3C.柳広司(Joker Game)

超短編! 大どんでん返し

書影

著 者:恩田陸、夏川草介、米沢穂積、柳広司 他26人
出版社:小学館
出版日:2021年2月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 お馴染みの作家さん、未読の作家さん、知らなかった作家さん、たくさんの作家さんの作品を一度に読めるのがおトクな感じがした本。

 30人の作家さんによる、それぞれわずか4ページの超短編作品が計30編、すべてがどんでん返し。私の馴染みのある作家さんでは、恩田陸さん、夏川草介さん、米澤穂信さん、柳広司さん、東川篤哉さん、深緑野分さん、青柳碧人さん、乙一さん、門井慶喜さん。お名前をよく聞く作家さんでは、乾くるみさん、法月綸太郎さん、北村薫さん、長岡弘樹さん。絢爛豪華とはこのことだ。

 個々のストーリーを紹介するのはなかなか難しい。30編もあるので全部は紹介できないし、「4ページ」しかないのでうっかりするとネタバレになってしまう。「大どんでん返し」をネタバレさせるほど無粋なことはない。それでも細心の注意を払って、特に気に入った2つだけ。

 米澤穂信さん「白木の箱」。主人公の夫は白木の箱に入れられて、軽く小さくなって帰ってきた。海外へ出張に出かけていたのだ。楽天家で好奇心が強く、どこでも平気で行ってしまう人。飛行機が遅れて帰りが伸びたので、できた時間を使って「ウィッチドクターに会ってみたい」と連絡してきていた。それがこんなことになるなんて..。

 伽古屋圭市さん「オブ・ザ・デッド」。ゾンビが突然発生した世界。世界中で感染が爆発的に広がっている。主人公は二人の男性。どこかに逃げ込んで厳重に出入口を塞いがだ。こうすればやつらもしばらく入ってこられない。こんな状況でも、「映画でゾンビに噛まれてゾンビ化した人までぶちのめすはおかしくないか?」なんて話していると..。

 「超短編」と「どんでん返し」と聞くと、星新一さんのショートショートが思い浮かぶ。星さんのショートショートは、SF作品の雰囲気があったけれど、それに比べると本書の作品はミステリー色が強いように思う。でもオチで、クスッとするもの、ゾッとするものなど様々にあるのは同じだ。気軽に読めるし、物語の構成の勉強にもなる。こういうジャンルがこれからも増えていくと楽しそうだ。

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アンブレイカブル

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2021年1月29日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大学生の時に読んだ「人生論ノート」の三木清について、私は何も知らなかったなと思った本。

 新聞広告に「累計130万部突破!ジョーカー・ゲーム」と書いてあり「おっ、ジョーカー・ゲームの新刊が出たのか!」と思って手に取った。それは私の勘違いだったのだけれど。

 時代としては1929年から1945年、満州事変の少し前から太平洋戦争の終戦の年まで。クロサキという内務省の官僚が関わった事件を描いた4つの短編を収録。物語の背景には、1925年に成立した治安維持法がある。短編のそれぞれには、治安維持法の「被疑者(あるいは犠牲者)」となった文化人らが登場する。

 その文化人らとは、「蟹工船」で知られる文学者の小林多喜二、川柳作家の鶴彬、中央公論社の編集者の和田喜太郎、哲学者の三木清。4人ともが実在の人物で、本書の中では必ずしも明らかにされてはいないけれど事実としては、はやり4人ともが治安維持法違反で勾留中に獄死している。本書は、その理不尽さ、時代の空気の危うさを、事実に基づくフィクションとして描く。

 事実は凄惨なものだけれど、フィクションとすることで読みやすくなった。犠牲者本人でもクロサキでもない第三者の視点を使うことで、凄惨な事実からの距離が保てている。例えば第一編の小林多喜二の事件では、蟹工船での様子を多喜二に教える労働者2人組が主人公。乾いたユーモアもあって、結末は爽快感さえ感じる。

 そんな感じでミステリ仕立ての読み物を楽しんでいたら深みにはまる。歩いていたら足元がヌルッとするので、よく見たら血溜まりに立っていた。そんな感じで気が付くとゾっとする。そう、これはゾっとしなくてはいけない物語なのだ。現在と地続きの時代に、日本人が起こした凄惨な事件について知るのだから。

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トーキョー・プリズン

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2006年3月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 少し前に「占領下の日本」を調べたことがあるのだけれど、やっぱり「得体のしれない空気感を感じる時代」だなぁと思った本。

 帝国陸軍のスパイ組織「D機関」を描いた「ジョーカー・ゲーム」から始まる4部作がとても面白くて、続編を期待しているのだけれど出ない。装丁の雰囲気が似ている本書も読んでみた。(刊行は本書の方が先)

