きのうのオレンジ

著 者:藤岡陽子
出版社:集英社
出版日:2020年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「命」や「生きる」ということを見つめた本。

 「新刊がでたら読みたい」と思うようになった、藤岡陽子さんの最新刊。

 物語の中心となるのは笹本遼賀、33歳。岡山の出身で、今は食品メーカー直営のイタリアンレストランの店長として東京で暮らしている。冒頭で胃がんの告知を受ける。物語は全部で5章あり、遼賀や遼賀の母、弟、高校の同級生が、章ごとに主人公となって進む。

 母の燈子や弟の恭平ら家族が、入れ替わりで東京に来て遼賀を見守る。高校の同級生の矢田泉は、遼賀が入院する病院の看護師で、看護師としても友人としても献身的に支える。しかし、物語が進むにつれて遼賀のがんも進行する。遼賀の毎日は、いつからか「残された日々」になっていく。

 本当に心に沁みいる物語だった。遼賀を中心に描かれるのだけれど、燈子にも恭平にも泉にも、その背景に人生と物語がある。特に、遼賀と恭平には中学生の時の雪山での事件があり、さらには出生の秘密も..と、幾重にも重ねた重層的な物語になっている。それでいて分かりにくくも回りくどくもなく、すっきりと読める。

 帯に「こんなに何度も何度も泣けてくる小説は初めてだ」と、書店員さんのコメントがある。「泣けてくる」と事前に予告されるのは、私は好かないのだけれど、確かに前半からグッとくる場面がいくつかあった。遼賀のおばあちゃんが娘の燈子に「あたしを施設にいれてくれんか」と訴えた気持ちを想像したら、涙がにじんだ。

 著者の作品では「満天のゴール」と同じく、人の「残された日々」を描き考えさせる作品だった。昨年からニュースが、毎日「人の死」を「数」として報じるのに違和感を感じる。心のバランスをとるのに、こんな作品が必要なのじゃないかと思う。

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ダークエルフ物語1 故郷、メンゾベランザン

著 者:R.A.サルバトーレ 監修:安田均 訳:笠井道子
出版社:アスキー
出版日:2003年1月1日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 久しぶりの海外ファンタジー。とても評価の高い作品。読んでいてワクワクした本。

 4年ほど前に「ダークエルフ物語 ドロウの遺産」という本を読んで、ファンタジーの王道といった感じで面白かった。ただ、その本は第3シリーズの1冊目だった。本書は時系列で並べた場合のシリーズ1巻目。

 主人公はドリッズト・ドゥアーデンという名のダークエルフ。ダークエルフというのは、およそ5千年前に地上を追われて、地下の暗黒世界に棲むエルフ族。その暗黒世界の街メンゾベランザンでは、陰謀や裏切りが(成功さえすれば)賞賛される。家系による序列が存在し、それ故に家系間の争いが絶えない。

 ドリッズトは、第10番目の家系でドゥアーデン家が、第4番目のデヴィーア家を滅亡させた日に、ドゥアーデン家の第三皇子として生まれた。その日、ドゥアーデン家は第9番目の家系となり、ドリッズトは第二皇子になった。デヴィーア家との戦いのさなかに、第二皇子が第一皇子を殺したからだ。陰謀や裏切りが賞賛されるのは、家族の間でも例外ではないのだ。

 物語は、ドリッズトが生まれ、父でもある剣匠ザクネイフィンに、剣士としての手ほどきを受け、学園生活を経て一人前の戦士となる過程を描く。実は、ドリッズトはメンゾベランザンの価値観に染まらず、善なる心のままに育つ。それ故に、家族ともザクネイフィンとも衝突し、この街での生きずらさを抱えている。

 シリーズ1巻目、ということで、まだ物語の幕が開いたばかりだ。それでも魔法あり、剣技あり、魔獣の召喚あり、種族あり、ダンジョンあり..。シリーズ1巻目からファンタジーの王道だった。4年前に読んだ本の「ダークエルフってなんなの?」「ドリッズトはなんでこんな立場なの?」が、完全に解消した。これから1巻ずつ読んでいこうと思う。

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古本屋の四季

著 者:片岡喜彦
出版社:皓星社
出版日:2016年12月16日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 このような退職後もありかと思った本。

