公務員のための情報発信戦略

著 者:樫野孝人
出版社:CAPエンタテインメント
出版日:2021年11月1日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

やっぱり実際にやってきた人の言うことには価値があるなぁと思った本。

著者はリクルート出身で、映画製作やITベンチャー、そして政治の世界でもと、様々な場所で実績を残してきた人。広島県が全国に先駆けて設置した「広報総括監」も務め、その実績が評価されたのか、福山市の情報発信戦略の委託先として著者が代表を務める会社が選定された。本書は、その福山市が取り組んだ内容と成果を整理し、地方自治体の情報発信戦略の手法をまとめたもの。

全部で4章ある。第1章「戦略的広報の基本」どのようにしてメッセージを伝えるのか?を手順を追って分かりやすく説明。第2章「広島県福山市の現状分析」情報発信戦略立案のための現状分析から、福山市での実践の概要まで。

第3章「ファクトをつくるマーケティングOJT」中身のない事業をPRでよく見せるのは本末転倒、との認識を基に「芯を食った政策・事業」の推進について。第4章「具体的な事例」実際のケースで、現場での市職員とのやり取りをまとめた報告書。

「公務員のための~」なので読者を限定するけれど、これは実践的でとても役に立つ本だと思った。実は「地方自治体の情報発信」には、私も仕事で関わっていて、本書のテーマについての問題意識は日ごろから持っている。そのためか、第1章から項目を追うごとに共感したり気付きがあったりで、一々役に立つことばかりだった。

例えば「民間プロフェッショナルの使い方」。そもそも福山市が「情報発信戦略を民間会社に委託」したことが、私には驚き(+羨望)だけれど、ここでは自治体と民間会社の関係のあり方の有意義な示唆が得られる。

もうひとつ例えば「プレスリリース+東京での情報発信」。どこの自治体も広報には力を入れていて、プレスリリースや首長の会見は仕組みが確立されている。しかしもう一段の積極的・戦略的な取り組みが必要だと思う。その方法が書いてある。

シティプロモーションに関わる人におススメ。市長も副市長も読むといいと思う。☆4つにしたけれど、公務員向けに限定するなら☆5つ。

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臨床の砦

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2021年4月28日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

第3波でこれであったなら、4波、5波、そして予想される6波はどうなるのかと、背筋が凍える思いがした本。

シリーズ累計330万部を超えるベストセラー「神様のカルテ」の著者による「緊急出版」。今年1月の新型コロナウイルス第3波の下の医療現場を描く。

主人公は敷島寛治。18年目の内科医。専門は消化器。長野県の小さな総合病院「信濃山病院」の医師。「信濃山病院」は感染症指定病院として、地域のコロナ診療を引き受けている。そして敷島は6人いるコロナ診療を担う医師の一人。ちなみに6人のうちの2人は外科医だし、内科医は4人いるけれど呼吸器の専門医は一人もいない。

物語は、信濃山病院の2021年1月3日から2月1日までを描く。

例えば、駐車場には発熱外来の車が長い列をなす。車の間を防護服を着た看護師が車までiPadを持って駆けていく。車内の患者を病院内の医師がiPadを使ってオンラインで診察するためだ。

例えば、保健所との窓口になっている医師の大きな声が響き渡る。「あと三人?入るわけないでしょう。昨日と今日の二日間でいったい何人入院させたと思っているんです」。信濃山病院の感染症病床は当初は6床だった。この時点で20床にまで増えていて、終盤には36床になる。それでも十分とは言えない。

入院が必要な症状なのにホテル療養を余儀なくされる患者。万一の家族への感染を防ぐために家に入らず車で寝泊まりする医療従事者。車の中で2時間も待たされて急変した虫垂炎の患者。家族の面会が叶わぬままに最期の時を迎える老人。..またまだ「例えば」を重ねたいけれど、この他は是非読んで欲しい。医療現場の現実が少しでも分かるはずだから。それは、私の想像を(たぶん多くの人の想像も)大きく超える過酷さだった。

「医療現場の現実」と書いたけれど、著者は実際に長野県の感染症指定病院でコロナ診療に携わる医師だ。著者はインタビューで「現実そのままではないが、嘘は書いていない」「第3波で見た現場があまりに衝撃的だったから」と執筆の理由を語っている。その現場を伝えるための「緊急出版」なのだ。

