9.その他

14歳からの哲学 考えるための教科書

書影

著 者:池田晶子
出版社:トランスビュー
出版日:2003年3月20日 初版第1刷 2008年7月10日 初版第21刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本書の話の前にひと言。この度、「文学金魚」という総合文学ウェブ情報誌で、ブックレビューを書かせていただくことになった。テーマは「10代のためのBOOKリスト」。私の原稿が載るのは少し先で、現在その準備中。本書はその一環として、10代に向けた本を物色する中で読んだ。

 本書は発行された時に少し話題になったし、その頃「ニュースステーション」に著者が出演されたので、覚えている方もいるだろう。また、この本は入試問題に頻出の書でもあるらしい。その方面で知っている方もいるかもしれない。

 内容は3部構成で、第1章「14歳からの哲学A」で「自分とは誰か」「死をどう考えるか」といった根源的な問いを、第2章「14歳からの哲学B」で「家族」「社会」「仕事と生活」といった世の中のことを、第3章「17歳からの哲学」で「善悪」「人生の意味」といった大きなテーマを考える。

 読み始めて間もなく、強い戸惑いを覚えた。読んでも内容が頭に入ってこない。デカルトもカントも出てこないし、使われている言葉は平易なものばかりで、長い文章でも複雑な文章でもない。私の読解力の問題を棚上げにして言わせてもらえば「平易な言葉で書かれた難解な文章」。例えば「自分とは誰か」がさっぱり分からない。

 この戸惑いを解くカギは、「考えるための教科書」というタイトルにあった。私たちに馴染みのある教科書は「覚えるための教科書」で、そこには「正しい答え」が書いてある。「考えるための教科書」はこれに対置するもので、本書の中には「正しい答え」はないのだ。だから「答え」を期待して読むとさっぱり分からない。何も頭に入ってこない。

 では「答え」はどこにあるのか?「答え」に近づくためには(分かるとは限らない)考えることだ。「死とは何か」「家族とは何か」と、自分自身で繰り返し考えることを、著者は読者にひたすらに求める。それが分かると、本書の内容がようやく少しずつ頭に入ってくる。

 さて、14歳がこの本を読んでどう思うだろう?

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誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論

書影

著 者:D.A.ノーマン 訳:野島久雄
出版社:新曜社
出版日:1990年1月25日 初版第1刷 2012年1月25日 初版第26刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書は、日常使う製品のデザインはどうあるべきか?について書かれたもの。多くの示唆に富む非常に良くまとまった論考だ。実は本書の出版は1990年(原書は1988年)、20年以上前だ。そして今年の1月に26刷と刷を重ねている。それだけ多くの支持を得ているということだが、読んでみてそれも頷ける。

 タイトルの「誰のためのデザイン?」に対する答えは明確で、読み始めてすぐに明らかにされる。それは「エンドユーザー(実際にその製品を使う人)のため」だ。実際に使う人が、煩わされることなく使えるデザインが、優れたデザインなのだ。(ちなみに本書では「たぶん賞でもとっているんでしょう」とは、そのデザインをけなす時の言葉だ)

 例としてドアのデザインを挙げよう。押して開くドアには水平に長いバーを、引いて開くドアには引く辺の側に小さめの垂直の取っ手を付ける。そうすると、人は自然に(つまり、煩わせることなく)ドアを押したり引いたりする。ドアのどちら側を引けばいいかも分かる。
 このドアの例を始めとして、電話機、ガスコンロ、エアコン、照明のスイッチ、水道の蛇口、コンピュータプログラムなど、多くの日常使う製品について例を挙げて論じている。(多くはダメな例が挙げられる)

 もちろん、個々の製品の具体的な「良い例」「悪い例」を挙げるだけでなく、人は何故間違えてしまうのか?それを防ぐにはどうしたらいいのか?良いデザインに必要なものは何か?それはどうしたらできるのか?といった、様々な視点からの汎用性のある考察が述べられている。この具体性と汎用性の双方を満たしていることが、本書が支持される所以だろう。

