16.上橋菜穂子

「守り人」のすべて 守り人シリーズ完全ガイド

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2011年6月 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本のタイトルがすべてを語っている。本書は「精霊の守り人」から始まる「守り人」シリーズ全11巻(本編10巻+外伝1巻)の世界を余すところなく紹介したガイドブック。

 まず内容をざっと紹介する。「新ヨゴ皇国」「カンバル王国」他の「守り人」の舞台となった5つの国の地理と歴史や神話。生物や食べ物、薬草など150項目余りの用語集。150人余りを収録した人物事典。上橋菜穂子さんの対談と講演録など。
 さらに「上橋菜穂子全著作紹介」として、デビュー作の「精霊の木」以降、「獣の奏者」「弧笛のかなた」など「守り人」以外のファンタジー作品はもちろん、上橋さんの文化人類学者としての著書「隣のアボリジニ」も紹介されている。実に盛りだくさんな内容だ。

 11巻に亘って描かれた「守り人」シリーズは、主人公がバルサとチャグムの2人で、5つの国を舞台とし、本編で7年の月日が経過する。地理的にも時間的にも広大な物語空間を擁する壮大なドラマとなっている。それを考えると、本書のような「ガイドブック」は、意義も必要性も少なからずある。
 最近は人気作家や人気シリーズの「ガイドブック」が少なくないが、率直に言うと、作家やシリーズの人気に乗っかって売ろうとしているだけに思えるものもある。しかし例えそうであっても、ファンにとっては気になって仕方ない。特に「これでしか読めない」特典などあればなおさらだ。

 本書にも「書き下ろし短編」が収録されている。「守り人」の話を全部読みたい、と思っている私は、これを目当てで買ったようなものだ。ごくごく短い物語で、私としてはもう少しでいいから長いものを読みたかった。そうしたら何と、上橋さんと佐藤多佳子さんの対談の中で、「炎路の旅人」という未発表の作品の存在が明かされているではないか。あぁ、それも読みたい。是非とも何らかの形で発表して欲しい。

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獣の奏者 外伝 刹那

著 者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2010年9月3日第1刷 9月3日第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 最初の2冊(闘蛇編、王獣編)の後、出ないと思われていた(私は出して欲しいと思っていたけれど)続編(探求編、完結編)が出て、さらに(amazonの商品紹介の言葉を借りると)まさかの外伝が登場。ということで、本書は、壮大なスケールを見せて幕を閉じた、ファンタジーの大河ドラマ「獣の奏者」で、登場人物たちの語られなかった秘話を収めたもの。
 王獣編と探求編の間にあたる時期の、エリンとイアルの恋物語をイアルの語りで書いた中編「刹那」、同じく中編で、カザルムの教導師長エサルが自ら語る十代のころの想いの「秘め事」、そしてエリンとイアルの束の間の安息を描いた掌編「初めての・・・」の3編。

 外伝にしてこの読み応え。他に良い言葉を思い付かなかったので「恋物語」などと書いたが、その言葉から想像される幸せな雰囲気は「刹那」にはない。神王国の機微に触れてしまった二人にとっては、文字通りの意味で「命を賭した恋」。それでも惹かれあってしまう様が悲しい「悲恋」。時に少年のようなナイーブさを見せるイアルをエリンの強い心が支える。しかし、最後の最後にエリンと息子を守るのはイアル。互いに必要としているのだ。
 「悲恋」と言えば、エサルが語る「秘め事」もそうだ。貴族の娘として決められた相手と結婚し、決められたように生きていくことに、どうしようもなく違和感を感じていた十代。学舎で出会ったジョウンとユアンという、2人の気が合う年上の青年との出会い..。

 参った。こんな激しい恋物語を読むことになるとは、本を開いた時には思いもしなかった。著者には失礼な話だけれど、途中で「有川浩さんの作品か?」と錯覚した。著者のあとがきによれば「自分の人生も半ばを過ぎたな、と感じる世代に向けた物語になった」そうだ。平均寿命から考えると、私も少し前に分折り返しを点を回ったことになる。どうりでエサルの昔語りが胸に痛いわけだ。

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上橋菜穂子さん、村上春樹さん、三浦しをんさん作品情報/「マークスの山」ドラマ化