 神戸市兵庫区の古書店「古書片岡」のご店主のエッセイ集。「古書片岡」は労働組合の専従職を定年退職されてご店主が、2009年5月1日に開店、お店は畳7畳の広さしかない。エッセイは、元町商店街の老舗の海文堂書店の縁で発行を始めた書評誌「足跡」に書き継いだもので、開店前の2008年10月から2020年4月まで約12年間の66本が収録されている。

 「まえがき」に「業務日誌に少し温かみを加味したような文章」と、著者自身が表現しておられる。業務日誌らしく、来店客数や売上げのこと、本の引き取りなどの取引のこと、来店されたお客さまのことが書かれている。しかしその視点はどこか観察的で、著者の好奇心が垣間見えるし、筆致には対象と読者に対するやさしさを感じる。こうしたことが「少し温かみ」の部分だろう。

 本好きの少なくない人が一度は思うように、私も「本屋をやってみたい」と思ったことがある(というか今も思っている)。だから大変参考になった。とても新鮮に感じたこともある。それは「引き取り」のこと。私が「本屋をやってみたい」と思って考えるのは、「本を買ってもらうこと」だけれど、本書には「本を引き取ること」がとても多い。代わりに「本が売れた」話はとても少ない。

 古書店だから、蔵書を提供してくれる人がいなくては成り立たない。「本が売れた」話が少ないのは、もともと店舗では売れることが少ないからではある。でも、それだけではない。著者には「残された余生を楽しむため」という開業の目的があり、お店のシャッターにはこう書いてある「本好きの 人・本・心 つなぐ店」。人や本との出会いこそが、著者にとって大事なことなのだ。「引き取り」は、新しい人、本との出会いの場でもある。

 最期に。扱っている本が社会科学系で、私には馴染みのない本が多かったのだけれど、一気に親近感が増したことがあった。私が住む街から蔵書の引き取りの依頼があったことだ。わずか1行の記述だけれど、私にはその蔵書に見当がつく。思わぬところで知人に出会ったような気持ちだ。

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認知バイアス 心に潜むふしぎな働き

著 者:鈴木宏昭
出版社:講談社
出版日:2020年10月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 少し知ってはいた「認知バイアス」だけれど、これを軽視すると大変なことになる、と思った本。

 「認知バイアス」とは、本書の冒頭で「心の働きの偏り、歪み」と説明がある。言い換えると「実際にはそうではないのにそう思ってしまう心の働き」。例えば、直近の5年で少年による重大な事件数は変わらないのに、「増えている」と考える人が8割いる(2015年内閣府調査)。そこには「認知バイアス」が潜んでいる。

 認知バイアスを引き起こすものの一つが「ヒューリスティック」。経験則によって「ある程度正解に近い解」を見つけ出すための方法のこと。注目すべきは見つけ出すのが「ある程度正解に近い解」であて「正解」ではないことだ。「利用可能性ヒューリスティック」とか「代表性ヒューリスティック」とか、いくつか種類がある。

 「利用可能性ヒューリスティック」は、「思い出し(思いつき)やすいことは頻度が高い」と判断するクセのこと。何度も起きたことは記憶に残るので、ある程度合理性はある。ただしメディアが発達して、自分が経験していないことも知ることができる現代は弊害も大きい。何度も起きていなくても、何度も聞いたことも思い出しやすい。私たちは「起きた回数」と「聞いた回数」を区別していない。

 「代表制ヒューリスティック」は、ある集団の代表例を平均的な特徴(プロトタイプ)と思い込むクセのこと。例えば「平均的」を割り出せるほど付き合いが多くない人が、ニュースやネットで見聞きする「韓国人」を、韓国の人々の平均像と思い込む、というようなこと。言うまでもなくニュースは「特異なこと」を報じるのだから、報じられたことは平均からは逸脱している、にも関わらず。

 本書には「ヒューリスティック」以外にも、様々な認知バイアスを招く思考のクセについて書いてある。最後に「「認知バイアス」というバイアス」という章もあって、「認知バイアス」という考え方自体に潜むバイアスに言及していて、類書にはない著者の一段高い視点を感じた。

 直接的な言及はほとんどないのだけれど、新型コロナウイルスに対する私たちのありように、本書はとてもたくさんの示唆を含んでいる。著者にもそのような意図があったのではないかと、私は思っている。

