「居場所」のない男、「時間」がない女

著 者:水無田気流
出版社:筑摩書房
出版日:2020年5月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 わが身を省みて、将来に備えて「関係を構築」しなければ、と思った本。

 タイトルから「話を聞かない男、地図が読めない女」のような、「男女の振る舞い」の違いをもっともらしく書いた、軽い読み物を想像して手に取った。しかし本書は、それとは違って「男女の境遇」の違いを統計や調査研究を引きながら重いテーマをしっかり論じたものだった。ここには何年も前から認識されながら、一向に改善しないこの国の問題が、明瞭な輪郭をもって切り取られている。

 ごく簡単に言うと「「居場所」のない男」というのは、男性が会社(仕事)以外の場所での関係が築けていない「関係貧困」のことを言い、「「時間」がない女」というのは、女性が1日のうちでも人生という長い時間軸でも、スケジュールに余裕がない「時間貧困」のことを指す。本書は3部構成で、第1部で男性の「関係貧困」、第2部で女性の「時間貧困」を検証・解説し、第3部でその解決のための考察をしている。

 「男性」に付言すると、関係が築けていないのは「頼れる人がいない」ことを示す。仕事から離れてしまうと「相談できるのは妻だけ(相談できる内容に限るけれど)」という状態に陥る。もちろん結婚しなければ妻はいない。先立たれても妻はいない。その結果と思われるが、日本の男性は女性の2倍以上も孤独死し(2017年 東京都23区の統計)、おなじく2倍以上自殺している(2018年 内閣府統計)。

 「女性」について言うと、本当に余裕がない。男性が思っているより数段忙しい。著者は「結婚してキャリアも積んで34歳までに子どもを2人ぐらい」という「モデルコース」を設計しているが、何歳までに○○という計画に追われて、息が詰まる思いがする。1日のスケジュールを見ても、特に母親になると、家族に対するケア労働(労働とみなされないことが多い)のために、家族が起きている間中スタンバイ状態になる。

 それで男性の「関係貧困」と女性の「時間貧困」は関連している。これもごく簡単に言うと、男性が「関係貧困」でも暮らるのは、女性から時間を奪っているからで、これが「時間貧困」の原因の一つになっている。だからこの問題は両方同時にしか解決しない。それなのに「女性活躍推進」に代表される政策の数々は、男性の問題を置いたままに、この上さらに女性の時間を資源として使おうとしている。...嘆息。

 何気なく手に取った本だけれど、いい本に出合った。

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アンド・アイ・ラブ・ハー

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2019年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「フィクション」と知った上で、筋の通った生き方をしていれば、支えてくれる人にも恵まれるのだなぁ、と思った本。

 「東京バンドワゴン」シリーズの第14弾。東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」を営む、大家族の堀田家の1年を描く。前作「ヘイ・ジュード」の続き。

 いつもと同じ、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。前作のレビューで「メンバーの成長や新しいステージへの踏み出しが主に描かれる」と書いた。今回は、主に描かれたのは「別れ」だった。

 上に「大家族」と書いたけれど、堀田家(と隣のアパート)には今は13人が住んでいる。最年長は堀田家当主の勘一で86歳、最年少はひ孫のかんなと鈴花で6歳の4世代。家族以外にも何人かが「家族同然」として同居している。その他に、それぞれの仲間や堀田家を慕って来る人々が大勢出入りする。

 また「別れ」と書いたけれど、この大勢の中の2人が旅立つ。一人は永久の別れに、一人は自分で終の棲家を決めてそこに。いつものように、ミステリーとその解決は小気味よく、人情話はしみじみとしていて、とても心地いいのだけれど、私はこの2つの別れが特に心に残った。

 かずみさんが泣かせる。あなたサイコーです。

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2020年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。小説部門、ビジネス・ノンフィクション部門ともに10位まで紹介します。このランキングも今年で12年目。干支がひと回り。生まれた赤ちゃんが小学校を卒業するまでの時間です。
  (参考:過去のランキング 2019年2018年2017年2016年2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年2008年

