2.小説

夜をゆく飛行機

書影

著 者:角田光代
出版社:中央公論新社
出版日:2006年7月25日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の本は「八日目の蝉」に続いて2冊目。「八日目の蝉」が面白かったので(評価は☆3つだけれど)、いつか他の作品も読もうと思っていた。それで、図書館の棚にあった一番最近に出た本として手に取った作品が本書。やはり人気があるらしく、近著は借りられていたらしい。

 主人公は、商店街で酒屋を営む家族の末娘で高校生の里々子(リリコ)。彼女は上から有子(アリコ)、寿子(コトコ)、素子(モトコ)の3人の姉と両親がいる。その他に祖母や叔父・叔母など親戚も多くいて、正月には毎年どこかの家に集まって宴会をする。一時代前には普通にあった家族・親戚の在りようだ。
 一時代前風なのは、家族で営む酒屋も同じだ。これは、1999年の秋からの約1年間の物語。今から10年近く前とは言え、奥の暖簾の向こうに居間があって、ちゃぶ台が置いてあるような店は十分に時代遅れだろう。だから、近所にオシャレなショッピングセンターができると、ピタリと客足が途絶えてしまった。

 こうした舞台の上で、事件が起きる。誰の身にも起きることではないが、誰の身に起きてもおかしくないような事件が。例えば、突然、叔母が病気で亡くなる、とか。その時、里々子の父(亡くなった叔母から見れば兄)が取った行動は..。常識的には考えられないことだが、その後の行動を見れば、それが父の性格をすごく良く表していることが分かる。
 性格描写という点では、本書では一家6人の性格が、セリフや小さなエピソードの積み重ねによって、くっきりと描かれている。そして、6人の性格がバラバラだ。これで、家族としてまとまるのかと心配なほどで、実際危うい場面もある。でもなぜか、気が付けば父の立てた方針で足並みが揃っている。「どうしようもなく家族は家族」という帯の惹句の通りだ。

 それから、里々子について。彼女は、周囲の人の多くが気に入らない。姉たちの言動にイラつくし、姉の元恋人、義兄、元クラスメイトはキライだ。でもそれを口に出しては言わない。
 また、家族の誰かが、1人で出かけたくない時に誘われるのは、決まって里々子。そんな時にも、イヤとかダメとか言えない。そんな彼女の「自分のなさ」にイライラする人もいるだろう。しかし、私はそれを、18才の女の子の素の姿なんだろうと思った。

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チョコレートコスモス

書影

著 者:恩田陸
出版社:毎日新聞社
出版日:2006年3月20日発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 これは、面白かった。著者の本はこれで3冊目。人気作家であることも知っているし、この前に読んだ「ドミノ」がとても面白かったので、他の本も..と思ったけれど、ホラー系は苦手なもので、どの作品を読むかずっと逡巡していた。
 本書の表紙を見て「ドミノ」と同じようなテイストを感じて手に取った。でも帯には「そっち側へ行ったら、二度と引き返せない」なんて書いてあるし、表紙だって良く見直したらガイコツだ。ちょっとためらったが、読むことにした。結果的に正解。読んで良かった。こんな面白い本を2年半も放っておいたことがくやしいぐらいだ。

 今回は演劇界の話。役者や作家、監督、プロデューサーなど、舞台に関わる人たちがそれぞれ懸命に生きている世界。そして主人公は、その世界の底辺?に位置する、まだ公演経験もない学生劇団に、新しく入った大学1年生の女子、飛鳥。
 彼女の目線で語られる部分はほんの僅かだし、彼女に絡んでくる女優の響子の方が、その心理が物語のタテ糸として機能しているので、飛鳥を主人公とは言わないのかもしれない。しかし、飛鳥なくしてはこの物語は展開しないし、そもそも始まりさえしなかった。

