星落ちて、なお

著 者:澤田瞳子
出版社:文藝春秋
出版日:2021年5月15日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

「普通」を求めても得られない、主人公の生き方が哀しくも頼もしかった本。

2021年上半期の直木賞受賞作。

明治、大正、昭和の時代を生きた女絵師の一代記。主人公の名前はとよ。天才絵師の河鍋暁斎の娘。その暁斎が59歳で亡くなった葬儀の後から、物語は始まる。明治22年、とよが22歳の時。

父の暁斎は師匠から「画鬼」とあだ名された。歌川国芳を最初の師として、狩野家で厳しい修行を積み、やまと絵から漢画、墨絵まで様々な画風を自在に操った。しかし「画鬼」たる所以は「絵のことしか考えぬ男」だったからだ。生家が火事だと聞けば画帖を持って駆けていって、火消しではなくて写生をする。自分の臨終の床で、嘔吐する自分とそれを見て仰天する医師を描いた。

とよは、そんな父のもとで5歳の時から稽古を始めた。とよにとって暁斎は父であるより師だった。自分が大人になり父を亡くして振り返ればそう感じた。実は多くいる兄弟姉妹のうち、兄の周三郎ととよの二人だけが、絵師の道を継いだ。兄の周三郎は父の絵だけでなく、性格も色濃く受け継いだらしい。父の葬儀を中座して家に帰って、注文された絵を描いていた。

物語は、ここを始点にして大正13年までの35年間の時々を描く。その間にとよの親しい人たちが一人また一人といなくなっていく。衝突は絶えなかったが、同じ道に進んだ周三郎も逝ってしまう。

淡々とした筆致に、筋の通ったとよの生き方を感じた。読んでいる最中は、もっと劇的なドラマがあってもいいんじゃないかと思った。しかし、とよも暁斎も周三郎も実在の人物で、それを考えれば十分に掘り下げた質のいいドラマに仕上がっている。

著者の作品を読むのはこれが初めて。調べると様々な賞を受賞されている。「若冲」という作品もある。読んでみようと思う。

最後に。「自分の如き画鬼の娘は結局、まともな相手と家族ではいられぬのだ」というとよの心の内の言葉が哀しい。

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