21.村上春樹

街とその不確かな壁

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2023年4月10日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 数多くの村上春樹作品を読んだけれど、最初期を除くと一番に読みやすいと思った本。

 村上春樹さんの最新刊。「騎士団長殺し」以来6年ぶりの長編。

 主人公は「ぼく」と「私」。「ぼく」は、17歳の高校生で「高校生エッセイ・コンクール」の表彰式で出会った16歳の少女と交際している。会えばできるだけ人目につかないところで、唇をそっと重ねる。

 彼女は、高い壁に囲まれた街の話をした。そして「ほんもののわたし」はそこで暮らしていて、図書館で働いている、と言う。自分はその影法師のようなものだと。そしてある日、「ぼく」の前から姿を消してしまう。

 「私」は、高い壁に囲まれた街に住んで、図書館で「夢読み」として働いている。その図書館には「夢読み」の仕事を補助する少女もいる。「私」はその少女に会うためにこの街にやってきた。そう。「ぼく」と「私」は同一人物。「ぼく」が交際していた少女が話した「高い壁に囲まれた街」に来て「ほんもののわたし」に会った、ということのようだ。

 物語は「ぼく」と「私」のストーリーを交互に語って並行して進む。「私」の方は、その街での暮らしをかなり詳細に語り、「ぼく」の方は、その人生を駆け足で語る。そして45歳の時に2つの物語がつながる...

 までが第一部。そして、その後日譚が第二部、第三部、と続く。

 あまり良くなかった。期待どおりとはいかなかった。冒頭に書いた「読みやすい」は100%の誉め言葉ではない。65%ぐらいの「がっかり」を込めた(まぁ村上春樹作品に「読みやすさ」を求める人は、少なくともファンにはいないと思う)。読んでいて何にもつっかえず、心を乱すこともなく最後まで読めてしまった。第二部、第三部と進むにつれてその傾向は強くなった。

 村上春樹作品には暗喩が埋め込まれていて、文章をだた辿っても物語を理解したことにはならない。私が気が付かないことがたくさんあるのだろうと思う。そのことは付言しておきたい。

 また「親しい女性の喪失」「穴」「壁抜け」など、村上春樹作品に共通するテーマが描かれていて、長年の愛読者としては親しみを感じる。それでいて、今まで当たり前にあった、いささか唐突な性的なシーンがないなど、変化もあった。期待が大きすぎたのかも?欲しがり過ぎなければよかったのかもしれない。

 追伸:
 本書は1980年に「文學界」に掲載された中編「街と、その不確かな壁」を書き直したものです。国立国会図書館からその中編を取り寄せて読みました。本書の第一部が書き直した部分で、第二部、第三部は新たに加えられた部分です。

 ちなみに「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は、この中編を基に書いた長編です。本書の設定が「世界の終わりと~」と酷似しているのは、どちらも同じ物語を基にしたものだからです。

 「文學界」と「世界の終わりと~」と本書を読み比べて、あれこれと考えるのは楽しい。しかし、それは別の機会にします。

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一人称単数

著 者:村上春樹
出版社:文藝春秋
出版日:2020年7月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 村上作品は、長編もいいけど、やっぱり短編の方が好きだ、と思った本。

 村上春樹さんの短編集。収録作品は、書き下ろしの表題作「一人称単数」と、文芸誌「文學界」に掲載された「石のまくらに」「クリーム」「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」「ヤクルト・スワローズ詩集」「謝肉祭(Carnaval)」「品川猿の告白」の7編の合わせて8編。

 村上春樹さんらしい作品たち。「中心がいくつもあって外周をもたない円」を思い浮かべられるか?と、老人が問いかけていなくなってしまう。何かの比喩なのか?深い意味があるのか?作品の中に答えはなく、そうしたい読者が思いを巡らすことになる。大学生の男の子が恋人でもない女性と簡単にセックスしてしまうのも「らしい」。