 デザインに関わる人には読んでもらいたいと思う。

 この後は書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

えんぴつ1本でストレス解消! 働く人のアートらくがき帳

書影

著 者:今井真理
出版社:こう書房
出版日:2012年7月10日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の今井真理さまから献本いただきました。感謝。

 著者は、アートセラピー、美術教育の研究者。これまでは、芸術療法の専門書や美術教育の実践書を書かれていたが、本書はビジネス書として刊行されている。それには、アートに馴染みのない人にアートの持つ力や楽しさに触れてもらいたい、心が疲れてしまった方のために何かできることを..著者のそんな想いが込められている。

 本書は「読む本」ではなく「描く(書く)本」。示されたテーマについて、言葉で表現したり絵を描いてみたり。雑誌や色紙などを切り取って貼る、というのもある。テーマは、「思い思いの線を引いてみましょう」「マス目に好きな色を塗りましょう」といった、取り付きやすいやすいものから始まって、比較的早くに「心の叫び」や「将来の私」といった少し考えなければいけないものも現れる。(次の画像は、私が描いた「ポジティブな私」のイメージ。分かるような分からないような...)

Image_4 タイトルに「ストレス解消!」とあるが、そのことについて本書には2つの効用がある。1つ目は、色を塗ったり線を引いたりしていると、その作業に集中して他のこと(例えば今日あったイヤなこと)をしばし忘れること。一旦忘れて次に思い出した時には、違う見方ができるかもしれない。

 2つ目は、テーマの多くは自分の内面に関するもので、それを客観的に見られること。絵で表現するという行為は、対象を外側から見ることになる。自分が書いた絵を見て、「こういうことなんだ」と改めて気づくこともある。悩みや迷いについて「答えは自分の中にある」と言われることがあるが、客観的に見ることでその答えに近づくことができる。

 とは言え、正直に言って本書はなかなかの難物だ。絵を描くこと自体にストレスを感じたら、ストレス解消になりようがない。私の知り合いは「思い思いの線を引いてみましょう」で、「そういうのがヤなのよね」と言って、手を付けなかった。世の中には「絵を描くのが苦手」という人は多い。

 しかし、タイトルの通りこれは「らくがき」なのだ。もっと気楽にいきたい。そこで提案がある。それは3つの「自由」。(1)評価からの自由:描いた絵の良し悪しを誰かに評価されない。できれば自分も評価しない。(2)時間からの自由:時間がかかるテーマもある。時間に余裕がなければ「続きはまたいつか」ぐらいでいいと思う。(3)テーマ選択の自由:やりたくないテーマはやらない。後日、やってもいいかな?と思ったらやってみる。

 著者も「おわりに」や、私にくださったお手紙でおっしゃっているのだけれど、絵を描くことへの嫌悪感や苦手意識の原因の一端は、学校の美術教育にあるように思う。私は特に「優劣の評価がされること」が問題だと思う。その点で(1)の「評価からの自由」は重要なのだけれど、「うまく描かなければ」という自分自身の縛りもあって、これからの解放がなかなか難しい。

 最後に。この本は随分前にいただいていたのだけれど、紹介するのが今日になってしまった。自分のためにこの本を活用してみようと思い、私自身が「3つの自由」を意識した結果、時間がかかってしまった。良い本に巡り合えたと思う。著者の今井さんに再度感謝。

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それをお金で買いますか 市場主義の限界

書影

著 者:マイケル・サンデル 訳:鬼澤忍
出版社:早川書房
出版日:2012年5月15日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「これからの「正義」の話をしよう」のサンデル先生の近著。一時期のような熱狂は感じられなくなったが、まだまだ著者の人気は高い。今回は、私たちの暮らしの様々な場面に入り込む「市場勝利主義」への警鐘を鳴らす。「謝辞」によると、著者が長年温めてきたテーマだそうだ。

