著 者:コリン・ウィルソン 訳:松田和也
出版社:学習研究社
出版日:2006年9月15日第1刷
評 価:☆☆(説明)
古代文明の謎を追う、グラハム・ハンコックの著作と通底する作品。(通底するだけではなく、ハンコックその人や著作も登場する)
著者の言わんとすることはこうだ。エジプトやマヤその他の古代文明には、現代以上の知識と技術が認められる。しかし、それらはエジプト人やマヤ人が発明、発見したものではなく、約一万年前に水没したアトランティスを通じて更に遡り、10万年前の高度に発達した文明を共通の源としたものである。その証拠はいたるところに残っている、と。
この手の本は好き嫌いはあるだろうが、多少展開が強引でも少し信じがたい面があっても、読者の方もそういったことは織り込み済みで読むので、「可能性としてはアリかも?」と思わせてくれればOKだと思う。
その点では私はOKなのだが、この本には別の問題があって、どうも私には合わなかった。何かと言うと内容が散漫なのだ。エジプトやマヤ文明、地殻の変動、大洪水などは1つの流れの中で語ることができるだろう。
しかし、麻薬物質を使ったシャーマンの幻覚や、フリーメーソン、イエスの血脈などの話まで出てくる。非常に多作な著者とのことで、自分の知っている、世間の常識から少し外れた好奇心をくすぐるような話を詰め込んだという感じで、途中から何の本なのか分からなくなってしまった。
しかも、収められている話の多くは、○○の著作「□□」にはこうある….とか、○○の報告によると…とか、他の人の研究の引用が占める。著者には大変な侮辱かもしれないが、あまり出来のよくない学生のレポートのようだ。これでは、古代文明の研究書ではなく、古代文明の研究を調査した報告書だ。
しかし、1つだけ、著者自身の主張とも言えるものがある。それは、超古代文明は精神文明とも言えるものだったこと。現代文明のように、電気機械や蒸気機関などの物質的な発明は行わなかったが、彼らは高度な科学を理解することができた。我々が失ってしまった「全体を認識する能力」によって。
余談だが、本書に24桁の素数を言い当てる知的障害を持つ双子の女の子の話が出てくる。数値を1つづつ検証する方法ではこうしたことはできない。おそらく、全体を捉えて細部へ向かう方法を取っているのであろう。人類の脳にはそうした能力が内在している、と言えるのではないか。
現代文明が、様々な発明、発見によって便利で長生きできる世の中を作ったことは確かだろうが、同時に多くの問題を抱え込んでしまった。核兵器や環境問題は、自らの生存さえ脅かしてしまっている。「全体を認識する力」によって、そうした未来が見えていたのなら「あえて発明しない」という選択肢もあったかもしれない。
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