株式会社ネバーラ北関東支社

書影

著 者:瀧羽麻子
出版社:幻冬舎
出版日:20011年6月10日 初版発行 2012年10月15日 4版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのはこれで4冊目。「うさぎパン」では、高校生の恋愛未満の淡い想いを、「左京区七夕通東入ル」「左京区恋月橋渡ル」では、大学生の恋バナを描いた。本書が描くのは28歳の大人の女性の心模様だ。

 主人公の名は弥生。東京の外資系証券会社で7年間、バリバリ(本人曰く「150%の力で」)働いていた。あることをきっかけに転職し、北関東にある小さな町に引っ越してきた。転職先が本書のタイトルの「株式会社ネバーラ北関東支社」。健康食品の下請メーカーで主力商品は納豆だ。

 弥生は、東京の暮らしで傷ついた心身を休める避難所的にここを選んで引っ越してきた。もちろん、ここに根づくつもりなんかない。20~30%ぐらいの力で働いていて、それでうまく回っているのだから、問題もない。物語の始めの弥生はこんな感じだった。

 何故か英語が口をついて出る杉本課長、生真面目に仕事に取り組む沢森くん、東京に憧れるマユミちゃん、駅前の居酒屋の桃子さん。職場でも外でも「善い人」に囲まれてそこに溶け込み、喜びやピンチを共有する内に、弥生の心が少しずつ変わっていく。胸の内の一部がそっと温まるような、読んでいて気持ちのいい物語だ。

 私が読んだ文庫版は、書き下ろし短編「はるのうらら」を収録。マユミちゃんが高校3年生のころの物語。「おまけ」の作品かと軽く見ていたのだけれど、そうではなかった。この短編で、私は本編で見え隠れする「テーマ」が、はっきり見えた気がした。そのテーマとは「理由」だ。

 人はいろいろなことに「理由」を求めてしまう。本編でも短編でも、町の出入りにまつわる「理由」が度々語られる。弥生が東京から来た理由。桃子さんが大阪から来た理由。そして、沢森くんとマユミちゃんが東京に行かない理由、弥生が東京に帰らない理由。「○○しない」理由が寂しくも胸に沁みる。

 ここからは書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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 実は、本書を読んでいろいろと思い出してしまいました。

 このブログで何度か言及していますが、私も弥生と同じように、転職して東京から地方に引っ越してきました。もちろん、弥生のようには優秀ではありませんでしたし、かなり状況は違います。でも、弥生が前の会社を辞める前後の描写が、私のそれと重なりました。それで当時のことをいろいろと思い出したのです。

 例えば、東京でもこちらでも、何度も転職の理由を聞かれました。多くの場合、聞いた人は私の説明では納得できないようでした。それから、なぜか同情や励ましの言葉をくれる人が多かったです。友だちは送別会で、こう言って私を励ましてくれました。「大丈夫、また戻って来れる。がんばれ。」

 私の転職と転居の選択には、後ろ向きの理由はなく、同情も励ましも必要ありませんでした。でも、友だちの目にはそう映っていなかったんですね。あれから16年あまり。友だちの励ましの甲斐なく、私はここにいます。それで一片の悔いも問題もないです。

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