3.ミステリー

仮面の大富豪(上)(下)

書影
書影

著 者:フィリップ・プルマン 訳:山田順子
出版社:東京創元社
出版日:2008年10月30日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「マハラジャのルビー」に続く、「サリー・ロックハートの冒険」シリーズ4部作の2作目。前作で父親の死をめぐる陰謀を切り抜けてから6年後、サリーは、6年の間にケンブリッジ大学を優秀な成績で卒業、今は「財政コンサルタント」をしている。年はなんと弱冠22歳だ。
 前作でサリーを助けて活躍したガーランド写真店のフレデリックは、共同経営者としたのサリーの助けもあって写真店の経営は盛り直し、趣味の探偵稼業にもいそしんでいる。サリーとフレデリックは自然な成り行きで恋人同士となっているのだが、何やら微妙な感じだ。

 ここまでは、本書の物語が始まる前の話。本書の物語は、サリーが顧客の訪問を受けるところから始まる。サリーが薦めた投資先の海運会社の貨物船が沈没し、その後会社が倒産してしまった、というのだ。倒産に至る経緯に疑問を持ったサリーは調査を始める。そして、背後にある大きな陰謀を付き止め、サリー自身がそれに巻き込まれていく。
 フレデリックらのサポートを受けて、サリーが才覚と行動力で困難を乗り越えて行くのは前作と同じながら、今回の作品には実に色々な要素が散りばめられている。ビクトリア朝時代の英国での女性の自立の難しさ、降霊術などの怪しげな科学といった時代背景と、このシリーズの大きな節目となるであろう、サリーとフレデリックの関係の行方など。政界財界だけでなく国際政治なども絡んで、一回り物語のスケールが大きくなっている。

 田中芳樹氏の解説にもあるが、「あれっ」っと思うところもある。これでいいのかな?という感じもする。もしかしたら次回作に続く伏線なのかもしれない。だとしたらどのように反映されるのか?次回作と言えば、前作のレビューの最後に「第2作には(私のお気に入りの)ローザは登場するのだろうか?」と書いたが、本書では活躍の場面はなかった。次回作ではどうなのだろう?

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

オーデュボンの祈り

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2003年12月1日発行 2008年11月10日第31刷
評 価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんのデビュー作。新潮ミステリー倶楽部賞受賞。デビュー作なので当たり前なのだが、私が読んだその後の著者の作品の特徴の原点が見られる。複数の視点で並行した物語が語られること。物語の時間が前後することがあること。伏線を潜ませる前半とそれを回収する終盤という構成。こう言ったことが、私は著者の作風だと思うのだが、デビュー作の本書ですでに特徴として現れている。ただし(まだ)デビュー作なので、これも当たり前なのだが、少ぉし切れ味が足りないというか、中途半端な感じがした。

 主人公は伊藤という青年。元システムエンジニアで、会社を辞めて2か月後に、人生をリセットしようとしてコンビニを襲い失敗した。そしてパトカーで連行される途中で逃走。その後の記憶はなく、朝目覚めると見知らぬ島の見知らぬ部屋にいた。
 この島は仙台の南にある島なのだが、江戸時代から外界と隔絶されていて、人々は独自のルールを持って暮らしている。不思議な人々、不思議な習慣がたくさんあるのだが、一番の不思議は、しゃべるカカシだ。しかも、このカカシは未来が分かるのだ。そして、物語はこのカカシがバラバラにされたことから展開していく。
 そして、このカカシをバラバラにした犯人がだれか?ということと共に、「この島に足りないもの」が繰り返し謎として提示される。この謎と、伊藤の元彼女に迫る危険などが物語の牽引役となって終盤までひっぱる。面白い読み物にはなっている。

 しかし、本書のネットでの評判は思いのほか良くない。江戸時代に外界から隔絶された島、しゃべるカカシという奇想天外さが、受け入れられないと感じた人もいるようだし、私も感じた少ぉしの中途半端さも不評の原因だろう。ただ考えて見れば、奇想天外な設定が悪いとは限らないし、その後の成熟した作品と比べてデビュー作を評価するのは間違っている。
 そう、伊坂作品を何冊か読んだ後に本書を読む人は、これが始りの本なのだという思いを持って読むと良いだろう。「神様のレシピ」という、その後の作品に度々登場する言葉も、本書が初出でその意味が明らかにされていることだし。

