逆襲される文明 日本人へIV

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2017年9月20日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 著者のエッセイ集「日本人へ」シリーズの「リーダー篇」「国家と歴史篇」「危機からの脱出篇」に続く第4弾。雑誌「文藝春秋」の2013年11月〜2017年9月号までに掲載された、本書と同名のエッセイ47本を収録したもの。

 「逆襲される文明」というタイトルは、主に欧州諸国が抱える難民問題のことを指している。欧州という「文明」は人権尊重の理念を発達させてきた。それは難民にも国民にも同じ人権を保証する。ところが、例えば地中海に突き出たイタリアには、1日に千人もの難民が上陸するそうで、そんなことを言っていられなくなった。それを「逆襲」と表現しているわけだ。

 もともとが雑誌の月イチ連載のエッセイなので、様々な話題が取り上げられているが、本書に収録されたものは、これまでになく欧州の話題が多い。著者が住むイタリアのこと、EUのこと、EUのリーダー格であるドイツのこと、離脱を国民投票で決めたイギリスのこと。それだけ欧州が揺れているのだろう。

 気が付いたことが2つある。一つは、天邪鬼とは思うが、著者が書いたことではなく「書かなかったこと」。実は今回、著者としては奇妙なほど日本の政治について書いていない。この時期に「特定秘密保護法」「安保法制」「組織犯罪処罰法」が、成立しているのにも関わらず、その言及が一切ない。

 著者は安倍政権との親和性が高い。以前には、2010年の参院選の自民党の大勝を「良かった、と心の底から思った」と言っているし、本書でも最初の方で「自信を持って仕事している」と安倍首相のことを持ち上げている。だから安保法制などには賛辞を送るかと思えば、そうしない。そうしない理由を勘ぐってしまう。

 もうひとつ。著者は「軍事力」と「外交」を表裏のものとして捉え、核武装も辞さない。考え方が極めてマッチョだ。それに、カエサルに心酔していて「強い男がグイグイ引っ張っていく」式のことをよく言う。「時代錯誤なおっさんみたいだな」と以前から思っていたが、今回はそれが露骨に表れてしまった。

 例えば、待機児童問題に関して「幼稚園以前の子供を預かるのだから、保育士の資格などは不可欠ではない」「子供好きの女子学生でも、充分にできる」などと言う。福島からの避難児童へのいじめについては、その責任は「加害者児童の両親、それもとくに母親、にある」とも。

 私は、著者が描く歴史作品をほぼ全て読んでいる。そして大好きだ。その気持ちは変わらない。でも、御年80歳。年齢は理由にならないかもしれないけれど、著者の考えは時代からズレてしまっていると思う。

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