 飛鳥は、演技の経験が学芸会ぐらいしかないにも関わらず、その卓越した演技で劇団の先輩を驚愕させただけでなく、作家やプロデューサーらプロの度肝をも抜く。どのような演技かは、簡単に紹介できるものではないので、本書を読んでもらうしかない。その場に居合わせた登場人物たちと同じように、読んでいて私も震えが来た。これは、物語に入り込んでしまっていることの証とも言える。もちろん著者の筆力のなせる技だ。
 しかし、私がそれ以上にスゴいと思ったのは、著者のアイデアの豊富さだ。何度もオーディションのシーンがあり、それぞれに難題とも言える課題が課せられる。主人公の飛鳥だけでなく、何人もがそれに挑戦するのだが「そんなやり方があったか」という解答をそれぞれが演じてみせる。当たり前だが、この解答はすべて著者の頭から生まれたもの。恐るべき発想力だ。
 物語のタテ糸を構成する、響子の心理も見もの。オススメの1冊だ。

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西の魔女が死んだ

書影

著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2001年8月1日発行 2008年2月25日第51刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「家守綺譚 」の著者による100万部超の大ベストセラー、「渡りの一日」という後日談の短編を収録した文庫版で読んだ。2008年6月には映画が公開されている。

 本書の背景に流れる時間も、「家守綺譚」と同じく現在とは違う。いや「時代」としての「現在」ではなくて、便利なものに囲まれて暮らしている「生活」としての「現在」とは違う、という意味だ。
 飼っている鶏の卵を採って朝食に食べ、大物の洗濯はタライを使って足で踏む。そんな生活は、日本ではいつごろまで普通に見られたのだろう。私には小さい頃に田舎に行って、そんな光景を見たかすかな記憶しかない。それが、そこでは普通のことだったのかどうかも分からない。

 物語は、学校へ行けなくなった中学生の少女 まい が、母方の祖母との素朴で平和な暮らしのなかで、心の健康を取り戻していく過程を描いたもの。祖母は英国人、祖父は日本人でまいが小さいころに亡くなっている。
 「西の魔女」とは、この英国人の祖母のことだ。自分の家系は魔女の家系で、自分の祖母(つまり、まいの高祖母)は、予知能力があったという話をまいに聞かせている。そして、自分も魔女になれるかというまいに、魔女修行を勧める。
 しかし、祖母が言う魔女とは、魔法使いのことではなく、自然から得た知恵を活かして、身体を癒したり、困難をかわしたり、耐え抜く力を持った者のこと。そして、ここがこの本の主題だと思うが「外からの刺激にいたずらに反応しないこと」、つまり、自分で考え判断することができる者が上等の魔女だと言う。

 長く読まれている話だけあって、良いお話だ。色々なメッセージも伝わってくる。子どもには子どもの、大人には大人の読み方があって、世代を越えて読める。「大人の読み方」ということになるだろうか、私には、まいの父と隣家のゲンジが、何かを象徴しているようで気にかかった。
 良い人であるが、ものの表層だけで本質を見ない父。品性を学ばないで年をとってしまい、悪い人ではないのだが、まいにとっては汚れた大人にしか見えないゲンジ。祖母が言う上等の魔女とは対極にある人物像だ。自戒をこめて言うが、こういう大人が実は多い。

 本書の本筋からはズレてしまうが、感じたことを1つ。まいが学校へ行けなくなった理由はいじめだ。女子のグループ作りがなんとなくあさましく感じて、そういうことをしなかっただけのために、クラスの女子全員を敵に回してしまったのだ。
 こういったことは人の性として直しようがないのかと、暗くなってしまった。本書が単行本で出版されたのは1994年だ。それから十数年経ったが、何かが良くなったという話は聞かない。

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家守綺譚

書影

著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2004年1月30日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「家守」はヤモリではない、イエモリと読む。さらに、平安貴族でも徳川一族でもない。主人公綿貫征四郎は、亡くなった親友の高堂の実家が空くのに伴い、そこに住んで管理をしている。つまり「家の守」をしている。それで家守。
 場所は京都。山一つ越えたところに湖がある、その湖から引いた疎水の近くとあり、文中に登場する山の名前などから考えると、山科から大津にかけてのあたりらしい。時代は、トルコの軍船の遭難事件への言及などから推察するに、明治の中ごろか。
 山科は古くから宿場町として栄え、この頃には鉄道も通っていたので、決して辺鄙な田舎町ではなかっただろう。それでも100年以上前の日本には、この小説のような、濃密な自然や異世界を感じる空気が流れていたに違いないと思う。

