著 者:エリック・アンブラー 訳:藤倉秀彦
出版社:東京創元社
出版日:2008年9月12日初版
評 価:☆☆☆(説明)
「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。
本書は、1972年に発表され同年の英国推理作家協会(CWA)の最優秀長編賞を受賞した作品。30余年の時を経てようやく今年9月に邦訳が文庫として刊行された。著者のエリック・アンブラーは、本書以外にも英国と米国で数々の賞を受賞しており、私自身は不案内であるが、人気の大作家ということになるのだろう。
物語は、海運業を営むビジネスマンとパレスチナ過激派のリーダーとの対決を描く。主人公の名はマイクル・ハウエル、中近東と東地中海での、祖父の代から続く事業を引き継いだ実業家だ。対する過激派のリーダーはサラフ・ガレド、パレスチナ解放の闘士として名を挙げたが、現在は主流からは外れた野に放たれた闘犬のような危険人物だ。
マイクルは、卓越した交渉力でシリアの産業開発庁との協同事業をものにした。しかし、その工場でサラフ率いる「パレスチナ行動軍」への協力を強いられる。徐々に明らかになるグループの計画に表向きは協力しながら、計画の阻止を図る。常に命の危険を背に感じながらの危険な賭けを続ける。
これだけなら、最近の米国の映画やドラマに多数ある、テロリストを悪役にした単純なストーリーなのだが、本書はちょっと違う。冒頭で、ジャーナリストの述懐によって事件とその後のことが語られ、マイクルはこの事件を生き延びたことがわかる。しかし、彼は事件の中心人物として被告の立場にあるのだ。
そう、本書のストーリーは、いかにしてマイクルがこの難関を生き延びるか、に重なるようにして、いかしにして事件の中心人物になっていくかを描いた複層構造になっている。もしかしたら、マイクルは本当に過激派に魂を売ってしまったのか?
本書を読んで強く感じるのは、これが30年以上前に書かれた物語とは思えないことだ。当時もパレスチナ紛争は混乱の中にあり、本書出版の3ヶ月後にはミュンヘンオリンピックのイスラエル選手村で、過激派による殺害事件が起き、著者の社会性・先見性が注目されたという。私は、オリンピック会場に掲げられた半旗を今でも覚えている。
そして、今この本を読んで何を思ったか。サラフが昨今のアフガンやイラク情勢を伝えるニュースで流れる、あの人やこの人と重なって見える。まるでその人をモデルにしたのではないか、というように。30年以上前の小説なのだから、そんなわけはないのに。
30数年の間に、和平に振れた時もあるが、結局は1歩も進んでいないということなのか。
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