33.森博嗣

フラッタ・リンツ・ライフ

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2006年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズの第4作。番外編を除いた本編は5作品だから、残すところあと1つ。既に折り返しを過ぎて、これから終盤に向かうところだ。物語は収束してくるのか?..まぁ、そんなわけはなくて、まだまだ物語は展開を続けている。
 今回の主人公「僕」は、クリタジンロウ。「スカイ・クロラ」で、カンナミの前任者として名前だけ登場している。そして、既に死んだことになっている。(クサナギが殺した、という噂もある)
 ここに来て、新しい主人公を出してくるのだから、物語は収束どころではない。まぁ、時系列で並べれば本書は3作目、起承転結の「転」と考えれば、物語の構成の常道とも言える。

 クリタは、今までの主人公と比べると少し地味だ。天才的なエースパイロットであるクサナギやカンナミと比べられては気の毒だが、取り立てて特長がない。基地の同僚にも「基地の飛行機乗りの中では一番、普通」と評されたこともある。
 「普通」ということでさらに言えば、クリタはキルドレだが普通の人間に近い部分を持っている。「愛情」とは何かを考えたり、地上での安全で穏やかな生活に価値を見出してみたり。
 特に、「愛情とは何か」「この感情は愛情なのか」「愛情があれば争いは起こらないのか」と、クリタは繰り返し「愛情」について考える。他人の感情にあまり興味がないキルドレとしては珍しい。ただし、彼の問いは「愛情」についての普遍的な問いでもある。キルドレではない私たちも、面と向かって問いかけられて、キチンと答えられる人は少ないと思う。
 彼のこうした性格が、物語の進展に関わりがあるのかどうかは分からないけれど、語り部としては、ちょっと変化があって良いのかもしれない。

 前作の「ダウン・ツ・ヘヴン」で、物語の背景で行われている戦争について、かなり明らかになってきたように、今回は、キルドレについてのある事実が明らかになっている。そして、その事実はクサナギの身に深く関わってくる。本書は、大きな問題をはらんだまま終わっていて、次回作への期待が高まる。

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ダウン・ツ・ヘヴン

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2005年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」シリーズの第3作。今回はいきなり戦闘シーンから始まる。このシリーズでは、独特の浮遊感がある空の飛行シーンが評判になっている。たとえ戦闘シーンであったとしても、自由感や開放感が感じられて私も好きだった。
 ところが、今回はそのようなシーンがこの冒頭を除いてはない。空の飛行シーンはそれなりにあるが、主人公は自由に飛ばせてもらえなていないからだ。私が感じていた自由感や開放感は、主人公が感じていたものを共有したものだったのだ。

 その主人公「僕」は、今回も草薙水素だ。前作でティーチャが去った今、この基地だけではなく、会社全体のエースパイロットになっている。そして、彼女には会社の広告塔としての役割が期待され、その結果上に書いたように、自由に飛べる機会を失ってしまったわけだ。
 それから、ここで行われている戦争は、多分に政治的な意図を持ったものらしい。「政治的でない」戦争というものは想像し難いので、もう少し説明が必要だろう。この戦争は、国民に一定の緊張感を与えると同時に、反政府感情を抑制することを「政治が意図した」戦争、しかも戦禍が必要以上に広がらないよう「コントロールされた」戦争なのだ、。
 こういったことは、読者はウスウス感じているかもしれないが、主人公は、初めて聞かされる。彼女にとっては「聞きたくないこと」だ。「空に上がって敵を墜とす」「自分の方が下手であれば墜とされる」というシンプルなことだけが重要で、それ以外のことは雑音に過ぎない。雑音を知ったことが、さらなる閉塞感を生んでいる。

 戦争のウラ事情や、会社の上層部の思惑などは「大人の(汚れた)世界」の話。本書では所々で、「子供と大人」の話が出てくる。冒頭の戦闘シーンにも「あれは、子供のやることじゃない」というセリフがある。
 この巻は、キルドレである(つまり大人にならない)草薙水素が、大人の世界に引き出されて摩擦を起こして傷つく巻であり、「死」を恐れない故に、却っていままで考えることのなかった自らの「死」を、考えることになってしまった巻でもある。
 彼女が、この後、どのように「大人の世界との摩擦」にケリを付けるのか、あるいは付けないのか。気になるところである。