最後に。本書の宣伝には「この戦、負けますね」というセリフがよく使われる。しかし、少しあとこのセリフを受けた次のセリフの方が、この物語を端的に表していると思う。

負け戦だとしても、だ

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100万回生きたきみ

著 者:七月隆文
出版社:KADOKAWA
出版日:2021年8月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 人生を何度もやり直すのも大変だ、と思った本。

 著者は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」で、設定がなかなかトリッキーなのに、しっかり切ない恋愛小説を紡いだ人。本書も設定はなかなかトリッキーだ。

 主人公は、安土美桜という17歳の高校生。転生を繰り返して100万回生きている。いろんな時代のいろんな国で生きてきた。今は「日本に住む17歳の高校生の安土美桜」ということ。清楚系の美少女で次々に告られるのだけど、なんせ100万回も生きているからか、何事も「どうでもいい」と思っている。

 物語はこのように澪の視点で始まる。しかし、100万回生きたのはホントは三善光太という同級生で、美桜は光太の記憶を勘違いで覚えているらしい。ひどいネタバレのようで恐縮だけれど、これは第1章の終わり、物語が始まってから50ページ足らずで明かされるのでご容赦いただきたい。それでもってここからは光太が主人公となる。

 光太の物語は、2500年前のケルトから始まる。光太はそのころはタラニスと言う名の神と王の血を引く英雄だった。そこで吟遊詩人のミアンと出会い、共に竜退治の旅に出る...このミアンこそが美桜。

 いきなりの異世界ファンタジーが始まって、フワッと宙に浮いたような足元の心もとなさを感じたけれど、物語が進んでいくに従って地面に足が着いてくる。意外性のある展開も用意されていて、まぁまぁ楽しめた。ただし、帯には読後に「涙が止まらない」と書いてあったけれど、そんなふうにはならなかった。

 タイトルは「100万回生きたねこ」を意識したものにちがいない。「100万回転生を繰り返すのに何年かかるのか?と問うのはヤボというものだ。

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リボルバー

著 者:原田マハ
出版社:幻冬舎
出版日:2021年5月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 その景色をこの目で見るためにフランスに行きたい、と思った本。

 原田マハさんのアートミステリー最新作。ファン・ゴッホの死にまつわる謎に迫る。

 ファン・ゴッホの死については、晩年に住んでいたオーヴェール=シュル=オワーズの麦畑付近で拳銃で自殺を図った、とするのが定説。しかし目撃者はおらず確証もないので真実は分からない。その真実を求めて日本人のオークショニアが調査を進める。

 主人公は高遠冴。37歳。パリのオークションハウス「キャビネ・ド・キュリオジテ(通称CDC)」に勤めている。パリ大学で美術史の修士号を取得、ファン・ゴッホとゴーギャンの研究者でもある。

 物語は冴が勤めるCDCに、錆びついた一丁のリボルバーが持ち込まれたところから動き出す。オークションでは、リボルバーはコンディションのいいものしか値が付かない。そのリボルバーは出品できるようなものではない。しかし持ち込んだマダムは「あのリボルバーは、フィンセント・ファン・ゴッホを撃ち抜いたものです」と言った。

 もし本当にそうと証明できれば、これはスゴイ値がつくことになる。CDCの名前も世界に広まる。冴は、事実を確かめるために、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館に行き、オーヴェール=シュル=オワーズに行って関係者の話を聞き、フランス国立図書館で資料を渉猟して調査を進める。その過程で冴のもう一人の研究対象であるゴーギャンに行き当たる..。

 これはとても面白かった。著者のアートミステリーにハズレなしだ。「ファン・ゴッホの死の真実」と言っても、描かれているのはもちろんフィクションなのだけれども、背景の様々なエピソードには事実が散りばめられている。例えば「ファン・ゴッホが自殺に用いたとされる拳銃」は、物語の中で言及されるとおりに、ファン・ゴッホ美術館の展覧会で本当に展示されている。

 構成も面白かった。著者のアートミステリーでは、画家が生きた時代と現代との2つのパートの物語が並行して語られることが多いのだけれど、今回は少し違っていた。今回は、現代パートを主にして、過去のパートは「私が聞いた母の話」の中で「母が聞いた祖母の話」が語られる。千夜一夜物語のような入れ子構造になっている。この構造に時代を遡るタイムマシンのような効果を感じた。

 もう一度。著者のアートミステリーにハズレなし。今回は大アタリで☆5つ。。

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クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界

著 者:ヤニス・バルファキス 訳:江口泰子
出版社:講談社
出版日:2021年9月13日 第1刷 9月14日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ひどいタイトルだと思うけれど、こんなタイトルでなければ読むこともなかったと思う本。

