弥栄の烏

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2017年7月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

  八咫烏シリーズの第6弾。これにて第一部の完結。 このシリーズの舞台は、八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らす「山内」と呼ばれる世界。ところが、前作の「玉依姫」はいきなり1995年の日本が舞台となった。そして今回は再び「山内」に物語が戻ってきた。

 こんな感じで舞台は大きく振幅するのだけれど、前作と今回は背中合わせに密接した構成になっている。前作で描かれた東京の女子高校生の志帆の物語の同じ時間に、山内の八咫烏たちには何が起きていたか?を描く。

 「大猿」の襲撃を受けた山内は戦々恐々としていた。そこに、その「大猿」の頭が堂々と禁門を通って現れる。厳戒態勢にあった八咫烏たちは、一斉に攻撃するが、矢も刃も効かない。そして大猿は八咫烏の若宮の奈月彦にこう言う「久しぶりだようなぁ、八咫烏の長よ」

 大猿は奈月彦に「山神」の居る「神域」に共に来るように言い、奈月彦はそれを受ける。この後は、前作で志帆の視点で描かれた物語を、奈月彦の視点で描きなおすと同時に、山内の八咫烏たちの動静を語る。物語に厚みが増す。

 色々な謎に答えが出て、色々な出来事に決着が着く。冒頭の繰り返しになるけれど、これにて第一部の完結。ただし、すべての答えが出て、すべての決着が着いたわけではない。私としては「描き切った」感はあまり感じなかった。まぁ、第二部が予告されているのだから当然だ。

 八咫烏シリーズ公式Twitterによると、第二部で終了の予定。つまりここで折り返し。第1巻「烏に単は似合わない」から「ずい分遠くまで来たけれどまだ半分か」と思う一方、「もっと長く読んでいたい」とも思う。来年中には第二部をスタート、が目標とか。ぜひ目標を達成してほしい。

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福島第一原発 1号機冷却「失敗の本質」

書影

著 者:NHKスペシャル「メルトダウン」取材班
出版社:講談社
出版日:2017年9月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、NHKスペシャルの「メルトダウン」という6回シリーズの取材班が、福島第一原発の事故について、6年間にわたる取材によって明らかになったことを1冊の本にまとめたもの。タイトルの「失敗の本質」は、言うまでもなく、大東亜戦争時の日本軍の戦い方を研究した名著「失敗の本質」を倣ったものだ。

 かの本は、旧日本軍の失敗の研究成果を、現代の日本への教訓として活用することを目的とした。同じように本書は、福島の事故を将来の日本への教訓として生かすために、あの時の真相と深層を記録する。

 取材班がまず着目したのは、1号機に付いていた冷却装置の「非常用復水器」だ。英語でアイソレーション・コンデンサー(Isolation Condenser)、通称「イソコン」。電源がなくても原子炉を冷却できる。全電源を喪失した今回の事故のことを考えると切り札的な存在だ。

 この切り札の「イソコン」が有効に働かなかったことが、最大のターニングポイントになった。1号機の冷却が進んでいれば、水素爆発もメルトダウンも起こらなかった、と考えられている。では「イソコン」は動かなかったのか?否、ちゃんと起動した。故障してしまったのか?否、予定通りに動作した。では、なぜ?

 答えをここに書くのは簡単なのだけれど、敢えてそうしない。答えだけを知ると、その原因を作った誰かの「責任」だと思うだろう。その誰かを「犯人」にしてしまうに違いない。でも、この本はそうしたことを望んでいない。本書を読めば犯人探しが目的ではないことは、はっきり分かる。

 それは、特定の誰かが「悪い」と決めたところで「将来の日本への教訓」にはならないからだ。必要なのは「なぜそれが起きたか」「どうすれば防げたか」だ。海水注入を中断させたのは「何と菅総理その人だったのです」なんてメルマガに書いた人がいた。「犯人」を特定して晒して得意がる低俗さを、本書は持ち合わせていない。

