の砂山や進藤を始めとした、これまでの登場人物が健在で、これに大学病院の同僚やスタッフにも魅力的なキャラクターが加わった。御嶽荘での私生活の方にも動きがあるようだし、これからの展開も楽しみだ。

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神様のカルテ3

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2012年8月13日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「神様のカルテ」「神様のカルテ2」に続く第3弾。私が読んだ昨年8月発行の初版第1刷についている帯には「累計218万部」とある。それから1年になろうとしているので、もしかしたら300万部に到達しているのかもしれない。来年には「神様のカルテ2」の映画が公開される。今は未達でも300万部超えは時間の問題だろう。

 前作から引き続き、舞台・登場人物はほぼ同じ。松本市にある民間病院が舞台で、そこの内科のお医者さん、栗原一止(いちと)が主人公。他の登場人物は、病院の医師や看護師と患者、一止の妻のハルと一止が住むボロアパート「御嶽荘」の住人ら。

 ただ、何から何まで前作と同じでは、空気が澱んでしまう。新しいドラマを生むためには、そこに外の風を入れる必要がある。その「そとの風」が、小幡奈美という内科の女医。医師になって12年目、消化器の専門家のベテランで、人当たりが良くてしかも美人。リンゴを丸かじりするのはちょっと意外だけれど、そのギャップさえも魅力的に見える。

 これだけなら、多忙を極める医療現場に吹く涼風だけれど、もちろんそんなことはない。看護師長に「意外に人を見る目がない」と言われた一止は、なかなか気が付かないけれど、小幡先生には問題があり、曲げられない信念もある。そしてその信念は、一止に影響を与えずにいない。

 「あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んでいくのが大事です。」繰り返し登場する夏目漱石の名言が心に残る。随所に「いい話」や「出会いと別れ」を入れながら、今回は物語が大きく動いた。次回はあるのだろうか?

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神様のカルテ2

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2010年10月3日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作にしてベストセラーの「神様のカルテ」の続編。前作は、昨年の8月に映画化されている。本の方は、映画公開の時点で「150万部突破」と言っているから、すごい売れ方だ。本書も2010年の発売後4か月で70万部というから、恐らく100万部オーバーなのだろう。

 主人公は、栗原一止(いちと)。松本市にある民間病院の内科のお医者さん。主な登場人物は、一止の妻のハルと、病院の医師や看護師らで、前作とほぼ同じ面々が顔を揃える中、病院に新しく医師の進藤辰也が赴任してきた。辰也は、なんと一止の医学部時代の(数少ない)友人の一人だった。

 一止が務める病院は、「24時間、365日対応」という理念を掲げる。だから昼夜なくものすごく忙しい。患者のために..という理想はあっても、医師も医師である前に人間。妻や子どもと、患者や理想との間で綱渡りを余儀なくされるし、何より自分自身の健康を損ねかねない。

 物語は、こうした医療の現場のテーマを、辰也を登場させて「(医師である前に)僕たちは人間なんだぞ」と言わせることで、改めて浮き上がらせてみせる。さらに、人の生死については、厳然とした限界があり、医師の「負け戦」もある。その「負け戦」の中で読者は、違った意味の「医師である前に人間」という声を再び聞くことになる。

 泣き所が随所にあるので、涙腺が弱い方は注意。そして、爆笑を誘うコメントやシーンも、全く前触れなしに潜んでいるので、人前で読むときにはそれも注意。

 最後に。前作のレビューにも書いたのだけれど、私は「死」を「感動」につなげることには否定的な意見を持っている。しかし、この物語については否定的なことを言うまいと思う。理由は上手く言えないけれど、医師でもある著者の「死」への想いが伝わって来るからかもしれない。

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神様のカルテ

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2011年6月12日 初版第1刷発行 年6月22日 第2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2009年に小学館文庫小説賞という新人文学賞を受賞した、著者のデビュー作。2010年の本屋大賞の第2位となり、櫻井翔さん、宮崎あおいさんが主人公夫婦を演じて映画化され、この8月27日に公開される。何ともスピーディな展開だ。書店で文庫になっているのを見つけたので読んでみた。

 主人公は栗原一止(いちと)。長野県にある民間病院に勤務して5年目の内科のお医者さんだ。夏目漱石を敬愛するあまり、古風な話し方をするようになってしまって、周囲からは「変人」扱いされている。
 一止が務める病院は「24時間、365日対応」でどんな患者も受け入れる、という理念を掲げている。崇高な理念だが、現場は理念だけでは回らない。近郷の患者と救急車が集結し、夜間の救急は戦場のごとき様相を呈する。物語の冒頭も彼は、35時間勤務してこれから回診、というありさまだ。
 一止はそれなりに腕の確かな医者で、もっと高度な医療に携わる楽な道もあったようだ。そのことのを知る人々は、医学部を卒業してすぐにこの病院に勤めることにした彼を、やはり「変人」だと思っている。もちろん、好ましい想いも込めて。

 このように紹介すると、救急医療を舞台とした「カッコいいスーパードクター」の話を思い浮かべるかもしれない。しかし、それでは恐らく映画の公式サイトの紹介のように、「全国の書店員を涙に濡らし」たりはしないだろう。
 一止の患者さんは「栗原先生に出会えて幸せだった」という。もちろん先に書いたように一止の腕が確かで、適切な治療を受けられたことは大きいだろう。しかし「幸せ」という言葉のうらには、彼の患者さんへの寄り添い方に対する感謝が込められている。それは(本書によれば)、高度医療を施す大学病院では得られないものなのだ。

 病院の理念にある「どんな患者も」には、「治らない患者」も含まれるから、登場人物たちは医者として看護師として、その死を看取ることもしなければならない。そして私は、「死」を「感動」につなげることには否定的な意見を持っている。
 しかし、著者自身が現役の医師であり、病院という場所では「死」と向き合わざるを得ない。その向き合い方としての理想が、本書に表されているのだとしたら、この物語の「死」が感動を誘うことに、私も否定的なことを言うまいと思う。

 このあとは書評ではなく、ちょっと気が付いたことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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