 どうやらアメリカでは、様々なものが売り買いの対象になっているらしい。例えば、ユナイテッド航空は39ドルで手荷物検査所の列の先頭に、ユニバーサルスタジオは149ドルで行列の先頭に、それぞれ割り込める権利を売っているそうだ。
 このぐらいはまぁ「商売上手」と言って済ませることができるかもしれない。では、1500ドル~2万5000ドルの年会費を払えば、当日に待たずに診察が受けられる(医師の携帯への24時間アクセスも保証する)病院はどうか?こちらには、より強い抵抗感を感じるのではないだろうか。

 これは「みんな列に並んで待つ」という「行列の倫理」が、「お金を払った人は優遇される」という「市場の倫理」に取って代わられた例だ。経済学者にはこのことに問題をあまり感じない人がいる。なぜなら、市場に委ねれば、もっとも効率よくかつ公正に分配を行い最大の効用を生み出す、と考えるからだ。著者はこうした考えを「市場勝利主義」と呼んでいる。

 実はこの「行列への割り込み」は、著者が取り上げる「市場勝利主義」の暮らしへの浸透の軽微な例で入口に過ぎない。授業への出席を生徒から買う中学校、絶滅の危機にある動物を打ち殺す権利の販売、余命わずかの他人の生命保険を格安で買い取って保険金で利ザヤを稼ぐ投資家。いわば「道徳」の範疇の問題意識から、これは売り買いしてはいけないでしょう、と直感で感じる例がたくさんある。
 ただし「直感」でダメだと感じることも、なぜダメなのかを改めて考える必要もある。「市場勝利主義」の論理はそれなりに魅力的かつ強固で、「ダメに決まってるでしょう」では押し返せない。残念ながら、もう既にそういう世の中になってしまっているのだ。

 前著「これからの「正義」の話をしよう」と同様に、著者なりの「正解」はあるのだろうが、それを言わずに議論を呼びかける。「市場勝利主義」の侵攻を押し留めるために、みんなでよく議論しよう、それは、私たちはどんな社会に生きたいか?を考えることでもある、と言う。

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自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと

書影

著 者:四角大輔
出版社:サンクチュアリ出版
出版日:2012年7月25日 初版発行
評 価:☆☆(説明)

 出版社のサンクチュアリ出版さまから献本いただきました。感謝。

 著者は元音楽プロデューサー。現在はニュージーランドの原生林に囲まれた湖畔で奥様と暮らす。そこと東京を行き来した、企業のコンサルティングや、フィッシングやアウトドアの記事執筆や商品開発を行っている。帯によると、上智、慶應、立教などの大学でライフスタイルデザインの講義も行っているそうだ。

 そんな著者が、自由であり続けるために、本当に必要なモノだけを残す、20代であれもこれも捨てよう、と語りかける。例えば、「今使わないモノ」「衝動買い」を捨て、モノを増やさない。といった具合。

 読み終えて思うのは、著者と私は価値観が違う、ということだ。私は「自由であり続けたい」と思っているわけではない。家族や仕事や住んでいる街に束縛されながらも、幸せに暮らしたい。いや、束縛も幸せの要素なのかもしれない。それに、20代は色々と抱え込んだり、試してみたりする時で、捨てるのはもっと後でいいと思う。

 だから当然、著者が「捨てよう」と言っているものに疑問を感じる。例えば「バランス感覚」。苦手は克服しなくていい。もっと得意な人にお願いすればいい。その代り「世界一好きなこと」を一つ決めて、そのことに時間を投資する、と著者は言うのだけれど、そんなことがうまく行くとは思えない。

 「人脈」も「ライバル心」も捨てる。みんなと付き合う必要はない、では誰を大切にすればいいか?と言えば「自分を助けてくれた恩人」だけ。..私とはどうにも意見が合わない。これを20代の人に、だぶん上智や慶應や立教で教えているのだろうけれど、学生さんたちはどう受け止めているのだろう?

