四角い光の連なりが

書影

著 者:越谷オサム
出版社:新潮社
出版日:2019年11月20日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 新幹線とか電車で長距離を移動する際に時々、車内を見まわして「この人たちみんな、それぞれ今日は「特別なお出かけ」なんだなぁ」と思ったことを思い出した本。

 タイトルが「四角い光の連なりが」で、趣のある電車のイラストが表紙なので、「四角い光」とは電車の窓のことなんだな、と分かった。様々な人の人生の「思い出」を描く短編を5編収録。そのすべてで電車が重要な舞台となる。

 「やまびこ」は、東京の生命保険会社の支店長が主人公。父の葬儀のために岩手県の一関に帰る「やまびこ」の中での出来事と父との来し方を綴る。「タイガースはとっても強いんだ」の主人公は、大阪府吹田市桃山台に住むタイガースファンの会社員。気になる同期の女性との野球観戦に向かう電車で思わぬ展開。

 「名島橋貨物列車クラブ」は、福岡に住む小学校6年生の物語。「正直すぎる」「人の気持ちを想像するのが苦手」な友達と、鉄橋を渡る貨物列車を見ることが日課。「海を渡れば」は、今は真打となった落語家が、香川県から上京して師匠に入門した20歳のころのことを、独演会の話のまくらとして語る。どれも人情噺でしみじみとした読後感がある。

 「二十歳のおばあちゃん」だけちょっと詳しく。私はこの物語がとても好きだ。72歳の祖母と豊橋市に旅行に行くことになった16歳の女性が主人公。旅の目的は、豊橋に行って路面電車に乗ること。以前、都電を走っていた電車の何台かが豊橋に引っ越していったらしく、おばあちゃんはもう一度それに乗りたいらしい。

 16歳にとっては72歳を連れて旅行に行くのは、なかなかに気疲れすることではあったけれど、血のつながった仲でもあるし、まずまずいい旅行になった。目的の電車にも乗れた..と思っていたら、重大な失敗に気が付く。その失敗を取り返すのだけれど..。

 ラストシーンのおばあちゃんの表情が目に浮かんで、幸せな気持ちになる。また、他の4編と同じで「二十歳の~」も人情噺なのだけど、この一遍だけはなんとも言えない空気感が満ちている。そういえば著者はファンタジーノベル大賞優秀賞でデビューしたのだった。繰り返しになるけれど、この物語はとても好きだ。

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