3F.中山七里

どこかでベートーヴェン

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2016年6月8日 第1刷 7月16日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「さよならドビュッシー」から始まる「岬洋介シリーズ」の最新刊。既刊の「おやすみラフマニノフ」「いつまでもショパン」は、比較的短い期間の時系列順の刊行だったが、本書は一気に時代を遡る。岬が高校生、17歳の時の物語だ。

 主人公は鷹村亮。県立加茂北高校の音楽科の生徒。音楽科と言っても、「楽器の演奏が得意」「音楽が好き」といったレベルの生徒たちが在籍している。そのクラスに岬が転入してきた。後に見せる音楽の才能は既に開花していて、他の生徒たちとは全く別次元の技量を持って。

 イケメンで数学もできる(頭がいい)ということで、特に女子生徒の歓待を転入当初は受けた。ただ、あまりの自分との違いを、身近にいる同世代に見せつけられると、人の心は歪んでしまう。徐々にクラスから浮き上がり、岬に対する露骨ないじめまでが行われる。そんな時に殺人事件が起きる。被害者はクラスメイト。

 なかなかスリリングな展開だった。イケメンの転校生登場の導入部。豪雨による災害の中、高校生が校舎に取り残されるというサスペンスと脱出の歓喜。一転して陰鬱なトーンに..。このシリーズは「音楽が聞こえるような演奏の描写」が特長だけれど、物語の構成も4楽章からなる交響曲のようだ。

 今回、時代を遡ったことは読者にとって意味がある。それは岬洋介の過去が語られたことだ。「さよならドビュッシー」で突然に現れた天才ピアニストは、いろいろなものを背負っていた。致命的な病、父との確執。そういうことの一端が明かされる。

 こうなってくると気になることがある。本書と「さよならドビュッシー」の間には、埋められていない断絶がある。いかにして彼は再帰を果たしたのか?それが語られることはあるのだろうか?

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ヒポクラテスの憂鬱

書影

著 者:中山七里
出版社:祥伝社
出版日:2016年9月20日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 図書館の書棚で見かけて面白そうに思ったので手に取ってみた。読み始めてしばらくして、本書にはこれに先立つ物語があるらしいことが分かった。調べて分かったが「ヒポクラテスの誓い」というのがそれ。本書はそのシリーズ続編にあたる。

 舞台は浦和医大法医学教室。埼玉県警と連携して、埼玉県の異状死体の司法解剖を一手に引き受けている。主人公は、この春からこの法医学教室の助教として登録された、栂野真琴。その前は研修医だったらしく。年齢は20代。

 本書は、その法医学教室に持ち込まれた死体に関わる、1章に1つ全部で6つの事件の解決を横糸に、「コレクター」を名乗る謎の人物の追跡を縦糸にしたミステリー。それぞれの事件の方は、読者が推理するのは難しいが、「コレクター」の正体を追うことはできる。

 異状死体はいわゆる変死体とは違う。厳密な定義は置いて、大まかには死因が明らかではない死体のすべてを指す。司法解剖は、犯罪性の有無を確認する意味も含めて、死因を突き止める有効な手段になっている。

 そんなわけで、真琴の居る法医学教室には、警察からの要請で死体が運び込まれてくる。本書で描かれるのは、検視官によって一旦は「事件性なし」とされたものの、解剖によって新事実が判明した、と言うケース。「生きている人はウソをつくが、死体はウソをつかない」

 死体と解剖のシーンがたくさんあるので、ヘビーな空気を醸し出す。そこを救うのが、「事件解決」へ向かっているという期待感と、登場人物たちのちょっと突き抜けた感のあるキャラクターだ。

 法医学教室の教授は法医学の権威で,、その技術と洞察力は目を瞠るものがある。ただし度が過ぎた偏屈。准教授のキャシーは死体のことを語るときには目をキラキラさせる。「不謹慎」にならないギリギリの「軽さ」が、空気の重さをのバランスを取っている。

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切り裂きジャックの告白

書影

著 者:中山七里
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年12月25日 初版 2015年4月15日 4版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 昨年の4月にテレビ朝日系列で放送された同名のテレビ番組の原作。今月の24日にその第2弾「刑事 犬養隼人」が放送されることもあって読んでみた。

 主人公は警視庁捜査一課の刑事の犬養隼人。事件は、深川署の真向かいの公園で起きた殺人事件。若い女性が絞殺の上、内臓を抜き取られて放置されるという異常な事件。現場は凄惨を極めていた。

