6.経済・実用書

36倍売れた! 仕組み思考術

書影

著 者:田中正博
出版社:ライブドアパブリッシング
出版日:2008年7月3日初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 著者は、「おまかせホットライン」という保険代理店を創業し、ちょっと長めのサブタイトル「なぜ私は営業マン0人で営業利益1億円を稼げたのか?」のとおり、驚異的な利益を稼ぎ出している経営者。そのセールス手法を余すところなく公開したものが本書。
 書いてある内容は至ってシンプル。シンプルという言葉は英語では必ずしもほめ言葉ではないらしいが(つまらない、無知な、という意味もある)、私が意味しているのは「単純」であり、だから「わかりやすい」ということ。さらに言えば、読んだ人が実践しやすいし、応用も効く。ノウハウ本としてはすごく大事なことだと思う。

 著者の主張をひとことで言ってしまうと「売らずに、売れる」ようにする、である。そのための方程式があって、それは「(商品を魅力的に見せる)×(それを欲しいと思う人を探す)×(目の前にそっと置く)」だ。なんだか、当たり前すぎて拍子抜けしてしまいそうだけど、本書の素晴らしいところは、これを実践するための電話の掛け方と、DMの作り方と送り方が紹介されている点だ。それも、その手法は著者の会社で効果が実証済みときている。セールスに関わる方には一読の価値があると思う。

 電話とDMと言えば、どこから情報を仕入れるのか、頼んでもいない様々なDMが届き、家にいると「この度、大変オトクな○○が発売され….」という電話セールスに辟易する。そんな経験をお持ちの方が多いのでは?本書では、このテのセールス手法を「間違い」と言って切り捨てている。電話でセールスするのも、DMが届いた頃に電話フォローするのも、ああ言えばこう言う式の食い下がりも、きれいなデザインのDM封筒も、あれもこれも間違い。

 詳細は本書に譲るとして、1つだけ有益なヒントを。それは、著者のオリジナルではなく、ホイラーという経営学者の考えだそうですが、[YOU]能力というもの。つまり相手側に立つ能力、お客の目を通して自分の商品を見る能力、が大事だということ。上に書いた電話セールスやDMが好きな人は少ない。ということは、これらの手法は[YOU]能力に欠けていることは明らかなわけだ。

 最後に、タイトルの「36倍売れた!…」は、著者の会社のDMの成約率が11.56%で、これをDMの世界で言われる「センミツ(千三つ)」、つまり1,000に3つぐらいしかレスポンスがない、の0.3%と比較して36倍というわけ。
 そして、サブタイトルの「営業利益1億円…」だけど、どういう期間の金額なのかこのレビューに書こうとして、ザッと読み返したけれど、書いてある場所が見つけられなかった。それで、色々探していてあるものを見つけた。月刊アントレの6月号に「創業わずか2年で年商1億円」という記事。そして、本書の著者紹介には「創業2年半で営業利益1億円」。きっとチャンとした説明はあると思いますが、なんだか不思議な数字。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?

書影

著 者:枝廣淳子 小田理一郎
出版社:東洋経済新報社
出版日:2007年3月29日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 サブタイトルが「小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方」というもので、こっちの方がタイトルより本書の内容を端的に表している。

 「システム思考」というのは、物事を要素と要素のつながりに着目した「システム」として捉えることで、問題の解決策やより良いコミュニケーションを導き出す手法のこと。私はこのことを知らなかったので、「システィマティック(体系的)な考え方」のことかと思っていたがそうではない。それどころか、英語でSystematicsと言えば「分類学」のことだが、「システム思考」はその対極と言えなくもない。
 なぜなら、システム思考では、個々の要素を個別に分類したり細かく分析することでは問題を捉えられないというところから発しているからだ。ずいぶん前に読んだ「複雑な世界、単純な法則」で解説されていた「ネットワーク科学」と通じるものがあると思う。

 あるべき姿を描き出すための「時系列変化パターングラフ」や、物事の構造を明らかにし、問題解決のポイントを見つけ出す「ループ図」などのツールを使って、望ましい問題解決やコミュニケーションを導き出す。本書にはこれらツールの使い方が、実践例を用いながら紹介されているので、興味を持った方は一読をオススメする。私もさっそく応用してみようと思っている。