 連日の報道で「利用可能性ヒューリスティック」を集団的に発動していると思うし、感染を気にしないで出歩く若者のインタビューを見て「若者はけしからん!」と憤るのは、「代表制ヒューリスティック」のあらわれだと思う。また、責任の分散による無責任のこととか、「検査による偽陽性」を論じたコラムなどもあって、コロナ禍の社会にピタリとはまっている。

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玉村警部補の災難

著 者:海堂尊
出版社:宝島社
出版日:2012年2月14日 第1刷 3月15日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「海堂ワールド」のファンだからこそ楽しめる。そう思った本。

 登場人物の多い海堂ワールドの作品の中で、おそらく目立たない方のキャラクターを主人公とした短編集。

 主人公は、桜ノ宮市警の玉村警部補。「チーム・バチスタの栄光」から始まる「田口・白鳥シリーズ」に登場している。本書でも形式的には、「田口・白鳥シリーズ」の主人公である東城大学医学部の田口公平医師を、玉村警部補が訪問して過去の事件を語る体裁になっている。

 語られるのは、玉村警部補の上司であった加納警視正が関わった事件で、まぁ加納警視正は「目立つ方のキャラクター」だった。「タマちゃん」が主人公のはずがやっぱり目立たない。

 語られる事件は4つ。1つ目の「東京都二十三区内外殺人事件」は、東京都と神奈川県の境界線で起きた、殺人・死体遺棄事件。田口と厚労省の白鳥室長も絡んでいる。2つ目の「青空迷宮」事件は、テレビ番組のセットの迷路の中で起きた殺人事件。6つのカメラが撮影する中で起きた変型「密室殺人」。

 3つ目は、スキー場の山頂の積雪に埋もれ、春の雪解けになって遺体が発見された事件。被害者の衣服についた血痕のDNA型から容疑者が特定された。警視庁が導入したDNAデータベースの成果だという。4つ目は、なかなか全貌が見えない。まず登場するのは、持ち込まれた遺体に歯科治療を施すという、いかにも怪しい仕事をする男。後に、田口と友人の放射線科医の島津が登場する。

 面白かった。加納警視正の捜査も、白鳥室長のふるまいも、ちょっとムチャな感じがするけれど、「目的のためには手段を選ばず」で、結果オーライを許そう。タマちゃんの人となりや私生活が少し垣間見られて、ファンがつきそうだ。

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「居場所」のない男、「時間」がない女

著 者:水無田気流
出版社:筑摩書房
出版日:2020年5月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 わが身を省みて、将来に備えて「関係を構築」しなければ、と思った本。

 タイトルから「話を聞かない男、地図が読めない女」のような、「男女の振る舞い」の違いをもっともらしく書いた、軽い読み物を想像して手に取った。しかし本書は、それとは違って「男女の境遇」の違いを統計や調査研究を引きながら重いテーマをしっかり論じたものだった。ここには何年も前から認識されながら、一向に改善しないこの国の問題が、明瞭な輪郭をもって切り取られている。

 ごく簡単に言うと「「居場所」のない男」というのは、男性が会社(仕事)以外の場所での関係が築けていない「関係貧困」のことを言い、「「時間」がない女」というのは、女性が1日のうちでも人生という長い時間軸でも、スケジュールに余裕がない「時間貧困」のことを指す。本書は3部構成で、第1部で男性の「関係貧困」、第2部で女性の「時間貧困」を検証・解説し、第3部でその解決のための考察をしている。

 「男性」に付言すると、関係が築けていないのは「頼れる人がいない」ことを示す。仕事から離れてしまうと「相談できるのは妻だけ(相談できる内容に限るけれど)」という状態に陥る。もちろん結婚しなければ妻はいない。先立たれても妻はいない。その結果と思われるが、日本の男性は女性の2倍以上も孤独死し(2017年 東京都23区の統計)、おなじく2倍以上自殺している(2018年 内閣府統計)。

 「女性」について言うと、本当に余裕がない。男性が思っているより数段忙しい。著者は「結婚してキャリアも積んで34歳までに子どもを2人ぐらい」という「モデルコース」を設計しているが、何歳までに○○という計画に追われて、息が詰まる思いがする。1日のスケジュールを見ても、特に母親になると、家族に対するケア労働(労働とみなされないことが多い)のために、家族が起きている間中スタンバイ状態になる。

