著 者:香山リカ
出版社:集英社
出版日:2012年10月22日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)
「独裁」入門、と言っても独裁者になるための手引書ではない。本書は、日本の現状を分析し、それが現代型の独裁者(ヒーロー)を生む危険性に警鐘を鳴らす本だ。
日本の現状とは、長らく低迷を続けた上に先行きが不透明な経済、有効な対応ができない混乱した政治、さらに震災と原発事故の痛手を受け自信を失った社会といったものだ。将来が不安で自信を失い、政治(つまり現在のリーダー)に期待できないとすれば、「誰かに何とかしてほしい」と、人々がヒーローを待望するのは自然な成り行きとも言える。
具体的な現象の1つとして著者は、白か黒かの二項対立、あるいは二者択一が好まれる、ということを挙げている。これには数年前のことになるが、2005年の衆院選での小泉元首相の「郵政民営化、イエスかノーか」という提示に続く、自民党の圧勝が思い起こされる。こうした問いかけはとにかく分かりやすい。あの時は小泉さんに任せれば大丈夫、と思った人も多いはずだ。
しかし著者によると、このように分かりやすい二項対立・二者択一を好むのは、精神病理学的に見ると不安や葛藤を回避する、やや不健全な防衛メカニズムの働きにも見られるそうだ。様々な条件を考慮してより良い方法を探るのには、多くの心的エネルギーを使う。そのような余裕がなければ、2つの中から(それも一方が格段に良く思える)選んだ方が楽だ。そして良い方を選んだと思うことで安心もできる。
こんな状況の中で、分かりやすい対立を示して「私に任せなさい」という人が現れたらどうなるか?著者は仮想の人物ではなく、今や政治の中心にいると言っても過言でない橋下徹大阪市長を、現実的な脅威として示す。これには正直言って驚いたが、それは私の無知によるもので、著者と橋下氏は現在かなり先鋭的に対立しているようだ。
残念なのは、本書の多くの部分を、この対立から生まれた論争?(あまりかみ合っていないのだけれど)における、著者の主張に割いていることだ。これで本書は「香山リカvs橋下徹」の視点からしか見られなくなってしまった。テレビの生討論の持越しを書籍で、というのは分からないではない。テレビよりも書籍の方が、正確に主張が伝えられるだろう。でも、それはしない方が良かったと思う。
本書で展開される精神病理学的な分析は、一考に値するもので、多くの人に冷静に受け入れてもらいた。それが、対立の構図の向こう側へ押しやられてしまった。それでだけでなく、「橋下徹は是か非か」という、著者自身が問題視する二者択一に自ら陥ってしまった。
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