 タイトルに「解決策」という言葉もあることだし、本書に「問題解決」の手法を求める向きは多いだろうが、私は「問題解決やコミュニケーション…」という具合に、添え物のように後に続く「コミュニケーション」のための、システム思考のツールの利用に光明を見た。
 このことは、本書にも「システム思考の効用」の1つとして解説されている。つまり、先に挙げたツールは、一目で言わんとすることが分かる、という効用がある。
 物事を言葉で説明しようとすると、どうしても1つずつ順番に話すしかない。すると肝心の部分に行き着く前に、反論されたり質問されたりして話がずれていってしまう、ひどい時には自分が責められていると思って怒り出されてしまう。こんな経験の1つ2つは誰でも持っているのではないだろうか?ビジュアルに最初からすべてを目にすれば、こうしたことは避けられるはずだ。

 「怒り出す」ということから、もう1つ。
 「システム思考」では、問題について人や状況を責めない。あくまでも構造に問題点を求める。「あなたがちゃんとやらないから、こんなことになった。」と言いたい状況は多々起きる。しかし、そう言って問題が解決したことがあまりないのも事実だ。
 問題点を人に持っていくと、その人と私は、向かい合って対決することになる。しかし、構造に問題点を求めると、その人と私は共に問題解決にあたる仲間になる、というわけだ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

書影

著 者:梅田望夫
出版社:ちくま新書
出版日:2006年2月10日第1刷 2006年3月10日第5刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2年余り前に1度読んだ。良い本に巡り合ったと思う。さすがにベストセラー。いや、ベストセラーは、特に新書のベストセラーは、あてにならない。比較的安いからなのか「売れている」という評判を聞いて買う人が、売上部数を雪だるま式に増やすらしい。読んでみたら、茶飲み話を口述筆記で本にしたようなのだったりするから。

 「Web2.0」という言葉が話題になっている。いや、なった(既に過去形)。コンピュータの世界では、常に何か旬な言葉というのがあり、実態より言葉が先行して独り歩きすることが多い。「Web2.0」という言葉も明確な定義を試みようとする人は多いが、もはや好き勝手に使われてしまっている。
 著者も、「Web2.0」の本質として定義めいたものを述べているところがあるが、その部分よりも、本書の中であげた様々な具体事例こそが、「Web2.0」を的確に指し示していると思う。

 次の10年の3大潮流として「インターネット」「チープ革命」「オープンソース」の3つをあげている。特に「チープ革命」は、革命というだけあってインパクトが大きい。
 何かをするコストが限りなくゼロに近づく。「1円ずつでも、1億人からもらえたら1億円稼げる」という無邪気な発想がある。1円ならたいていの人は抵抗なくくれそうなもんだが、問題は1円をもらうために1円以上のコストや時間がかかるため、「無邪気な発想」だったのだ。しかし、コストがゼロになれば、意味のあるビジネスになるかもしれない。

 Googleについての分析は秀逸だ。「世界中の情報を整理し尽す」という構想が現実に近づくことで、世界が一気に変わる。Googleが只の検索エンジンだと思ったら大間違いなのだ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

夢をかなえるゾウ

書影

著 者:水野敬也
出版社:飛鳥新社
出版日:2007年8月29日第1刷 2008年2月3日第12刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社のWEBサイトによると、現時点で60万部突破とのことで、堂々たるベストセラー書籍だ。近所の書店チェーンでも永らくランキング上位を維持している。半年ほど前に朝日新聞の書評で見てから気にはなっていた。個人的には過去の経験から、バカ売れしている本はハズレが多い、と思ってしまっているので売れれば売れるほど手が出ない、という状態だった。
 そんな時、たくさんの本を紹介されている、えみさんのブログ「Diary」でこの本が紹介されていて、読んでみる気になりました。普段から本を読んでいる人の意見は、素直に聞いてみようと思うので。

 そして、……..これは面白かった。「興味深い(interesting)」ではなく、「楽しい(amusing)」もっと言えば「バカバカしい(funny)」という意味で。それは、ガネーシャというゾウの頭を持ったインドの神様が話す関西弁に負うところが大きいのだが、吉本の漫才のノリだ、それも最近の若手のではなく、往年のしゃべくり漫才の。
 かく言う私は関西の出身、漫才と新喜劇を見て育ったようなものなので、漫才のような本書の言葉のキャッチボールが小気味よかった。著者は名古屋近郊の出身とのことだが、この流れるような関西弁と雰囲気をどこで習得したのだろうか?