 今年このブログで紹介した本は101作品でした。☆の数は、「☆5つ」が4個、「☆4つ」が55個、「☆3つ」は38個、「☆2つ」が4個、です。
 「☆5つ」「☆2つ」の一番上と下の評価は昨年と同じ数で、「☆4つ」は一つ多く「☆3つ」は2つ少なくなりました。毎年同じような数に落ち着くのが不思議です。今年は感染症のせいで落ち着かない年になってしまいましたが、私の読書は「例年並み」をキープできました。ありがたいことです。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
1 熱源 / 川越宗一 Amazon
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明治から昭和にかけての北海道、サハリンなどの北の大地を舞台に、樺太出身のアイヌら複数の半生を描く群像劇。「私は何者か?」を問うテーマの訴求力と、実話を基にした物語の構成力に圧倒される。
2 書店ガール3 託された一冊 / 碧野圭 Amazon
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書店員の女性2人が主人公のシリーズ第3巻。そのうちの1人がエリア・マネージャーに昇格し、仙台の書店も担当に。物語の背景に東日本大震災があり、「あの時自分は」と「あれから自分は」を考えさせる。
3 満天のゴール / 藤岡陽子 Amazon
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10歳の息子を連れて実家に帰ってきた女性が主人公。廃屋が点在する寂れた土地で、地域で唯一の総合病院がなんとか支えている地域医療に携わることになった。そこで出会った人々やその人生を描く。
4 天上の葦(上)(下) / 太田愛 Amazon
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物語の発端は渋谷の駅前のスクランブル交差点。信号が変わって無人であるべきその真ん中で、青空を指さして老人が絶命した。大きくは「権力と民主主義」をテーマとした緊迫感に満ちたミステリー。
5 少年と犬 / 馳星周 Amazon
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日本の各地の様々な人々を描く6編の連作短編。すべてに1頭の犬が登場する。犬が出会う人々は決まって問題を抱えている。犬だからセリフはない、ほとんど吠えもしない。でもその存在感は圧倒的。
6 常設展示室 / 原田マハ Amazon
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人生の岐路に立つ人々を描いた6編の短編集。どの短編にも世界各地の美術館で常設展示されている、著名な絵画が登場する。その絵画に絡めて、人生や家族に関わる機微をシャープにしかし優しく描く。
7 線は、僕を描く / 砥上裕將 Amazon
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水墨画の大家に弟子入りすることになった大学生が主人公。その水墨画修行を描く。実は主人公には水墨画に向かう「必然」とも言える事情があった。「紙に一本の線を引く」ことの意味を考える物語。
8 いつかの岸辺に跳ねていく / 加納朋子 Amazon
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生まれた時からの幼馴染の男女が主人公。でも恋とか愛とかとは無縁。とは言ってもやっぱりお互い意識して、という甘酸っぱい話だと思ったら、後半はキリキリと引き絞るような緊張感が漂う展開に。
9 マチネの終わりに / 平野啓一郎 Amazon
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天才ギタリストの男性と通信社の記者の女性の物語。物語の始めには38歳と40歳。女性には婚約者がいた。それでも互いの思いは募る。ドロドロしがちな大人の恋愛を美しく描いたラブストーリー。
10 イマジン? / 有川ひろ Amazon
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連続ドラマの制作アルバイトとして働く若者を主人公に、映像制作の現場を描く。監督、スタッフ、キャストが個性的な面々で、爽快なエンターテインメントになっている。社会への問題提起もある。

 今年の第1位の「熱源」は、北海道と樺太、果ては南極と極寒の地を舞台としているのに、とても熱量を感じる壮大な作品でした。この作品と5位の「少年と犬」は、ともに直木賞受賞作です。私と直木賞は相性がいいようです。

 第2位の「書店ガール3」は、書店を舞台としたシリーズものの第3巻です。2人の女性の書店員が生き生きと描かれている人気シリーズですが、本作はこれまでより飛び抜けて心に残りました。東日本大震災が背景に描かれています。あの震災は多くの作家さんに大きな影響を与えたようです。