 ちなみにこの「海水注入中断」問題についても、本書にとても詳細に記されている。取材班の取材の執拗さから考えて、これがおそらく真相だ。5年半経って重要な事実も判明したのだけれど、これがけっこう切ない。

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素敵な日本人

書影

著 者:東野圭吾
出版社:光文社
出版日:2017年4月5日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 文芸誌の「小説宝石」のミステリー、SFの特別編集号等に掲載された、9編の短編を収録した短編集。著者は重厚な長編ミステリーや軽快なコメディも面白いけれど、小気味いい短編も楽しい。

 収録作品は「正月の決意」「十年目のバレンタインデー」「今夜は一人で雛祭り」「君の瞳に乾杯」「レンタルベビー」「壊れた時計」「サファイヤの奇跡」「クリスマスミステリ」「水晶の数珠」。

 最初の2つだけ紹介。「正月の決意」。正月には書初めをしてお屠蘇をいただく、そういう古風な暮らしぶりの夫婦が、初詣に神社に行くと賽銭箱の前に下着姿の死体が..。警察が来て捜査が始まるけれど、あの人もこの人も何とも無責任で、どうしょうもない感じ。

 「十年目のバレンタインデー」。10年前に突然姿を消したかつての恋人から、食事の誘いを受けたミステリー作家。甘い期待とともに誘いを受け、バレンタインデーのフレンチレストランで再会を果たす。彼女の口からは自身の作品を評価する言葉が..さて彼女の目的は?

 ミステリー作家の作品らしく、謎解きがあるし、何編かには殺人事件も起きる。でも、本書の作品の一番の読みどころはそこではなくて、最後のオチと、その多くが何となく「いい感じ」なことだ。私は、星新一さんのショートショートみたいだな、と思った。

 タイトルの「素敵な日本人」について。登場人物に「素敵」という言葉が素直に当てはまる人は多くないので、多分に皮肉交じりなのだろう。「正月」「バレンタイン」「雛祭り」「クリスマス」という、和洋入り混じった行事を楽しむことを指しているのか、あるいは「正月の決意」の人たちのようなダメダメな人のことも指しているのかも。もちろん全く違うのかも。

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日本会議の研究

書影

著 者:菅野完
出版社:扶桑社
出版日:2016年5月1日 初版第1刷 6月1日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 昨年のベストセラーで、今年の初めに東京地裁で出版差し止めの仮処分が決定され(後に取り消し)、より一層話題になった本。だから「今さら」感はあるのだけれど読んでみた。(昨年の6月に購入したものの紛失してしまった。ひょっこり出てきたので)

 「日本会議」は、公式サイトによると、「教育の正常化や歴史教科書の編纂事業」「伝統に基づく国家理念を提唱した新憲法の提唱」などを行っている民間団体。それ意味するのは、「いわゆる自虐史観を改めた歴史認識や、個人より国家を優先させる」ことであり、「明治憲法の復元」。「言葉」は物事を表すのと同時に、本質を粉飾することがある。

 まぁ「日本会議」の名前を知っている方なら、これぐらいのことはご存知だろう。さらに言えば民間団体がどんな思想で活動しようと、基本的に問題視されるべきではない。問題は、この団体の主張と安倍政権の政策が気持ち悪いぐらい一致していることだ。

 実は一致しているのは当然で、第3次安倍内閣の閣僚19人のうち16人が「日本会議国会議員懇談会」のメンバー、官房副長官や首相補佐官も5人がそうだ。本書の言葉を借りれば「日本会議のお仲間内閣」なのだ。

 「たくさんいる」と官房長官が繰り返し言っていた「集団的自衛権を合憲とする学者」は3人だった、ということを覚えている人は多いと思う。それは全員、日本会議の関連団体の幹部だった。もっと見逃せないのは、最高裁の元長官も複数が団体の幹部として加わっている。

 この他にも、この国の中枢の様々な場所に、日本会議と志を同じくする人がいる。日本会議の面々はもう何十年もこの活動を続けている。その淵源をたどるとある宗教者に行きつく。本書を読めば、これらのことが説得力を持って分かる。そして背筋が凍る想いがする。

