ストーリー・セラー

書影

著 者:有川浩
出版社:新潮社
出版日:2010年8月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 アンソロジーの「Story Seller」に収録されていた短編「ストーリー・セラー」を「Side:A」として、新たに書き下ろした「Side:B」を加えて単行本化したもの。Side:AもBも、女性の小説家と、その一番の理解者であり、読者でもある夫との揺るぎない愛と哀しみの物語。

 以前、アンソロジーの「Story Seller」のレビューで、「ストーリー・セラー」(つまり、本書の「Side:A」)について、「私は好きになれない」として「著者が「悪意」や「悲劇」も描けることは分かっているが、読後感は大事にしてほしい。」と書いた。その「読後感」は「Side:B」の冒頭で救われた。
 救われはしたが「Side:B」も含めて、依然としてこの作品は、私は好きになれない。理由はいくつかある。一つは、大切な誰かの「死」による感動的な話に、私自身意外なほど抵抗があること。「死」は重要なテーマだとは思うが、感動のために利用しているようでイヤなのだ。

 もう一つは、主人公の小説家の旦那さんを、どうにも持て余してしまうこと。クールでやさしくて、著者の作品の男性の例に漏れず、ここイチバンの時には甘~いセリフを吐ける。言うことないのかもしれないんだけれど、こんなに滑らかに口が回る男ってどうなのよ、と口も手も遅い私は思ってしまう。
 また「Side:A」では、「読む側としては」とか「本読みとしての勘」というセリフがいくつもある。本を沢山読んでいる人らしいのだけれど、そういう勝手に何かを代表したり上から見たもの言いをする人は、あまり大した人じゃないんじゃないかと思ったりするのだ。(著者の旦那さんがそういう言い方をするのなら前言撤回します。)

 「著者の旦那さん」に図らずも触れたが、著者の作品に、旦那さんのアドバイスが生かされているのは、「あとがき」を読んでいるファンには周知のことだ。著者が「あとがき」で作品制作の裏話を少し明かしてくれることも。
 その「あとがき」が、本書にはない。このことが、「Side:B」のエンディングとあいまって、読者の気持ちをざわつかせる。

 この後は書評ではなく、新聞に載った有川さんのインタビュー記事について書いています。お付き合いいただける方は、どうぞ

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 今年の元旦の神戸新聞の第4朝刊に、有川さんのインタビュー記事が載っていました。有川さんは、神戸新聞のエリア内の宝塚市在住で、そうした縁による記事だと思います。帰省中で神戸にいた私はラッキーだったと言えます。

 そこで、「活字離れが叫ばれる現状をどう思う。」という質問に対して、こう答えておられます。

~読者さんの反応からも、若い人が活字が嫌いなわけでも、読む力がないわけでもないと感じる。『面白いものは誰意でも届く』というのが、わたしの考え。そのために、単純に『楽しむためだけ』に本を読んで。~

 そして、インタビュー後半では「活字媒体全体のためにわたしにできるのは、楽しむためだけに読める本を書き続けること」と続いています。

 わが意を得たり、とはこのことです。私はこの「楽しむために本を読む」ということが、とても大事なことだと思っています。(便乗しているようですが、「たんぽぽモール」での私の紹介にも、そのようなことを書いています。言えば言うほどいじましいですが、念のため。)

4つのコメントが “ストーリー・セラー”にありました

  1. かりん。

    ご無沙汰しております。・・ってお忘れだと思いますが(笑)。

    何か本を読んだ後先に、YO-SHIさんなら、どんなご感想を
    お持ちかしらと、時々こちらにお邪魔していました。
    YO-SHIさんのご実家は関西なんですね、なんとなくイメージ的に
    関東の方って勝手に思っていました。

    この本の読後は・・とても気持ちがざわざわしています(^-^;…
    なんだか有川さんマジックにはまったような?
    分かりやすそうでいて、ちょっと不思議な作家さんです。

    春に上映の「阪急電車」、どんな仕上がりなのか心待ちにしています。
    再現された「生」を見てきました♪ヽ(^-^*)

  2. YO-SHI

    かりん。さん、コメントありがとうございます。

    ご無沙汰しています。忘れてなんかいません、覚えてますよぉ。

    最近、ものが覚えられなくなってますが、ブログにコメント
    いただいた方のことは忘れないようです。不思議ですね。

    かりん。さんのブログも拝見しましたが、私もSide:Aを
    アンソロジー本で読んだ時にはちょっとガッカリな感じでした。
    Side:Bで幾分良くはなったのですが...

    「生」が再現されたんですか?映画用ってことでしょうか?
    それは楽しいニュースですね。教えていただいてありがとう
    ございます。

  3. igaiga

    こんにちは。上のかりん。さんじゃありませんが、私も自分が読んだ本があまりにも微妙感漂いまして、
    救いを求めにこちらに来ました。
    駆け込み寺みたいでスミマセン(^^;)

    結構涙腺は脆く、ありえないくらい物語の中に入り込むわたしでも、何というか、こう感情の上っ面だけ通り過ぎて行ってしまって。
    で、読書メーターでは結構評判いいんですよね(^^;)
    そしてYO-SHIさんとこにたどり着きました。ジプシー(笑)

    まぁわたしの違和感はズバリ、死が綺麗すぎることだったんですよね。
    死に向かっていく鬼気迫るものがなく、物足りなさを感じたという感じがしました。

  4. YO-SHI

    igaigaさん、コメントありがとうございます。

    ようこそ、私のブログにたどり着いていただきました(笑)

    igaigaさんがおっしゃる「微妙感」というの、
    私もなんとなく分かります。「こんなんじゃない」というか
    薄っぺらいというか....

    「感動した」「泣けた」というそれぞれの人にとやかく言う
    つもりはないんです。人それぞれの受け取り方があるので。

    ただ携帯小説がもてはやされた頃から、「愛し合っている
    2人のどちらかが死んだら感動」というスイッチがある
    かのような反応を感じます。

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