 ところで、本書はいわゆる自己啓発本で、主人公の「僕」のように「変わりたい」「成功したい」と思っている人が、「これを読めば、夢が実現できるかもしれない」と思って読むものだ。私自身もこれを読む時に、そんな期待があったことを否定しない。
 そういう意味での効能を求めるとしたら、本書はどうだろう?恐らく、あまた出ている自己啓発本と変わりないのだろう。今までの本でダメだった人の大部分はこれでもダメ。本書の中で、ガネーシャも「ワシが教えてきたこと、実は、自分の本棚に入ってる本に書いてある…」と言っている。
 いや、もしかしたら今までの本以上に、効能は薄いかも。なぜなら、この本は面白すぎる。ガネーシャが1日に1つずつ出す課題を実行していく、そうすれば成長するし変われる、というのが本書の目指すところだ。例えば、1日目は「靴を磨く」、2日目は「募金する」という具合に。ところが、この本は面白すぎて、多くの人が1日か2日で読了してしまうだろう。読み終わった後、相当の精神力を持って、もう一度最初から教えを1つずつ実行することが求められる。
 著者も、24個の課題を出した後、「もしかしたら、ここまで一気に読んでしまいましたか?」と、聞いてくる。すっかりお見通しだ。

 しかし、全部の課題がそうではないが、胸にストンと落ちるアドバイスは多い。上に書いたように、劇的な成功を望むのは期待しすぎだとしても、面白くてタメになる本を望まれる方は是非一読を。ベストセラーにも読んで良かったと思う本はあるのです。

「夢をかなえるゾウ」をAmazonで購入

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材

書影

著 者:トム・ケリー ジョナサン・リットマン 訳:鈴木主税
出版社:早川書房
出版日:2006年6月30日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書はIDEOという、世界的に有名なデザイン会社のゼネラル・マネジャーである著者が、IDEOの企業姿勢のキモである「イノベーション」について記した本。日本では2002年に出版された「発想する会社」の続編。
 「世界的に有名」と言っても、もちろん誰でも知っているという意味ではない。でも、アップルの1つボタンのマウスをデザインしたと言えば?マイクロソフトのマウスもIDEOの仕事だと言えば?IT関係の製品デザインの実績は特に豊富だから、皆さんも気付かないだけでIDEOの成果を手にしたことがあるハズ。
 そして、今やこういった製品のデザインだけでなく、ビジネスのプランニングまでを手掛けるようになって、AT&T、Bank of America、ナイキ、ルフトハンザ、プラダ…と超有名企業をクライアントに持っている。日本企業のクライアントも、NEC、松下、TDK、セガ、ヤマハ…という具合だ。

 本書の内容は、イノベーションを継続的に企業に根付かせるためのヒューマンファクターに注目して、これに必要な人材を10個のキャラクターで紹介している。
 例えば、顧客の行動などを(詳細に正確に)観察できる人を「人類学者(Anthropologist)」、障害を乗り越えられる人を「ハードル選手(Hurder)」、最高の環境を整える人を「舞台装置家(Set Designer)」、という具合に、読者にイメージしやすいようにネーミングして、それを豊富な事例で肉付けしている。
 もちろん、事例の多くはIDEOの実績から取り上げられているので、なんだか自慢話を聞かされているような感覚はある。でも、自慢話は役に立たない、と決まっているわけではない。ビジネスに携わる人、「何かを変えなくちゃいけない」と思っている人にとっては、示唆に富む話をいくつも発見できるだろう。読む価値は大いにある。

 例えば、「人類学者」の項でこんなのがある。「病院で患者が快適に過ごせるようにする」というテーマでアイデアを得るには?医者や看護師に話を聞く。患者に入念に作ったアンケートを行う。どちらも妥当だけれどIDEOの社員は違う方法を採った。患者と病院の了解を得て、48時間病室に張り込んでビデオを撮影したのだ。
 つまりは、現場の観察が何より重要だということだ。もちろん観察から何かを導き出せるがどうかは、自分の感性にかかっている。しかし、アンケート調査が少しばかりの改善には役に立っても、革新的なアイデアにはつながらないのではないか、とは誰しもウスウス感じている。
 自動車王 ヘンリー・フォードの格言が紹介されている。「もし私が顧客に彼らが望むものを聞いていたら、彼らはもっと早い馬が欲しいと答えていただろう」 

