楽園の烏

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2020年9月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「誰の本心も分からない、謎だらけだなこれは」と思った本。

 著者のデビュー作「烏に単は似合わない」から続く「八咫烏」シリーズが累計150万部と大きな反響を呼びながら、第6巻「弥栄の烏」で、第一部が完結。本書は、それから3年を経て第二部の幕開け。

 主人公は安原はじめ。30代。資産家の養子。養父から山を相続した。これから100年は固定資産税を払えるだけの維持費とともに。ただし「どうしてこの山を売ってはならないのか分からない限り、売ってはいけない。」という奇妙な条件が付いていた。

 このシリーズは、人の形に転身することができる八咫烏たちが暮らす「山内」と呼ばれる世界が舞台。そして「山内」は、ある山の神様を祀る「神域」を通して、現代の日本とつながっている。ということが、5巻と6巻で明らかになっている。はじめが相続した山は、その神域がある山だ。でも当然そのことは、はじめは知らない。

 相続後にまもなく「怖気をふるうような美女」が、はじめの元に訪れる。「あの山の秘密を教える」と言う彼女に連れられてその山に、さらには木箱に身を隠して神域に侵入し...とテンポよく進んで、舞台は現代日本から山内の世界に移り、第一部と接続される。

 そこではじめの前に現れたのは「雪斎」と名乗る男。第一部で、皇太子である若宮の側近の武官だった雪哉だ。どうやら第一部の終わりからは20年経っていて、山内の世界はこの雪斎が取り仕切っているらしい。庶民から貴族まで、口々に雪斎とその善政を褒めたたえる。

 安原はじめが、養父から受けた生前贈与の金で暮らす、もう怠惰でどうしようもないヤツとして登場するのだけど、これが中々の切れ者。山内の世界を見て回る方々で、彼が問いかける「あんたらにとって、ここは楽園か?」という質問が、見えない覆いを切り裂こうとする刃物のようだ。

 その覆いの向こうに、山内の複雑な闘争の存在が垣間見える。波乱の前兆。

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