 本書を「結論ありき」だ、「トンデモ本」だと批判する方がいるのは知っている。著者の経歴や人格を問題視する人がいるのも知っている。だけれど、私は、本書に書かれていることは「事実に近い」と思う。

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5年3組リョウタ組

書影

著 者:石田衣良
出版社:KADOKAWA
出版日:2010年5月16日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 先月読んだ「アキハバラ@DEEP」に続いて石田衣良さんの作品。これも友人が私のために選んでくれた。感謝。

 主人公は中道良太。25歳、小学校の先生。舞台は、良太が勤める「希望の丘小学校」。清崎県清崎市、東京から新幹線で北東に1時間半の海と山に囲まれた街にある。かつては清崎市立第一小学校、いわゆるナンバースクールで、今でも地元では「名門校」に位置付けられている。

 物語はこの学校の1年間を、4つのエピソードで綴る。例えば1つ目のエピソードは4月。良太のクラスのとても勉強のできる生徒が、授業中に教室からの脱走を繰り返す。自分のことを「ダメ人間」というその生徒に対して、良太が取った行動は?学校の対応は?というお話。

 この他には、職員室内でのいじめ、生徒の家の放火事件での学校のマスコミ対応、クラス間の競争、がテーマになる。この他に、保護者との関係、生徒の自主性と教師による管理、教師としての目標、障害児教育、ついでに良太の淡い恋愛などが、細かいエピソードとしてちりばめられる。校長以下の教師たちも個性派が揃っている。

 「まいったなこれ」と、ある場面で思った。泣けて泣けて仕方なかった。人前で読んでなくてよかった。物語の中でも、登場人物のほとんどが泣いたり、目を赤くはらしたりしていた。作為のない良太の行動が心に響く。

 念のため。良太はいわゆる「熱血教師」ではない。教師という職業も「さして考えもせずに」なった。物語を通して描かれるクラス間の競争にも、あまり興味がない(おかげで万年下位を低迷して「バカ組リョウタ組」なんて影で言われている)。目の前で起きていることに真っすぐに対応する。ただそれだけ。ただそれだけがとても清々しい。

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川をくだる小人たち

書影

著 者:メアリー・ノートン 訳:林容吉
出版社:岩波書店
出版日:1969年6月16日 第1刷 2004年4月5日 第13刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「床下の小人たち」「野に出た小人たち」に続く、「小人の冒険シリーズ」の3作目。ちなみに「床下の小人たち」は、スタジオジブリ作品「借りぐらしのアリエッティ」の原作。

 小人のアリエッティと、そのお父さんのポッド、お母さんのホミリーの3人家族は、前作「野に出た小人たち」で、野外での放浪生活と様々な危険を潜り抜けて、親戚のヘンドリアリおじさん一家が住む小屋にたどり着く。本書はその続き。

 再会を喜び合うポッドとホミリー、ヘンドリアリとその奥さんのルーピー。ただ、暮らしに余裕があるわけではないし、細かいことで関係がぎくしゃくする。再会の喜びとその後に続く同居生活は別のもの。この辺りは、妙にリアルな微妙な距離感の親戚関係が描かれる。

 こうしたことを前段にして、物語は再びポッドたち3人家族を冒険に送り出す。ナイフの箱ややかんを船にした、水の上を行く冒険。危険と隣り合わせ。小さな動物も、雨降りでさえ、ポッドたちにはなかなか厳しい。でも一番危険なのはやっぱり人間。

 3作目だけれど、巻を重ねるごとに躍動感が増している。ホミリーは気ままなところがあって、時々ちょっと困った人になるけれど、よくも悪くも「真っすぐ」な人なのだと分かった。そして一番カッコいいのは、困ったときにタイミングよく現れて助けてくれる人、ということも分かった。

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ソニー歴代トップのスピーチライターが教える人を動かすスピーチの法則

