著 者:メアリアン・ウルフ 訳:大田直子
出版社:インターシフト
出版日:2020年2月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)
本は9割は紙で読む私としては、「これでよかったのだ」と思えた本。
本書は、紙の本を読むこととデジタル媒体を読むことを比較して論じる。曰く「紙の本では「深い読み」ができるけれど、デジタル媒体では「キーワード読み」になってしまう」。これは実感としてある。少なくとも私にはある。
それと同時に、この話はこれまでも度々話題になっていて、別に目新しいことではない、とも思う。人によっては「新しいものを否定しているだけで、しばらくすればそんなことを言う人はいなくなるんじゃない?」と言いそうだ。
しかし本書はそう言って切り捨ててしまうには惜しい。紙の本の「深い読み」のプロセスを深く掘り下げてあるし、デジタル媒体の「キーワード読み」は、批判の対象としてではなく中立な立場で考察してある。そして「文字を読む」ことに関して様々に話題を広げた後で、未来を担う子どもたちの「読字」の教育への提言に至る。
つまり、深さと広さと時間軸の長さにおいて、類を見ない構成になっている。新しい知見も多いし、新しいものを否定しているだけでもない。「切り捨ててしまうには惜しい」と言ったのは、そうした理由からだ。
ごく粗くまとめた内容を2つ。ます「深い読み」のプロセスについて。物語を丁寧に読むことで、登場人物が「感じる」ことと「する」ことの両方に対応する脳の領域が活性化する。他人の感情や感覚をシミュレーションとして体験するわけだ。一方で「深い読み」には、自身の体験と照らし合わせる背景知識が必要で、シミュレーションとしての体験はその背景知識となり、「深い読み」にさらに磨きがかかる。
次は「子どもたちの教育への提言」。紙とデジタル媒体のそれぞれに適した読み方を習得しする。必要に応じて切り替える、というもの。複数の言語を切り替えて使える「バイリンガル」のように、「バイリテラシー」の脳を育てる(その一部は著者によって既に実行済みだ)。
最後に。文中に「読字脳」という言葉が頻繁に登場する。日本語で「読字」という単語は、私が知る限りほとんどの場合「障害」と一緒に使われる。「読字障害」。ディスレクシアという疾患の症状。ディスレクシアは著者の研究領域でもあり、お子さんが抱える疾患でもある。
脳の研究は、ある機能が失われた脳を調べることで進んできた。何かがなくなることで、初めてその機能の仕組みが明らかになるわけだ。「「読む」ができない」から「「読む」とはどういうことか」を考察する著者の研究は、正鵠を射たものかもしれない。
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