 私は、Googleアラート+リーダーにキーワードを登録して、本に関するニュースを仕入れています。それで「おっ」と思うニュースが4つ上がってきたので、まとめてご報告です。

 1つ目。上橋菜穂子さんの「獣の奏者」の外伝「獣の奏者 外伝 刹那」が9月4日に出るそうです。こちらも予約受付中です。内容は「王獣編」と「探求編」の間の11年間、エリンとの同棲時代をイアルが語る表題作の「刹那」他の3話を収録。これは期待度が大です。
 「獣の奏者 外伝 刹那」Amazonの商品詳細ページへ

 2つ目。村上春樹さんの新刊「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」が9月29日に出るそうです。Amazon他のネット書店で予約受付中です。内容は「13年間の内外のインタビュー18本を収録。」とのことです。小説じゃないんですね。エッセイとも違う。期待度は中くらいですね。
 「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」Amazonの商品詳細ページへ

 3つ目。高村薫さんの「マークスの山」がドラマ化されて、WOWOWで10月17日から放送されるそうです。合田雄一郎を演じるのは上川隆也さん、加納祐介は石黒賢さん。現在一日に一人ずつ公式サイトでキャストが発表され、8月25日に制作会見を開いてマークスこと水沢裕之役を発表するそうです。...でも、うちはWOWOW入ってないんです(泣)
 WOWOWオンライン「マークスの山」ページへ

 4つ目。三浦しをんさんが、コニカミノルタのHPで連載していたSF小説3部作が完結しました。ウェブサイトで全編が読めます。小説に登場する最新技術の、しをんさん自身によるレポートもあります。プレゼント企画もあるようですので、しをんさんのファンは必見です。
 コニカミノルタ 三浦しをんWeb小説のページへ

狐笛のかなた

著 者:上橋菜穂子
出版社:理論社
出版日:2003年11月 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これは傑作だった。「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで、東洋風の独特で圧倒的な世界観を描き切り、アジアン・ハイ・ファンタジーというジャンルをものにした著者の2003年11月の作品。時期的には「神の守り人」の後。「守り人」シリーズですでに人気を博していた著者が、その合間に発表したノン・シリーズ作品ということになる。

 主人公は小夜、里のはずれにある森の端で祖母とともに暮らす少女。物語が始まった時には12歳だった。彼女には「聞き耳」という、他人の「思い」を感じ取る能力がある。
 もう一人の主要な登場人物は野火、正確には人ではなく霊力を持った狐である「霊狐」だ。隣国の「呪者」と呼ばれる霊能力者に使われる「使い魔」で、命令があれば人を殺すこともある。
 ある日、追手の猟犬に追われて逃げる野火を小夜が匿う。普段は立ち入ることのない森の中の屋敷まで逃げ、そこに幽閉されて暮らす同じ年頃の少年の小春丸と出会う。小夜にも小春丸にも本人が知らされていない生い立ちがあり、物語が進むに連れて野火も含めた3人の運命が縒り合されていく。

 物語の背景には、領地や水利をめぐる隣国との諍い、同族間の確執、跡取り問題などがある。さらに、この世とは別の世界の存在など「守り人」と通底するものがあり、主人公の小夜には「獣の奏者」のエリンにつながるものも感じる。
 代表作になった2つのシリーズに挟まれる格好で、比較的目立たない作品だが、短い分完成度が高いように思う。著者の作品のテレビアニメ化が続いているが、映画にするならこの作品が最適だろう。

 本書で、これまでに出版された著者の小説はすべて読んだことになりました。コンプリート達成!
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月の森に、カミよ眠れ

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:1991年12月 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作「精霊の木」の2年後に、同じ「偕成社の創作文学」シリーズとして出版された作品。「精霊の木」が、フィールドワークを積んだ文化人類学者の著者らしい作品ながら、地球が破滅してから200年後という未来を描いたSFであり、その後の作品群を知っている身から見ると言わば変化球であるのに対し、本書は真っ直ぐにその後の作品につながる直球という感じだ。