書影

著 者:佐々木繁範
出版社:日経BP社
出版日:2017年10月17日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者はソニーの盛田昭夫会長と出井伸之社長のもとでスピーチライターを務めていた方。ソニー退社後は、コンサルタントとして、スピーチ講座や個別のコンサルティング通じて、延べ1万人以上のビジネスリーダーを指導したそうだ。

 本書は、その著者が「スピーチ上達のための12か条」を教えてくれるものだ。1か条につき1章、全部で12章で構成されている。例えば「メッセージを明確にする」「主張には理由を添える」「スピーチの構造をシンプルにする」「ストーリーを織り込む」等々。

 ノウハウを記したこうした本の常として、12か条として提示されたものに、あっと驚くような目新しいものはあまりない。私がそれなりに経験を積んできたからでもあるし、そもそも本当の意味での「秘訣」なんてそうそうないからだ。

 だからと言って、本書に価値がないかというと決してそうではない。ノウハウというのは、整理されてこそ「使える」ものになる。いくつかの項目がバラバラの状態では、自分のスピーチがいいのか悪いのかの検証も難しい。その点、こんな風に整理されていると、とても使いやすい。

 もう一つ。先に「目新しいものは「あまり」ない」と書いたけれど、実は私にとって目新しいものがあった。それは第6章の「自己開示する」という項目。「一般論ではなく経験談を」ということで、著者自身の経験談も載っているのだけれど、これで本当に具体的によく分かった。

 人の心をつかむか否かには、属人的な要素も重要なのだ。「何を話すか」と同じぐらい、もしかしたらそれ以上に「誰が話しているか」に意味がある。「私という人を分かってもらうことで、物事が進みだした」そういう経験が私にもある。

 最後に。「スピーチ」なんて自分にはする機会がない、という人も多いだろう。でも、この12か条は「人に何かを伝える」時に役に立つ。プレゼンをするとき、あいさつ文を書くとき、人に何かを頼むとき。興味がわいた方は一読を。

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アベノミクスによろしく

書影

著 者:明石順平
出版社:集英社インターナショナル
出版日:2017年10月11日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 アベノミクスの成果について、政府や国際機関が公表しているデータを基に、客観的に検証した本。タイトルはマンガの「ブラックジャックによろしく」をもじったものだけれど、アベノミクスを推進・擁護してきた人たちに「まともな経済政策をよろしくお願いします」という意味も込められている。

 本書の内容の前に。先の総選挙の際に自民党は「データで見る!アベノミクスの5年間の実績」を公表、その成果を喧伝してみせた。「名目GDP過去最高」「家計の可処分所得2年連続で増加」「正社員有効求人倍率初の1倍超え」等々。

 こうした情報が大量に投下されたことと、株高でもあることから「(安倍政権には問題はあっても)アベノミクスは成果を出している」という空気が醸されている。「野党よりマシ」という意見にもつながる。本書はそれを真っ向から否定してみせたものだ。感情論ではなく客観的なデータを使って。

 例えば「家計の可処分所得2年連続で増加」と、家計は潤っているように見える。しかし実質賃金指数は、2015年が「この22年で最低」だ。その影響で消費が落ち込み、実質民間最終支出は、2014年、2015年と「2年連続の下落」これは「戦後初めてのこと」。状況は、アベノミクスの前と比較しても極めて悪い。

 また、有効求人倍率のことも株高のことも、きっちり反証する。「名目GDP過去最高」に至っては「かさ上げ疑惑」まで指摘する。さらにアベノミクスの副作用について寒気がするような指摘が続く。正直に言って「(本書の指摘が)ウソであってくれたらいいのに」と思うほどだ。

 本書は今の日本に必要な本だと思う。たくさんの人に読んでもらいたい。特にアベノミクスを肯定的に評価している人に読んでもらって、可能なら反論を聞きたいと思う。

 ※著者は親切にも本書のダイジェストをウェブで公開している。興味を持った方は、まずはこちらをご覧になるといいと思う。 本書のダイジェストのページ

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歴史の愉しみ方 忍者・合戦・幕末史に学ぶ

書影

著 者:磯田道史
出版社:中央公論新社
出版日:2012年10月25日 初版 2015年9月30日 8版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2012年初版と、少し前の本だけれども、知り合いが読んで「これはすごい」と言っていたので、購入して読んでみた。

