著 者:馳星周
出版社:文藝春秋
出版日:2020年5月15日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)
世の中には哀しいことがあちこちにあるけれど、少しでもよいことがあれば「よかったね」と思えるのだなと思った本。
2020年上半期の直木賞受賞作。
表題作「少年と犬」を含む6編を収録した連作短編集。残り5編のタイトルは「男と犬」「泥棒と犬」「夫婦と犬」「娼婦と犬」「老人と犬」。それぞれに入れ替わりで人間の主人公がいるけれど、タイトルでも明らかなように、真の主人公は犬。一言のセリフもない、ほとんど吠えることもないけれど、その存在感は圧倒的だった。
物語の始まりは「男と犬」で、人間の主人公の中垣和正がコンビニの駐車場の隅にいる犬を見つけたこと。場所は仙台。飼い主はいないらしい。首輪についたタグには「多聞」と書いてある。この犬は多聞という名らしい。
東日本大震災から半年。いまだ避難所生活を強いられている人も多く、避難所にはペットを連れて行けない。多聞もそうして飼い主と別れ別れになった犬なのだろう。和正も働いていた水産加工会社が倒産し職を失い、やっと仕事を見つけたばかり、それでも多聞に「乗れよ」声をかけた。
こんな感じの出会いを繰り返して、多聞と色々な人の物語が紡がれる。中には奇跡のような出会いもある。ただ多聞が出会う人たちは、決まって何か問題を抱えている。和正は少しでもお金が必要で危ない仕事を受ける。他には、窃盗団の一員の外国人、壊れかけの夫婦、体を売って男に貢ぐ女、癌を患い死期を悟った老漁師、そして震災のショックで心を閉ざした少年。
哀しい気持ちがする物語だった。「それでもまぁよかったね」という気持ちがする物語だった。そもそも出会いだけを繰り返すわけにはいかない。出会いの前には必ず別れがある。それも穏やかと言えない別れ。それでもその別れの前に多聞と出会えてよかった、そういう物語。
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