 この事件は、19世紀の英国で起きた、世界の犯罪史上最も有名といっても過言ではない殺人事件を想起させる。「切り裂きジャック」。その事件でも被害者たちは臓器を持ち去られていた。

 そして今回の事件の犯人から「ジャック」を名乗る犯行声明が、テレビ局に届く。こんな異常な事件をマスコミが放っておくはずがなく、恐らくは犯人の意図である「劇場型犯罪」の様相を呈していく。

 犬養はどうも「男のウソを見抜く」という特殊な能力があるらしい。今回の捜査では、あまり発揮されないようだけれど(女のウソは見抜けない)、これまでの事件では役に立ったのだろう。「捜査一課のエース」ということになっている。

 ストーリーが練られた面白い作品だった。ネタバレになるので、あまり詳しく言わないけれど、マスコミやネットの陰湿な部分や、臓器移植、生命倫理などを取り込んだ、重厚な(悪く言えば重々しい)物語になっている。

 こんな凄惨な事件の物語を、テレビでよくやったなぁ、と思う。

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いつまでもショパン

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2013年1月24日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「さよならドビュッシー」「おやすみラフマニノフ」に続く、岬洋介シリーズの第3作(スピンオフの「さよならドビュッシー前奏曲」を入れれば第4作)

 名古屋を舞台とした前2作と打って変わって、今回はポーランドの首都ワルシャワでの物語。5年に1度開催される国際ピアノコンクールの「ショパン・コンクール」。その一次予選のさ中に殺人事件が起きた。それも手の指10本全部を切り取られるという猟奇的な犯行だった。

 主人公は、ヤン・ステファンス。18歳。このコンクールの優勝候補。ポーランドで4代続いて音楽家を輩出する名家のホープ。それだけでなくポーランドの人々にとってショパンは特別な存在で、ヤンはポーランドの期待の星で、彼の優勝は人々の希望でもあった。

 このコンクールに、日本人が2人出場している。1人は榊場隆平。18歳。生まれながらの盲目ながら、耳から聞いた音楽を完璧に再現する天賦の才の持ち主。もう1人は岬洋介。27歳。そう、このシリーズの主役。類まれなピアノの表現力と共に、鋭い洞察力を持ち、これまでにも様々な事件を解決に導いた。

 これまでのシリーズの中で最高の作品だと思う。周辺の大国に蹂躙されたポーランドが置かれた歴史的な意味づけ、現代社会が抱えるテロとの戦い、といった大きな物語を取り込んだ骨太なストーリー。期待を背負った若者の屈託や親子の気持ちのすれ違い、そして飛躍。読み応え十分だ。

 それから、忘れてはならないのが、音楽小説としての魅力。音楽の才能も知識もない私にも、文章から音楽が聞こえてくる。前2作もそうなのだけれど、これは本当に不思議だ。

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さよならドビュッシー前奏曲 要介護探偵の事件簿

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2012年5月24日 第1刷 2013年1月2日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ベストセラー「さよならドビュッシー」の主人公の香月遥の祖父、香月玄太郎が主人公。本書は「さよならドビュッシー」の2年前、玄太郎が脳梗塞から緊急手術で一命を取り留める出来事から、「さよならドビュッシー」の物語が始まる当日までを、5つの短編によって描く。

 玄太郎は、脳梗塞の後遺症によって「要介護」となる。肉体の衰えは精神の衰えにもつながりがちだけれど、玄太郎に関して、それはまったく当てはまらない。本書の冒頭は「こんな不味いメシが食えるかああっ」という、玄太郎の罵声から始まる。我ままを言っているのではない。料亭の食品偽装を見抜いての激高だ。ダメなものダメ、不正や手抜きを許せない、そういう性格なのだ。

 何かある度に激高して怒鳴り散らす。最近はこんなに遠慮のない罵声を聞く機会がないので、最初は読んでいて居心地が悪い思いをしたが、その内なんだか爽快感すら感じるようなった。それは「こんなに言いたいことを言えたら気持ちいいだろうなぁ」ということはもちろんあるが、それだけではなく、玄太郎の言っていることが圧倒的に正しく、それが相手のためにもなっていることが多いからだろう。

 そんな玄太郎が、建築中の家での密室殺人や、銀行強盗、年金の不正受給などの「事件」に遭遇する。玄太郎は、己の眼力を頼りに一代で財産を築いた資産家。その眼力が、先入観に惑わされることなく、周りの者が見えないモノを見逃さず、真実を見抜いて「事件」を解決に導く。