 ちなみに、あと7つのキャラクターは、「実験者(Experimenter)」「花粉の運び手(Cross-Pollinator)」「コラボレーター(Collaborator)」「監督(Director)」「経験デザイナー(Experience Architect)」「介護人(Caregiver)」「語り部(Storyteller)」
 私にとって、多くの気付きがあったのは、「人類学者」「実験者」「花粉の運び手」「語り部」の4つの章だ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ハイコンセプト 「新しいこと」を考え出す人の時代

書影

著 者:ダニエル・ピンク 訳:大前研一
出版社:三笠書房
出版日:2006年5月20日第1刷 5月30日第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 訳者の大前研一氏によれば、これからの日本人は「右脳を生かした全体的な思考能力」と「新しいものを発想していく能力」が必要になるという。そして、本書にはそういった能力の重要性とその磨き方が書かれている。

 著者の(訳者も)時代認識では、現在の「情報化の時代」から、これからは「コンセプトの時代」になるとしている。アルビン・トフラーが「第三の波」で、産業社会から情報化社会への移行を指摘したが、今度はその情報化社会も終わりを告げ、次の時代へ移るということだ。
 その「コンセプトの時代」では、6つの感性が求められる。1.機能だけでなく「デザイン」 2.議論よりは「物語」 3.個別よりも「全体の調和」 4.論理ではなく「共感」 5.まじめだけでなく「遊び」 6.モノより「生きがい」だ。
 ここまでなら、よくあるお手軽自己啓発本のようだ。「デキるビジネスマンはここが違う」みたいな本だ。しかし、本書は少し奥が深い。

 何より現状分析が的確だ。上の6つの感性も現状分析の上に成り立っていて、思い付きではない。著者の現状分析では、情報化時代にもてはやされた、金融業やITのエンジニアや、弁護士、会計士などの「ナレッジワーカー」の職が危うくなっているという。
 原因の1つは、インドとIT技術だ。米国の大手金融業では、企業会計や財務分析をインド人MBA取得者に委託しているという。米国内で行うのと同じ品質の仕事が、何分の1かのコストでできるからだ。判例検索をする弁護士業務、ソフトウェア開発も同じ理由で、インドに流出している。米国内で高給を謳歌していたエリートたちは、ずっと安い賃金で同じ仕事を提供する人々と競争しなくてはならなくなった。
 IT技術も脅威だ。データベースの充実で、医療情報など、従来は一部の有資格者が独占していた知識が、限りなく無料に近いコストで誰でも手に入れることができる。また、会計や医師の診療行為さえ、初歩的な部分に限られるとは言え、数万円のパソコンソフトでできてしまう。

 だからこそ、ネットワークでつながった遠いインドではできないこと、コンピュータソフトではできないこと、がこれからは重要になってくる。それが「デザイン」他の感性を必要とする仕事だ、というわけである。本書には、それぞれの感性を磨くには、どこのサイトに行って何を手に入れて、と詳しく書いてあるので、興味を持った人は一読の上実践することをおススメする。

 しかし、著者も訳者も触れていない点で、気になることがある。それは、著者が指摘するような能力を持つ人は、「そんなに沢山いなくても良い」ことだ。
 商品のデザインはともかく、ビジネスのグランドデザインなどを行うのは、一握りの人々だと思う。本書の読者のひとりひとりが、こういった能力を磨いたり仕事を目指したりするのは良いことだが、社会全体で見ると、多くの人が職を失うか抑制された賃金で働くしかなくなるのではないか。
 世界の工場といわれる中国に生産ラインを移してしまったことで、多くの工場従業員の職が奪われたのと同じことが、今度は、高学歴で高い技能を持ったナレッジワーカーにも起きるということだ。社会や技術の進歩は確かに、極端な貧困などからは人々を救ったが、その行き先は幸せにつながっているのだろうか?

