著 者:中野信子
出版社:講談社
出版日:2020年3月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)
日本では他の国に比べて、新型コロナウイルス感染症に「感染する人は自業自得だ」と思う人が多い理由が分かる、と聞いて読んだ本。
日本人が「激しいバッシングが止まらないのはなぜか」「失敗を恐れるのはどうしてか」「幸福度が低いわけは?」といったテーマを、遺伝子特性や脳科学を切り口に語る。また「容姿や性へのペナルティ」と題して、性別や性に関する調査研究を紹介。
「バッシング」についての考察が心に残ったので、そのことを紹介する。
本書の最初に語られるのが「最後通牒ゲーム」という実験について。ゲームは2人で行われる。一方の人(A)が資金の配分権を持つ。自分にどれだけ多く配分してもいい。ただし、もう一方の人(B)は拒否権を持ち、それを発動すると双方の取り分がゼロになる。Bは例え1円でも配分があれば、拒否権を発動しない方が取り分が多い。
それでも拒否権は発動される。自分が損してでも不公平な配分をしたAを懲らしめるためだ。そして拒否権を発動する率が高い人は、脳にあるセロトニントランスポーターという物質の密度が低い。さらに日本人は、その量が世界でも一番少ない部類に入る。「悪いヤツを懲らしめる」傾向が強い集団なのだ
ネットで他人を追い込むような激しいバッシングが起きるのは、日本人のこの傾向が関係しているという仮説。加えてバッシングすることは、自分が正義の側にいることを確認する行為で、脳はさらなる報酬を得る。つまり「快感」なのだ。さらに日本は、大きな災害が相次いだことで「絆」(集団の結束)をより重視する社会にシフトしている。暗澹たる思いがするけれど、これじゃ「バッシング」がなくなりそうもない。
最初の「感染する人は自業自得だ」について。セロトニンは「安心感」をもたらす神経伝達物質で、それが少ない日本人は単純化していうと「不安」傾向が強い。「感染した人には何かをちゃんとやらなかったんだ」と思うことで、その「不安」に対処している、と考えることができる。なるほど、うまく説明できる。
「おわりに」が印象的だった。著者のこれまでの曲折や苦悩が垣間見える。
そんなに快感なの?「それ」は?
という言葉を起点に語られる文書は、書籍のあとがきの範疇を越えて、告白あるいは告発のようだ。「それ」によって、人々は知能のスイッチが切られ、思考停止してしまう。著者は「それ」が理解できない。大多数の人はオートマチックに「それ」を運用できるらしいのに..
「それ」が何かは、本書のタイトルにある「空気を読む」が有力候補だろう。でも敢えて最後まで「それ」と書いたのは、意味があるのだろうと思う。例えばもっと掴みどころのないものを指しているのだとか。
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