 そう、本書では様々な怪異なことが起こる。死んだ親友の高堂は壁の掛け軸を通ってやってくるし、主人公は何度か異界へ迷い込みそうになる。河童や鬼、狐狸妖怪の類が次々登場する。そういった短編が28編収められている。
 しかし、決して怪奇小説のような怖さを感じさせないのは、話の背景を流れる時間がゆったりしていることと、こういった怪異な現象を、登場人物たちが普通に受け止めているからだろう。
 とくに隣家のおかみさんが、いい味を出している。池の端に落ちていた気味の悪い布か皮か分からないものを見て「河童の抜け殻に決まっています」。散歩の途中で見かけた不思議な老人のことを聞くと「それはカワウソですよ」しかも「この辺の最近の子供なら、みんな知っている」とくる。悪さをするものならそれに備えるのが知恵だし、害がないのなら特に騒ぐこともない。誠に自然体の暮らしぶりなのだ。

 私は、乱読多読気味の読書なので、基本的には時間と気力のある限りドンドン読み進めます。本書もそうして読んでいたのですが、なかなか先に進まない。つまらないわけではないのにどうしてだろう、と思っていました。
 それは、本書の時間の流れがゆったりしているからなんだと思います。気が付くと、何となく今読んだ話を思い返して浸っていました。そんなことを一話ごとにやっていたので読み進まないのでした。
 この本は、手元に置いといてゆったりと一話ずつ読む、そんな読み方が似合うのでしょう。そんなことを思った本は初めてなので、そうしてみたいと思います。

 本書は、「鴨川ホルモー」のレビューにコメントをくださったLazyMikiさんから薦められて読みました。LazyMikiさん、良い本を教えてくれてありがとう。

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あなたの余命教えます

書影

著 者:幸田真音
出版社:講談社
出版日:2008年3月24日
評 価:☆☆☆(説明)

 自分の余命が正確に分かるとしたら、それを知りたいと思いますか?
 本書の主人公の永関恭次は知りたい思った、それが物語の始まり。電機メーカーに勤める部長代理、年齢は56歳、家族は妻と大学生の娘。高校時代の同級生の訃報を受けたことをきっかけに、自分はあと何年生きるのだろうか?それが分かれば生き方も変わるかもしれない...という思いを抱いた時に、余命を高精度で診断する会社に遭遇したわけだ。

 あなたの余命..というタイトルだが、何も余命が気になるのは自分のとは限らない。介護が必要な家族を抱えている場合とか、遺産目当てに年寄りと結婚したとかで、近しい人の余命が分かれば、と思うことがあるだろう。本書の他の登場人物たちは、様々な理由で自分以外の余命を知ろうと余命診断を申し込んだ人々。
 人の生き死にのことだから、どんな理由であろうと、他人の余命を知りたいと思うこと自体が不謹慎だとマユをひそめる向きもあろう。登場人物たちもそのような後ろめたさを持っている。余命診断の説明会で出会った主人公を含む4組5人の男女は、その後ろめたさからか奇妙な連帯感を持ち、メールアドレスや電話番号を交換し(名前は偽名を名乗って)、連絡を取り合うことになった。

 物語は、他の人々の事情に振り回される永関の様子が健気(56歳のおっさんには似合わない言葉だけど)で、声援を送りたくなる。なぜか、全員から相談を受けることになる。人から悩みや相談ごとを打ち明けられるのは久しぶりだ、などと言っていて、ちょっと嬉しくてはりきってしまっている。おまけに、その内の一人の17歳年下の美女とは、親密な関係になりそうな予感までして。
 読み終わって思うのは、「余命を知る」ということが、想像以上に感情を揺さぶるということだ。自分の余命はもちろん、他人のものであっても。予想に反した結果が出た時はもちろん、特に予想をしていなかった場合でさえ、受け取った結果に狼狽している。やはり、生き死にを知るのは、我々には荷が重すぎるのだ。

