天地明察

著 者:冲方丁
出版社:角川書店
出版日:2009年11月30日 初版 2010年4月25日 7版発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞と私は相性がいいらしい。私が好きな伊坂幸太郎さんも、森見登美彦さんも、有川浩さんも、万城目学さんも(まだいらっしゃるけれど、このあたりでやめときます)、読んだ最初のきっかけは本屋大賞だった。そして、本書は2010年の本屋大賞の大賞受賞作。

 実に楽しい読書だった。期待に違うことなく、とはこのことだ。物語の舞台は江戸時代の日本、17世紀後半、戦国の世が治まって徳川の時代となって半世紀、4代将軍家綱のころだ。主人公は渋川春海。将軍様の前で碁を打つ「碁打ち衆」の四家のうちの1つ安井家の後継者で、物語の始まりの時には22歳の青年だった。
 この物語は、1685年(貞享元年)に行われた改歴(それまでの暦の計算方法を改めて新しい方法で行うこと)に至る一部始終を描く。改歴はもちろん史実であるし、渋川春海はその推進者として実在の人物。そして、数学者の関孝和や、将軍家綱、大老酒井忠清、そして壮年期の水戸光圀ら、同時代の実在の人物を周辺に配して、春海の「改歴」に賭けた生涯を描く、大きくうねる奔流のような物語が進む。

 本書の魅力は2つあると思う。1つ目は知的好奇心への刺激だ。現在は日蝕月蝕といった天文現象を正確に予測することができる。では、いつごろからそんなことができたのだろう?実は、蝕の予測は驚くほど古くから行われ、1000年は遡ることができる。しかし、わずかな誤差も数百年を経れば無視できない誤謬となり、江戸初期にはそれまで使っていた暦法は不都合が生じていた。
 本書では、800年間使われていた暦法の誤りを、多くの協力を得て多くの困難を乗り越えて、春海が正す。その極めて専門的な内容が、難しすぎず簡単すぎない、適度な難易度で語られる。それも、新しい知識の発見を目の当たりにするように、臨場感たっぷりに。

 もう1つは、主人公の春海に対する「羨望」と「共感」だ。主人公の春海は、算術、天文術、神道、そして暦法にも通暁する俊才。また、当時囲碁は武家の教養とされていて「碁打ち衆」は、幕閣や藩主らに囲碁の指導も行っていた。だからこそ酒井忠清や水戸光圀らとの関係も築くことができた。つまり、才能と立場に恵まれた主人公だということだ。
 しかし、春海には今の自分でない「何者か」にならんとする渇望がある。そして「何者か」になれない挫折もある。関孝和への算術の問答勝負に失敗してその場にへたり込み、次いで亡霊のように精気をなくしてフラフラと歩く。感情の起伏が激しい質なのだ。「渇望」と「挫折」は程度の差はあっても誰にでもある。私は春海の生き方に「羨望」の他に「共感」を感じた。春海が登城の折りに、「明暦の大火」で失った江戸城の天守閣があった場所に広がる青空を見上げる時、私にも青い空が見えた。

※(2011.6.14追記)
「天地明察」が、岡田准一さん、宮崎あおいさんの出演で映画化が決定したそうです。2012年秋公開予定です。
映画「天地明察」オフィシャルサイトへ

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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5つのコメントが “天地明察”にありました

  1. somesei

    沖方丁さんというと、ライトノベル、軽いSFまたファンタジーの作家さんというイメージで知っていましたが・・・私は天地明察に関しては、時代物とばかり思っていました。時代は江戸でも内容は当時の科学をもとにした作品のようですね?SF者の私でも楽しめそうです!今度読んでみたいと思います!

  2. YO-SHI

    someseiさん、コメントありがとうございます。

    someseiさんはSF者ですか。それなら楽しめそうですよ。

    この本をSFとして捉える、って考えはとてもいいかもしれません。
    SFといえば未来の話というイメージがありますが、過去の話も
    なくはないですし。

    ちょっとネタバレになりますが、各地で北極星の高度を測量する
    シーンがあるのですが、あんなこと現代人にはできないかと..
    あれはすごいサイエンス&テクノロジーだと思います。

    それと、実はこの本には、天文学や風俗などに事実誤認がある、
    という批判があるのですが、サイエンス・フィクション、
    つまり「フィクション」なら、事実と違うなんていう批判は
    そもそも出てこないので。
     

  3. たかこの記憶領域

    天地明察 / 冲方丁

    面白かった〜!さすが本屋大賞!おしくも直木賞はのがしたけれど、本屋大賞ならはずれがないだろうと気になっていた1冊。本当はこういう時代小説って苦手だけど、読み始めたらとまらなかった。
    江戸、四代将軍家綱の御代に立てられたプロジェクト、「日本独自の暦の作…….

  4. たかこ

    YO-SHIさん こんばんは。
    「天地明察」本当に面白かったですね。
    私、こういう時代ものって苦手なのに夢中で読みました。
    暦なんて今まで気にもしたことなかったのに、渋川春海という人物がとても愛おしく感じましたね^^;
    また天文学や数学、学問の楽しみというのも、この本を読んで再認識しました。

  5. YO-SHI

    たかこさん、コメントありがとうございます。

    時代ものって、本好きでも読まない人は全然読まないですよね。
    私も、全然ということはありませんが、何かきっかけがないと読まないです。

    >また天文学や数学、学問の楽しみというのも、この本を読んで再認識しました。

    そうそう、私も「和算」っていうのに挑戦してみようかと思ってます。

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