 「安楽椅子探偵」ならぬ「車イス探偵」の玄太郎の推理は、なかなか切れ味が鋭い。物語の記述の中に犯人探しのカギが隠されているので、ミステリーとしても完成度が高い。人情話が少し織り交ぜてあるので謎解きは置いて読み物としても楽しめる。

 最後に、「前奏曲」というタイトルについて。単純に「前日譚」というだけではなく、この物語は「さよならドビュッシー」と、それから始まる「岬洋介シリーズ」への導入の役割をキッチリと果たしている。もちろん岬洋介その人も登場する。

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おやすみラフマニノフ

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2011年9月20日 第1刷 2013年1月2日 第6刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2009年「このミステリーがすごい!」大賞受賞作の「さよならドビュッシー」の続編。(ちなみに「さよならドビュッシー」は、橋本愛さん主演で映画化、1月26日(つまり来週)公開される:映画の「公式サイト」

 続編と言っても、主人公を始めとする登場人物のほとんどが変わる。共通する登場人物はピアニストの岬洋介(実は他にも何人かこっそりと潜んでいる)。このシリーズは、主人公が巻き込まれる事件を、脇役の岬が探偵役として解決するミステリー。だから、主人公も変わるし舞台も変わる。

 今回の舞台は、愛知音大という音楽大学。主人公は4年生でバイオリニストを目指す城戸晶。岬は大学の臨時講師という設定。冒頭の「プレリュード」で、いきなり時価2億円のチェロのストラディバリウスが盗まれる。それも24時間体制で警備・監視されている楽器保管室、つまり完全な「密室」から。

 この衝撃的な「プレリュード」の後、少し時間を遡って、しばらく晶らの学園生活が綴られる。ライバルとの才能の差に打ちひしがれ、就職の悩みに半ば押しつぶされ、それでも音楽を奏でることに一番の喜びを感じる。晶も学費の納入に苦心しながらも練習に励み、定期演奏会のメンバーに選ばれる。そこで冒頭の事件となる。

 ミステリーだから「謎解き」が1つの焦点ではあるのだけれど、本書の場合は「音楽小説」としての魅力の方が大きい。前作のレビューでも書いたけれど、本書からは「音楽」が聞こえて来る。「ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番」と聞いて、何のメロディも思い浮かばない私にも、音楽に身を任せているような感覚が湧く。「言葉」というものの可能性を強く感じる。

 ミステリーファンには物足りないかもしれないけれど、音大生たちの恋愛と友情、悩みと葛藤、反発と承認、青春群像劇の要素もあって良し。

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さよならドビュッシー

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2010年1月22日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」のメンバーさんが、2011年に読んだ本で1番に選んでいたので読んでみました。2009年「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。

 主人公は香月遥、ピアニストを目指す少女。資産家の祖父を持ち、音楽科のある高校への進学が決まり、幸せな暮らしを送っていたが、火事に巻き込まれ全身に重い火傷を負う。一命を取り留めた主人公は、再びピアニストを目指して困難な道を歩む。その途上には、さらなる不幸と、資産家の財産を巡って黒い影が見え隠れする。

 本を読んでいると、文章から視覚や言語以外の感覚を、とてもリアルに呼び覚ます、「文章の力の可能性」を感じさせる作品にたまに出会う。三浦しをんさんの「風が強く吹いている」では走る息遣いを感じたし、森博嗣さんの「スカイ・クロラ」シリーズでは空を飛んでいる気がしたし、恩田陸さんの「チョコレートコスモス」では女優の演技が目の前に立ち現れた。

 本書もそんな作品の一つで、本書からは「音楽」が聞こえて来る。主人公や彼女を指導する先生、ライバルたちの演奏シーンは、リズミカルなピアノの音がしていた。私には音楽の才能も知識もないので、主人公が弾くドビュッシーの曲がどんな曲なのかも知らない。それでも、強弱を繰り返す音のうねりや、コロコロと転がるような音の連なりを感じた(ドビュッシーの曲がそういう曲なのかどうかはさておき)。

 本書はこのようにとても文章の力がある「音楽小説」であると同時にミステリー小説でもある。ミステリーとして、「犯人探し」に焦点を当ててしまうと、ちょっと不満が残るかもしれない。しかし、なかなか大掛かりな仕掛けで楽しませてくれた。(私は途中で仕掛けに気が付いてしまったのだけれど、それはそれでOK。充分に楽しめた。)

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