著 者:白石一文
出版社:講談社
出版日:2021年7月5日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)
静かな、しかし決して元には戻らない家族の変化を描いた本。コロナ禍を設定に採り入れたのも特徴的。
主人公は徳山名香子、47歳。英語学校の非常勤講師。10代の終わりに気胸を患って、その後も何度か軽い再発を繰り返している。コロナ禍で英語のレッスンはすべてオンラインに切り替えていた。一緒に住む夫の良治は大手電機メーカーの研究職で、彼も最近は週に1日か2日が在宅ワーク。名香子の肺を気遣って、外出も控えてレストランでの食事などは厳に慎んできた。
ところが良治が「一緒に行って欲しいところががある」と、1週間先の予定が空いているかを聞いてきた。しかも用件は「当日になったら教えるよ」と言う。元々、どんなことでも打ち明け合うような夫婦ではなかった。むしろ適度な距離を保つことで、波風を立てずに20年間過ごしてきた。それでもこの良治の態度はおかしかった。
物語はこの後、良治の病気の発覚から突然の別れ話と進む。名香子にはまったく予想外の展開で、気持ちがまったく追い付いていかない。
これはなかなか厄介な物語だった。自分がどう感じているのか確かめ難い。実は、良治は今は別の女性と暮らしている。この物語の主な登場人物は、良治の他は、名香子、名香子の娘の真理恵と母の貴和子、良治と一緒に住む香月雛と、圧倒的に女性が多い。男性である私がもし誰かの気持ちが分かるとしたら良治なんだけれど、妻を置いて他の女のところに行ってしまう男に共感はできない。
ところが何カ所か気になる言葉がある。例えばそれは真理恵の次の言葉。
「おかあさんにかかると、いつだっておかあさんが正しい人になっちゃうんだもん」
読み飛ばしても話の展開には影響はないけれど、この言葉は私の胸を衝いて記憶に残った。「そういうことなのか」と、私は良治の心の一端に触れた気がする。世の多く(特に女性)の皆さんには一蹴されそうだけれど。
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