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

陰と陽の経済学

書影

著 者:リチャード・クー
出版社:東洋経済新聞社
出版日:2007年1月4日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 副題は「我々はどのような不況と闘ってきたのか」。著者は、野村総研のチーフエコノミスト。各国政府や中央銀行への影響力を考えると、国内の随一の経済学者、世界的にも五指に入ると言っても過言ではないだろう。

 本書で著者が繰り返し述べているのは、過去15年間の日本の不況についての次のような分析だ。
 (1)バブルの崩壊 → (2)企業が保有する資産価値の低下 → (3)バランスシートの損傷(債務超過) → (4)企業が債務の最小化に経営の軸を置く → (5)企業がカネを借りなくなる → (6)市場の資金流通量が減る → (7)景気が悪化する
 バランスシートの損傷と修復が原因となる不況なので、著者はこれを「バランスシート不況」と命名している。

 この中で大きなポイントは(4)だ。経済学の常識では民間企業は、利益の最大化を目的に経営される。しかし、バランスシート不況では、経営の軸が債務の最小化に移ってしまっている(債務超過の状態が公になると、企業価値を大きく損ねるからだ)。
 「カネ」は経営資源のひとつで、たくさんあるに越したことはない。だから通常は、金利ゼロの「カネ」を借りない経営者なんて存在しないはずなのだ。しかし、金利ゼロでも債務には違いない。債務の最小化を目指す企業は、借りようとしない。つまり、経済学の常識が通用しない事態が過去15年間起きていたというわけだ。

 これは、本当に卓越した分析だと思う。著者はこの理論を整理発展させ、今後の同様の事態への処方箋としての確立を、他の経済学者にも呼びかけているのだが、それもうなづける。バランスシート不況は、今までの経済政策では克服できないからだ。
 経済政策には、金融政策と財政政策がある。ゼロ金利でも借金しないのでは、金融政策には打つ手がない。積極的な財政政策は財政赤字の膨張を伴う。

 著者は、バランスシート不況への対応策として、積極的な財政出動を支持ている。これによって、市中の資金流通量を維持するという考えだ。もちろん、通貨の信用を損なうようなことがあってはいけないし、無尽蔵に国の借金を増やすわけにはいかない。「どのような時に、どのくらいの量の財政出動を、いつまで行うか」を、定める方法をこれから精査しなければならない。

 ちなみに、著者の理論では、竹中平蔵氏の行った銀行改革や不良債権処理も、カネの貸し手である銀行側の改革であるので、このたびの不況への対策としては無意味どころか、マイナスであったと、切って捨てている。 日本経済は「竹中氏がいたから」ではなく、「竹中氏がいたにも関わらず」回復した、と。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

議論のウソ

書影

著 者:小笠原喜康
出版社:講談社
出版日:2005年9月20日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 マスコミやインターネットを通じて大量に流される様々な言説、それらの真偽を考える、というのが本書の主旨。具体的には統計のウソ、権威のウソ、ムード先行のウソ、といったものを取り上げている。とは言え、ウソを見破ってみせるとか、あるいはその方法を示す、というわけでもないらしい。
 もっともらしいことでも、「立ち止まって疑ってみよう」と言うことを、もっと言えば、ウソとホントの境界は非常にあいまいだから、必ず正しい答がある、とする「正答主義」を止めよう、という結びになっている。

 あとがきに自ら告白しているように、まわりくどい議論に付き合わされた、という感じを強く持った。大学の先生という教育者だから仕方ないかもしれないが、「ムード先行のウソ」の事例として取り上げた「ゆとり教育批判」については、事例という捉え方を越えてしまって、著者の主観が入りすぎて本書が何の本なのか分からなくなりそうだった。
 しかし、「権威のウソ」でのゲーム脳に関する指摘は適切で説得力があった。ウラを返せば、「ゲーム脳の恐怖」がいかに欠陥を持った論理展開をしていたか、ということだ。更に興味深いのは、著者が、「ゲーム脳の恐怖」の著者である森昭雄氏と同じ、日大の文理学部の教授であるということ。往々にして、大学の先生は自分の意見に抵触しない限り、他の先生の研究を批判したりはしないものだと思う。その点「ゲーム脳」は、遠慮なく批判できる「トンデモ理論」だと、受け止められているとしか思えない。

