私が大好きなタイプの作品。こんなにも先が知りたくなって読みふけってしまったのは、いつ以来だろう?という物語だった。
「戦闘妖精・雪風」というシリーズで、現在のところ書籍として出ているのは、本編は「戦闘妖精・雪風〈改〉」「グッドラック: 戦闘妖精・雪風」「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」「アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風」の四作品。
1冊目の「戦闘妖精・雪風〈改〉」は、1984年に出版された「戦闘妖精・雪風」を、2002年に一部改稿して改めたもの。4冊目の「アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風」は2022年の出版なので、改稿前の1冊目出版から数えると、実に38年経っている。私は4冊目が出てから読み始めてよかった。焦がれるように物語の先が知りたいのに、38年待つことになっていたら、悶え苦しんでいただろう。
ちなみに著者が「SFマガジン」に最初の1編を発表したのは1979年。2024年12月発行の「SFマガジン2025年2月号」に第五部の最終回が掲載されているらしいので、これらを考え合わせると実に45年にもなる。もしかしてギネス記録なんじゃないの?と思っている。
物語世界の設定を簡単に。
30年前に地球は、南極にある超空間<通路>を通って来た異星体「ジャム」の攻撃を受けた。人類は反撃し、<通路>の向こう側にある惑星「フェアリイ」にまで、ジャムを押し返した。現在は、地球防衛機構の主戦力であるFAF(フェアリイ空軍)が、フェアリイ星に基地を作って、ジャムを相手に防衛戦を行っている。
主人公は深井零。戦闘機のパイロット。FAF特殊戦第五飛行戦隊(通称:特殊戦)所属の少尉。零が乗る戦闘機には「雪風」というパーソナルネームがある。そう。「雪風」はシリーズのタイトルにもなっている。
零たちが所属する特殊戦には、文字通り特殊な任務が与えられている。それは、味方の他の部隊とジャムとの戦闘の記録情報を収集すること。至上命令は情報を収集して「必ず帰投せよ」。味方が全滅しそうでも、それを見殺しにしてでも必ず戻ってくること。
—
四作品それぞれを簡単に。
「戦闘妖精・雪風〈改〉」
著 者:神林長平
出版社:早川書房
出版日:2002年4月15日
8章あるいは8編の短編からなる。主人公の零とその上官のジェイムズ・ブッカー少佐のフェアリイ基地での出来事を描く。最初は地球から来た偉い人の歓迎式典をサボるために人形を製作する、なんていうほのぼのしたエピソードもある。
中盤以降はジャムとの闘いが描かれ、防戦一方な感じでどうもFAFは分が悪いことが分かる。雪風は独自の意識を持っているように見える。ブッカー少佐から「この戦いに人間は必要なのか?」という疑問も提示される。
「グッドラック 戦闘妖精・雪風」
著 者:神林長平
出版社:早川書房
出版日:2001年12月15日
前巻の最後で零は、雪風のコクピットから(雪風の意思で)射出されている。この巻の冒頭では、無事に救出されたが重体。身体的には回復するが精神的なダメージが回復しない。ブッカー少佐の少し荒っぽい方法による零の回復が描かれる。
エディス・フォス大尉が軍医として特殊戦に配属される。雪風や本部のコンピュータが機械知性体や戦闘知性体と呼ばれて、人間から独立した意思を持つことと、ジャムが人間のコピーをFAFに潜入させていることが共通認識になる。
「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」
著 者:神林長平
出版社:早川書房
出版日:2011年3月10日
ジャーナリストのリン・ジャクスンに、FAF情報軍のアンセル・ロンバート大佐から手紙が届く。それは、ジャムからの地球人に対する宣戦布告だった。ロンバート大佐は、人類で最初の裏切り者で、ジャムと安定して交信ができる(らしい)ただ一人の人物となる。
後半は、ジャムからの総攻撃を受けるなかで、零をはじめとする特殊戦の面々が異様な体験をする。激しい攻撃を受けたはずの基地が無人になっていたり、司令室にいた次の瞬間に戦闘機のコクピットにいたり。まるで幻想空間に迷い込んだようだ。
「アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風」
著 者:神林長平
出版社:早川書房
出版日:2022年4月20日
前巻の最後で、零と雪風は、超空間<通路>を通って地球に行き、再び<通路>に入って行った。特殊戦が置かれた、幻想空間のような異様な状況を打開するための作戦だった。この巻では雪風はフェアリイ星に帰還、異様な状況も解消されたが、ジャムがフェアリイ星から姿を消してしまった。
ジャムのいないフェアリイ星で、特殊戦は何をどうするのか?司令官のクーリィ准将の答えは、アグレッサー(仮想敵)部隊の創設。その訓練に地球の日本空軍から「人間の形をした爆弾」と揶揄される田村伊歩大尉が参加する。彼女は人間よりも戦闘機械に親近感を抱いている。零と同じように。
—
四作品読み終えた感想を。
SFをそんなに読んでいないので、こんなことを言うのは本当は憚られるのだけれど「今まで読んだどの作品とも違う世界設定」を感じてワクワクした。
ジャムという敵がいるのだけれど、その正体が全く分からない。どんな生物なのか、もしかしたら生物でさえないのかもしれない。侵攻してきた目的もわからない。そしてここが肝心なのだけれど、ジャムは、地球のコンピュータと戦っているのかもしれない。地球のコンピュータも独自の判断で応戦しているようだし。
ジャムは我々人間など認識さえしていないのでは?という疑念。そんな状況でも人間が命を賭して戦う意味はあるのか...という問いを抱えながらも繰り返す出撃。そこにいろいろな組織や個人の思惑が絡む。面白い!
次には、超々々高度なコンピュータシステムに寒気を感じた。
コンピュータは高度なAIを搭載していて、人間とは独立して独自の判断で戦闘行為も行う。雪風は、パイロットの零をコクピットから放り出したこともあるし、無理な空中機動による加速度に耐えられなかったパイロットを即死させたこともある。
ChatGPTの公開から2年余りたった今だから、読む私にも受け入れ準備がある程度できていた。でもシリーズが世に出た40年以上前だったらどうだろう?と想像する。四作品を読み終えた今から思えば、第1巻で登場する「歓迎式典をサボるために作った人形」の不出来さが、とてもいい対比になっているように思う。
哲学的な話題や量子力学を取り込んだ展開に、振り落とされないようにしがみついた。
ブッカー少佐が哲学者のように思考と言葉を操る人で、たびたび奥深い考察が披露される。第3巻「アンブロークンアロー」では、量子論の不確定性原理が、幻想空間のような異様な現象への説明に使われる。
「素人が一知半解で量子論を持ち出すんじゃない」という但し書きを、登場人物が口にするけれど、私はこういう物理学の話題をうまく料理した話が結構好きだ。「シュレーディンガーの猫 」なんて言葉が零の口からでてきた時にはちょっとうれしくなった。
続きが楽しみ..
冒頭に書いたように、続きの第五部はSFマガジンでの連載がすでに終わっている。待っていれば単行本になるだろう(※)。でも待っていられなかったので、SFマガジンを買って読んだ。まだ2章までしか読んでいないけれど、この後もすごく面白くなる予感。
※追記:第五部「インサイト 戦闘妖精・雪風」2025年2月19日発売決定
人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)