2N.藤岡陽子

メイド・イン京都

著 者:藤岡陽子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2021年1月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 帯にある「「ものをつくる」という生き方」に、深い共感と羨望を感じた本。

 大好きな藤岡陽子さんの近刊。

 主人公は十川美咲、32歳。美術大学を卒業した後、家具の輸入販売の会社で働いていた。先輩の紹介で知り合った、都銀に勤める古池和範と結婚することになり、京都にある和範の実家を初めて訪ねる。その実家は、お屋敷が並ぶ住宅街の中でもひときわ大きな大邸宅だった。そんな場面が物語の始まり。

 和範の家は、京都で飲食店や旅館を営む商家で、社長であった和範の父親が亡くなって、和範が継ぐことになった。実家には和範の母と姉と姪が住んでいて、しばらく同居することになった。大邸宅なのになんとなく息が詰まる。和範は継いだばかりの会社にかかりきりで手持ち無沙汰だ。

 「久しぶりになにか作ってみようか」ずっと昔に忘れていた昂揚感が広がり、手持ちのTシャツにミシンで刺繍をはじめる...。

 読み終わって「よかったね」と思った。「結婚」という人生の幸せに向かうはずの美咲の暮らしに暗雲が立ち込める。いわゆる「京都のいけず」というやつもあって、価値観の違いは簡単には乗り越えられない。それでも、捨てる神あれば拾う神あり。美咲の作品に目を留めてくれる人や援助してくれる人も現れる。

 雑感を3つ。

 本書の表紙は、河原でジャンプする女性の写真で、京都にゆかりのある人ならおそらく「これは鴨川の河原で遠くに見えるのは三条大橋やな」と分かる。何気なく撮ったスナップ写真のようだけれど、見ていてとても心地いい。

 月橋瑠衣という女性が、物語のキーマンなんのだけれど、瑠衣さんの物語も読んでみたいと思った。

 会社の古参の従業員が「二十年に一度、京都は大失敗しますねん」と言う。何のことか正確には分からないけれど、あのことやあのことかな?と思うことはある。

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きのうのオレンジ

著 者:藤岡陽子
出版社:集英社
出版日:2020年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「命」や「生きる」ということを見つめた本。

 「新刊がでたら読みたい」と思うようになった、藤岡陽子さんの最新刊。

 物語の中心となるのは笹本遼賀、33歳。岡山の出身で、今は食品メーカー直営のイタリアンレストランの店長として東京で暮らしている。冒頭で胃がんの告知を受ける。物語は全部で5章あり、遼賀や遼賀の母、弟、高校の同級生が、章ごとに主人公となって進む。

 母の燈子や弟の恭平ら家族が、入れ替わりで東京に来て遼賀を見守る。高校の同級生の矢田泉は、遼賀が入院する病院の看護師で、看護師としても友人としても献身的に支える。しかし、物語が進むにつれて遼賀のがんも進行する。遼賀の毎日は、いつからか「残された日々」になっていく。

 本当に心に沁みいる物語だった。遼賀を中心に描かれるのだけれど、燈子にも恭平にも泉にも、その背景に人生と物語がある。特に、遼賀と恭平には中学生の時の雪山での事件があり、さらには出生の秘密も..と、幾重にも重ねた重層的な物語になっている。それでいて分かりにくくも回りくどくもなく、すっきりと読める。

 帯に「こんなに何度も何度も泣けてくる小説は初めてだ」と、書店員さんのコメントがある。「泣けてくる」と事前に予告されるのは、私は好かないのだけれど、確かに前半からグッとくる場面がいくつかあった。遼賀のおばあちゃんが娘の燈子に「あたしを施設にいれてくれんか」と訴えた気持ちを想像したら、涙がにじんだ。

 著者の作品では「満天のゴール」と同じく、人の「残された日々」を描き考えさせる作品だった。昨年からニュースが、毎日「人の死」を「数」として報じるのに違和感を感じる。心のバランスをとるのに、こんな作品が必要なのじゃないかと思う。

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跳べ、暁

著 者:藤岡陽子
出版社:ポプラ社
出版日:2020年7月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、中学生がこんなに瑞々しく躍動する物語も描くんだと、うれしく思った本。