 印象に残ったのは「ヤクルト・スワローズ詩集」と「品川猿の告白」の2編。

 「ヤクルト・スワローズ詩集」は、「「風の歌を聴け」という作品で、それは「群像」の新人賞をとり..」と、著者自身の本当の経歴が書き込まれている。その他にも正確な事実が多くて「自叙伝」として読める。でも、私の知る限りでは、この作品の大事な部分は「作り話」で、著者はこの「作り話」を、これまでにもほかの作品でも何度か使っている。

 「品川猿の告白」は、「東京奇譚集」収録の「品川猿」の続編(多少の食い違いを感じるけれど)。主人公は、群馬県の鄙びた温泉旅館で住み込みではたらく人語を話す猿と出会い、その身の上話を聞く。以前は品川区に住んでいて「好きになった女性の名前を盗む」という悪癖があった。ブルックナーとリヒアルト・シュトラウスの音楽が好きだという。なかなか興味深い猿。

 小説に結論を求める人にはおススメできないけれど、独特の雰囲気はありながら(つまり「らしい)読みやすい。村上作品に馴染みがない人にもいいと思う。それと同時に「村上主義者(著者が「ハルキスト」ではなくこう呼んでほしいとおっしゃっている)」が好きそうな本だ。例えばタイトルにある「一人称」という言葉一つにでも、思うところがあるはずだ。

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猫を棄てる 父親について語るとき

著 者:村上春樹
出版社:文藝春秋
出版日:2020年4月25日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「いったい私は何を読まされているのか?」と疑問を感じながらも、ページをめくる手が止まらなかった本。

 本書は、村上春樹さんがお父さまの人生を、ご自身との思い出を交えて記した「父親語り」。エッセイでご自身の若い頃のことに触れたり、奥さまのことを書いたりしたものは読んだことがあるけれど、お父さまのことを書かれたものは記憶にない。しかし「あとがき」によれば、「いつか、まとまったかたちで文章にしなくてはならない」と前々から思っていたそうだ。

 「父親語り」の端緒は、お父さまと一緒に飼い猫を海岸に棄てに行く、本のタイトルになったエピソード。著者の記憶では昭和30年代初め、著者が小学校低学年だったころのこと。物語のような不思議なことが起きる。だから記憶に残ったのだろう。「猫を棄てる」とはまた、ひどく耳障りなフレーズだけれど、愛猫家の著者にことだから、敢えての選択なのだと思う。

 このあと、お父さまが毎朝ガラスケースに収められた菩薩像に向かって、長い時間お経を唱えていた、というエピソードを挟んで、お父さまと、さらに時代を遡って、お祖父さまの人生を辿り始める。

 その概略を紹介。お祖父さまは京都のかなり大きなお寺の住職で、お父さまはその6人いるうちの2番目の息子。お父さまを含めた6人全員が僧侶の資格を持っている。お父さまは、仏教の専門学校に在学中に召集されて、京都の第十六師団に配属、日中戦争に従軍。招集解除後に帰国して京都帝国大学文学科に入学...。

 読んでいて「おやっ?」と思った。お父さまの、特に戦時中の経歴をすごく詳細に書いている。作家なので史料の調査には慣れているだろう。しかし相当の熱意を持って調べないと分からないと思う。この熱意はどこから来たものなのか?そういえば「いつか、まとまったかたちで文章にしなくてはならない」という義務感も、その理由は何なのか?