 第3位「満天のゴール」は、地域医療の現場を描いた作品です。病院まで車で1時間とか2時間とかかかる集落にお年寄りが住んでいる。私事で恐縮ですが、私の父は私がこの本を読んだ2か月後に亡くなりました。読んでいる時は他人事とは思えず身につまされました。

 選外の作品として、 小野不由美さん「白銀の墟 玄の月」、阿部智里さん「楽園の烏」の、2つの人気ファンタジーシリーズの最新刊、恩田陸さん「祝祭と予感」、原田マハさん「キネマの神様」が候補になりました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
1 あいちトリエンナーレ「展示中止」事件 / 岡本有佳 アライ=ヒロユキ Amazon
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「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が展示中止を強いられた事件の克明な記録。「表現の自由を侵す側」対「守る側」という分かりやすい対立構造ではなかったことが分かる。
2 ほんとうのリーダーのみつけかた / 梨木香歩 Amazon
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著者が、2015年当時の社会情勢に危機感を抱いて、若者に送ったメッセージ。それは「社会などの群れに所属する前に、個人として存在すること。盲目的に相手に自分を明け渡さず、自分で考えること」
3 精神科医・安克昌さんが遺したもの / 河村直哉 Amazon
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阪神大震災において、精神科救護所・避難所などで、カウンセリング・診療などを行った医師の記録。震災時だけでなく「その後」の生き方も含めて。心の傷と癒しについて大切なことを教えてくれる。
4 13坪の本屋の奇跡 / 木村元彦 Amazon
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1冊の本を3ケタを優に超える売り上げを出す、大阪の「町の本屋」を追ったノンフィクション。「町の本屋」の苦境のウラには、私たちが知らない書籍流通の悪弊があった。その解消のための闘いの記録。
5 ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー / ブレイディみかこ Amazon
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英国在住の日本人の著者によるエッセイ集。父が英国の白人、母が東洋人というアイデンティティを持った英国の中学生の暮らしを生き生きと描く。英国のことを読みながら、日本のことを考えさせられる。
6 日本の文化をデジタル世界に伝える / 永﨑研宣 Amazon
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日本の文化に関する紙の資料を、デジタルの世界で情報として流通させることの考察。デジタルアーカイブの事業について、考え方から実践・評価まで幅広く、かつ要点を抑えてコンパクトに収めた本。
7 汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日 / 毎日新聞「桜を見る会」取材班 Amazon
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うやむやのままに忘れられそうになっていた「桜を見る会」疑惑についての詳細なレポート。「明恵夫人の推薦枠」「前夜祭の明細書」「招待者名簿の破棄」などの様々な疑惑を記録し論点を整理している。
8 新聞記者・桐生悠々忖度ニッポンを「嗤う」 / 黒崎正己 Amazon
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満州事変後に世論が軍部支持の一色だったころに、新聞の社説で「関東防空演習」の無意味さ嗤ってみせた記者「桐生悠々」について書いた本。90年前と現代を重ねて、現代の危機と教訓を浮かび上がらせる。
9 女性のいない民主主義 / 前田健太郎 Amazon
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日本では圧倒的に男性の手に政治権力が集中している。それはなぜなのか?それなのに日本が民主主義の国とされている。それはなぜなのか?という問題意識から、ジェンダーを視点にして社会を見直した本。
10 となりの難民 / 織田朝日 Amazon
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突然に収容が決まる。弁護士もつかず身一つで収容される。持病の薬も持ち込めない。期限が決まっていない。在留資格のない外国人「非正規滞在者」を収容する「外国人収容施設」の実態を伝えるレポート。

 第1位の「あいちトリエンナーレ「展示中止」事件」は、報道をなんとなく見ているだけでは分からない、「事件の真相」を垣間見ることができました。「分かりやすい構図」が示されても、そういう時こそ気をつけないといけません。

 さらに4位の「13坪の本屋の奇跡」や10位の「となりの難民」には、おそらくほとんど報道されていない事実が書かれていました。私たちの国や社会は、私たちから見えないところで別の顔を見せているようです。

