著 者:アフマド・マンスール 訳者:高木教之ほか
出版社:晶文社
出版日:2016年11月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)
最近は全く報じられなくなったけれど、ヨーロッパの広い範囲から、イスラム国に参加するために、若者たちがシリアに入国する事態が今も続いている。本書は、この問題に対抗するためにドイツ国内で活動する男性が記したものだ。若者たちが過激な思想を持つに至る過程が分かる。シリアに向かう若者たちに、共感はできそうにないけれど、せめてその行動の理由を理解できないのか?と思って本書を読んでみた。
著者の名前は、アフマド・マンスール。アフマドという名前が表す通り、彼はムスリムだ。本書の中で詳述されているが、テルアビブ近郊の村で生まれ育った彼は、長じてムスリム同胞団に加わってイスラム原理主義に染まる。その後ドイツに移住し、一度は持った過激な思想を脱した、という経歴を持っているのだ。
心理学者でもある著者が、ドイツ国内で行っている活動は、ムスリムの若者たちを対象としたワークショップや講演など。彼らの話を聞いて、彼らに話しかける地道な活動だ。その若者たちは、必ずしも過激な思想を持っているわけではない。しかし、手を差し伸べなければ危険な状態にある。タイトルの「アラー世代」はその若者たちを指していて、イスラム過激派が形作るピラミッドの底辺に位置すると見ている。
ピラミッドの頂点はアルカイダやイスラム国など、現実に凶行に及んでいるグループ。その下にはムスリム同胞団など、イスラム原理主義を支持するグループ。その下にムスリムの若者たち。上の層は彼らを「肥沃な土壌」と見て、様々な働きかけを実際に行っている。だからそれに対抗する必要がある。
読み終わって「これは大変だ」と思った。著者自身の経験や、その活動の中で得た事例を見ると、「敬虔なイスラム教徒」から「過激派」までが、実にシームレスにつながっている。「イスラム国に参加する」という決断までに「決定的な何か」は必要ないのだ。※誤解があるといけないので言うけれど、過激な思想を持つ可能性があるのでイスラム教徒は全員危険だ、と言いたいのではない。
最後に。気が付いたことを。日本ではドイツのようなムスリムに関する状況はないが、似たようなことはあるのではないか?ということ。イスラム原子主義では、コーランに疑問を持ったり解釈したりしてはいけない。「イスラム」が善で「イスラム以外」は悪とされる。複雑で多様な社会状況で判断が難しい中、悩まなくてもいいシンプルな答えが歓迎されている。
さて、日本にいる私たちにも、何かに疑問を持つだけで排斥される、あるいは排斥するような空気はないか?「私たち」と「私たち以外」に分けて、「自分たちが正しい」「相手が間違っている」という考えに安住していないか?原理主義は音もなく近付いて、もうそこまで来ているのかもしれない。
人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)