 「あとがき」にそのヒントがあった。以下2か所引用。

 僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間-ごく当たり前の名もなき市民だ-の生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ。

 ここに書かれているのは個人的な物語であると同時に、僕らの暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部でもある。

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みみずくは黄昏に飛びたつ

著 者:村上春樹 川上未映子
出版社:新潮社
出版日:2017年4月25日 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 川上未映子さんが村上春樹さんに聞いたインタビュー。合計で4日間、時間にして11時間、文字数にして25万字。空前のスケールと言っていい。村上さんは、過去にも長いインタビューを受けておられて、雑誌「考える人」の2010年夏号に、70ページほどの3日間のロングインタビューが載っている。私はその長いインタビューを「すごい」と思ったが、今回はそれを超える。

 「今回はそれを超える」のは、時間や文字数といった量的なことだけでなく、聞いた内容の「特別さ」においてもそうだ。今回の聞き手は川上未映子さん。「乳と卵」で芥川賞を受賞した作家さん。つまり村上さんの同業だ。帯には「作家にしか訊き出せない、作家の最深部に迫る記録」と書かれている。

 確かに創作のこととか、メタファーのこととか、今まで聞いたことのない話がたくさんある。また川上さんは、少女時代からの村上作品の熱心な愛読者だという。作家だからなのか、愛読者だからなのか、川上さんのパーソナリティによるものなのか、それは分からない。けれど「そんなことを、しかもそんな聞き方する?」という質問がバンバン飛び出している。

 たとえばこんなのがある。

 これまでと現在を振り返って「俺ってやっぱすごかったんだなー、とくべつだったんだなー」みたいな気持ち、ない?これはありますでしょ、少しくらい(笑)。

 それから川上さんが「本当ですか?」と聞き返す場面も多い。たとえばこんな感じ。

 川上:「騎士団長殺し」という言葉が絵のタイトルだとわかったのはいつですか。
 村上:それはずっとあとのことです。ずっとあと(笑)。穴を開いたあとで。
 川上:それはマジですか。
 村上:マジで。

 この紹介だと「年下の女の子が、大先輩の大作家に軽いノリで聞いてる」だけ、と受け取られかねないので、付け加える。川上さんの村上作品への傾倒ぐあいと知識はハンパじゃない。村上さん本人より数段詳しい。例えば、「笠原メイっていくつでしたっけ?」って村上さんに聞かれて「笠原メイは十六歳。学校に行かなくなった高校一年生です」って、即答したぐらいだ。

 自分の作品に対する傾倒と、作家としての実力を、村上さんが認めた上で、その率直さまでも気に入ったからこそ、上に書いたような受け答えが実現したのだ。「インタビューを終えて」で村上さん自身が「「もっとこの人と長く話してみたいな」という気持ちを強く持った」と書いている。

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村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!

著 者:大森望、豊﨑由美
出版社:河出書房新社
出版日:2017年4月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「はじめに」で、大森望さんが「「騎士団長殺し」メッタ斬り!というタイトルの本を出す誘惑には抵抗できなかった」と書いていらっしゃるけれど、私はこのタイトルを書店で見て、読んでみたいという誘惑に抗えなかった。なんと不埒な便乗商品か。でも「私の想いに近い」という確信めいたものも感じた。

 著者のお二人は共に「書評家」。私はお二人の書評をあまり読んだことがないのだけれど、「辛口の書評」という印象がある。それはたぶん「文学賞メッタ斬り!」という作品のことを知っているからだと思う。本書も、唐突に「メッタ斬り!」なんていう企画が湧いて出たわけではなくて、これまでの「メッタ斬り!」の系譜の中にある。

 内容は、表題の「「騎士団長殺し」メッタ斬り!」のほか、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」「1Q84 Book1、2」「1Q84 Book3 女のいない男たち」のそれぞれの「メッタ斬り!」の4部構成で、全編が著者お二人の対談形式。

 すごく面白かった。何かの役に立ちそうとか、気付きがあったとか、そういうことはない。ただ「私の想いに近い」という最初の直観は正しかった。だから読んでいて楽しかった。

 本書は村上作品の欠点を指摘する本だ。ここで大事なのは「しっかり読み込んだ上で」欠点を指摘する、という点だ。豊﨑さんが行った時系列の整理は見事なものだし、俎上にあげる細かいエピソードは、その作品だけでなく、他の村上作品、さらには他の作家の作品との関わりにまで及んで分析されている。自称「ハルキスト」のどのくらいの割合の人が、これに太刀打ちできるだろう?