 第2位の「ほんとうのリーダーのみつけかた」、第7位の「汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日帝国の慰安婦」、第8位「新聞記者・桐生悠々忖度ニッポンを「嗤う」」は、安倍政権下の日本の社会に危機感を感じた本です。政権は変わりましたが状況がよくなったとは言えません。

 第3位の「精神科医・安克昌さんが遺したもの」は、神戸で生まれ育った私には特別の意味がありました。著者は新聞社の記者だそうですが、よくぞこれだけ取材し原稿を書き、そして一旦は封印したものを出版してくれました。

 選外の作品として、岩田健太郎さんの「新型コロナウイルスの真実 」、内田樹さんの「サル化する世界」、永松茂久さんの「人は話し方が9割」が候補になりました。

四角い光の連なりが

著 者:越谷オサム
出版社:新潮社
出版日:2019年11月20日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 新幹線とか電車で長距離を移動する際に時々、車内を見まわして「この人たちみんな、それぞれ今日は「特別なお出かけ」なんだなぁ」と思ったことを思い出した本。

 タイトルが「四角い光の連なりが」で、趣のある電車のイラストが表紙なので、「四角い光」とは電車の窓のことなんだな、と分かった。様々な人の人生の「思い出」を描く短編を5編収録。そのすべてで電車が重要な舞台となる。

 「やまびこ」は、東京の生命保険会社の支店長が主人公。父の葬儀のために岩手県の一関に帰る「やまびこ」の中での出来事と父との来し方を綴る。「タイガースはとっても強いんだ」の主人公は、大阪府吹田市桃山台に住むタイガースファンの会社員。気になる同期の女性との野球観戦に向かう電車で思わぬ展開。

 「名島橋貨物列車クラブ」は、福岡に住む小学校6年生の物語。「正直すぎる人の気持ちを想像するのが苦手」な友達と、鉄橋を渡る貨物列車を見ることが日課。「海を渡れば」は、今は真打となった落語家が、香川県から上京して師匠に入門した20歳のころのことを、独演会の話のまくらとして語る。どれも人情噺でしみじみとした読後感がある。

 「二十歳のおばあちゃん」だけちょっと詳しく。私はこの物語がとても好きだ。72歳の祖母と豊橋市に旅行に行くことになった16歳の女性が主人公。旅の目的は、豊橋に行って路面電車に乗ること。以前、都電を走っていた電車の何台かが豊橋に引っ越していったらしく、おばあちゃんはもう一度それに乗りたいらしい。

 16歳にとっては72歳を連れて旅行に行くのは、なかなかに気疲れすることではあったけれど、血のつながった仲でもあるし、まずまずいい旅行になった。目的の電車にも乗れた..と思っていたら、重大な失敗に気が付く。その失敗を取り返すのだけれど..。

 ラストシーンのおばあちゃんの表情が目に浮かんで、幸せな気持ちになる。また、他の4編と同じで「二十歳の~」も人情噺なのだけど、この一遍だけはなんとも言えない空気感が満ちている。そういえば著者はファンタジーノベル大賞優秀賞でデビューしたのだった。繰り返しになるけれど、この物語はとても好きだ。

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やばいデジタル 「現実」が飲み込まれる日

著 者:NHKスペシャル取材班
出版社:講談社
出版日:2020年11月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「立ち止まれない」ことに怖気がした本。

 本書は2020年4月に放送されたNHKスペシャル「デジタルVSリアル」の取材班が、番組の内容を軸に放送では伝えきれなかった取材内容を盛り込んだもの。大きく2つのテーマがあり、前半のテーマは「フェイク」、後半は「プライバシー」。「私たちの社会を自由に豊かにしてくれる」と期待していたデジタル技術の、不自由で非民主主義的な側面をあらわにする。

 まず「フェイク」から。フェイク情報によって「子どもの誘拐犯」の濡れ衣を着せられ、集団リンチを受けて2人が死亡した、メキシコで実際にあった事件が紹介されている。リンチを加えたのは怒りにかられた市民。「その人たち大丈夫か?」と思う。しかし同様の事件は世界各地で起きている。「日本では起きない」とは言えない。