 まえがきに面白いことが書いてあった。「ウソが見分けにくいのは、それが私たちが望むような形で流されることが多いからだ」ということだ。塩野七生氏の著作に良くでてくるカエサルの言葉だが、「人間は、自分が見たいと思う現実しか見ない」。そのようなことに陥らないよう、肝に銘じたい。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

統計でウソをつく法

書影

著 者:ダレル・ハフ (訳:高木秀玄)
出版社:講談社
出版日:1968年7月24日第1刷 1981年3月27日第26刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、社会心理学、統計学、心理テストなどの研究者。本書では「統計」を使ってウソというか、目的とする結論をうまく導き出す方法がいくつも紹介されている。もちろん、そういうことをするための手引書ではない。統計情報やグラフを見るときにはよく注意することを促すための本である。
 内容は、サンプリングの偏り、平均の取り方といった、調査集計の際のウソ、グラフの書き方などの表現の際のウソ、こじつけや過大評価といった分析の仕方のウソ、などである。
 実際に、統計や記事を前にして気付くことができるかどうかは別にして、まぁ、多くは真っ当な批判精神がある人ならば、統計というものに対して、何となく信用ならないと感じていると思う。(調査資料を振りかざして、唯一絶対の真理のように主張する人もいるけど)それぞれの事例は、なるほどとは思うけれど、目新しいものではなかった。

 1つだけ、注目したのは、「相関関係」と「因果関係」の混同について指摘した部分。AとBが同時に、または前後して起きる場合、「AとBは相関関係が強い」とは言えるが、「AはBの原因になっている」と言ってしまうのは、短絡的だという。
 ABに共通の原因があれば、相関関係は強くなる。だからと言って、Aを抑制してもBは減らない。もっと言えば、偶然同じ傾向を示すことだってある。
 何年か前に、「自然体験、生活体験が豊富な子どもは、正義感、道徳観が強い」という、文科省の調査を見て、なるほどそういうものか、と思った経験がある。しかし、これを持って、正義感のある子どもに育てるために、せっせと自然体験を子どもにさせる、というのは短絡的なのだ。
 「テレビを長時間見る子はキレやすい」と言って、「子どもにはテレビを見せるな」というのも短絡的。「日に5時間以上テレビを見る子にキレやすい傾向が強い」という調査も見た。これなんか、そもそも学校に行ってて、家に居る時間が限られている(午後4時に帰って10時に寝れば6時間だ)子どもが、5時間以上もテレビを見ている家庭環境ってどうよ、と言いたい。家庭環境という共通の原因が生み出した相関関係ということだと思うが、どうだろう。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

クリティカルチェーン なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか?

書影

著 者:エリヤフ・ゴールドラット (訳:三木本亮)
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2003年10月30日第1刷 2003年11月13日第2刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 TOC理論の提唱者の第4弾。今のところこれが最新刊。
 今回はTOC理論をプロジェクト管理に応用する。著者は前々からTOC理論は生産現場のスループットの向上だけではなく、もっと広範囲な応用分野を持つと言っている。しかしながら、第2弾の「思考プロセス」が、正直なところ理論は分かるが実用となるとどうも、という感じがして、応用はムリなのではないかと思っていた。
 今回のプロジェクト管理への適用は、この思いを覆すもので、大変に有用なのもの、言い換えれば「使えそう」な感じがする。やはり、TOCは、ボトルネックやドラム・バッファー・ロープや、バッファーマネジメントを中心とした展開が、実用的でわかりやすい。

 プロジェクト管理への応用では、プロジェクトの長さを決定する、PERTチャート上の最も長いパスを制約条件として、その他の合流するパスをこれに合わせる。この最も長いパスをクリティカルパスという。そして、バッファーはクリティカルパスとの合流点と、プロジェクトの最後だけに置く。これがミソだ。
 つまり、従来のように個々の作業の期限をそれぞれに決めると、それぞれに余裕をみてしまい、全体としては過大なムダをはらむことになる。しかも「学生症候群」(余裕があると思うとすぐには着手しないこと。言い得て妙だ)で、空いた時間はつぶされてしまうのだ。
 それから、複数のプロジェクトで共有するステップはボトルネックだ。これを中心に考えれて、複数のプロジェクトにわたるクリティカルパスをクリティカルチェーンと言う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)