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ナ・バ・テア

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2004年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」シリーズの第2作。「ナ・バ・テア」とは、"None But Air"の読みをカタカナで表したもの。本文中に「周りには、空気しかない。何もない。」という箇所があるが、そこのところを表しているんだろう。こういう英語の使い方は、他にもあるかもしれないが何となくカッコいい。

 本書の主人公の僕は、戦闘機のパイロットだ。戦闘機に乗って空を飛んでいるときだけ、自由になれる、笑うことができる。撃墜されて戻って来られないかもしれなくても、帰還して着陸するときには「次はいつ飛べるのだろう」と思うような性格の持ち主だ。主人公によると、戦闘機乗りはみんなそうなんだそうだが。
 また、他人と深く付き合うことができない、将来のことを考えない、欲と言えるのは「もっと性能の良い戦闘機に乗りたい」とか「上達したい」とかだ。それには、戦闘機のパイロットという職業以上に、その生い立ちが関係している。主人公は、キルドレと呼ばれる、子供のまま大人にならない、ケガ以外では死なない、という宿命を負っている。

 そんな主人公、他人のことに興味がないはずの主人公が、何故か「ティーチャ」と呼ばれる天才パイロットに「憧れ」を抱いた。本人にも何故そんな気持ちになったのかわからない。このことが物語の始まりになっている。
 実は、このことは本書の始まりであるだけでなく、(今のところ)シリーズの始まりにもなっている。2作目の本書は、1作目の「スカイ・クロラ」から何年か遡った物語だ。1作目で何の説明もないままだった様々なことが、本書で明らかになっていて「そういうことだったのか」という満足感が広がる。

 それに、詩のように短い言葉で綴られる空中戦のシーンが相変わらず秀逸、使われる言葉に馴染がないにも関わらず、映像が目に浮かぶようだ。それから、言い方は悪いが、独特の浮遊感で最後まで引っ張った感のある1作目と違い、ストーリーにドラマ性も見えてきた。3作目が楽しみだ。
 「作者の術中にはまるのを承知で、2作目を読むしかない。」と、1作目のレビューで書いたが、まさにその通りになったということだ。

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スカイ・クロラ

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2001年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 人気ミステリー作家による近未来小説。5巻と番外編の1巻からなるシリーズの1作目。8月に押井守監督で映画が公開されるそうだ。と、このように書いたけれど、これらはすべて後知恵として仕入れたもので、この記事を書くためにネット検索していて知った。
 この本を読んだ直接のきっかけは、写真ブログをやっていらっしゃるliquidfishさんに薦められたから。著者の本を2冊読んだのだけれど、今一つピンとこないでいたところ、「スカイ・クロラ」シリーズがおすすめ、というコメントをいただいたんです。

 そして本書は、不思議な魅力に満ちた本だった。フワフワとした不安定な浮遊感が全編を通じて漂っていて、それでいていつか重大なことが起きるのではないかという、張りつめた感じがあって、それが物語を引っ張る。
 読み終わって振り返ると、不安定な浮遊感は、この物語世界の設定が明らかにされないまま、様々な出来事に付き合わされるからだ。そして、読み終わっても完全には明らかになってはいない。張りつめた感じは、主人公たちが抱えている宿命の行き止まり感、あるいは逆にゴールが見えない焦燥感が伝わってくるのだと思う。

 物語の舞台は、おそらく近未来の日本、戦争中だ。おそらくと書いたのは、人物の名前が日本名なのだが、充てられる漢字がちょっと変。地名も戦闘機の名前も漢字なんだけれど、どれも標準的な感覚(そういうものがあれば、だけど)から微妙にズレている。こういったことも不安定感を醸し出す装置になっているように思う。
 ストーリーは、ある基地に配属された優秀なエースパイロットである主人公カンナミが、何回かの出撃を繰り返しながら、基地や周辺の人々との関わりを深めていく。彼らの何人かはある宿命を背負っている。彼ら自身はその宿命のことを知っているのだが、読者には終盤まで伏せられている。

 本書を読み終わっても、設定の不透明さが明らかにならないのは、本書が5部作の1冊目だからだろう。まだ物語は2割しか語られていない。しかも、時間的には5部作の最後にあたるらしい。巧いというか、ミステリー作家らしいというか、技巧的というのか。
 こういう場合は、気になる人は2作目を読むしかない。読めば、1作目より良くわかり、良く楽しめそうな期待があるから。著者の術中にはまるのを承知で。