 最後に蛇足と知りつつ、一つ述べる。著者の作品が村上春樹さんの作品の影響を強く受けている、という指摘が既に多くの方からされている。本書を読む限りでは、その指摘は確かに当たっているように思う。でも、後の作品にはこういったことはあまり感じられなかった。著者は、本書の後は「伊坂幸太郎らしさ」を積み上げてきたのだと思う。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

グラスホッパー

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:角川書店
出版日:2004年7月30日初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの5年ほど前の作品。今年は(るるる☆さんと一緒に)伊坂作品にはまろうと考えているので、積極的に過去の作品を読んでいきます。

 相変わらずうまい(過去の作品なので「相変わらず」は正しい用法ではないけれど)。複数の視点から順に語られる手法もお馴染みなら、終盤に来てそれらが収束していくのも、目立たない伏線が最後なって浮上して、足をすくわれるような感覚もお馴染みだ。パターンにはまったと言えばその通りなのだが、今回も気持ちよく足をすくわれてしまった。

 悪いやつがたくさん登場する。登場する人物のほとんどが「闇社会」の一員だ。それでいて冷たい感じがしない。悪いやつらも、失敗したり焦ったり悩んだりと、妙に人間臭いからだ。
 主人公は「鈴木」。悪徳会社の社長のバカ息子に悪ふざけの事故で妻を殺されている。彼は、復讐のためにその悪徳会社の契約社員となっている。その他の視点は「蝉」と「鯨」と呼ばれる2人の殺人のプロ。
 本書によると、この社会には殺人の「業界」があって、電話やなんかで殺人の注文を受けたり、人材を派遣したりしているらしい。鈴木も含めて、登場人物のほとんどはこの「業界」の一員なので、悪いやつらなのだ。ただ、あんまり悪いやつらばかり出てくるので、中でも罪の軽い人がいると、ちょっといい人に思えてしまうから、私の善悪の感覚もあてにならないものだ。

 元々はこの業界の人間ではないからか、追われる身となった鈴木の見通しの甘い行動には少しあきれるが、まぁどこかユーモラスで憎めない。「蝉」と「鯨」が抱えるそれぞれの悩みもうまく描かれていた。舞台が殺人の業界だから必然かもしれないが、何人もが死ぬがつらいが、読後感はそれほど悪くないことに救われる。

この本を読んだ方へ質問。
 鈴木は最後に5階に行くのですが、4階に行くべきではないのでしょうか?

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

流星の絆

書影

著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:2008年3月5日第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 東野圭吾さんの近刊。図書館で予約して半年あまり待った。その間にTBS系列でドラマ化されたのだけれど見なかった。先に原作で読みたかったので。最近のテレビは小説やコミックの「原作もの」が多いですが、出版されて半年でテレビドラマ、というのは早すぎないか?と思う。

 主人公は、功一、泰輔、静奈の兄弟妹。物語は、幼い彼らが家を抜け出すシーンから始まる。ペルセウス座流星群を見ようと、両親には内緒で出かけようとしているのだ。このエピソードがタイトルにつながっている。そしてその夜、彼らの両親は何者かに殺害される。
 その後、大人になった彼らは、危ない橋も渡るけれど寄り添うように生きていく。そんな時、両親の殺害犯と思われる人物を、泰輔が見かけたことが、3人の運命の歯車を回す。そして、徐々にその人物を追い詰めていく。

 まぁ、テレビで放送されたのでストーリーはご存じの方も多いだろう。テレビの方はどんな展開だったのか知らないのだけれど、本の方は意外なぐらい素直に物語は進む。思いもかけないことは起こらない。最後の20ページまでは。
 本書は、この最後の20ページのためにあるような本だ。それまでの抑えた調子は、この最後の部分を際立たせるためだったのだろう。しかし、「抑えた調子」とはいえ、退屈はしない。常に「何か起きるかもしれない」と思わせる緊張感が常に漂っている。そういう意味では著者の巧さも際立っている。
 最後にひとこと。私はちょっと前にエラリー・クィーンを読んだせいもあって、常に誰が犯人かを考えてしまったが、本書は推理小説ではないので、読者は「犯人探し」をしないで、ストーリーを楽しむのがいい。その方が楽しめると思う。