 2015年のギリシャの経済危機の際に財務大臣を務めた経済学者による異色の小説。

 主な登場人物は語りの「私」の他に4人。コスタはクレタ島生まれの天才エンジニア、アイリスは筋金入りのマルクス主義者の活動家、イヴァは元リーマン・ブラザーズの金融エンジニアでリバタリアン、トーマスはイヴァのひとり息子だ。時代は何度か前後するけれど「現在」は2025年、つまりは近未来で「コロナ危機」も過去のことになっている。

 描かれている物語はかなり突拍子もない。コスタが開発したシステムから意図しないメッセージが届くようになった。発信元はこの場所で、発信者は自分と同じDNAの持ち主。テストと実験を重ねた結果、システムが時空に小さな折り畳み構造をつくり出し、ワームホールが開いたらしいことが分かった。発信者は多元宇宙の別の世界のコスタだった。(区別のために、物語ではもう一つの世界のコスタを「コスティ」と呼んでいる)

 とまぁSF的な設定なわけだけれど、本書のキモはSFにはなくて、コスティが語ったもう一つの世界の内容にある。コスタとコスティの世界は、2008年の世界金融危機、リーマンショックのころに分岐し、コスティの世界では中央銀行を除いて銀行が廃止され、株式市場もなくなっている。つまり資本主義は終焉を迎えたということだ。

 例えば、会社の株式は社員全員が一株ずつ持ち、経営に関して平等な議決権を持つ。人々は中央銀行に口座を持ち、そこに基本給とボーナスが振り込まれる。基本給は全員が同額で、ボーナスは社員による一種の投票で決まる。その口座には、生まれた時にまとまった資金が振り込まれる。社会資本の還元として年齢に応じた一定額の配当もある。

 ここで描かれる社会モデルは、経済学者らしいとても緻密に吟味されたものだ。それでもリアリティを批判して冷笑するのは簡単だ。共産主義と同一して「失敗は歴史的事実」と相手にもしないこともできる。細かい論点を突いて「あり得なさ」を指摘することもできるだろう。でも、ここで大事なのは、私たちには「オルタナティブ(別の選択肢)」がある、ということだ。

 1980年代にマーガレット・サッチャーが「There is no alternative」と盛んに言い、安倍元首相が「この道しかない」なんてまねしていたけれど、そう言われると、妙な力強さを錯覚で感じてそんな気がしてしまう。でも「別の選択肢」はあるのだ。私たちが選びさえすれば..。

 冒頭に「異色の小説」と書いたけれど、実は著者の理想を小説の形で主張した異色の「ポスト資本主義宣言」だった。

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クスノキの番人

著 者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
出版日:2020年3月25日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「誰かに想いを伝えたい」「誰かの想いを知りたい」ということの切実さと難しさを感じた本。

 主人公の名は直井玲斗。20代半ばの青年。勤め先の工作機械のリサイクル業者で、商品に欠陥があること客に教えてクビになり、未払いの給料と退職金代わりに金目の商品を盗みに入って捕まった。刑務所行きを観念していたところ、弁護士が接見に現れて「自由の身になりたいのなら」と提示した「依頼人の命令に従う」という条件をのんだところ、本当に釈放された。

 依頼人は、玲斗がこれまで存在も知らなかった伯母で、命令というのは「神社でクスノキの番人をする」というものだった。伯母の名前は柳澤千舟。玲斗の見当では「60歳よりもう少し上」。神社とクスノキは何十年も前から代々柳澤家が管理していた。そのクスノキに祈念すれば願いが叶うという。本当に願いが叶うのかどうか、玲斗は信じていないけれど、祈念に来る人たちの真剣さはが半端ない。

 物語は、このクスノキの祈念の秘密と、祈念に来る何人かの客の目的、といった謎を追いかけるミステリー。祈念の客が「クスノキの番人をしていながら、何も知らんのか」と言うし、千舟は「いずれわかる日が来る」と言うからには、クスノキの祈念はただの願掛けではない。客の真剣さを考えてもそれは確かだ。

 まぁまぁ面白かった。クスノキの祈念の秘密は、なるほど客が真剣になるようなものだった(「現実にあれば」ということだけれど)。客の目的の謎解きも面白かった。帯に「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の名前が上がっているけれど、確かにいくつかの共通点がある。ハートウォーミングな仕立てはその一つで、私はこういうのがけっこう好きだ。