 さらに深刻なフェイクも。「ディープフェイク」という技術を使えば「ある人があることを話しているビデオ」が作れる。見ただけではフェイクと見破ることはできない。今は、女優やタレントの「フェイクポルノ」が問題になっているけれど、「動かぬ証拠」であった動画映像が簡単に作れるのだから、誰かを陥れることも簡単になった。時代はさらに先へ進み、今はそれがビジネスになっているという…暗澹たる気分だ。

 次に「プライバシー」。スマホの利用履歴から持ち主の人物像がどの程度分かるか?そんな実験が報告されている。結論から言うと、住所、氏名、職業、趣味、経済状態、異性関係..プライバシーが丸裸にされてしまった。おまけに「新しい仕事を始める」という未来予知まで的中させてしまう。

 「まいったなぁこれは」が感想。技術の進歩がこんな息苦しい社会を招くなどと思いもしなかった。もう立ち止まれないのか?

 最期に。とても気になったこと。それは、こんな状況を問題だと思っていない人たちが相当数いそうなこと。「フェイク」をビジネスにしているある人物は「ディープフェイクは単なる道具。テクノロジーは進化していかなかればなりません」と言う。別の人物は「フェイクビジネスという新たな道を切り開いてきたことに誇りを持っています」と言う。

 プライバシーを丸裸にされた人物も「あの程度なら全然問題ないかな」と言って去っていった。

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あきない世傳 金と銀 源流篇

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2016年2月18日 第1刷 2018年12月18日 第14刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「次を読みたいな」と思った本。

 「みをつくし料理帖」シリーズの著者による、新シリーズ(と言ってもすでに9巻が既刊)。「みをつくし~」がよかったのでこちらも読んでみた。

 主人公は幸(さち)。物語の始めは7歳で、西宮の東隣の津門村の私塾の娘だった。時代は享保16年(1731年)。享保の大飢饉の直前。当時は「女子(おなご)に学は要らん」という風潮もあったが、塾の主宰者である父は「せめて読み書きだけは、男女問わずにも学ばせるべきだ」と考え、幸にも学ばせていた。

 物語はこの後、幸を優しく導いてくれた兄の死を経て、大坂の商家に奉公に出た幸の13歳までを描く。奉公に出た商家は中堅の呉服商「五鈴屋」で、四代目の店主と弟2人とその祖母が、奉公人たちを使って店を切り回していた。理想的とはいかないけれど、まずまずの良い奉公先で、特に店主の末弟の智蔵と番頭の治兵衛は、幼い女子の幸の才に気づいて、何かと目をかけてくれる。

 シリーズの第1巻だから「まだまだこれから」という感じ。でも「これから」が期待できる始まり方だった。幸の父は「商とは、すなわち詐(いつわり)なのだ」という人で、その言葉は幸の胸に楔のように刺さる。その幸が商家でその才のつぼみを膨らませる。否が応でもそれが花開くところを見たいと思わせる。

 また、物語が始まってすぐの、幸が兄と見た夕暮れの武庫川の景色が印象的だった。兄は金も銀も見たことのない幸に「夕日の輝き」を金色、「川面の煌びやかな色」を銀色、と教える。そういえば本書は「源流篇」。人生を川の流れに例えている。物語の中では、治兵衛が商いを川に例えるシーンがある。「川の流れ」は、この物語の重要なエレメントなのかもしれない。

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ホテルローヤル

著 者:桜木紫乃
出版社:集英社
出版日:2013年1月10日 第1刷 7月30日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 読み終わってすぐは「こりゃだめだな」と思ったけれど、改めて振り返ると「まぁまぁいいんじゃないの」と思った本。

 2013年上半期の直木賞受賞作。2020年11月に波瑠さん、松山ケンイチさんらをキャストに映画化された。そのトレーラーを見て「直木賞受賞」に魅かれて読んだ。

 舞台は北海道の釧路。釧路湿原を望む高台に建つラブホテル「ホテルローヤル」。そこに関係のある人々を描いた7つの短編。「関係」の濃淡は様々で、そのホテルの経営者や従業員ということもあれば、利用者のこともある。さらには、たぶんこれから利用する人や、ホテルが廃墟となった後に訪った人までいる。

