31.伊坂幸太郎

重力ピエロ

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2006年7月1日発行 2007年11月30日14刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2003年に発表された作品で、著者紹介欄によると「ミステリファン以外の読者からも喝采をもって迎えられ」た、ということだ。2006年に出た文庫版で読んだ。

 主人公は、遺伝子関係の会社員、泉水。絵の才能があるハンサムな弟、春と、末期癌で入院中の父がいる。ストーリーは、泉水と春の兄弟を中心に進み、泉水の回想として家族の過去の出来事が語られる。そして、結末に向けて長い坂を上るように静かに盛り上がる。
 泉水の家族には、公然となった秘密がある。それは、春がレイプ犯によって母が身ごもらされた子どもであることだ。何とも重々しい設定だ。父が生むことを決断したのだが、それが正解であったのかどうかは、今もって誰にもわからない。
 「泉水も春も私の息子ですよ」と、動じることなく言い切る父の態度に救われはするが、家族につきまとう影は払いようがない。春の絵の才能さえ、レイプ犯の血を受け継いだのではないかと言われてしまう始末だ。

 泉水の職業や春の才能などの設定に無駄がなく、ストーリーに絡んでくる。連続放火事件が事の発端なのだが、放火とグラフィティアート(壁に描かれた落書き)に深い相関があり、事件のナゾを解くカギは遺伝子にある。また、家族の過去の悲劇とも深く関わっていた。
 徐々に明らかになってくる真実と、気の利いたエピソードの重層構造で読ませる、技ありの作品で、評判になったのもうなずける。

 少し残念に思うのは、ストーリーに意外性がほとんど無いことだ。もちろん、最初からすべて分かってしまうような単純なストーリーではない。でも、徐々に明かされることを追って行くと、中盤ぐらいで読者が「もしかしたら」と予想してしまい、そのとおりになってしまうのではないかと思う。少なくとも私はそうだった。結末に向かっての道筋がまっすぐな感じなのだ。
 それから、読んでいてつらくなってしまう時があった。レイプという凶悪な犯罪に対する嫌悪感だと思う。母の事件の他にも何度か、そういったシーンや話題が出てくる。この小説に限って言えば、重要な要素であるので取り除きがたいことは分かる。しかし、嫌な気持ちになってしまった。

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チルドレン

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:講談社
出版日:2004年5月20日第1刷 2004年6月16日第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 短編小説のふりをした長編小説です。と著者が言うように、収められている5つの話は、時間を前後しながらつながっている。「終末のフール」と似たスタイルだ。(「終末のフール」の方が後の作品なので、こういう言い方はおかしいかもしれないけど)

 1本目の「バンク」で、ウマイ!と思った。それぞれの話には小さなナゾがあって、最後になって解き明かされるのだけれど、このナゾ解きが実にスッキリとさせてくれる。「それは、都合が良すぎるんじゃないの?」ということがない。クリスティーの短編のように心地よい騙され方ができる。(ちょっとホメ過ぎか?中にはナゾが早くから分かってしまったものあるけれど)

 主な登場人物は5人の男女。盲目の永瀬、その恋人の優子、2人の友人の鴨居と陣内、陣内の後輩の武藤。5つの話は、1人称で語る人が変わるので、主人公というのは1人に特定されていない。しかも、時間が10年は前後するので、5人が全員登場する話はない。

 私が惹かれたのは永瀬。頭の回転の良さ、推理力、視覚以外の研ぎ澄まされた感覚によってナゾを解く。盲目であることで不快な目に遭うこともあるが、常に冷静て紳士的である。

 異彩を放つのは陣内だ。彼が1人称で語る話はないが、5つの話すべてに登場する。主人公という言い方は合わないかもしれないが、彼を中心に展開した「長編」であることは間違いない。
 陣内はハッキリ言って「ハタ迷惑」だ。その場に合っていなくても本音や正論を吐く。もちろん本音と正論は全く違うもので、時には正反対のこともあるから、陣内の言うことは時によってバラバラだ。なのに、友人は彼の元を離れていかないし、家裁の調査官である彼を慕う元不良少年少女が大勢いる。
 それは彼のウラオモテのないありさまがいいのだろう。こんなエピソードが挿入されている。
–永瀬は、盲目だというだけで通りすがりの女性に5千円渡されてしまう。彼女には悪意はないのだが、永瀬のことを自分より「かわいそう」な存在と見ているわけで、そうしたことが永瀬や優子の心に影を落とす。陣内も憤慨する。「(目が見えないことなど)そんなの関係ねえだろ」「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」–

 私が永瀬に惹かれたのにも、もっと言えばこれだけ頭脳明晰な男を、著者がイヤ味なく描くことができたのも、永瀬が盲目であるという事実から自由ではありえない。しかし、陣内は違うらしい。まったく素直な気持ちで、友人を見ることができるのだ。

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終末のフール

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:集英社
出版日:2006年3月30日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2007年本屋大賞の第4位。小惑星の衝突によって、あと3年で人類が滅びるという設定で、仙台北部のヒルズタウンという20年前にできたマンションの8組の住人の生活を、時に交差しながら描く短編集。

 あと3年で死ぬことがわかっている、(本当は小惑星なんて衝突しないんじゃないかという期待が心の片隅にあるとしても)ある種の極限状態。しかし、登場する人々の行為はそれにしては穏やかだ。
 それもそのはずで、小惑星衝突が明らかになったのは5年前、当初は大混乱し、暴動も殺人もそして自殺も数限りなく起きて、自制心を失った人々はその頃に死んでしまったり、捕まったりして、街からいなくなってしまった。今、残っているのはそうした混乱をなんとか乗り越えた人々なのだ。

 8編を通して感じるのは、終わりが見えるということが、人の心を鮮明にするということ。自分がしなくてはならないこと、本当にしたいことが初めて分かる。
 それは、家族の関係の修復であったり、贖罪であったりと色々だ。難病の子どもを抱えた父親は、子どもを残して自分が死んでしまう可能性がほとんどなくなったことに、この上なく幸せを感じている。
 もちろん、どうせあと3年で終わるのだから、そんな面倒くさいことをしてもしょうがない、と思う人もいる。しかし、より良き人生を送りたいと思う人が多いのではないだろうか。

 あと3年で終わりなのに、少なくなったとは言えスーパーは開いているし、そこで商品を買うのにお金を払う。そのことを不思議に思う場面がある。財産や金銭に価値があるようには思えないのに。案外、今までのやり方を変えることはできないのかもしれない。

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