 人の死を扱っているのだけれど、ウツウツとした感じはしない。ヒドイ悪人も登場しないし、ちょっとホロリとさせる場面もあるし、軽めの読書にもオススメ。

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鴨川ホルモー

書影

著 者:万城目学
出版社:産業編集センター
出版日:2006年4月20日第1刷 2007年4月30日第11刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2007年の本屋大賞の第6位。本作でボイルドエッグズ新人賞を受賞して世に出た著者のデビュー作でもある。本屋大賞での受賞を知った時から読んでみたいと思っていたが、タイミングが合わず、今になってしまった。

 舞台は京都の街、登場人物の殆どは大学生、そのまた大部分は京都大学の学生だ。主人公は、サークル勧誘のコンパで知り合った女子に一目惚れした、男子京大生の安倍。彼が入ったそのサークルの名は「京都大学青竜会」。
 普通であれば、こんな怪しげなサークルに入ったりはしないが、彼は、一目惚れした理想の「鼻」の持ち主である早良京子の顔、いや鼻を見たいがために、サークルの例会に顔を出してしまう。

 サークルの名の「青竜」は、北の「玄武」、西の「白虎」、南の「朱雀」に並ぶ東の「青竜」がその名の由来。ご存じの方もおられようが、これらはキトラ古墳の壁画に描かれた四神獣であり、陰陽道に通じる。そして、京都大学は京都の街の東に位置する。ということは、残りの3神獣に対応するグループが存在する、ということだ。
 さて「ホルモー」とは何であるのか、についてはネタバレになってしまうので詳しくは伏せる、青竜会を含む4つのグループで行われるものとだけしておこう。

 「ホルモー」が何であるかが明らかになるまでの前半1/3は、ストーリーがどこへ向かうのか分からないこともあり、平板な感じがする、ちょっとしたユーモアを交えた甘酸っぱい青春小説のようだ。
 しかし、まさかそんな!と言う感じの「ホルモー」の内容が明らかになる中盤以降、スピード感が増して一気に読めるようになる。各賞を受賞したのはダテじゃないのだ。
 まぁ、単なるウケ狙いかと思うところや、強引な展開もある。京都や京大生の内輪話っぽいところもあって、そういうのがイヤな人もいるだろうなぁと思う。しかし、ウケ狙いも結構、これがハマる人もいる。私はどちらかと言えばそのクチだ。
 そして、読み終わった時に改めて気が付く。これは、やっぱり甘酸っぱい青春小説だったのだ。ドシャブリの雨の中「私が好きなのは、あなたなのよ!」と告白する式の図がお好みの方は、是非一読を。笑いと感動をダブルで味わえます。

 多くの人が既に指摘していることではあるが、森見登美彦氏の作品とかぶりまくる。どちらが良いかは、もはや好き嫌いの問題だと思う。敢えて言えば、森見氏の方がキャラクターが濃いか。
 余談ではあるが、森見氏のブログ「この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ」のしばらく前の記事によると、森見氏は氏のお母様から「鹿男あをによし、観てるよ」というメールを受け取ったそうである。「鹿男~」は言わずと知れた、テレビドラマ化された万城目氏のヒット作だ。森見母は最高だ。

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青い鳥

書影

著 者:重松清
出版社:新潮社
出版日:2007年7月20日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この作家さんの本を読むのは初めてだ。このところ何人かの方の書評のブログを巡回していて、度々お目にかかったので、どんなお話を書かれるのだとうと気になっていた。どうも、人の心のひだを丁寧に描写される、心に沁み入る物語を書かれるらしいのだけれど。
 それで、図書館の棚にあった比較的新しめの本書を手にとってみた。読んでみて、他の方が書かれている感想に合点がいった。そこには心の深いところに届く、そんな物語が綴られていた。

 本書は8編からなる短編集。舞台は中学校。作品ごとに違う学校だけれど、そこには、色々な理由でひとりぼっちな子どもがいる。学校では一言も発せない女の子、教室に自分の居場所がない男の子、転校してきて学校に馴染めない男の子...
 そして、8編通して登場する非常勤の国語教師、村内。彼は吃音者でカ行とタ行と濁音がなめらかに出てこない。だから授業はとても聞き取りにくい。彼を採用するなんて「非常勤講師はそんなに人手不足なのだろうか」とある生徒の感想にある。