 最後に映画化について。単行本の美しい装丁もそうだが、物語もとても映像的だ。戦闘機乗りが主人公だから、空のシーンが何度もあるが、空から見た地上や、空中戦などの描写が絵のようだ。映画にしたいと思ったヒトがいるのは必然だろう。
 そして、押井守監督で映画化というのも、もしかしたら必然なのかも。押井監督のアニメ作品と相通じるものを感じる。草薙水素という本書の準主人公の名前も、攻殻機動隊の主人公の名前と酷似しているし。

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工学部・水柿助教授の日常

著 者:森博嗣
出版社:幻冬舎
出版日:2001年1月10日第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 「ゾラ・一撃・さようなら」という本の著者の作品。前回読んだ「ゾラ~」がそんなに良くなかったのだけれど、それはハードボイルド系で、著者としては珍しい系統だったらしい。それで、もう1冊読んでみようと思って手に取ったのが本書。
 ところが、これがさらに珍しい系統だったということが、読んでいてわかった。そして前回よりさらに良くなかった。ミステリ作家さんのミステリ以外の本をまた選んでしまったわけで、迂闊なことこの上ない。反省。

 内容は、某国立大学工学部助教授の水柿先生の、特に劇的なことが起きるわけでもない生活が綴られている。奥さんの須磨子さんがミステリ好きなので、日常のちょっとした不思議を話して、奥さんに感心してもらうのが、水柿先生の喜びだ。しかし、須磨子さんの要求レベルは高く、先生が話す不思議の多くは奥さん的には失格なのだ。
 チョコチョコと小噺になりそうなエピソードがちりばめられている。ホテルの部屋で盗まれた教授のカバンが、数日後ホテルから忘れ物として届けられた。ホテルが盗難事件をしらばっくれているわけではない。その真相は?とか、大学の庭にできたミステリーサークルの謎、とかだ。
 まぁ、そこの部分はちょっとは面白い。でも、所々に著者自身がツッコミを入れて茶化しているところがあって(後述の「小説なのに伏字なのは変ではないか?」のように)、おちゃらけたヨタ話を聞いているようだった。全体としても退屈だったし。

 雑誌に連載したものを単行本にしたということだ。小説なんだけれど、大学の先生である著者の体験を聞いているような雰囲気が漂う。大学の名前がNやMやOと伏字なのはまだしも、何人かの名前だけがSとかHとかになっているのは、著者も言っているが、小説なのに変だ。これは部分的には実話だ、ということなのだろう。
 だから、著者のファンには面白いのかもしれない。好きな作家の素顔が少し垣間見えて。ただ、私には合わなかったようだ。これも著者自身が入れているツッコミの通り、「なんと、こんなのが本に?」「誰が買うんだ?」というのが、私の感想をうまく言い当てている。

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ゾラ・一撃・さようなら

著 者:森博嗣
出版社:集英社
出版日:2007年8月31日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 図書館の本棚で気になっていた作家さん。何度か手に取って見たことはあるものの、その時々に他に読みたい本があったりして、初めて読んだのが本書。「よく出ている本」のコーナーにあった。この記事を書くに当たって書誌データを検索して、幅広く多作な作家であることが分かった。本書のようなハードボイルド系は、珍しいらしい。

 ストーリーは、探偵である主人公の頚城(くびき)悦男が、志木真知子という美しい女性から依頼を受けるところから始まる。「天使の演習」という美術品を、ある男から取り返して欲しいということだ。ある男とは元都知事で、彼は「ゾラ」という暗殺者に命を狙われているという。
 主人公の頚城の視点から書かれた事件の推移の中に、ほんの少しだけ真知子を一人称にしたページが挟まっている。それが互いの微妙な心理のズレを表現していて効果的だとも言えるし、完全にネタバレで推理の面白さを削いでしまっているとも言える。私はどちらかと言えば後者の感じ方が強かった。
 270ページと、多くはないページ数で、4章の起承転結を付けているわけでムリもないのだが、話の進展がストレートすぎる。主人公の仕事は1度も破綻することなく進んで、調子良すぎるし、登場する若い女性が揃って彼に好意を寄せるのはどうも不自然な気がする。

 読みやすさという点では申し分ないので、軽い読み物が欲しい時にはいいだろう。最初にも書いたが、著者は多作であり、本書は系統的には珍しい部類にあたる。他も作品ももう少し読んでみようかと思う。

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