 最後に。「私の想いに近い」と感じた理由の一つに、著者と私の近さがある。お二人は同い年で私の2歳上という年齢の近さ。そのために人生のほぼ同じタイミングで同じ村上作品に出会っている。大学生の時に「風の歌を聴け」でハマったのも同じ。新作が発表されるのが楽しみなのも、がっかりすることがあっても「次を期待しよう」っていつも思えるのも同じ。もちろん生きてきた時代も同じだ。それで大森さんの次の言葉に深い共感を覚えた。

 僕は「ドラゴンクエストⅦ」を思い出しましたね(笑)。「ドラクエの新作は、やっぱり発売日に買って、ヨーイドンではじめないとね」って毎回楽しみにして、ずっとやってたんだけど、2000年に出た「Ⅶ」のときに初めて思ったんですよ、「あれ?・・・このゲーム何が面白いんだろう?」って

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騎士団長殺し 第1部 第2部


著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2017年2月25日
評 価:☆☆(説明)

 著者7年ぶりの本格長編(「本格」にどのような意味があるのかは知らない。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は「本格」じゃないのだろうか?)

 主人公は「私」。36歳の男性で職業は肖像画家。妻に離婚を言い渡され、6年間の結婚生活にピリオドを打った。物語はその後の「私」の約9カ月のことを描く。

 傷心旅行なのか「私」は東北から北海道にかけて、車に乗っての1人旅に出る。旅行から戻って、友人の父(高名な日本画家)が使っていた、小田原の山荘に住むことになる。本人は社交的な性格ではないのだけれど、そこに色々な人が訪ねて来る。谷を挟んだ向かいに住む白髪の「免色」という名の男性とか、「騎士団長」とか...。

 私は村上春樹さんの作品のファンだ。そして村上作品には「作品に込められた隠れた意味(メタファー:暗喩)を読み解く」という楽しみ方、言い換えれば「深読み」をする人が多いことを知っている。それが結構楽しいことも。例えば私も「深読み「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という記事を書いた。

 本書もそういう「深読み」の楽しみ方ができる。「穴(井戸)」「壁」は村上作品では繰り返し登場するモチーフだし、著者自身もインタビューなどでよく言及している。「免色さん」と「色彩を持たない多崎つくる」と、「対岸の家を覗く」のは「グレート・ギャツビー」と、関係があるのかもしれない。等々。

 ただ今回は、私の方のコンディションが悪かったのか、「深読み」に気持ちが乗れなかった。「らしい」展開や人物や小物が続いて、あまりに「らし過ぎる」。「村上春樹AIが書いたんじゃないの?」なんて思ってしまった。もしくは、著者自身による「パロディ」とか?村上作品の論評に頻繁に使われる「メタファー」が擬人化して登場するし、そのメタファーに「もしおまえがメタファーなら、何かひとつ即興で暗喩を言ってみろ」とか主人公に言わせるし。

 それで「深読み」を除いてしまうと、面白みを感じられなかった。ちゃんと不思議なことが起きるので、退屈せずには読める。でも何かこう薄っぺらい感じがぬぐえなかった。☆2つは、私が楽しめなかったから付けた評価。作品の価値を表すものではないので悪しからず。

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ラオスにいったい何があるというんですか?

