椿宿の辺りに

著 者:梨木香歩
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

不思議なことが当たり前に起きる、梨木作品の特長が心地いい本だった。あの作品につながるのか!も気持ちいい。

主人公の名前は、佐田山幸彦。三十代。化粧品メーカーの研究員。名前について念を押すと、姓は佐田で名が山幸彦(やまさちひこ)。古事記や日本書紀にも記述がある「海幸彦山幸彦神話」の山幸彦だ。当然ながら海幸彦も登場する。主人公の従妹が海幸比子という名だ。

主人公たちがこのような名前を授かったのは、二人の祖父が「正月元旦の座敷で、二人並べて「山幸彦、海幸彦」と呼んでみたい」という、ただそれだけの理由。主人公は、この名付けを親に抗議したが、女である従妹の方が自分より気の毒だと思っている。

発端は「痛み」と「手紙」。山幸彦はこのころ肩から腕にかけての激痛に悩まされていた。痛み出すと一睡もできない。また、実家を貸している鮫島氏からの手紙を受け取った。「転居することになったから賃貸契約を打ち切りたい」という。「実家」と言っても、曽祖父母の代のもので、鮫島家が50年以上も住み続けている。山幸彦は行ったこともない。

物語はこの後、坂道を転がるように、玉突きのように進む。従妹の海幸比子と会い、海幸比子の勧めで痛みの治療のために鍼灸院に行き、鍼灸院で「実家」のある椿宿の話を聞き...。その途中で時々不思議なことが起きる。亡くなった祖父が鍼灸師を通して忠告してくるとか。山幸彦は「祖父はきっと、私のことを信用していないのだ」と普通に受け止める。

気が付かないうちに現実から異界に移っている。梨木さんの物語ではよくある。今回は、異界に移るというよりは、現実の世界に居たままでふっと異界が重なってくる、そんな感じ。そういうことを繰り返すうちに、一族の因縁に結び付き、けっこう壮大な話につながる。山幸彦の「痛み」もその一部となる。

最後に。山幸彦の曽祖父の名は豊彦という。佐田豊彦。植物園の園丁兼植物学者だったという。間違いない。梨木さんの10年前の幻想的な作品「f植物園の巣穴」の主人公だ。「f植物園の巣穴に入りて」という書きつけも登場する。これは佐田家4代にわたる物語だった。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です