 藤岡陽子さんの近刊。私は「トライアウト」「テミスの休息」「満天のゴール」と読んできて、本書は4作品目。これまでの3作品は、様々な立場のシングルマザーを中心に据えた心に沁みる大人の物語だった。ところが本書の主人公は女子中学生。どんな話なのか興味津々で読んだ。

 主人公の名前は春野暁。中学2年生。5月という中途半端な時期に転校してきた。物語は新しい学校のクラスで「みなさん、はじめまして。私は春野暁といいます」と暁が自己紹介する場面から始まる。教室内を見渡すと、値踏みするような鋭い視線が集まってくる..。

 暁は、小学生の時にミニバスケットのチームにいた。「暁からバスケットをとったらなにも残らないだろ」と父親から言われるぐらい、一筋に励んでいた。ところが、新しい学校には「男バス」はあるけど「女バス」はない。父は「男バスのマネージャーを..」と言い、それを「いい考えだと思う」と言うが、暁は「そんなの、ちっともいい考えだとは思わない」

 心を惹き付けられる物語だった。この後は「ないなら創ればいい」と女バスを創部して、部員が一人また一人と集まって、練習で素人集団も力をつけて...。こんな要約を読むと「どこかで聞いたことあるような」と思うかもしれない(私もチアリーダーのドラマを思い出した)。そうであっても、この物語は無二のものだ。ケーキを同じ型を使って焼いても同じ味にはならない。

 部員のひとりひとりに事情がある。中学生だから親がらみで、もちろんその親にも事情がある。ついでに言うと先生にも。そうした事情に翻弄されながらも、中学生たちが困難を乗り越える姿に心打たれた。もちろん大人の力を借りないと解決できないこともあるのだけど、中学生たち自身が働きかけないと、大人は察して手を貸してくれたりしない。(暁と父親のように、親子はかなりズレている)

 青春小説でおススメのものない?と聞かれたら本書を薦めようと思う。

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トライアウト

著 者:藤岡陽子
出版社:光文社
出版日:2012年1月20日 初版第1刷 3月5日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 近しい人たちが支えあっていけば、まぁなんとか幸せに生きていける、と感じた本。

 主人公は久平可南子。38歳。仕事は、一般紙の新聞社の校閲部から運動部に異動になった。シングルマザー。8歳の息子の考太を、宮城県にある新聞販売店を営む実家で預かってもらって、自分は東京でひとり暮らしをしている。考太の出生については、ちょっと複雑な事情があるらしく、可南子は、考太の父親が誰であるのかを誰にも言っていない。本人にも両親にも妹の柚奈にも。

 運動部になって最初の仕事がプロ野球のトライアウト。所属球団から戦力外通告を受けた選手が、もう一度どこかの球団に入団するために受けるテストだ。可南子は、そこでテストを受けていた投手から目が離せなくなった。深澤翔介。一時期は活躍したかつての高校野球優勝投手。可南子は記者1年目の時にその決勝戦に取材で来ていた。

 実は考太の「複雑な事情」にはプロ野球選手が関係していて、正直もうプロ野球には関わりたくない。でも何故か深澤のことが気にかかる。そして取材を申し込み...。この後は、可南子のこと、両親のこと、実家の新聞販売店のこと、妹のこと、考太のこと、たくさんのエピソードで織り上げるように物語が進む。もちろん「複雑な事情」も明らかになってくる。深澤はこのいくつかのことで重要な役割を担う。

 面白かった。誠実な人たちが支えあっているのが気持ちのいい物語だった。
可南子は、巧く立ち回れないのと意固地なところがあるのとで苦労をしている。それでも人に恵まれている。そりの合わない父の含めて両親は愛情深いし、妹は奔放に見えて一番の支援者だし、考太は芯の強いいい子に育っている。細かく見ると考太の担任も…。

 タイトルの「トライアウト」は、もちろん深澤が受けた入団テストのことを一義的には指すのだけれど、読み終わってみると複数の意味があるように思う。それは「再挑戦」とか「あきらめない」とか「心機一転」とか。深澤はもちろん、可南子にも、考太にも、柚奈にも、そういうことが起きる。