 本書の舞台は場所は九州南部。時代は恐らくは奈良時代で、朝廷の力がこの遥か遠くの山奥にまで及ぶようになってきた頃。主人公はムラ長でもある巫女のカミンマ。それから、山のカミを父に人間の女を母に持つナガタチと、月の森のカミを父に人間の女を母に持つタヤタ。
 ナガタチやタヤタの存在が表すように、この頃の人々はカミ(神)と分かちがたく暮らしていた。カミやその山や森などの聖なる場所を敬い畏れていた。カミは深い恵みを与えてくれる一方で、容赦のない厳しい試練を課し、狩猟採取に頼る人々の暮らしは過酷を極めていた。
 そこに、朝貢のために都へ行き、その壮大さと隆盛を目の当たりにしたカミンマの兄たちが6年ぶりにムラに戻る。彼らがもたらしたことは、水田を造り稲を育てれば、安定した食料が手に入る、米を朝廷に納めれば朝貢に行かなくても良くなる、ということ。しかし、山奥のこのムラでは月の森にある沼地を拓かなくては、水田は造れない。人が触れてはならない「掟」がある沼地を。

 カミを敬い畏れるこれまでの暮らしと、都からもたらされた新しい思想の衝突。たつみや章さんの「月神の統べる森で」のシリーズにおける、縄文と弥生の衝突と似た構図だ。「自然と一体となったこれまでの暮らしを守るべきだ」とはとても言えない。
 「CO2削減のために少しの不便をガマンしよう」なんて、甘っちょろいことではないのだ。「沼地に水田を拓かなければ、ムラが全滅するかもしれない」のだ。しかし、カミンマに伝えられている教えは「「掟」と人の命のどちらかをとらねばならぬときは「掟」を」というものだった。デビュー2作目にして重厚なテーマを正面から扱った作品だった。

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獣の奏者 3.探求編、4.完結編


著 者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2009年8月10日第1刷 9月10日第5刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書に先立つ2冊「獣の奏者 1.闘蛇編、2.王獣編」を読んでから2年。待望の続編というか完結編を読むことができてうれしい。2年前のレビューには、「色々なことが着地しないまま物語は終わってしまう。続編がないのなら、これはいただけない。」と、偉そうに書いているぐらいだ。

 前2冊で物語が完結しているかどうかという点では、私と違う意見の方も多くいるようだ。その筆頭は著者自身で、あとがきに「「獣の奏者」は、<闘蛇編><王獣編>で完結した物語でした。」と、また「きれいな球体のように閉じた物語」ともおっしゃっている。
 その著者がなぜ続編を?ということは、あとがきに記されているのでここでは置くとする。ただ、前2冊の物語の中に、これだけの壮大な物語の種が潜んでいたのだから、完結していなかった、ということなのだと思う。著者さえもこの物語の種には当初は気が付かなかったのだと。(「私は気が付いていた」と言いたいのではないので、誤解のなきよう。)

 物語は「王獣編」のラストの「降臨の野」の出来事から11年後、主人公エリンが闘蛇衆の村を訪ねるシーンから始まる。王獣の医術師を目指していたエリンが、なぜ故郷に近い闘蛇衆の村に?と思うが、これは大公シュナンの命で闘蛇の大量死事件の調査に赴いたのだった。
 闘蛇の大量死と言えば、エリンの母ソヨンが死罪に問われた事件を思い出す。エリンにとっては、この調査は母の事件の調査でもあり、過去へ遡る探求の道でもあるのだ。この調査が象徴するかのように「探求編」はもちろん「完結編」も、エリンによる過去のそして真実の探求を描いている。この国の誕生前に神々の山脈の向こうで起きた事件の真実は?

 本書は完結するための2冊だから、あいまいさを残したままでは終われない。様々なことに決着をつけなければならない。もう初々しい若者ではないエリンやシュナンや真王セィミヤは、それぞれに決断をしその結果に責任を負わなくてはいけない。その決断の結果は過酷であり、「もう少し良い方法はないのか」と何の責任も持たない私は思うが、恐らくこれ以外にはないのだ。母とは違う道を選んだエリンのしなやかな強さが印象に残った。ファンタジーの大河ドラマがここに完結した。

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精霊の木

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2004年6月初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

  守り人シリーズで、圧倒的な感動巨編を紡いだ著者のデビュー作。本書は、再版を願う読者の声に応える形で復刊された新版。アジアンハイファンタジーという、どこか古代の香りが漂う作品群で知られる著者のデビュー作は、何とSFだった。しかし、文化人類学を学んでいた著者が、沖縄の信仰の場所でその核となる着想を得たというこの物語は、他のどの作品よりも著者らしい、その思いが現れた作品だった。

