ザ・マジック

書影

著 者:ロンダ・バーン 訳:山川紘矢、山川亜希子、佐野美代子
出版社:角川書店
出版日:2013年2月10日 初版 発行
評 価:☆☆(説明)

 読んでいる最中は「ちょっとこれはどうなの?」と思ったけれど、読み終わって「まぁこういうのもアリか」と思った本。

 以前から時々目にしたことがあった本で、先日、友達が読んでいるのを知って読んでみた。

 最初に言っておくと、著者には「ザ・シークレット」「ザ・パワー」という前著があって、本書はそれに続くものであるらしい。本書を読んでいて、いささか唐突に感じる部分があったのだけれど、それは本書が「3冊目」だからだと思う。私が「時々目にした」のも前著かもしれない。

 簡単に言うと、本書は様々なことに「感謝」して暮らすための実践指南書。1日目は、朝の早いうちに「感謝できることを10個書き出す」。書き出したら、一つひとつ心の中や声に出して読んで「ありがとう」を3回言う。2日目は、手にすると気持ちよく感じる小石を1個見つけて、寝る前にその小石を握って「その日起きた良いことを全て思い出して、最高の出来事を考える」

 このようにしてその日にする感謝の方法が28日分ある。「近い関係の人を3人選んで、それぞれに感謝できる5つのことを書き出す」「「健康のおかげで私は生き生きとしています」と書いた紙を最低4回読んで感謝する」とか。1日目と2日目のことは3日目以降も続ける。朝と寝る前の習慣にするということだろう。

 感謝の機会を増やすのはいいことだと、経験上そう思う。ただ気になることも書かれている。元になっている考えは「引き寄せの法則」と言って、考えていることと類似の経験を引き寄せる、というもの。つまり「感謝していると、感謝するような経験を引き寄せる」。しかし「だから感謝しましょう」では感謝の気持ちに混ざり物が含まれてしまうのでは?と思う。

 著者はこれを「宇宙の法則」だとして「願い事が叶ったかのうように感謝すれば、その願いは必ず叶う」と言う。病気も、健康な状態だと仮定して感謝すれば治せると言う。逆に、身体に問題があるとすれば「感謝していないということになります」とも。また著者はこの「法則」の裏付けに量子力学を持ち出しているのだけれど、これでは疑似科学だと私は思う。

 そんなわけで疑似科学の片棒を担ぐのは避けたいので、おススメはしない。
 ただ、ここのところ体調が思わしくなく、重苦しい気持ちを抱えていたのだけど、思い立って「感謝できることを10個」考えるようにしたら、何かが落ちたように身が軽くなったことも書き加えておく。

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メイド・イン京都

書影

著 者:藤岡陽子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2021年1月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 帯にある「「ものをつくる」という生き方」に、深い共感と羨望を感じた本。

 大好きな藤岡陽子さんの近刊。

 主人公は十川美咲、32歳。美術大学を卒業した後、家具の輸入販売の会社で働いていた。先輩の紹介で知り合った、都銀に勤める古池和範と結婚することになり、京都にある和範の実家を初めて訪ねる。その実家は、お屋敷が並ぶ住宅街の中でもひときわ大きな大邸宅だった。そんな場面が物語の始まり。

 和範の家は、京都で飲食店や旅館を営む商家で、社長であった和範の父親が亡くなって、和範が継ぐことになった。実家には和範の母と姉と姪が住んでいて、しばらく同居することになった。大邸宅なのになんとなく息が詰まる。和範は継いだばかりの会社にかかりきりで手持ち無沙汰だ。

 「久しぶりになにか作ってみようか」ずっと昔に忘れていた昂揚感が広がり、手持ちのTシャツにミシンで刺繍をはじめる...。

 読み終わって「よかったね」と思った。「結婚」という人生の幸せに向かうはずの美咲の暮らしに暗雲が立ち込める。いわゆる「京都のいけず」というやつもあって、価値観の違いは簡単には乗り越えられない。それでも、捨てる神あれば拾う神あり。美咲の作品に目を留めてくれる人や援助してくれる人も現れる。

 雑感を3つ。

 本書の表紙は、河原でジャンプする女性の写真で、京都にゆかりのある人ならおそらく「これは鴨川の河原で遠くに見えるのは三条大橋やな」と分かる。何気なく撮ったスナップ写真のようだけれど、見ていてとても心地いい。

 月橋瑠衣という女性が、物語のキーマンなんのだけれど、瑠衣さんの物語も読んでみたいと思った。

 会社の古参の従業員が「二十年に一度、京都は大失敗しますねん」と言う。何のことか正確には分からないけれど、あのことやあのことかな?と思うことはある。

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同志少女よ、敵を撃て

書影

著 者:逢坂冬馬
出版社:早川書房
出版日:2021年11月25日 発行 2022年4月10日 19版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ロシアのウクライナ侵攻が起きている今この時に、この物語を読む因果を考えた本。