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満天のゴール

著 者:藤岡陽子
出版社:小学館
出版日:2017年10月31日 初版第1刷 2018年1月16日 第2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

「ゴオルまであとどのくらいやろか」という登場人物の言葉が、いつまでも心に残った本。

以前に読んだ「テミスの休息」が、沁み入るように良かったので、同じ著者の作品を読んでみた。

主人公は内山奈緒。33歳。夫から不倫の上に離婚を迫られて、家出のように実家に10歳の息子の涼介を連れて帰ってきた。実家は丹後半島の北端。京都から特急で2時間ほど、そこから路線バスでさらに2時間。11年前にあることから「この町に戻ってくることは、二度とないだろう」と決めて出た町だ。

実家の辺りは、奈緒がいた頃から廃屋が点在する寂れた土地だったけれど、さらに荒廃が進んでいた。特に医療はひっ迫していて、地域で唯一の総合病院がなんとか支えている状態。物語は、奈緒の父の耕平の入院を機に、地域医療の現場に身を置くことになった奈緒と、そこで出会った人々やその人生を描く。

ところどころで胸が苦しくなった。56歳の私には、父母のことを考えると他人ごとではないのだ。病院から車で1時間とか2時間とかかかる集落に、独り暮らしの老人がたくさんいる。末期癌の88歳の男性、肝硬変の92歳の女性..。訪問看護があり、医師の往診もあるけれど、奈緒が「あのまま置いてきて大丈夫なんですか」と言うように、心配でならない。

このような決して楽観できない状況でも、物語は明るさを失わない。それは、10歳の涼介の存在のおかげでもあるし、患者である老人たちの前向きな心の持ちようにもよる。そして「満天のゴール」というタイトルの意味が分かった時、小さな灯がともったように、心がほんのりと温まる。

最後に。最初と最後のページに「ゴール」という言葉が出てくる。この2つの同じ言葉の重みの違いが際立つ。

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テミスの休息

著 者:藤岡陽子
出版社:祥伝社
出版日:2016年4月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 信頼できる人と一緒に居られる、ということが、心の平安につながるのだと、改めて思った本。

 主人公は弁護士の芳川有仁と、芳川の事務所の事務員の沢井涼子。物語の初めでは、涼子が44歳で、芳川は4つ年下。8年前に涼子は夫と別れ、息子と2人で鶴見で暮らし始めた。同じころ芳川は大手法律事務所から独立して鶴見で事務所を立ち上げる。涼子が求人に応募して採用された。つまり2人は8年の付き合い。どうも、芳川は涼子のことを憎からず思っているらしい。

 物語は、芳川法律事務所で受けた相談を軸にして、芳川のこと、涼子のこと、そして2人のことを、語っていく。相談は例えば、突然に婚約破棄された音楽教師、殺人罪で起訴された青年、不倫相手の妻に支払った慰謝料を取り返したいという女、交通事故を起こした母親、息子の過労死の労災認定を求める父親、など。

 何とも暖かい気持ちになる物語だった。裁判になれば勝ち負けがある。勝った方がいいのは間違いないけれど、勝てばいいというものでもない。帯に「依頼人が、ほんの少し、気持ちを楽にして元の場所に戻ってくれればいい」とある。芳川の弁護はそういう弁護だ。その芳川について涼子は「人の狡さや愚かさや弱さに日々触れる仕事をしながらも、穏やかな気持ちで過ごせるのは、本心から信じられる人と向き合っているからだ」と感じている。

 主人公が弁護士と事務員だけれど、法廷のシーンはほとんどない。多くは、事務所のソファで話される相談と、芳川と涼子が並んで歩きながら話す会話で綴られる。それによって、芳川と涼子の人柄がにじみ出るように分かる。

 ちなみに本書は「陽だまりの人」というタイトルに改題して文庫化されている。「陽だまりの人」とは、恐らく芳川のことだろう。あるいは涼子が芳川にとっての「陽だまりの人」、という意味かもしれない。

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