蹴爪

著 者:水原涼
出版社:講談社
出版日:2018年7月24日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は2011年上期の芥川賞の候補者。1989年(平成元年)生まれで、当時は21歳で「史上初の平成生まれの芥川賞候補者」と言われた。残念ながらその回の芥川賞は「該当者なし」。本書は、候補になった後の初めての作品集。表題作「蹴爪」と「クイーンズ・ロード・フィールド」の、100ページほどの2編を収録。

 「蹴爪」は、フィリピンの島に住むベニグノという名の少年が主人公。闘鶏の胴元をしている父パウリーノ、母のマリア、兄のロドリゴと暮らしている。父のパウリーノは、昼間は酒を飲んで子供たちと遊んでばかりいる。ベニグノは11歳だけれど学校には行っていない。ちょっと荒んだ感じはするけれど、友達の少女グレッツェンとの会話は、少し甘酸っぱい感じもあって、微笑ましかった。

 それが徐々に不穏な空気が漂い始める。ちなみに「蹴爪」は「ボラン」と読む。ニワトリやキジなどのオスの足にある爪のことで、この物語では闘鶏のために刃物のように研いである。相手の血でくすんだ爪。思えば、物語の最初から、血の匂いと南の島の熱い空気が相まって、息苦しい不穏な空気はあったのかもしれない。

 「クイーンズ・ロード・フィールド」の舞台はスコットランド。主人公はクレイグ。ロベルト、アシュリー、モリーと13歳の時から26年間、地元のサッカーチームの応援をしたりしながら、4人でいつも一緒にいた。物語は時々のエピソードを追いながら進む。

 男3人女1人。こちらも甘酸っぱさを含んだ青春群像劇として始まる。4人ともに何かしらの問題を抱えていて、26年の間には曲折がある。「クイーンズ・ロード・フィールド」は、地元のサッカーチームのホームのスタジアムの名前。ずっと変わらずそこにある、ということで、折々のエピソードの舞台になる。うまい使い方だと思う。

 不穏で重苦しい雰囲気を醸すかと思えば、くすっと笑えるユーモアを交えたりして、よく言えば面白い、悪く言えばつかみどころがない。もっとたくさん読んでみたい。「芥川賞候補」から本書まで7年。文芸誌には作品を発表されているようだけれど、単行本化を希望。

 カバーや表紙に使われている、村上早さんの作品が意味深。

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