 とは言え、著者には圧倒的な強みがある。それは、著者がこれを実践してニュージーランドに移住して、今「自由だ」と自分で感じていることだ。百の意見より一つの実例の方が重い。著者はこの目標ために、何年もぶれることなく努力をしている。

 だから、もし若い人たちが、著者にあこがれ著者の後を追うのなら、この努力の部分までまるごと引き受ける覚悟が必要だ。例えば「苦手は克服しなくていい」ということを部分的に都合よく取り入れたって、痛い目に会うだけだろう。 

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脳はすすんでだまされたがる

書影

著 者:スティーブン・L・マクニック、スサナ・マルティネス=コンデ、サンドラ・ブレイクスリー 訳:鍛原多惠子
出版社:角川書店インターシフト
出版日:2012年3月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 新聞の書評欄に載っていて、面白そうだったので読んでみた。
 本書の原題は「Sleights of Mind」。「Sleight of hand」が、クロースアップマジックのような手品だそうで、恐らくはこれにひっかけた造語だろう。本書は、私たちがマジックに騙されてしまうわけを、神経科学的に解き明かそうとする本だ。

 著者は3人いて、サンドラは脳科学専門のサイエンスライターで、以前に読んだ「脳の中の身体地図」の著者。スティーブンとスサナの2人は、バロー神経学研究所のそれぞれ別の研究室の室長。この2人は本書の執筆に先立って、この研究のためにマジシャンに弟子入りしてマジックを学び、オーディションまで受けている。そして本人たちが学んだり、一流のプロマジシャンを取材して分かったマジックについて、慎重にタネ明かししながら、それを見た時に私たちの脳で起きていることを教えてくれる。

 例えば私たちは、目には映っているのに「見えない」ことがある。私たちの脳は、注目した場所に集中して、周辺部分は処理精度を抑制してしまうからだ。逆に実際には存在しないものが「見える」こともある。私たちの脳は情報が足りないと、辻褄合わせのように勝手に補ってしまうからだ。だから、手に持ったコインを堂々とポケットに入れても「見えない」し、放り投げるマネだけしたコインが「見える」

 ご法度のはずの種明かしが本書には数多くあって、こんなことして大丈夫なのか?と思ったが、それは杞憂だったと分かる。マジシャンは、話法やしぐさや視線などの修練を積んだ技によって、私たちの脳に、無いものを見せあるものを隠すのだ。タネが分かったとしても、やっぱリ欺かれてしまう(脳が勝手に見たり見なかったりしてしまうのだから)。ましてやマネなんてすぐにはできっこない。

 例えば「アンビシャスカード」という、あるカードが何度でも一番上にくるマジックがあるが、本書でそのタネが明かされている。「できるようになればカッコいいかな?」と思って、本書に興味が湧いた人もいるだろうけれど、この本を読んでできるようなる保証はない。実は私は、数年前に結構な金額でマジックの本を買って、「アンビシャスカード」を練習したことがある。...未だに、他人様に披露できるようにはならない。

 考えてみればマジックと神経科学は、同じものを表と裏から見ているようなものだ。神経科学の研究の説明は、少し難解さを免れない部分があって、ちょっと手こずるかもしれない。しかし、マジックのタネも教えてもらえるし、私たちを欺く仕組みも分かって面白い。興味のある方はどうぞ。

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ポケット名言集「小さな人生論」

書影

著 者:藤尾秀昭
出版社:致知出版社
出版日:2012年5月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 出版社の致知出版社さまから献本いただきました。感謝。

 致知出版社は「人間学」をテーマとした「致知」という、今年創刊34周年を迎える月刊誌を発行している出版社。「致知」のインタビュー・対談記事を再掲した「人間学入門」という雑誌をいただいて、今年の新年早々に読んだことがある。

 本書について順を追って説明をする。「致知」は、各界各分野の先達を取材し、その体験談などを紹介している。著者は創刊以来この雑誌の編集に携わり、10年ほど前から特集テーマを概括する一文を書いてきた。その一文をまとめた書籍、「小さな人生論」は読者の支持を得てシリーズ5巻になる。本書は、そのシリーズ5巻から特に心に残る言葉を選び出したものだ。