 にほんブログ村「東野圭吾」ブログコミュニティへ
 (東野圭吾さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

エジプト十字架の謎

書影

著 者:エラリー・クイーン 訳:井上勇
出版社:東京創元社
出版日:1959年9月初版 2006年9月70版 2009年1月9日新版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 著者の作品を読むのは初めて。この作品は、初期に発表された「国名シリーズ」の1冊で1932年に発表されたものだ。なんと私の父親が生まれたころだ。その作品がこの度新版として発売されたのだから、著者の人気の息の長さが分かる。

 何だか久しぶりの体験だった。「犯人が誰なのか」にこんなに集中して読んだのは、中学生のころクリスティを読み漁っていたころ以来かも。ページ数が9割進んだところで(推理に必要なすべての事柄が語られたところで)、「誰が殺人犯人か。(中略)りっぱな推理と、幸運を祈る」と書かれた「読者への挑戦状」というページがある。突きつけられた挑戦は受けねばならない、ということで、しばし沈思黙考。..そして敢え無くギブアップした。

 物語は、衝撃的な事件で始まる。田舎町の小学校長がT字路で、道標にTの字に張り付けられた首なし死体で発見される。そして被害者の家の扉には血で書かれたTの文字。執拗に繰り返されるTの文字の事件。タイトルの「エジプト十字架」は、エジプトの古い信仰のシンボルで、縦木が突き出していないT字形をしているらしい。そして、この事件にもその信仰が関わっているのか?
 主人公は、ニューヨーク市警の警視の息子で、その名もエラリー・クイーン。数々の難事件を解決に導いたという実績があるらしく、地元警察の扱いも別格だ。彼が警察の捜査に立ち会い、誰もが見落とした僅かな痕跡から真実を明らかにしていく。推理小説、探偵小説の醍醐味だ。そして、推理に必要な事柄が十分に明らかになったところで「読者への挑戦状」となる。(もちろん、最後の1ピースは分からないままだ。この後、この最後の1ピースがエラリーによって明らかにされ、一気にパズルが完成するように事件が解決するのだ)

 まぁ、私の場合は「挑戦状」をまともに受けて推理しようとしたわけだけれど、そういう読み方も良し、エラリーの名推理を楽しむのも良し。推理小説の古典だが、今どきのミステリーファンにもおススメだ。

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ラッシュライフ

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2005年5月1日発行 2008年12月5日30刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 様々な文学賞を受賞し、「ゴールデンスランバー」で本屋大賞、山本周五郎賞を受賞(直木賞は選考対象となることを辞退したそうだ)した人気作家である著者の、出版作品としてはデビュー作に続く2冊目。本書は無冠だが、著者が注目されるきっかけになった作品だという。

 複雑かつ精巧に張り巡らされた伏線が著者の作品の特長なのだが、デビュー2作目の本書にして、その特長はすでに他の作家には見られないような、特異なものとなっている。ストーリーは、精神科医、泥棒、リストラされた元デザイナー、新興宗教の信者である青年、画家などを主人公とした、複数の物語が並行して進行する。
 この構成だけで伏線好きな私は、物語の絡み合いを予感してワクワクしてしまった。もちろん予感は的中し、コインロッカーのカギや犬、音楽や銃声といったアイテムを介して別々の物語がつながっていく。登場人物同士のニアミスも起きる。

 これだけでも十分にエンタテイメントな作品だが、著者はさらに様々な仕掛けを施していて、最後までそれとは分からない接点や、完全に騙すためだけの思わせぶりな構成もある。多くの読者が読み終わってから「あぁ、そうだったのかぁ」という感想を持ち、その内の何割かは、物語を正確に理解しようとバラバラのエピソードを組み立て直そうとするだろう。現に検索してみると、エピソードを時系列に並べようと試みたサイトがたくさん見つかる。