 本屋大賞受賞作。

 主人公の名はセラフィマ・マルコヴナ・アルスカヤ。物語の始まりではモスクワ近郊の人口40人のイワノフスカヤ村に住む、猟師の娘の16歳の少女だった。時代は1940年。翌年にはドイツがソ連に侵攻して独ソ戦が始まり、セラフィマの村でも砲声を遠くに聞くようになる。

 のどかな村の風景から一転して、ドイツ軍の敗走兵に襲撃されてセラフィマ以外の村人全員が殺される。セラフィマの命もここまで、というところにソ連の赤軍が来て救われる。しかし安堵する間もなく、赤軍の女性の指揮官はセラフィマに「戦いたいか、死にたいか」と聞くのだ。

 女性の指揮官の態度に反発したセラフィマは、何度目かの「戦いたいか、死にたいか」の質問に、「ドイツ軍も、あんたも殺す!」と答える。場面を転じて、セラフィマはあの女性指揮官の下で、狙撃手としての教育を受ける。少女ばかり十数人で編成された訓練学校。さながら学園ドラマのような雰囲気(習っているのは「狙撃」だけど...)

 こんな感じで序盤は緩急をつけた展開。しかし「緩」を感じるのはここまでで、訓練学校を出た後はセラフィマたちは、狙撃小隊として前線に投入され、そこからは「急」ばかりが続く。撃ち殺さなければ撃ち殺される。「友情」も「師弟愛」も「信頼」も描かれるのだけれど、その場面の背景は常に「命のやりとり」がされる戦場だ。

 「なんなんだ、この物語は」と思った。本屋大賞は納得する。描かれる物語の熱量というか牽引力というかが圧倒的だ。しかし、どうして日本人の著者が独ソ戦の物語を書いたのか?どうして主人公が女性狙撃兵なのか?いや別にいいのだけれどどうして?といういくつもの「どうして?」を感じた。ストーリーの緻密さに、並々ならぬ取材を感じて「なにか訳があるんでしょう?」と著者に聞きたくなった。

 彼女たちは何のために戦ったのか?物語の中にある、タイトルと同じ「同志少女よ、敵を撃て」という言葉が意味深長だ。

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映画を早送りで観る人たち

書影

著 者:稲田豊史
出版社:光文社
出版日:2022年4月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

読んで「映画を早送りで観る」ことへの違和感がすごく小さくなった本。

映画を早送りで観る人が少なからずいるらしい。多いのは20代だけれど、30代以上の世代にもいる。調査によると動画コンテンツを「よく倍速で視聴している」「時々倍速で視聴している」を合わせると、20代で男性は36.4%女性は28.2%、全世代男女では23%。「倍速視聴」だけでなく、セリフのないシーンや「平凡なシーン」を飛ばして見る「飛ばし見」をする人もいる。

調査は「映画を」ではなくて「動画コンテンツを」なので、私としては「倍速経験率」が少ないぐらいに思うけれど、著者は違うらしくこの状況に「大いなる違和感」を感じた。しかし「同意はできないかもししれないが、納得はしたい。理解はしたい」と、なぜこんな習慣が身に着いたのかを解き明かそうと、「倍速視聴」「飛ばし見」をする人々らの意見を聞き取って考察したもの。

「習慣」はともかく、どうして「倍速視聴」「飛ばし見」をするのか?は、単純明快だ。それは「時間がもったいないから」。世間で話題、友達が話してたなので、観るべき(と本人が思う)作品が多すぎるのだ。Netflixなどの映像配信のサブスクリプションの登場で、1本あたりの視聴コストが限りなく安価になったことで、「観るべき」リストに入れる基準がグンと下がったことも一因。

「それじゃ作品をちゃんと味わえない」という意見はもっともだけれど、彼らは作品を「観たい」のではなくて「知りたい」ので、味わえなくても構わない。少し補足すると「観たい」作品はちゃんと1倍速で観ることもあるらしい。もし面白かったら、飛ばして見てもったいないとは思わないのか?と聞けば、倍の時間をかけていたら「こんなに時間を使っちゃったんだ」という後悔の方が大きい、という。

ここまでは本書の第1章の内容で、彼らがどうしてそうなったか?を、様々な角度から考察されている。共通するキーワードは「コストパフォーマンス」。「回り道」「無駄」「失敗」をしたくない。「したくない」と書くと「意思」のようだけれど、もう少し切迫した「罪悪感」「恐怖」のようなものを背負っている。いづれにしても「理由はある」のだ。私としては全部ではないけれど納得した。

ひとつだけ特筆したい。本書で「回り道したくない」の要因に「キャリア教育」をあげているが、これは本当にそうだと思う。本書には詳しくは書かれていないけれど、今の学校のキャリア教育では、中学校(場合によっては小学校)で、将来何になりたいか?そのためにはいつごろ何をするか?なんてことを考えるように指導される。まるでプロジェクト管理のように。こんな指導は間違っていると思うのだ。

こんな感じで本書には、テーマの「倍速視聴」「飛ばし見」を超えた様相が描き出され、現代社会の味方に新しい視点を与えてくれる。「映画を早送りで観る」に関心がない人にも、一読をおススメ。

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