 「名言」と聞くと、古今東西の先達たちの「キラリと光る」言葉、というイメージがある。その点、著者自身の文章の抜粋をまとめたものを、「名言集」としたことには違和感がある。しかし、30数年間も先達の言葉を聞き、その紹介をしてきた著者にとっては、自身が書いた文章であっても、それは「先達たちの言葉」を伝えたものなのだろう。

 「人間学入門」の記事にも書いたし、その後もたびたび同様のことを書いたが、ある言葉が心に響くのは、ちょうどその言葉を欲していた時だったからだ、とも言える。特に名言・金言はそうしたものだろう。そのタイミングはいつ来るか分からない。ポケットサイズに収められた本書は、手元に置いて読み返せるように、という配慮の表れなのだろう。

 私は、まだ一読したところだけれど、いくつかの言葉は心に残った。特に「松陰の気概」という項目の次の一文に深く自省した。「あなたはあなたのいる場を高めているだろうか。

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量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味

書影

著 者:山田廣成
出版社:光子研出版
出版日:2011年11月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「感じる科学」の記事にコメントをいただいた、著者の山田廣成さまから著書を貸していただきました。感謝。

 著者は、大学の理工学部で教鞭をとる物理学の教授。プロフィールを拝見すると、特に放射光工学の分野で数多くの発見発明を成し、学界だけでなく産業界にも大きく貢献していることが伺える。その著者が、量子力学の諸問題から発して、生命科学から経済・社会、思想・哲学にまで論を展開する。

 本書の要諦は「電子に意志がある」という主張と、そこから導かれた「対話原理」という、量子力学のミクロの現象から社会現象までに応用できる統一原理にある。「電子に意志がある」とは、電子と人間のそれぞれの振る舞いの類似性に端緒がある。

 例えば、極細のワイヤーに電子を通すと、電子は等間隔に移動するのではなく、粗密が発生する。これが、渋滞の高速道路と非常に類似している、という具合。道路で車が一様に流れないのは、車のドライバーの意志によるところが大きい。ならば、電子にも意志があるのではないか?こう考えると、その他にも類似性がたくさんある...というわけだ。

 もちろん人間と全く同じような意志を電子も持っている、というのではない。著者は科学者らしく、この概念でいう「意志」を定義している。その一つに「他者と対話し干渉を起こす実体である」というのがある。電子も他の電子と干渉して、自分の場所を決定する。これが「対話原理」へとつながっていく。

 決して読みやすい本ではないので「皆さんにおススメ」とは言えない。「電子に意志がある」と聞いて「面白そうじゃないか」と思う人でないと辛い。それから、私は門外漢ではあるが、量子力学の世界ではこうした考えは、かなり「斬新」なものだとは想像できる。この「斬新さ」を受け入れられない人にも向かない。

 最後に、この記事を著者も目にされるだろうから、こんなことを言うのは躊躇われるのだが、私は本書が主張する論理は完成したものではないように思う。そして「あとがき」を読んで、著者自身がこの論理は完成品ではなく、さらに磨いていくことを望んでいると、ほぼ確信した。

 「あとがき」には、本書がゼミのテキストとして使われ、学生が積極的に意見を出し、問題点が浮き彫りにされたことが明かされている。私が「ほぼ確信した」のは、その行間から著者の喜びを感じたからだ。本書に対して建設的な批判を多く受ければ、著者が見つけた「対話原理」を使って、この論理はさらに高みを目指せるはずだ。

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感じる科学

書影

著 者:さくら剛
出版社:サンクチュアリ出版
出版日:2011年12月10日 発売
評 価:☆☆☆(説明)

 出版社のサンクチュアリ出版さまから献本いただきました。感謝。

 はじめに言っておきますが、この本は、バカバカしい本です。冒頭から直截な物言いで失礼したけれど、これは本書の「まえがき」の1行目の文だ。本書は「光の性質」「相対性理論」「量子論」「宇宙」「進化論」など、物理学などの「科学」の各分野をテーマとした本。その本がどうして「バカバカしい」のかと言うと、「その方が楽しく読んでもらえる」と著者が考えたかららしい。

 その反面として、学校の物理学の教科書はつまらない、市販されている「○○学入門」には、「「○○学入門」入門」という本が必要だ、と著者は言う。私を含め、物理学の授業に落ちこぼれてしまった人は多いだろうから、ここの部分は首肯する人も多いだろう。でも「バカバカしい」のは「楽しく読める」だろうか?