 しかし、彼はひとりぼっちの子どものそばに寄り添う。寄り添われている本人でさえ気が付かないほど、そっと寄り添う。そうすることで、その子はひとりぼっちではなくなり、何かに気付き、何かを乗り越えることができる。そして、村内先生は言う「間に合って良かった。」
 あらすじを追うだけなら、同じような話は今までにも幾度も聞いただろう。しかし、本書がありきたりの話とは違うのは、ひとりぼっちの子どもたちを丁寧に描いていることだ。その子がなぜそうなったのか?子どもを取り巻く様々な出来事が、その子の心に傷を残す。

 正直、読んでいてつらく感じたこともあった。心身どちらかが疲れていたら読めないだろう。私が特につらかったのは、父親が交通事故を起こした女の子の話だ。事故で父親を亡くしたのではない。父親が事故の加害者として他人を死なせてしまったのだ。10年以上前の出来事が、彼女にそして家族の心に影を落とす。そう、事件の後にも人は生きていかねばならないのだ。

 村内先生が吃音者なのは、著者自身の経験と無縁ではないだろう。しかし、表紙に小さな字で書いてある My teacher cannot speak well. So when he speaks, he says something important. という英文がその意味を端的に表している。

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太陽の塔

書影

著 者:森見登美彦
出版社:新潮社
出版日:2003年12月20日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 2003年の日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作品。ついでに著者のデビュー作。
 「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」などの最近の作品を読んだ後で、このデビュー作を読むと、著者の作品世界がいかに独特の奇妙な形に練り上げられて来たか、が想像できて興味深い。
 舞台は、他の作品と同じく京都の街、それも東山一帯。そこは、腐れ大学生たちがたむろする学生の街。この腐れ大学生の1人、森本が本書の主人公。男ばかりで下宿に集まって鍋をつついて妄想をたくましくしながら、クリスマスと恋愛礼賛主義を呪うというような、生産性のカケラもないような生活を送っているようなヤツである。

 ストーリーは、森本の同類(つまり、彼の下宿で鍋をつついているようなヤツら、どいつもこいつもサエない)のエピソードを挟みながら、彼の日常を綴っていく。
 日常とは言っても、もちろん平凡とは言えない。彼は、一時期付き合っていた彼女、水尾さんがいて、別れた後も「水尾さん研究」と称して、その日常の行動を観察・記録している(本人はストーカーとは根本的に違うと言っている)。また、ゴキブリ入りのプレゼント包装した箱を、それとは気付かずに開けて、下宿を昆虫王国にしてしまったりする。

 全体を通して面白かった。エピソードが笑えるし、ラストの事件は何やら爽快感さえ漂う。登場人物たちは個性的だし。(言い忘れたが、主人公がフラれた水尾さんだって普通じゃない。)
 しかし、変さ加減で言えば、やっぱり最近の作品の方が変。冒頭で「作品世界がいかに独特の奇妙な形に練り上げられて来たか」と言ったのは、そういう意味だ。登場する何人かの人物や出来事の造形を、さらにデフォルメしていくと最近の作品世界に行き着く。つまり、本書はデビュー作らしく著者の作品の原点と言える。

 ちなみに、本書が「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞していることについては、説明が必要だろう。今までの話のような、男子大学生の醜態は、幻想的でもなければ、空想の翼が広がったりもしない。ただ、時折、電車が闇の中を煌々と明かりを付けて走り、フッと幻想の世界に入り込む。 ここの部分だけは他との対比もあって、くっきりと浮き上がって「ファンタジー」なのだ。

 最後に「有頂天家族」のレビューでも白状しているが、私はかつて森本らと同じ、京都の腐れ大学生だった。だから、場所や出来事の多くはリアルに思い浮かべられる。面白かったのには、そういう理由も多分にある。
 そう、私も、男ばかりで下宿に集まって鍋をつついてました。女の子の話もしたけれど、自分たちには全く関係ないのに、政治や経済の話をよく夜通ししていました。「オレが首相だったら....」って。笑っちゃいますね。

