著 者:與那覇潤
出版社:集英社
出版日:2013年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)
新聞の書評欄で知った本。その記事には「気鋭の歴史学者が(中略)「日本人とは何か」というテーマに迫った」と書いてあった。面白そうなので手に取ってみた。
結論から言うと、期待通りとはいかなかった。章建ては「日本人は存在するか」といった刺激的なものが並んでいるし、取り上げられる視点も「歴史」「国籍」「民族」「文化」と、なかなか語りがいのあるものが並んでいる。だたし、どれもちょっと論点がズレているように感じるのだ。
例えば第1章の「日本人は存在するか」。こう聞かれたら「存在する(に決まってるじゃないか)」というのが大方の答えだろう。これに対して著者は、日本人の定義は何?と問い返す。国籍が日本?いま日本に住んでいる?...一律には決められないねぇ。つまり、定義が曖昧なのだから「存在する」という答えも自明ではない、というわけなのだ。
質問を投げかけて答えを議論するのではなく、質問の方の曖昧さを指摘して「明確な答えは出ません」が答えでは、はぐらかされた気分だ。たいたい「日本人」が「存在するか」がテーマだったのに、「定義」の話に置き換わっている。上で「論点がズレている」と言ったのはそういうことだ。
それから「再帰性」という社会学の用語が、本書を貫くキーワードになっている。これは、「認識」と「現実」がループする現象が生じることを指す。例えば「日本人は集団主義的」という認識が、日本人に集団主義的な行動を促し、そのことが最初の認識を補強し、そのことが....というループだ。さらに言えば「認識」が「現実」に先立つこともあるし、その「認識」が誤っていることさえある。
著者はこの「再帰性」を使って、自明や定説とされるさまざまなことを覆す。日本の「国籍」「民族」「文化」といった大きなものから、「織田信長は歴史的な人物」という細かいものまで。この本の元が大学の講義だそうで、「ちょっと面白い話」としてはまぁいい。しかし、本にした場合は、それで何が言いたいのか?となってしまう。「あれも間違いこれは思い込みだ」と、手当たり次第にひっくり返して後に何も残らない。白けた気持ちで取り残されてしまった。
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