 著者は歴史学者で、現在は国際日本文化研究センター准教授。本書を出されたころは静岡文化芸術大学におられた。NHK「英雄たちの選択」をはじめ、歴史番組でよくお顔を拝見する。

 本書には、その著者のエッセイが52編収められている。主には読売新聞に連載したものを中心にして、様々な本に掲載したものを加筆修正した。52編は「忍者の実像を探る」「歴史と出会う」「先人に驚く」「震災の歴史に学ぶ」「戦国の声を聞く」の5つの章に分けてまとめられている。

 本書を読んで「歴史学者」という存在についての認識が変わった。「歴史学者」全体がそうなのか、著者が特別なのか分からないけれど、一言でいうと「行動的」なのだ。特に大学の先生ともなれば、研究室に籠って歴史の本でもひもといているのかと思っていた。ところが著者の研究は、フィールドワークが主体なのだ。

 例えば「忍者がどこにどのように住んでいたのか」を知りたいと思った著者は「滋賀県の甲賀まで行って、甲賀忍者の子孫を訪ね歩き、根こそぎ古文書を見ていく」ことにした。そしてとうとう江戸の甲賀組屋敷の絵図を発見するのだ。さらには東京に取って返して、他の地図などと照らし合わせて、正確な位置まで割り出している。

 考えてみれば「行動的」なのは、当然なのかもしれない。物理学者は新しい物理法則を、数学者は新しい公式を、人類学者は人類の進化や歴史を、まだ知られていない事実を発見あるいは証明するのが、その存在価値だ。歴史学者にとっては、まだ知られていない歴史を発見すること。それは研究室の中でだけではできない。

 「存在価値」について深掘りする。歴史学自体の存在価値は何か?平たく言うと「何の役に立つのか?」。この問いに多くの人が納得するように答えるのは難しい。しかし本書の「震災の歴史に学ぶ」の章には、その答えが出ていると思う。それは私たちの未来に関わることだ。

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ホワイトラビット

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2017年9月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「AX(アックス)」のレビュー記事に「うれしいことに今年は伊坂幸太郎さんの新刊が3冊も出た」と書いたけれど、本書はその2冊目。

 主人公の名前は兎田孝則。2年前から「誘拐」をビジネスにしているグループで働いている。「ビジネス」だから業務分担があり、兎田は「仕入れ担当」。つまり、上から指示された人を連れ去ってくる役割。「倉庫」と呼ばれる指定場所まで人質を無事連れてくれば業務完了。

 重要な登場人物が他に2人いる。一人は宮城県警特殊捜査班の夏之目課長。この物語では、仙台市の住宅街で起きた、人質立てこもり事件の指揮を執る。もう一人は泥棒の黒澤。ひょんなことから事件に巻き込まれた。黒澤は、伊坂作品ではお馴染みの登場人物。ファンなら彼の登場はちょっとうれしいはずだ。

 物語は、夏之目課長が対応する人質立てこもり事件を中心に展開する。兎田が引き起こしたものだ。兎田の警察への要求は、「折田」という名前の人物を連れてこい、というもの。その人物が見つからないと、兎田のかわいい新妻の綿子ちゃんが、大変なことになる。

 「誘拐」をビジネスにするグループの一員とか、真っ当な人間とは言えないけれど、兎田にも憎めないところがある。その一方で、善良な市民のはずの被害者の家族が、ちょっとあやしい。あっさりと見つかった折田も、やけのクセのある人物。誰も信用できない。

 面白かった。これは伊坂さんが時々やるやつだ。いくつかの視点から出来事を描いていく。最後にそれらが「正しく」組み合わさると、思ってもみなかった真相が浮かび上がる。

 最後に。三人称で書かれた小説なので「語り」がある。その「語り」にちょっと「遊び」があって、伊坂さんとしては、たぶん新しい試みだと思うのだけれど、なかなか良かった。

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