陰と陽の経済学

著 者:リチャード・クー
出版社:東洋経済新聞社
出版日:2007年1月4日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 副題は「我々はどのような不況と闘ってきたのか」。著者は、野村総研のチーフエコノミスト。各国政府や中央銀行への影響力を考えると、国内の随一の経済学者、世界的にも五指に入ると言っても過言ではないだろう。

 本書で著者が繰り返し述べているのは、過去15年間の日本の不況についての次のような分析だ。
 (1)バブルの崩壊 → (2)企業が保有する資産価値の低下 → (3)バランスシートの損傷(債務超過) → (4)企業が債務の最小化に経営の軸を置く → (5)企業がカネを借りなくなる → (6)市場の資金流通量が減る → (7)景気が悪化する
 バランスシートの損傷と修復が原因となる不況なので、著者はこれを「バランスシート不況」と命名している。

 この中で大きなポイントは(4)だ。経済学の常識では民間企業は、利益の最大化を目的に経営される。しかし、バランスシート不況では、経営の軸が債務の最小化に移ってしまっている(債務超過の状態が公になると、企業価値を大きく損ねるからだ)。
 「カネ」は経営資源のひとつで、たくさんあるに越したことはない。だから通常は、金利ゼロの「カネ」を借りない経営者なんて存在しないはずなのだ。しかし、金利ゼロでも債務には違いない。債務の最小化を目指す企業は、借りようとしない。つまり、経済学の常識が通用しない事態が過去15年間起きていたというわけだ。

 これは、本当に卓越した分析だと思う。著者はこの理論を整理発展させ、今後の同様の事態への処方箋としての確立を、他の経済学者にも呼びかけているのだが、それもうなづける。バランスシート不況は、今までの経済政策では克服できないからだ。
 経済政策には、金融政策と財政政策がある。ゼロ金利でも借金しないのでは、金融政策には打つ手がない。積極的な財政政策は財政赤字の膨張を伴う。

 著者は、バランスシート不況への対応策として、積極的な財政出動を支持ている。これによって、市中の資金流通量を維持するという考えだ。もちろん、通貨の信用を損なうようなことがあってはいけないし、無尽蔵に国の借金を増やすわけにはいかない。「どのような時に、どのくらいの量の財政出動を、いつまで行うか」を、定める方法をこれから精査しなければならない。

 ちなみに、著者の理論では、竹中平蔵氏の行った銀行改革や不良債権処理も、カネの貸し手である銀行側の改革であるので、このたびの不況への対策としては無意味どころか、マイナスであったと、切って捨てている。 日本経済は「竹中氏がいたから」ではなく、「竹中氏がいたにも関わらず」回復した、と。

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