 そうそう。千舟さんは柳澤一族が経営する、不動産、マンション、ホテル事業の運営会社で、かつては最高経営責任者を務めて「女帝」と呼ばれた人。今は一線から身を引いているけれど、いまだ影響力がある。物語にはホテル事業に関する一族との攻防も織り込まれていて、これも面白かった。

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デジタル・ファシズム

著 者:堤未果
出版社:NHK出版
出版日:2021年8月30日 第1刷 9月30日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 急速に進む社会のデジタル化に対して、特に日本の状況について警鐘を鳴らす本。

 本書は「政府が狙われる」「マネーが狙われる」「教育が狙われる」の3部構成。それぞれのテーマで強大な権力の集中と利権に切り込むとともに、市民生活を脅かす危険性を指摘する。どれも私の知らなかった、すくなくとも意識したことがなかったことだ。

 「政府が狙われる」。みなさんは知っていただろうか?デジタル大臣は、通常は閣議決定しないと出せない他の省庁への勧告を、閣議を経ないで直接だせる、ということを。また、デジタル庁の予定される600人の職員の3分の1にあたる200人は民間企業から迎え入れる、ということを。利害関係者が政府と企業を行き来する、いわゆる「回転ドア」形式だ。

 「マネーが狙われる」。みなさんは知っていただろうか?○○ペイは銀行のような厳しい審査がある認可制ではなくて「登録制」であることを。万一の破綻や不正利用の際の「預金者保護法」のようなルールも、個人情報保護規定もないことを。また、デジタル通貨はその管理者によって容易に取引を止められる恐れがあることを。

 「教育が狙われる」。みなさんは知っていただろうか?GIGAスクール構想によって進められた一人一台のオンライン学習によって、膨大な生徒たちのデータがGoogleに集約されることになったことを。それを制限する個人情報保護ルールが緩められたことを。オンライン教育が進めば究極的には教師は全国で1教科に1人でいい、と考える人が政権の中枢近くにいることを。

 本書の内容を「陰謀論」の類と考える人がいるのだけれど、本書を含めて著者の著作を読んだ私は「著者がそう言うのなら事実なのだろう」と思っている。取材によって、都合のいい意見をピックアップする傾向は感じるのだけれど、法案の成立など、意見を差しはさむ余地のない「事実」が丹念に調べ上げてあって信用が置ける。

 最後に。タイトルにある「ファシズム」という用語は、実は定義が定まっていない。なんとなくナチスなどの個人の自由を認めない抑圧的な体制を思い浮かべる。だから「いくらなんでもそれは考えすぎ」と思う人が「陰謀論」と考えるのかもしれない。私が読む限りは、本書での著者の直接的な懸念は「権力と利権の集中」にあって、抑圧的な体制はその延長にある。もちろん延長にあるのだから「考えすぎではない」のだけど。

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ザリガニの鳴くところ

著 者:ディーリア・オーエンズ 訳:友廣純
出版社:早川書房
出版日:2020年3月15日 初版 2021年1月20日 12版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

成長物語とミステリーと法廷劇が楽しめる本。

今年の本屋大賞翻訳小説部門の第1位。出版社の情報によると全世界で1000万部突破とのこと。世界中でとにかくすごく売れているベストセラー。

主人公はカイヤ。1952年の物語の始まりの時は6歳の少女だった。5人兄弟の末っ子で両親も一緒に、ノース・カロライナ州の海辺の湿地にある小屋に住んでいる。ところが、物語が始まって間もなく、暴力をふるう父から逃れるように母が出ていき、兄弟も出ていき、父と二人で取り残される。そしてカイヤが10歳の時、その父もどこかへ行ったきり帰ってこなくなる。

カイヤが住んでいる湿地というのは、誰かから逃げてきた人たちが勝手に住み着いたような水浸しの土地。そこの住民は、町の人々からは「沼地の貧乏人(トラッシュ)」と蔑まれている。そんな場所に10歳の少女、学校に行っていないので読み書きもできない少女が取り残され、一人で生きていかねばならない。物語は前半生を中心にカイヤの生涯を綴る。

もうひとつ。カイヤの生涯に並行する形で、一つの殺人事件の捜査が語られる。その事件はカイヤが23歳の時に起きたものなので、カイヤのパートが進むにつれて時代が近づいていく。それに同調するように、カイヤと事件の関係も近づいて、やがて1つの物語になる。