 舞台は1946年の東京と巣鴨にあった東京拘置所「スガモプリズン」。戦後すぐの米国占領下で、いわゆる東京裁判の被告となる戦争犯罪容疑者が多数収容されていた。主人公はエドワード・フェアフィールド。28歳。ニュージーランドの元海軍少尉。スガモプリズンには行方不明の知人の消息の調査のために来た。

 同盟国の元兵士とは言え、管理する米軍としては、調査に協力する義理はなく、厄介な交換条件を付けて許可をした。キジマという日本人の囚人の担当官として話し相手になれ、というのだ。キジマは戦争中の捕虜虐待の容疑で収監されている。ところが本人はその戦争中の記憶を失っていた。

 記憶喪失だけがキジマに担当官を付ける理由ではない。キジマには常人にはない能力がある。とてつもない推理力があって、薬物で自殺したナチスの高官の写真を見ただけで、その薬物の入手方法を言い当ててしまう。実は、スガモプリズン内でも青酸系毒物での中毒死事件が起き、米軍はその真相をキジマに解明させようとしていた。フェアフィールド氏は、その補佐にあたることになる。

 読み始めてすぐ「これは面白そうだ」と思った。私が好きな「ジョーカー・ゲーム」のD機関のスパイたちも、常人離れした記憶力、判断力を持っていて、キジマの人物設定はそれを思い出させる。「特別独房」に入ったままで的確に推理を巡らせる姿は、アームチェア・ディテクティブの変型だ。

 スガモプリズン内の中毒死事件だけでなく、キジマの捕虜虐待と記憶喪失に至る真相、フェアフィールド氏とキジマの関係性の変化、彼の本来の目的である知人の調査が、占領下の日本の状況を背景にして、起伏のあるストーリーを重ねて描かれる。「誰か映画にしてほしい」と思うミステリー・エンターテインメント作品だった。

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ラスト・ワルツ

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2015年1月20日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「ジョーカー・ゲーム」シリーズの第4作。大日本帝国陸軍に設立されたスパイ養成学校、通称「D機関」のスパイを描く。「アジア・エクスプレス」「舞踏会の夜」「ワルキューレ」の3編を収録。

 「アジア・エクスプレス」は、満州でソ連の内部情報収集の任務に就くスパイの話。情報提供者のソ連の外交官が、情報の受け渡し場所の満鉄特急「あじあ」車内で暗殺される。ソ連のスパイ組織との謀略戦が始まる。

 「舞踏会の夜」は、華族の出身で今は陸軍中将の妻となった女性が主人公。アメリカ大使館で催された仮面舞踏会に出席する。そこでなぜか、20年前の十代の頃に、この身を救ってくれた男のことを回想する。

 「ワルキューレ」は110ページの中編。ナチス政権下のドイツに潜入したスパイの話。日独共同製作のスパイ映画が完成した。その主役を務めた日本人俳優と、かれに接触したスパイの周辺にゲシュタポの影が迫る。

 今回はこれまでとは少し趣が異なる物語だった。子どもに手品をして見せたり、愚連隊に絡まれる少女を救ったり、逃亡者の脱出に手を貸したり。任務の達成のためと言えばそれまでだけれど、「人間味」の側面が見える。

 「D機関」を設立した結城中佐の影がチラチラと現れる。彼のカリスマ性が、このシリーズの求心力になっている。

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パラダイス・ロスト

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2012年3月31日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ジョーカー・ゲーム」「ダブル・ジョーカー」の続編。大日本帝国陸軍に設立されたスパイ養成学校、通称「D機関」のスパイを描くシリーズの3作目。シリーズとしては現在のところ本書が最新刊。表題作の「失楽園(パラダイス・ロスト)」と、「帰還」「追跡」「暗号名ケルベロス」の全部で4編の短編を収録。

 「失楽園」は、シンガポールに領事館付武官として赴任した米海軍士官の物語。欧州と中国での戦争の影はシンガポールにはまだ落ちていない。美しい街並みと贅を凝らしたホテルの暮らしは、まさに楽園(パラダイス)。そこで英国人の実業家が不慮の死を遂げた事件。

 「追跡」の主人公は、英国タイムズ紙の極東特派員。D機関を統率する結城中佐の実像に迫ろうとするが、些細な情報さえ容易には得られなかった。それでも調査を続け「特ダネ」をつかみ取った。しかし...という話。その実像に迫ろうとすればするほど、「魔王」と呼ばれる結城中佐のカリスマ性と神秘性が際立つ。

