神様のカルテ

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2011年6月12日 初版第1刷発行 年6月22日 第2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2009年に小学館文庫小説賞という新人文学賞を受賞した、著者のデビュー作。2010年の本屋大賞の第2位となり、櫻井翔さん、宮崎あおいさんが主人公夫婦を演じて映画化され、この8月27日に公開される。何ともスピーディな展開だ。書店で文庫になっているのを見つけたので読んでみた。

 主人公は栗原一止(いちと)。長野県にある民間病院に勤務して5年目の内科のお医者さんだ。夏目漱石を敬愛するあまり、古風な話し方をするようになってしまって、周囲からは「変人」扱いされている。
 一止が務める病院は「24時間、365日対応」でどんな患者も受け入れる、という理念を掲げている。崇高な理念だが、現場は理念だけでは回らない。近郷の患者と救急車が集結し、夜間の救急は戦場のごとき様相を呈する。物語の冒頭も彼は、35時間勤務してこれから回診、というありさまだ。
 一止はそれなりに腕の確かな医者で、もっと高度な医療に携わる楽な道もあったようだ。そのことのを知る人々は、医学部を卒業してすぐにこの病院に勤めることにした彼を、やはり「変人」だと思っている。もちろん、好ましい想いも込めて。

 このように紹介すると、救急医療を舞台とした「カッコいいスーパードクター」の話を思い浮かべるかもしれない。しかし、それでは恐らく映画の公式サイトの紹介のように、「全国の書店員を涙に濡らし」たりはしないだろう。
 一止の患者さんは「栗原先生に出会えて幸せだった」という。もちろん先に書いたように一止の腕が確かで、適切な治療を受けられたことは大きいだろう。しかし「幸せ」という言葉のうらには、彼の患者さんへの寄り添い方に対する感謝が込められている。それは(本書によれば)、高度医療を施す大学病院では得られないものなのだ。

 病院の理念にある「どんな患者も」には、「治らない患者」も含まれるから、登場人物たちは医者として看護師として、その死を看取ることもしなければならない。そして私は、「死」を「感動」につなげることには否定的な意見を持っている。
 しかし、著者自身が現役の医師であり、病院という場所では「死」と向き合わざるを得ない。その向き合い方としての理想が、本書に表されているのだとしたら、この物語の「死」が感動を誘うことに、私も否定的なことを言うまいと思う。

 このあとは書評ではなく、ちょっと気が付いたことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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 「気が付いたこと」1つめ。一止の古風な言い回しと、栗原夫妻の家がある「御嶽荘」に、森見登美彦さんの「腐れ大学生」作品を思い出しました。方向性は全く違うのだけれど。

 2つめ。「死」を「感動」につなげる、で思い出したのは、石田衣良さんの「親指の恋人」。この本自体を評して言ったのではないのですが、レビューのコメントで「死を感動のためのスイッチのように使うものが多いのが気にいりません。」と書いていました。

 3つめ。「親指の恋人」を手に取るきっかけは、森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」と、表紙のイラストを描いたのが同じ方だったから。その方は中村佑介さん。そして「神様のカルテ」の表紙を描かれたのも中村さんです(※)。

 4つめ。「神様のカルテ」と「夜は短し歩けよ乙女」「親指の恋人」が、二重につながりました。これって何か意味があることでしょうか?....ないか。

※(2011.8.28 追記)
 すぐ上に書いた「そして「神様のカルテ」の表紙を描かれたのも中村さんです」という部分は誤りでした(誤った文章ですが、自戒のためにそのままにしてあります)。「神様のカルテ」のカバーイラストを描かれたのは、カスヤナガトさんです。
 コメント欄で、はるさんに指摘されて判明しました。はるさん、ありがとうございます。読んでいただいた皆さんには申し訳ありませんでした。全く私の思い込みで誤った情報を発信してしまいました。お恥ずかしい限りです。

5つのコメントが “神様のカルテ”にありました

  1. たかこの記憶領域

    神様のカルテ / 夏川草介

    「神様のカルテ2」も出たことだし、そろそろ読んでおくか…、と思ってやっと手にとった作品。実は、どちらかというと、医療ものは苦手。映画やドラマでも見るとなんだか苦しくな …

  2. たかこ

    私も森見登美彦さんを思い出しました。一止の古風な話し方がそう思わせたのかもしれません。

    医療ものや、病気を題材にしたものに対して、いつも否定的で冷めた目線で読んでしまうのですが、これはなぜか否定できませんでした。やはり著者が現役の医者であることもあるのでしょうか、理想だけでないところが感じられるのかもしれません。

  3. YO-SHI

    たかこさん、コメントありがとうございました。

    たかこさんのブログのこの本のレビューも拝見しました。
    たかこさんも、病気が題材の「泣ける」ものは、
    否定的に見てしまわれるんですね。

    私は実は、ほとんど事前知識なしにこの本を読んだんです。
    これだけ話題になっていることを考えると不思議ですが、
    タイトルと本屋大賞2位ということしか知りませんでした。

    なので途中で、「えっ、あの手の話だったの?」と、一瞬は
    後悔したんですが、これが最後まですんなりと読めたんですよ。
     

  4. はる

    神様のカルテの表紙イラストは中村さんではないですよ。カスヤナガトさんという方です。
    気になったので。。

    文章、私も森見登美彦さんを思い出しました^^

  5. YO-SHI

    はるさん、コメントありがとうございます。

    全く私の思い込みと不注意によって、間違えてしまいました。
    誤りをご指摘いただいて感謝します。訂正の追記をさせて
    いただきました。
    今後はこのようなことのないように精進していきます。

    私は、有川浩さんの「植物図鑑」の表紙も中村佑介さんだと
    思っていましたが、これもカスヤナガトさんだと分かりました。

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