 例えば光の性質を説明するのに、「照明から発射された光の粒は、少女のしっとり首筋に当たるとそこでプヨーンと跳ね返り...」とか、「...ある意味これはA子ちゃんの唇と俺の眼球との間接キスということに」と妄想全開の例え話をする。どうだろう?楽しく読めそうだろうか?かなりのキワモノには違いない。性に合わない人にはオススメできない。私?私はこういうのが嫌いではないので、楽しく読めた。

 ただ「楽しく読めた」としても「よく分かった」とはならない。本書で取り上げたテーマはどれも奥深い研究課題で、「よく分かる」ためには、知識をひとつひとつ積み重ねる必要がある。だから難しくてよく分からないことはやっぱり分からない。著者自身もよく分からないこともあるようで、それももちろん分からない。

 つまり本書は「よく分かる入門書」ではない。本書の役割は「よく分かる」ことはではなく、取り上げたテーマのうちの1つでも、「なんじゃそりゃ~~!!」と思って興味を持ってもらうことだ。

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人間学入門

書影

監修者:藤尾秀昭
出版社:致知出版社
出版日:2011年12月1日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書の出版社の広報をされている株式会社TMオフィス様から献本いただきました。感謝。

 新年最初の一冊には、この1年とその後の自分の有り方を、考えさせられた本を選んだ。本書は「致知」という月刊誌の出版社が、「先達に学び人間力を高める」ことをテーマに、発刊後33年間に蓄積したインタビュー・対談記事の中から、選りすぐりの8本を再掲したもの。
 全部で10人の方の含蓄のあるお話を伺うことができる。私が名前だけにしても知っていたのは、稲森和夫さん、渡部昇一さん、三浦綾子さん、小野田寛郎さんの4人。他には、森信三さん、坂村真民さん、樋口武男さん、大塚初重さん、新井正明さん、豊田良平さん。

 どの方も、困難を克服し道を究めた方ばかりだ。哲学者として、詩人として、作家として、経営者として、人の有りようや心の持ち方のあるべき姿を、実体験を基にして話されている。それは長い経験の中で獲得したものであり、その方法で今日に至ったわけだから、言葉に自信が漲っている。

 正直に言うと、この漲る自信を私は持て余してしまった。「(ある真言に)感動しない人は、本当に生きてこなかったから、それが、ぐぅっと体に響いてこないんですよ」と言われて、「なんて傲慢な」と反発してみたり、「どうせ私にはその真言を受ける資格がない」と拗ねてみたり。
 ただし、そう感じるのには私自身によるところが大きい。本書のインタビュー・対談記事の合間に紹介されている、多くの方の「金言・名言」の中に「批判の目があったら学べません。(後略)」という言葉があった。これまでにも何度も思ったことだけれど、聞いた話が役に立つかどうかは、聞く側によるところが大きいのだ。

 「聞く側によるところ」には「タイミング」も含まれる。ある言葉が心に響くのは、ちょうどその言葉を欲していた時だったからだ、とも言えると思う。その「タイミング」を図るのは難しいのかもしれない。でも、何かに迷っている時、悩んでいる時に、本書のような先達の言葉をひもとけば、得られるものは大きいはずだ。
 本書を持て余し気味の私でさえ、渡部昇一さん、三浦綾子さん、小野田寛郎さん、新井正明さん、豊田良平さんの言葉の中に、気付くものがあった。

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