著 者:村上春樹
出版社:文藝春秋
出版日:2015年11月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 村上春樹さんが、旅行したり暮らしたりした世界の様々な場所について書いた、10編の紀行文集。

 ボストンと熊本の他の場所は、アイスランド、ギリシャのミコノス島よスペッツェス島、フィンランド、イタリアのトスカナ、ラオス、それからアメリカのニューヨーク、オレゴン州とメイン州のポートランド。欧米が多い中で東南アジアのラオスが目を引く。

 ラオスと聞いて、何が思い浮ぶか?浅学ゆえに私は何も思い浮かばなかった。メコン川が流れていたかな?とは思ったものの、「地獄の黙示録」のシーンが浮かんで「それはベトナムか」と思う始末(後で調べたら、メコン川はラオスもベトナムも流れていた)。まさに「いったい何があるというんですか?」という具合。

 ラオス以外の場所も含めて、村上さんの足は、いわゆる「観光地」には向かない。「取材」のという目的と、ご本人の好奇心によって、地元に分け入るようなピンポイントな訪問が多い。アイスランドの館員が一人しかいない博物館とか、フィンランドの陶芸家の工房とか..。

 劇的なことは何も起きない。最近よくあるテレビの紀行番組ほどにも起きない。まぁ退屈と言えば退屈。でも、出会う人のさりげない言葉に含蓄を感じたり、「メコン川は、まるでひとつの巨大な集合的無意識みたいに、土地をえぐり..」という比喩表現に「!」と思ったりしているだけで読み進められる。

 ちょっと長くなるけれど。2カ所抜粋する。

 アイスランドでは、みんなが多かれ少なかれ何らかの芸術活動に携わっているのだ。受信的な大量情報が中心になって動いている日本からやってくると、こういう発信情報に満ちている国はとても新鮮に見えるし..

 ルアンプラバンでは、僕らは自分が見たいものを自分でみつけ、それを自前の目で、時間をかけて眺めなくてはならない。そして手持ちの想像力をそのたびにこまめに働かせなくてはならない。

 「旅」(本書の中で村上さんは「旅」を「人生」にも例えている)は、能動的であることが大事なのだな、と思った。

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職業としての小説家

著 者:村上春樹
出版社:スイッチ・パブリッシング
出版日:2015年9月17日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 村上春樹さんは、日本では講演やスピーチをする機会がほとんどない、もちろんテレビ番組にも出られない。つまり「あまり人前に出ない作家」という位置付けかと思う。しかし、雑誌「考える人」のロングインタビューや「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」など、インタビューに応える形では、ご自分の仕事や考えについてかなり深くお話になっている。

 そして本書は、そうしたこと(つまりご自分の仕事や考え)について、「まとめて何かを語っておきたい」という気持ちから、仕事の合間に書き溜めた文章に推敲を重ねたものだそうだ。全部で12章あるうちの前半の6章は、翻訳者であり著者と親交もある柴田元幸さんが立ち上げた雑誌「Monkey」に掲載されたもの。

 小説を書く方法論を書いた「第五回 さて、何を書けばいいのか?」や、学校や教育システムについて書いた「第八回 学校について」は、著者の仕事や考えについて多くのことが語られている。「第四回 オリジナリティーについて」は、五輪のエンブレム問題を受けて、タイムリーに一つの視座を提供してくれる。

 タイムリーと言えば「今年もノーベル賞を逃した」今、「第三回 文学賞について」がまさにそうだ。ご自身のことについては「芥川賞」を例にしてお話しになっているけれど、レイモンド・チャンドラーの言葉を引いて、ノーベル賞にも触れている。マスコミは、勝手に候補にして勝手に落選させるのは、いい加減やめた方がいい。

 私が一番「そうだったのか!」と思ったのは、「第二回 小説家になった頃」。著者がご自分が経営するジャズ喫茶のキッチン・テーブルで、デビュー作の「風の歌を聴け」を書いたことは、これまでにも何度も語られていて公知のことだ。

 しかし、あの文体がどうやって生まれたのかは、本書のこの章をを読むまで、寡聞にして知らなかった(これが「初公開」というわけではないようだけれど)。そうだったのか!。(「やめた方がいい」と言ったばかりだけれど)ノーベル賞候補への道は、35年前のこの時から始まっていたんじゃないかと思う。

