あるキング

著 者:伊坂幸太郎
出版社:徳間書店
出版日:2009年8月31日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「誰も読んだことのないような伝記を書いてみました。」と著者が言うように、まず本書は伝記だ。あるホームランバッターになったプロ野球選手の生涯が綴られている。「誰も読んだことのない」についても、まぁそうだろうと思う。主人公の山田王求の生涯は、何かが少しズレている。

 王求の両親は、熱烈な仙醍キングスのファン。ちなみに仙醍キングスは万年最下位の弱小プロ野球チーム。王求が生まれる時に母は、破水して病院に行った後も、陣痛室に移るその時までテレビで試合を見ていた。そして残る父には「あなたはここで試合の結末を見届けて」と言った。
 そして、生まれてきた子どもに「王(キングス)が求める」という意味で、「王求(おうく)」と名付け、仙醍キングスに入団させるべく王求を育てた。そんな両親の想いが通じたのか、王求は尋常ではない才能と練習によって一流の野球選手に成長していく。

 普通の伝記であれば、細かいエピソードを除けば、これでほとんど全てでネタバレもいいところだ。ところが「誰も読んだことのない」伝記である本書は、生涯を表したストーリーにはそれほどの意味はない。天才野球少年から高校、プロへと進む、生涯の各段階での王求を見る周囲の目線が、物語の核となっている。
 冒頭に「何かが少しズレている」と書いた。王求はズバ抜けて野球が上手いだけなはずなのに、完全に周囲から浮いてしまっている。少しだけ普通じゃない両親や本人の言動の積み重ねと、その結果の野球の才能が、周囲と王求の間に小さなしかし決定的なズレを生じさせているのだ。

 気の利いたセリフや不思議な登場人物、淡々とした主人公など、伊坂作品らしいと言えばそうなのだが、ちょっと雰囲気が違う。陽気で楽しい「白伊坂」と、闇や得体の知れないモノを描く「黒伊坂」がいる、という話を聞いたことがあるけれど、「黒伊坂」がチラチラと顔を出す作品。

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10つのコメントが “あるキング”にありました

  1. チャウ子

    YO-SHIさん、こんにちは。

    私もこの作品は伊坂さんらしくないなと感じました。
    いつもどおりクスッと笑える箇所は多々あったのですが。

    今回YO-SHIさんの書評を読んで納得。
    「黒伊坂」ですか、なるほど!

  2. YO-SHI

    チャウ子さん、コメントありがとうございました。

    今回は伊坂さん自身も、今までとは違ったモノを、
    という意識があったのかもしれません。ちょっと
    他の作品と違いましたよねぇ。

    「黒伊坂」「白伊坂」は、私のオリジナルではなく、
    ネットをさまよううちに目にしたものなんですが、
    伊坂作品を表現するのにとても役に立つ表現だと
    思います。
    要所で登場する獣と女は何なんでしょうね。
     

  3. おりーぶ

    YO-SHIさん

    こんにちは、はじめまして

    私もつい最近この本を読んだのですが・・・
    今まで読んでた伊坂テイストからかけ離れたものだったので
    読後もうまく自分で消化できなくて、感想がまとまらず
    結局レビューを断念しました。

    黒と白なら・・・私はやっぱ白がスキ(笑)

  4. えぐ

    YO-SHIさん、はじめまして。
    確かに、黒伊坂と白伊坂は便利ですね。わかる×2って感じですし。
    今までの作品で黒伊坂になるのは、「ラッシュ・ライフ」、「グラスホッパー」辺りでしょうか?

  5. YO-SHI

    おりーぶさん、コメントありがとうございます。

    黒と白なら..白が好き、私もそうです。
    読んでて楽しい方がいいですよね。
    ただ、黒と白のうまい配分、っていうのも
    あると思います。
    私が読んだ中では「ゴールデンスランバー」と
    「魔王」がそんな感じです。

    —–

    えぐさん、コメントありがとうございます。

    「グラスホッパー」は登場人物に暗さがないのが
    救いですが、話は「黒」ですね。
    「ラッシュライフ」も人の死の扱い方が「黒」かな。
    白は、「チルドレン」「陽気なギャング~」あたり
    でしょうか?
     

  6. おりーぶ

    YO-SHIさん

    確かに!
    「魔王」も「ゴールデンスランバー」も絶妙な配分具合ですよね。

    後味の悪いラストに「何とかならないもんかねぇ」とボヤきつつも、
    すこーしだけ見える明るい兆しに感動させられて印象に深く残ります。

  7. えぐ

    YO-SHIさん

    白に挙げられている2作品は間違いないですよね。
    あと「終末のフール」も私は白かと。

    そして、確かに「魔王」から「ゴールデンスランバー」をはさんで
    「モダンタイムズ」も底流に流れるものが黒ですね~。
    私は特に「ラッシュライフ」が怖くてすぐ思い浮かんでしまったんですが、
    本当の意味で怖いのは「モダンタイムズ」かもしれないですね。

  8. YO-SHI

    おりーぶさん、コメントありがとうございます。

    ハッピーエンド、とは言えない結末の物語が多いですね。
    「そんなにうまくは行かないよ。」それでも何とかやって
    きましょうよ、ってことかなと思っています。

    —-

    えぐさん、コメントありがとうございます。

    この世のものでないお化けよりも、この世のシステムの方が
    よっぽど怖い、ってことですね。
    「魔王」から「モダンタイムス」に続く物語は、何らかの
    メッセージ性を感じます。読者に「考える」ことを訴えて
    いるようで。
     

  9. るるる☆

    こんにちは!
    乙一さんも黒乙一と白乙一(あるいはグレー乙一も)あるのですが、
    確かに伊坂作品もそうですね!!
    私は読んだ時は「白」作品の方が好きでしたが、

    今年読んだ伊坂作品で何が一番良かったか・・と振り返ってみた時に(マイベストの準備中~)
    心に印象深く残っていたのが
    「モダンタイムス」や「グラスホッパー」や「ラッシュライフ」なんですよね~。

    読んでる時はきっとしんどかったのか・・「好き」とは言えなくても
    なんか心には深いインパクトを残してくれるのが伊坂さんなのかもしれません。

    この本も図書館で予約してみました。
    今年中には読めないと思うけど・・!

  10. YO-SHI

    るるる☆さん、コメントありがとうございます。

    そうなんですよ。心に残るのは「黒」っぽい方。
    ストーリーも覚えているし、それにシーンが思い浮かぶんですよね。
    例えば..拷問のシーンとか。決して「好きな」シーンではないんですが。

    るるる☆さんの「マイベスト」楽しみです。
     

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