これは名作だと思う。正直なところ、カイヤのパートの最初のころは、物語としては平板な上に悲惨さが際立って、私は子どもがつらい目にある話は苦手なので、ちょっと読み進めるのがキツかった。殺人事件のパートが注意を引きつけ、そのうちに物語に起伏が出てきて読みやすくなった。ただし、カイヤには平穏な暮らしはなかなか訪れないのだけれど。

本書を読んだ読者はいろいろなものを受け取ることができる。一人生きるカイヤの逞しさ。カイヤを見守る善意の温かさ(「一人生きる」と書いたけれど、本当は一人ではなかった)。才能が花開くさまの輝かしさ。一人の人を愛するひたむきさ。水浸しの荒れ地のはずの湿地の自然の豊かさ。悪意も多く描かれるけれど、それ以上の「善きもの」がこの物語にはある。

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クララとお日さま

著 者:カズオ・イシグロ 訳:土屋政雄 
出版社:早川書房
出版日:2021年3月15日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 読み終わって「トイストーリー」を思い出した本。

 著者のノーベル文学賞受賞第一作。

 主人公はAIを搭載したロボットのクララ。どこかの子どものAF(人口親友)になるために、開発生産されて店頭に並んでいた。やがてジョジーという少女の家に購入されてその屋敷で暮らし始める。

 様々なことが徐々に明らかになる。クララが太陽光をエネルギー源にしているらしいこと。ジョジーの健康状態がよくないこと。ジョジーのお姉さんが亡くなっていること。ジョジーにはリックという友達がいること。「向上処置」を受けた子どもと受けていない子どもがいること。ジョジーは「向上処置」を受けていて、リックは受けていないこと。等々。

 ジョジーの家には、ジョジーとお母さん、メイドのメラニアさんがいる。ジョジーのお父さんは離れて暮らしているらしい。そこにリックがやってきたり、友達がやってきたりする。クララにとっては、家から外に出る、ジョジーの家の人以外に会う、車に乗って出かける,,と、一つ一つの出来事が初めてのことで世界が広がる。広がった世界のことを記録することで、ジョジーによってよりよい判断ができるようになる。

 お母さんはジョジーのことをとても愛しているのだけれど、どこか不安定な感じがする。その不安定さは物語の核心に触れる。それは、ロボットと人間の間にある線を越えることができるのか?ということだ。

 面白かったのだけれど、背筋に冷たいものを当てられているような落ち着かなさを、ずっと感じていた。今は良くてもいつかは破綻する。それはAIの完全さによるものか、人間の不完全さによるものか?そういうことが、背後から感じられる。

 結末についても書いてしまうけれど、これはハッピーエンドなのだろう。

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書店ガール6 遅れて来た客

著 者:碧野圭
出版社:PHP研究所
出版日:2017年7月21日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 ビブリオマンシー(書物占い)という言葉を初めて知った本。

 「書店ガール」の第6巻。主人公は前作と同じで、取手の駅ナカ書店の店長の宮崎彩加と、大手出版社のライトノベル部門の責任者・編集者の小幡伸光。それぞれ前作では新しい立場や環境での奮闘を描いたけれど、本作はそれらが一段落した後の話。

 今回も二人に試練が待っていた。彩加の店は会社の方針で4ケ月後に閉めることになった。もちろん彩加には何の相談もなしに。オープンして1年半弱、アルバイトの店員のヤル気を引き出して、彼らの協力で店づくりがうまく行きだした矢先に。

 伸光の方は、ヒット作が生まれたが故の苦労。「鋼と銀の雨がふる」という作品がヒットし、なんとNHKでのアニメ化が決まる。それはとても幸運なことなのだけれど、アニメスタジオとの折衝など、ただでさえ忙しい編集者の伸光にさらなる負担がかかる。

 双方とも読んでいてなかなかつらい展開だった。特に彩加の方は「撤退戦」なので、この苦労を乗り越えたところに何かが待っているわけではない。正式な告知までは社外秘なので、誰にも相談できない。納品を減らすことを、一緒に働く仲間にさえ言えない。もっとも伸光の方も大変な事態に..。

 行き詰ってしまって「もうダメ」という時でも、誰か別の人が関わるだけで好転することがある。そんな出来事が救いになって、読後の後味は悪くない。前作から気になっていた彩加の恋バナもちょっと進む。シリーズの最初の方の主人公の西岡理子もカッコよく登場する。

 つらいことがあった時に役に立ちそうな言葉「世界はあなたのためにはない」
 受け止めるには胆力が要りそうだけれど。

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