 例えばホテルの経営者の名は田中雅代。29歳。このホテルは、雅代が母のお腹にいる時に父が始めた。だから雅代はここで育った。十年前に母が家を出てからはここの事務所で寝起きしている。物語が描くのは、ホテルの廃業の日。アダルト玩具の販売会社の営業担当が、在庫を引き取りに来た。短いやり取りの中に、29年の雅代の人生がにじむ。

 例えば廃墟となったホテルに来たのは加賀屋美幸。33歳。中学の同級生で地元の会社のアイスホッケーの選手だった、木内貴史と付き合っている。今日は、貴史の頼みで「廃墟でヌード撮影」をするために「ホテルローヤル」に来た。貴史はエース級の選手だったが、ケガでアイスホッケーを引退していて、情熱の新たな行先を写真に求めているようだ。

 好きなタイプの物語もあった。雅代の話とかだ。他には結婚20年の夫婦の話もよかった。でも、受け入れが難しい物語もあった。美幸の話とかだ。それからお寺の住職の奥さんの話とか、数学の先生の話とか。ラブホテルが舞台なだけに、男女の性がクローズアップされるのは、どの物語も同じなのだけれど、受ける印象がずいぶんと違う。ポジティブとネガティブ、喜劇と悲劇、陽と陰。

 どうやら著者15歳の時に、父親が「ホテルローヤル」」というラブホテルを開業しているらしく、本書がその経験を反映していることは想像に難くない。そこには陽も陰もあったのだろう。そのどちらも描いたのだと考えたら、著者の態度は「公平」だと言うべきなのだろう。

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なぜ読解力が必要なのか?

著 者:池上彰
出版社:講談社
出版日:2020年11月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「読み解く力」は「文章を読む力」だけではないんだな、と分かった本。

 タイトルの「なぜ必要なのか?」については、第1章のタイトルで「読解力を伸ばすと生き方が変わる」と、答えがほぼ出ている。その答えを踏まえて第1章では、読解力がある/ないの例を挙げて補足をする。第2章では「読解力」を「情緒」と「論理」の2つに分けて論じ、残りの第3~5章で「読解力」の付け方の指南を、視点を変えながら行う。

 特徴的だな、と思うのは「読解力」を「情緒的読解力」と「論理的読解力」に分けたこと、そして「情緒的読解力」の方を重視していることだ。「論理的読解力」は、評論などの「論理的な文章を読み解く力」、「情緒的読解力」は、文学作品などの「情緒的な文章を読み解く力」。同じ文字が使いまわされているだけで、情報量の少ない説明で恐縮だけれど、イメージはつかめると思う。

 著者が「情緒的」に肩入れするのは、「論理的に比べて軽視されているように思う」ことが主な理由ではあるけれど、「情緒的読解力」を「人間力」と言い換えるほど重視している。「自分とは違う「他者」の思いや考え方を汲み取る」ことであって、これを学ぶ場が失われるとすれば危惧すべき事態だ、と言う。

 「なるほどそうか」と思う。私も「情緒的読解力」を軽視していた。それを気づかせてくれたのは、本書を読んでよかったことの一つだ。

 ただ私は「「論理的読解力」だけでもなんとかしないと」と思っている。文章を読んで、書いてあることを書いてある通りに理解してほしい。最近は動画のマニュアルが増えたけれど、それでも新しいや知識や方法は文字から得ることが圧倒的に多い。それが読み解けないと、新しいことが身につけられない。いやいやそんな高尚なことでなく、メールやSNSの文章を、書いたとおりに読んでくれないことが多くて困っている。

 数学者の新井紀子さんが「中学を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることが公教育の最重要課題」とおっしゃっている。作家の佐藤優さんも「中学3年生までの国語学習を完璧に理解すれば、読解力は高等教育もそれで足りるし、社会に出ても耐えうるレベル」とおっしゃっている。これらはたぶん「論理的読解力」を身につけることについておっしゃっているのだろうと思う。

 最後に印象的な部分を。

 「教養がない」人とは、「知識が自在に操れていない」人だと言えるでしょう。安倍前首相は...