 舞台は、環境破壊のため住めなくなった地球を出て人類が移住した星、ナイラ星。時代は、物語の中で、白人がネイティブアメリカンを迫害してから400年で地球が破滅、その後人類がナイラ星に移住してきてから200年、とあるから今から400年ほど後のことになるのだろう。そして、この星には知的な先住民がいたが約100年前に滅んでいる。
 主人公は、14歳の少女リシアと、少し年上のいとこの少年シン。彼らの家系にはある秘密があり、その秘密に関連してリシアにある特殊な能力が発現する。彼らは政府によって幾重にも隠匿されてきた、この惑星への移住と先住民族の滅亡に関する陰謀に巻き込まれる。
 そして、リシアの特殊能力は、100年前の出来事、さらには1000年前の出来事を一つに結びつけて、彼女は人々が1000年の間、脈々と受け継いできた希望の最後の一片となる。
 なんという構想力だろう。偕成社のHPによると、著者は出版社に電話をかけて、この物語の原稿を読んでもらったそうだ。そんな経緯で作家デビューしたのには驚く。その時の担当の人が、この物語に目を留めたことに感謝する。でなければ、私は著者の作品に出会っていなかったかもしれないのだから。しかし、この物語自身にそれだけの力が宿っているのも間違いない。著者のファンならずとも、皆さんにおススメだ。

ここから先は、ちょっと思ったこと書いています。お付き合いくださる方はどうぞ

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(さらに…)

流れ行く者 守り人短編集

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2008年4月初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズの外伝の短編集。バルサ13歳、タンダ11歳の時の物語。バルサが故郷のカンバルから養い親のジグロと共に逃げ出してから7年。バルサはトロガイの家にジグロとともに暮らしていて、その麓にタンダが住む村がある。
 バルサとタンダの関係を紐解く、そして本編ではほとんど語られなかったジグロの人となりを垣間見ることができる。「浮き籾」「ラフラ<賭事師>」「流れ行く者」の3編と、超短編「寒のふるまい」の1編を収録。

 心に残ったのは「浮き籾」と「流れ行く者」の2編。
 「浮き籾」では、タンダの住む村の暮らしと情景が、目に浮かぶかのように描き出される。村人たちが共同して稲を育て、害虫に立ち向かい、収穫する。人々は工夫して生活を営み、大人は家族と村を守り、子どもには子どもの役割がありそれを果たす。
 「守り人」シリーズの舞台は、その多くが宮廷であったり、街であったりして、農村は物語の背景に押しやられていた。本当は、国の大部分が農村であったはず。この農村が、「守り人」シリーズの終盤では破壊される。平和が侵されるということは、この暮らしが破壊されるということでもあったわけだ。

 さらに、ここで描かれているのは幼いバルサとタンダの心の交流だ。なんと言ってもタンダが幼い。11歳ということだが、もっと幼い4,5歳かと思うような振る舞いもする。それに比べると、バルサはたった2つ年上なだけだがしっかりしている。
 タンダは薬草師としての才能の片鱗を見せているが、何としても幼い。バルサから見れば「守ってあげる」対象でしかなかったと思う。それが、年を経てタンダを必要とするように発展するのだが、そういった兆しは見当たらない。そこの部分の物語は、知りたいような知りたくないような微妙な気分だ。

 次は、表題作の「流れ行く者」。ジグロはバルサの庇護者として、普通の親とは違った方法で彼女を護る。娘に短槍を持たせて護衛の旅に連れてくるなど、周囲からも護衛士仲間からも、なかなか理解されない。しかし、ジグロは自分がいつ死ぬともわからないことも、自分が死ねばバルサは自分で自身を守るしかないことも知っている。
 そしていよいよ危機が迫った時には「自分の命を守ることに、全力をつくせ。」という言葉にすべての思いを乗せるしかないのだ。

 しかし、バルサはジグロに守られるだけの存在ではなかった。重傷を負い、高熱を出して倒れたジグロを救ったのは、バルサの機転と厚い介抱によるものだ。逃亡生活の7年の間に、2人の関係はお互いを必要とするものになっていた。バルサは「闇の守り人」でジグロの思いを改めて受け止めることになるが、そこにはさらに複雑な感情が渦巻いていそうだ。