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別冊 図書館戦争1

書影

著 者:有川浩
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2008年4月10日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 図書館戦争シリーズのスピンアウト。著者の良心で、一度幕を引いた以上は良化法関係で本編以上の騒ぎを起こすのは反則、ということで登場人物を中心に別冊シリーズを書くそうです。
 確かに、「図書館革命」の当麻亡命事件の最後の大立ち回り以上のことをやるなら、本編でもう1冊出せるんじゃないかと思う。

 それでもって、今回はどの登場人物に焦点を当てているかというと、堂上と郁の甘々カップル。なんだ、本編と変わりないじゃないか?とは思わないでもないが、まぁ別冊の1冊目としては順当な所か。個性的な登場人物と人間関係がたくさん仕込まれているから、これからも色々な物語を楽しめることでしょうし。

 そして、堂上と郁の物語である。「図書館革命」では、当麻亡命事件の後、時間を早送りにして2人は結婚してしまっているけれど、本書はその早送りの時間の間の出来事。つまり、愛の告白の後、結婚に至るまでの話。
 もう、ベッタベッタの砂糖菓子のような甘さだ。そりゃそうだ、世のたくさんのカップルについて言っても甘~い時期だ。まして、堂上と郁だ、有川浩が描く「図書館戦争」シリーズだ。著者も「ベタ甘が苦手な人は逃げて」と、あとがきで言っている。(あとがきで言われてもねぇ。もう読んじゃったし。)

 正直に言うと、読んでいてこっちが恥ずかしかった。もちろん、面白かったし、楽しめたし、細かいエピソードも良く練られていました。だからオススメです。勧められなくても「図書館戦争」シリーズを読んだ人なら読まずにいられないでしょうけど。
 でも、本編にはない恥ずかしさが漂います。恋人ができてから結婚に至るまでの女の子の様子を見ているなんて、恥ずかしいことだらけで。カワイイ下着を買いに行ったり、初めてのお泊りとか....。まぁ、郁の場合はそれだって普通じゃないんだけど。でも、これも小学生の娘にはキツいかな。

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阪急電車

書影

著 者:有川浩
出版社:幻冬舎
出版日:2008年1月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 私が、図書館戦争シリーズですっかりはまってしまった有川浩のラブストーリー。何組かのカップルの甘~~い物語が、阪急今津線を舞台に展開する。
 実は私は、この舞台のすぐ近くの出身、表紙のあずき色(著者は「えんじ色」と言っているが、私は昔から「あずき色」だと思っていた)の電車には数えきれないほど乗りました。
 ただ、今津線というのホントに短い支線で、特に用がなければ近くに住んでいても乗らない。私は10回ぐらいしか乗ったことがないので、さすがに駅や沿線の風景は思い出せない。有名私立大学や高校が多い、その場所の雰囲気は分かるだけに、それがちょっとくやしい。

 まず、話の運びがウマい。宝塚駅から西宮北口駅までの約15分、8駅の電車の進行に合わせて、往復で16個の小さな物語が展開する。同じ電車に乗り合わせた人々の話だから、それぞれの物語の主人公たちが、車内ですれ違ったり、ほんの少し言葉を交わしたりする。そして、そのほんの少し交わす言葉、いや、ただ横にいて聞いた会話が、人を勇気付けたり、救ったりもするのだ。

 そして、やっぱり甘い。冒頭から若い恋の予感たっぷりの滑り出しだし、その出会いのきっかけは市立図書館!なんとも初々しい舞台設定ではないですか。でも、いかに初々しくても、この2人はどちらも勤め人で、おそらく20代半ばぐらい。中高生の淡い恋ではないので、着実に愛に育っていく。

 でも、甘いだけでなくカッコいい大人の女性も何人か登場する。1人は孫を連れたおばあさん、1人は結婚式に白いドレスで乗り込んだ女性。その一言一言がカッコいい。あの場面で「素敵なブランドが台無しね」って言えるあの人は素晴らしい。

 最後に一言。図書館戦争はうちの小学生の娘にも読ませましたし、娘も面白く読んだようですが、本書はちょっとキツい。大人限定の話もあるので...

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