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モダン

著 者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2015年4月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 いつかまたニューヨークに行くことなんてあるのかなぁ、と思った本。

 ニューヨーク近代美術館(MoMA)を舞台とした短編5編を収録。

 冒頭の短編は「中断された展覧会の記憶」。主人公はMoMAで企画展示ディレクターを務める杏子。物語の最初に示された時間は「2011年3月11日金曜日 午前6時55分」。時刻はともかくこの日付は、日本人にあの記憶を呼び起こす。物語ではこの時、MoMAからふくしま近代美術館に、アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」を貸し出していた。

 最後から2番目の短編は「新しい出口」。ここに登場する日付は「2001年9月11日」。この日付もまた私たちの記憶に残っている。ニューヨーク近代美術館は、当たり前だけれどニューヨークにある。MoMA自体には被害はなかったけれど、物語では職員が一人亡くなっている。描かれているのはそれから1年後の話。

 この紹介だけでは「惨事」をテーマとして短編集のように感じてしまうかもしれない。しかし、他の作品は19999年、1981年と1934年と1943年、2000年のMoMAを描いていて、ちょっとした事件はあるけれど、惨事は起こらない。ただ、上に紹介した2編を含めて、共通の人物などによって縦横に結びついている。その結びつきがなんとも心地いい。

 私には、その結びつきから一つのことが浮かび上がって見えた。それはMoMAが世界中の才能を集めて、常に世界のアートシーンを切り開いてきた、魅力的な美術館だということ。

 例えば、3番目の短編「私の好きなマシン」は、ある工業デザイナーが1934年、8歳の時に来た「マシン・アート」の展覧会を振り返る。この作品はフィクションだけれど、その展覧会は実在の出来事。美術館がベアリングやコイルをアートとして展示した。それはとても画期的な出来事だったにちがいない。

 本書の感想として、たくさんの人がそう言っているけれど、私もその一人になる。MoMAに行きたくなった

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武蔵(一)

著 者:花村萬月
出版社:徳間書店
出版日:2011年9月
評 価:☆☆(説明)

 これは..思ってたのと違うな、と思った本。

 「時代小説を読みたいな」と思っていたら視界に入ってきて、読んでみた。紹介するまでもないけれど、主人公は宮本武蔵。ただし本書は6巻シリーズの第1巻で、武蔵はまだ11歳で名を弁之助といっていた。十手術の創始者で道場を構える養父と暮らしている。

 弁之助は日々鍛錬を怠らないだけでなく、膂力も人並みはずれてあった。「大きく、なりたい」と思っていた。背丈はもちろん、自分でもよくわからないけれど「対峙する相手を圧倒」する大きなものがほしいと思っていた。そして養父の脳天を断ち割ることを夢想していた...

 いや、もう困った子どもだ。冒頭のエピソードでは、野良犬の脳天を断ち割ってしまっている。養父でないだけまし、という話ではない。困った子どもだ。

 この後、弁之助は5つ年上の美禰という神官の娘や、養父の門弟で豪族の跡取り然茂ノ介らと出会い、行動を共にするようになる。そして「武者修行」と称して出奔を企てて、3人で山に分け入ったりもする。

 10代の子ども3人が、親の束縛を逃れて道なき道を行く。ジュブナイル小説の様相で、まぁそういう読み方もできるのだけれど、やっぱり困ったことがある。美禰を筆頭にして、あっちにもこっちにも色っぽいお姉さんが居て、弁之助とセックスをしてしまう。

 というわけで、「ポリコレ」とか言わないけれど、居心地の悪い思いをしながら読み終わった。奥付の前を見ると、本書は「問題小説」という月刊誌に掲載された作品だそうで、雑誌のキャッチコピーが「男のためのセンセーショナル小説集」。「男のための..」が安っぽすぎると思うけれど、まぁそういう狙いなのか、と腑に落ちた。

 武蔵の人生は始まったばかりで、これから先に波乱万丈の物語がある。武蔵が大人になれば、居心地の悪さも薄れて楽しめるだろう。でもなぁ。

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