 「誤算」は、ドイツに占領されたパリが舞台。日本からの留学生がドイツ兵とトラブルを起こし、現地の若者らに助けられる。しかしその留学生は記憶を失っていた。「暗号名ケルベロス」は、まだ中立を保っていた米国から日本への航路を進む豪華客船が舞台。D機関のスパイと英国のスパイの対決。

 本書もこれまでの2冊に劣らず面白かった。特筆すべきは「失楽園」と「追跡」の主人公が、D機関のスパイではないことだ。「追跡」に至っては登場さえしない。しかし、紛れもなくこの2編はD機関の物語だと感じる。いや、他の2編よりもくっきりとD機関のあり方が感じられるぐらいだ。こういう描き方がとてもうまいと思う。

※「ジョーカー・ゲーム」が亀梨和也さん主演で映画化され、2015年公開予定です。
映画「ジョーカー・ゲーム」公式サイト

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ダブル・ジョーカー

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2009年8月31日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ジョーカー・ゲーム」の続編。前作に続いて、大日本帝国陸軍に設立されたスパイ養成学校、通称「D機関」のスパイを描く。表題作「ダブル・ジョーカー」と、「蠅の王」「仏印作戦」「柩」「ブラックバード」の全部で5編の短編を収録している。

 「「D機関」のスパイを描く」とは言ったものの、「D機関」のスパイを主人公とするのは「ブラックバード」だけで、他の作品では「D機関」は、主人公のライバルや、敵対する組織などで、物語の背景となっている。つまり、主人公らは「D機関」に出し抜かれるわけだ。こうして、外からの視点で描くことで、「D機関」のスパイの並外れた能力が際立つ仕掛けになっている。

 5編の中で特筆すべきは「柩」だろう。ドイツの列車事故で亡くなった日本人の、スパイ容疑を追うドイツ軍の大佐が主人公。この作品で、大佐の回想の形でもう1つの物語が語られている。それは「D機関」を設立した、このシリーズの真の主人公である結城中佐との邂逅の物語。

 前作で結城中佐は、「敵国に長年潜伏し、捕縛され拷問を受けるも脱走に成功した経歴を持つ」と噂されている。大佐の回想は、この噂を裏付けるもので、鬼気迫る「結城中佐像」が描かれている。一つの謎を明らかにした訳で、読者へのサービスと言えるだろう。

 読者へのサービスと言えば、気になる情報を得た。私は単行本で読んだのだけれど、文庫版には単行本にはない「眠る男」という作品を特別収録している。しかもその作品は前作「ジョーカー・ゲーム」の収録作品と関わりがあるらしい。これは読まなくては...

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ジョーカー・ゲーム

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2011年6月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、2009年に吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞、本屋大賞第3位になった、スパイ・ミステリーだ。

 日中戦争が勃発した昭和12年に、大日本帝国陸軍にスパイ養成学校、通称「D機関」が設立された。そこを統括する結城中佐は、かつてはスパイとして敵国に長年潜伏し、捕縛され拷問を受けるも脱走に成功した経歴を持つ。
 本書は、D機関出身のスパイらを描く短編集。表題作「ジョーカー・ゲーム」の他、「幽霊(ゴースト)」「ロビンソン」「魔都」「XX(ダブルエックス)」の全部で5編を収録。

 「ジョーカー・ゲーム」とは、D機関の学生たちが興じていたゲームのこと。早く言えばルール無用の騙しあいゲーム。例えばポーカーで、第三者の協力者を使って、他のプレイヤーのカードを盗み見てもいい。ただその協力者が、本当に自分に協力しているのかどうかは分からない..まぁ、スパイ活動のシミュレーションなわけだ。

 5編の作品は少しつづ傾向が違ってどれも面白かったが、やはり「ジョーカー・ゲーム」が良かった。「ジョーカー・ゲーム」では、D機関が憲兵隊に偽装して親日家の外国人の家を捜索する。単純な出来事のようで、実は幾重にも陰謀やウソが塗り重ねられた、陸軍参謀本部とD機関がせめぎ合う事件だった、という物語。

 他の作品についても簡単に紹介する。「幽霊」は、外国の総領事への潜入捜査。結末は少しユーモアもある。「ロビンソン」は敵地からの脱出劇。結城中佐の深謀が光る。「魔都」は内通者を探る極秘任務。混乱した上海の街が悲しい。「XX(ダブルエックス)」は二重スパイの捜査。スパイも孤独ではなかった。

 実は作品を読み進めて行くと、結城中佐の人間性に新たな面が見えたり、D機関の学生の面々の心の内が少しわかったりする。なかなかニクイ構成になっている。

※2014.3.6追記
「ジョーカー・ゲーム」が亀梨和也さん主演で映画化され、2015年公開予定です。
映画「ジョーカー・ゲーム」公式サイト

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