猫を棄てる 父親について語るとき

著 者:村上春樹
出版社:文藝春秋
出版日:2020年4月25日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「いったい私は何を読まされているのか?」と疑問を感じながらも、ページをめくる手が止まらなかった本。

 本書は、村上春樹さんがお父さまの人生を、ご自身との思い出を交えて記した「父親語り」。エッセイでご自身の若い頃のことに触れたり、奥さまのことを書いたりしたものは読んだことがあるけれど、お父さまのことを書かれたものは記憶にない。しかし「あとがき」によれば、「いつか、まとまったかたちで文章にしなくてはならない」と前々から思っていたそうだ。

 「父親語り」の端緒は、お父さまと一緒に飼い猫を海岸に棄てに行く、本のタイトルになったエピソード。著者の記憶では昭和30年代初め、著者が小学校低学年だったころのこと。物語のような不思議なことが起きる。だから記憶に残ったのだろう。「猫を棄てる」とはまた、ひどく耳障りなフレーズだけれど、愛猫家の著者にことだから、敢えての選択なのだと思う。

 このあと、お父さまが毎朝ガラスケースに収められた菩薩像に向かって、長い時間お経を唱えていた、というエピソードを挟んで、お父さまと、さらに時代を遡って、お祖父さまの人生を辿り始める。

 その概略を紹介。お祖父さまは京都のかなり大きなお寺の住職で、お父さまはその6人いるうちの2番目の息子。お父さまを含めた6人全員が僧侶の資格を持っている。お父さまは、仏教の専門学校に在学中に召集されて、京都の第十六師団に配属、日中戦争に従軍。招集解除後に帰国して京都帝国大学文学科に入学...。

 読んでいて「おやっ?」と思った。お父さまの、特に戦時中の経歴をすごく詳細に書いている。作家なので史料の調査には慣れているだろう。しかし相当の熱意を持って調べないと分からないと思う。この熱意はどこから来たものなのか?そういえば「いつか、まとまったかたちで文章にしなくてはならない」という義務感も、その理由は何なのか?

 「あとがき」にそのヒントがあった。以下2か所引用。

 僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間-ごく当たり前の名もなき市民だ-の生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ。

 ここに書かれているのは個人的な物語であると同時に、僕らの暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部でもある。

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