横道世之介

書影

著 者:吉田修一
出版社:文藝春秋
出版日:2012年11月10日 第1刷 
評 価:☆☆☆(説明)

 タイトルの横道世之介は主人公の大学生の名前。そして世之介は、井原西鶴の処女作にして代表作「好色一代男」で、自由奔放な性遍歴を歩んだ主人公の名前でもある。(父親の説明では「理想の生き方を追い求めた男の名前」だそうだけれど)

 物語は世之介の大学1年生の1年間を月ごとに描く。垣間見える世の中の出来事から推測すると、1987年4月から翌年3月までらしい。そしてところどころに、世之介以外の登場人物のおよそ20年後を差し挟む。この20年後が物語に深みを与えている。

 世之介は、故郷の長崎県の港町を出て、大学進学と共に上京。「自転車で十分走ったら埼玉」の東久留米市のワンルームマンションで一人暮らしを始める。授業をサボったり、試験前にノートをコピーしたり、友だちの部屋に入り浸ったり、恋人とデートしたり。浮かれたエピソードも多いが、それは時代がバブルの前期だからで、世之介自身は「普通の男子大学生」だ。

 「普通の男子大学生」の暮らしが、物語として面白いのは、きっと世之介の周囲がちょっと普通でないからだろう。待ち合わせの場所に、運転手付きのセンチュリーで来る祥子。金持ちの男を渡り歩く千春。東京という場所は、異質なものが出会う。普通の男の子の隣に令嬢や高級娼婦が座っていることもあるのだ。

 とは言え、普通はすれ違うだけで異質なものは交わらない。けれども祥子も千春も、その他の大勢の人々も、世之介には関わりを持ってしまう。20年後にも心の片隅に(人によってはもっと大事な部分に)残る。何がそうさせるのか、さっぱり分からない。敢えて言えば「大いなる普通」というべきか、世之介恐るべし。

 ちなみに、著者の経歴を見ると、出身や年代や大学などに世之介と重なる部分が多い。妙にリアリティがある細かいエピソードには、著者の体験が反映されているのかもしれない。
 映画化決定。平成25年2月23日公開。(映画「横道世之介」公式サイト

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