 この章を読んで、もう一つだけ。「奥さまあっての村上春樹さん」なのだなぁと思った。

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村上さんのところ

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2015年7月24日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年の1月15日にオープンした、本書と同名の村上春樹さんと読者との交流サイトの記録。読者からの質問と、それに対する村上さんの答えが、なんと473個も収録されている。

 473という数字で驚いてはいけない。受け付け期間の17日間に3万7456個もの質問が寄せられ、村上さんはそれを全部読んで、3か月以上かけて3716個の質問に答えたそうだ。私にはとてもマネできない(しろとも言われないけれど)。降参。

 村上さんのファンならば、絶対におススメ。これまでにもインタビュー記事やスピーチなどで、気持ちや考えを垣間見ることはできた。他の作家と比べて、その機会は少なくない方だろう。

 でも、一般の人からこれだけの数の質問があると、インタビューでは聞かない(聞けない)質問が多々ある。それらの一つ一つに真摯に、時にはユーモアを持って答えてくれている。その答えを聞けたことがすごくうれしい。

 「そうなんだ!」「そうだよな!」と思った答えをいくつか。「「ハルキスト」はちゃらい感じがするので「村上主義者」と呼んでほしい」「「1Q84」には、あの前の話とあのあとの話がある。書いた方がいいのか、書かないままにしておいた方がいいのか...」

 「今年の後半に旅行記みたいなものを出す」「その年代の男ってだいたい馬鹿なんです。猿とそんなに変わりません」「昔父親から聞いた話によれば、うちの父方のルーツは、(中略)村上義清だということです」

 それからイラストのことも。村上さんの本には安西水丸さんのイラストが似合う。けれども水丸さんは昨年亡くなってしまった。そこで、本書のイラストを手掛けたのはフジモトマサルさん。フジモトさんのイラストとマンガが、本書にものすごくぴったりハマっている。素晴らしい。

 なお3716個の質問と回答をすべて収めた「村上さんのところ コンプリート版
」が、電子ブックで発売されている。

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セロニアス・モンクのいた風景

編訳者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2014年10月10日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、ジャズの愛好家としても知られる村上春樹さんが、一人のジャズピアニストについての文章を多方面から集めて編んだ本。そのピアニストの名はセロニアス・モンク。

 セロニアス・モンクは1940年代から70年代まで活躍した。後に「ビバップ」と呼ばれる即興演奏を主体にしたジャズの一形態を練り上げたとされる。ただ、彼の登場時には先進的すぎて周囲が理解できなかったようだ。ちょっと長いけれど、本書から引用する。

 「彼の音の選択はちょっとずれているみたいに聞こえた。しかし彼はそのワイルドなハーモニーの感覚を通して、ぶつ切り風のリズム感覚を通して、作曲家のユニークな構造感覚を通して、最終的にはそれぞれの音の選択を正しいものにしてしまった。それらの感覚はすべて、完全にどこまでも彼独自のものであり、非の打ち所がないのと同時に、まさに常軌を逸していいた。」

 本書中に何度もそう評されているけれど、つまり彼は「天才」だったのだ。天才は当初は理解されない。本書は、そんな中で早くから彼を理解し献身的な支援を与えた人々の、「セロニアス・モンク評」を集めている。

 正直に言って、読み始めはつらかった。ジャズはおろか音楽的な素養も知識もない私にとって、名も知らないジャズピアニストの評伝を延々と読むのは、忍耐力を試されているような感じだった。

 ただ、読み進めていくと、とても読みやすくなった。様々な人がバラバラに書いた文章なので、同じエピソードが少し角度を変えて何度も触れられる。しかしその効果として、立体的な像を結ぶように、マイルズ・デイビィスや、ジョン・コルトレーン(その名前ぐらいは私も知っている)の先を行って影響を与えた、セロニアス・モンクの姿が立ち上がってくる。

 最後に。表紙のイラストは、今年3月に急逝された安西水丸さんへのオマージュとなっている。

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