 本書は、「守り人」シリーズの読者を対象としたものだと思った方が良い。本書だけ読んでも面白いかもしれないが、その面白さ半端なものになってしまうだろう。逆に言えば「守り人」シリーズの読者にはオススメ。読めば、シリーズの世界観や人間関係に何か感じるものが必ずあるはず。

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獣の奏者 1.闘蛇編、2.王獣編

著 者:上橋 菜穂子
出版社:講談社
出版日:2006年11月21日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズの著者による長編ファンタジー。時代も場所も架空の物語だが、なんとなくアジアの古代を思わせる。魔法がなくてもファンタジー小説は成り立つのだと、改めて分かった。

 舞台は、リョザ神王国、真王が国を治めているが、血の穢れをきらう真王に代わって、大公が他国からの侵略に対する防衛の任に就いている。その大公が兵器として使うのが「闘蛇」、巨大な蛇のような生き物だ。そして、闘蛇の唯一の天敵が「王獣」、翼を持つ崇高な獣で、真王のシンボルとされる。(大公の闘蛇より優位にある、という意味もあるらしい)

 主人公エリンは、闘蛇の世話をする母の子として生まれ、曲折を経て長じてから王獣の医術師となり、この世で唯一人王獣を慣らすことができる能力を得る。
 しかし、いくら心を通わせたと思っていても、獣と人間の隔たりは大きく、どうやら太古には人間と王獣の関わり方が原因となって、国が破滅するような悲惨な事件が起こったらしい。エリンの母の民族である「霧の民」が厳しい掟を作って、闘蛇や王獣を人間が飼い慣らすことのないようにしたのは、2度と同じ過ちを繰り返さないためと言う。

 面白い。一気に2冊読ませるような面白さだ。しかし、2つ意見を言いたい。
 一気に読んだ最後に結末を迎えた読者は、突然放り出されたような感覚を味わう。色々なことが着地しないまま物語は終わってしまう。続編がないのなら、これはいただけない。
 もう1つ、この話はエリンの成長物語なのだとしても、その他の人の話も少し肉付けしたらどうだろうか。エリンの成長に合わせて周辺には色々な人が現れ、それなりに個性的な背景を持つな人々なのに、エリンがいる舞台が移ると、背景の書割のように消えてしまう。魅力的な登場人物もいるのでもったいない気がする。

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天と地の守り人 第三部

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2007年3月初版1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 いよいよ「守り人」シリーズの大団円。チャグムとバルサは再び別々の道を行く。バルサはタンダを救出するための旅に、チャグムはロタとカンバルの兵を率いてタルシュ帝国軍との戦いに臨む。

 目に情景が浮かぶような場面が1つ。タルシュ軍に攻められ防戦一方の新ヨゴの砦で、南から来た援軍を見て指揮官が叫ぶ「ロタ騎兵が助けに来てくれたぞ!希望をすてるな、ヨゴの武者たちよ!」
 目に浮かんだのは、ロードオブザリングで、ペレンノール野の戦場にローハン軍がゴンドールの救援に駆けつける場面。そして、チャグムは「ロタとカンバルの勇士たちよ、志あらばわれにつづけ!」と先頭に立って戦場に飛び出す。
 あまり簡単に感動しないたちなのだが、ここでは身体が震えた。このシーンのために是非映画化して欲しい。NHKで「精霊の守り人」がアニメ化されたが、できれば実写がいい。(もちろん、お金をたっぷりとかけた実写)

 チャグムと帝の親子の関係がどうなるかも気になっていたが、著者はよく練られた回答を用意していた。天災を告げられ、自らの治世の誤りを認めなくてはならなくなった時に、帝は言う、「そなたはそなたの道をいくがいい。」冷たく突き放したような言い方にも聞こえるが、そうではない。父が子を認めた瞬間だったのではないか。決して誤ることのない「神の子」としては、これ以上の言葉はない。

 「守り人」というシリーズ名は、バルサの職業である「用心棒」から由来しているのだろう。しかし、10冊のシリーズが終わってみると、真の主人公はチャグムだった。著者がそう考えていたかどうかはわからないが、おそらくは著者にも意外な展開だったと思う。チャグムの成長を一番うれしく思っているのは、他ならぬ著者自身ではないだろうか?

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