 頂点と謳っている「ゴールデンスランバー」に比べれば見劣りしてしまうのだが、そういう言い方はあまりに酷だ。伊坂作品を1冊でも読んだ方はもちろん、まだだという方にもおススメする。伊坂作品の特長が良く出ていると思う。だた1つだけ、死体に対する嫌悪感が強い方はご用心を。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

容疑者Xの献身

書影

著 者:東野圭吾
出版社:文藝春秋
出版日:2008年8月10日第1刷 2008年9月15日第5刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 オススメしてくださる方は多かったものの、今まで読む機会がなかった東野圭吾。テレビドラマに映画にと、次々と原作が映像化されていて、当代きっての売れっ子作家、という印象。中でも評判の高い(第6回本格ミステリ大賞/第134回直木賞/2006年度版「このミステリーがすごい!」の第1位など)本書を、文庫版で読んだ。

 これは、確かに面白かった。物語は、隣家で起きた殺人事件に、高校教師の石神が絡むところから始まる。彼は、天才的な数学者で、並はずれたその頭脳を使って事件の偽装を図る。そして、テレビや映画で福山雅治が演じた天才物理学者の湯川が、その事件の真相に迫る。「天才 対 天才」の対決、というわけだ。
 殺人事件の真相は最初から明らかになっているので、「犯人探し」のミステリーではない。石神が行った偽装工作という謎を湯川が解き明かしていく、「謎解き」のミステリーだ。もちろん、読者も(私も?)その謎解きに挑むことになる。

 そのために途中で、何度も何度もページを戻って読み返した。ちょっと気になる展開があると、「この話は前のあの部分と関係が…」なんて具合だったので、なかなか読み進まない。もっと純粋に物語を楽しむ読み方もあるだろうに、私は凡人の分際で天才に挑んでいたわけで、思い返せば恥ずかしい。
 こうした分をわきまえない読み方のおかげで、途中で偽装工作のあらましには考えが及んだ、と思った。しかし、その考えは的外れではないものの、著者はさらに二重三重のトリックを用意していて、結果的には私の完敗(勝手に挑んでいただけだけど)。一本負けで負けて爽快、と言う感じ。私の最初の東野圭吾体験は、実りあるものになった。

 にほんブログ村「東野圭吾」ブログコミュニティへ
 (東野圭吾さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

マハラジャのルビー

書影

著 者:フィリップ・プルマン 訳:山田順子
出版社:東京創元社
出版日:2007年5月30日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 映画化された「ライラの冒険」の著者が、ライラ・シリーズに先立つ10年間(1985~1994年)に出した「サリー・ロックハートの冒険」シリーズ4部作の1作目。シリーズは、日本では2作目の「仮面の大富豪」までが出ている。「本が好き!」プロジェクトで見かけて覚えていたので読んでみた。ちなみに「ライラ」の作者だとは、表紙裏の紹介を読むまで知らなかった。

 ファンタジーかと思ったが、魔法はなし、異世界もなし。その代わり、麻薬の売買や密輸、裏切りなどが複雑に絡んだ、なかなかしっかりしたミステリーだった。主人公は、サリー・ロックハートという16歳の女性(少女というには微妙な年。しっかりしているし)。海運業者の経営者だった父を、船の事故で亡くし天涯孤独の身になった。ある日謎めいた手紙が届き、父の死には隠された秘密があるらしいことに気づく、というところから物語は滑り出すように始まる。

 登場人物が素敵だ。時代は1872年、場所は英国、ビクトリア朝のロンドン。主人公サリーは会社経営者の娘らしく「お嬢様」なのだが、父親が娘が好きに学習するに任せた結果、英文学、歴史、美術、音楽などのお嬢様らしいたしなみは皆無だ。その代り、軍の作戦、簿記、株式市場の動き、と実用性が抜群の知識を持っている。実際、これらの知識がサリーに仲間を作り、その身を助けることになる。
 そのサリーの仲間たちも実に魅力的だ。写真家のフレデリックと、その姉で女優のローザ。サリーは2人が居る写真館に身を寄せることになるのだが、住人が増えることにも、サリーが写真館の経営に口出しすることにもイヤな顔ひとつ見せない。それどころか、その才能を高く買って采配を任せ、自分たちはサリーが抱える問題の解決のため、その身の危険を顧みず協力するのだ。
 特に、ローザは飛びきりの美人だと言うし、そのきっぷの良さも気に入った。第2作は、これから6年後の設定だそうだけれど、彼女は登場するのだろうか?

