コロボックルに出会うまで

書影

著 者:佐藤さとる
出版社:偕成社
出版日:2016年3月 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 ちょうど1年前、昨年の2月9日に亡くなった著者の「自伝小説」。「コロボックル物語」を描いた著者が、どんな人であったのか?ファンならば読んでみたいはずだ。そして読んで損はないと思う。

 主人公は加藤馨。昭和24年に、工業専門学校の建築科を卒業して、横浜市役所に就職した。当時21歳。「臨時文教部・体育科」に配属される。そこで広報紙の編集制作を命じられる。建築士になることを目指していた馨にとっては、不本意な仕事だけれど熱心に取り組んだ。

 馨には建築士の他に、もうひとつなりたいものがあった。それは童話作家。というか「童話を書く建築士」というのが人生の夢だった。そのころ既に新聞や雑誌に作品をいくつか発表していて、それを知った役所が「筆が立つ」と考えて広報紙の仕事を命じたらしい。

 馨は日本童話会という会の会員でもあり、それが縁で知り合った人たちとの交流があった。それが児童文学作家の平塚武二氏への師事につながり、そこからさらに、いぬいとみこ氏らとの同人誌「豆の木」の創刊に至る。その童話作家としてのペンネームが「佐藤暁(さとる)」。

 市役所の職員としての「加藤馨」と、童話作家の卵としての「佐藤暁」。この2種類のエピソードが、暁が描いた作品などを交えて、2本の糸のように縒り合って物語が進む。本書のタイトルのとおり、暁がコロボックルに出会うところも描かれている。

 「あとがき」によると、「加藤馨」は著者の古いペンネームだそうだ。で、著者の本名は「佐藤暁」。つまり、ここの部分は事実と裏返しになっている。このことに象徴されるように、本書は自伝ではなく「自伝小説」。著者の記憶に残る事実の部分と、事実をつなげるための創作の部分がある。

 ただし、そうして「再建された過去」が意外に現実味を持ち始め、全体が混然として、どこが事実でどこが創作なのか、著者自身にも分からなくなった、ということだ。「日本初のファンタジー小説」の著者は、自らの歴史と記憶まで創作して逝ってしまった。合掌。

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