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

禁断のパンダ

書影

著 者:拓未司
出版社:宝島社
出版日:2008年1月26日第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 2007年の「このミステリーがすごい!」大賞の大賞受賞作。有名な文学賞で、受賞作がベストセラーになることもある賞の、それも1番評価された作品だ。どんな方法で騙してくれるのか?そんな期待をして読んだ。…しかし、先に読後の気持ちを言ってしまえば、後味の悪い小説だった。もっと☆を付けられる作品なのだが、後味の悪さだけが問題で、誰かに薦めるのがためらわれるので☆は2つだ。

 物語が終盤に差し掛かるあたりまでは悪くなかった。主人公の幸太は才能があるフレンチの若きシェフ。彼が、驚異的な味覚の持ち主であるかつての料理評論家と、天才と言われるシェフの手になる料理を食べる。事件の導入部にあるシーンなのだが、ここをはじめとする、料理の描写が読む人を魅了する。
 審査員評に「本格的美食ミステリー(「本格的」は「美食」にかかる)」とある通り、「美食」の部分は秀逸だ。高級フレンチなんか食べたことのない私も、読むだけで幸せな気分になってきた。

 実は、審査員評で評価されているのはこの「美食」部分だけで、ミステリーとしての構成には難があるとして、どの審査員からも指摘されている。まぁ「大賞」にふさわしいかどうか、と言われれば物足りないかもしれないが、私自身はそれなりに楽しんだ。キャラが立っていないと言われた登場人物たちも、私には個性的な人々に思えた。ストーリーにも起伏があって、退屈な感じはしなかった。舞台が私が生まれた神戸の街で、登場人物たちが話す神戸言葉に和んだことも付け加えておく。

 それなのに、どうして後味が悪くなってしまったのか?それは、物語の核心に触れるので具体的には言えないけれど、本書で行われた犯罪に私が生理的に嫌悪感を覚えるからだ。このあたりの感じ方は人それぞれだが、表紙のパンダの絵からホノボノとした物語を連想していると、思いもよらない展開になってギクッとすることは間違いないと思う。

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

スカイ・イクリプス

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2008年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズ 番外編の短編集。読売新聞の会員制WEBサイト等で連載された作品5編と、書き下ろし3編を収録。本編で重要な脇役であった、ササクラやティーチャ、カイ、それからミズキ(!)らを中心に据えたサイドストーリーだ。連載された既出作品は、シリーズの世界で生まれた「小さな物語」。魅力的な脇役にスポットを当てて、世界観を補足したり、脇役のファンに応えたりするものだろう。(実際、ササクラやティーチャのファンは多いようだし)

 しかし、書き下ろし作品3編はそういう主旨のものとはちがう。これは、本編の5冊を読んだ読者に巻き起こった「あの「僕」は一体誰だ?」の堂々めぐりに、著者が応えたものだと思う。
 「何て読者想いの著者なのだろう」とは思うが、そこはシリーズ5冊を費やして読者に「なぞなぞ」を仕掛けた著者だ。種明かしはしてくれない。ヒントだけを残して「これでおしまい」とばかりに、またもや扉を閉じてしまった。
 ただし、提示されたヒントは、謎の核心に迫るものだった。「ここまで分かれば、ちゃんと整理し直せば、すべてがスッキリする答えにたどり着けるのでは?」という期待を抱かせるに必要十分なヒントだと思う。

 今、私の手元には本書で得たヒントを元に、出来事を組み立て直そうとしたメモがある。あと少しで分かりそうなのに..。いやいや、5冊を読み終わった後に「分からないのが楽しい」なんて言って自分に言い聞かせたはずだ。これでまた、分かりたくなってしまったではないか。著者は何てことをしてくれたのか..。
 思えば「スカイ・クロラ」を読んでからこれまで、ずっと著者の術中にはまりっぱなしで、もてあそばれたようなものだ。

 あぁ、ホントはどういうことなのか知りたい..。

 にほんブログ村「森博嗣ワールド 」ブログコミュニティへ
 (森博嗣さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)