 それで男性の「関係貧困」と女性の「時間貧困」は関連している。これもごく簡単に言うと、男性が「関係貧困」でも暮らるのは、女性から時間を奪っているからで、これが「時間貧困」の原因の一つになっている。だからこの問題は両方同時にしか解決しない。それなのに「女性活躍推進」に代表される政策の数々は、男性の問題を置いたままに、この上さらに女性の時間を資源として使おうとしている。...嘆息。

 何気なく手に取った本だけれど、いい本に出合った。

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アンド・アイ・ラブ・ハー

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2019年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「フィクション」と知った上で、筋の通った生き方をしていれば、支えてくれる人にも恵まれるのだなぁ、と思った本。

 「東京バンドワゴン」シリーズの第14弾。東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」を営む、大家族の堀田家の1年を描く。前作「ヘイ・ジュード」の続き。

 いつもと同じ、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。前作のレビューで「メンバーの成長や新しいステージへの踏み出しが主に描かれる」と書いた。今回は、主に描かれたのは「別れ」だった。

 上に「大家族」と書いたけれど、堀田家(と隣のアパート)には今は13人が住んでいる。最年長は堀田家当主の勘一で86歳、最年少はひ孫のかんなと鈴花で6歳の4世代。家族以外にも何人かが「家族同然」として同居している。その他に、それぞれの仲間や堀田家を慕って来る人々が大勢出入りする。

 また「別れ」と書いたけれど、この大勢の中の2人が旅立つ。一人は永久の別れに、一人は自分で終の棲家を決めてそこに。いつものように、ミステリーとその解決は小気味よく、人情話はしみじみとしていて、とても心地いいのだけれど、私はこの2つの別れが特に心に残った。

 かずみさんが泣かせる。あなたサイコーです。

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2020年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。小説部門、ビジネス・ノンフィクション部門ともに10位まで紹介します。このランキングも今年で12年目。干支がひと回り。生まれた赤ちゃんが小学校を卒業するまでの時間です。
  (参考:過去のランキング 2019年2018年2017年2016年2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年2008年

 今年このブログで紹介した本は101作品でした。☆の数は、「☆5つ」が4個、「☆4つ」が55個、「☆3つ」は38個、「☆2つ」が4個、です。
 「☆5つ」「☆2つ」の一番上と下の評価は昨年と同じ数で、「☆4つ」は一つ多く「☆3つ」は2つ少なくなりました。毎年同じような数に落ち着くのが不思議です。今年は感染症のせいで落ち着かない年になってしまいましたが、私の読書は「例年並み」をキープできました。ありがたいことです。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
1 熱源 / 川越宗一 Amazon
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明治から昭和にかけての北海道、サハリンなどの北の大地を舞台に、樺太出身のアイヌら複数の半生を描く群像劇。「私は何者か?」を問うテーマの訴求力と、実話を基にした物語の構成力に圧倒される。
2 書店ガール3 託された一冊 / 碧野圭 Amazon
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書店員の女性2人が主人公のシリーズ第3巻。そのうちの1人がエリア・マネージャーに昇格し、仙台の書店も担当に。物語の背景に東日本大震災があり、「あの時自分は」と「あれから自分は」を考えさせる。
3 満天のゴール / 藤岡陽子 Amazon
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10歳の息子を連れて実家に帰ってきた女性が主人公。廃屋が点在する寂れた土地で、地域で唯一の総合病院がなんとか支えている地域医療に携わることになった。そこで出会った人々やその人生を描く。
4 天上の葦(上)(下) / 太田愛 Amazon
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物語の発端は渋谷の駅前のスクランブル交差点。信号が変わって無人であるべきその真ん中で、青空を指さして老人が絶命した。大きくは「権力と民主主義」をテーマとした緊迫感に満ちたミステリー。
5 少年と犬 / 馳星周 Amazon
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日本の各地の様々な人々を描く6編の連作短編。すべてに1頭の犬が登場する。犬が出会う人々は決まって問題を抱えている。犬だからセリフはない、ほとんど吠えもしない。でもその存在感は圧倒的。
6 常設展示室 / 原田マハ Amazon
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人生の岐路に立つ人々を描いた6編の短編集。どの短編にも世界各地の美術館で常設展示されている、著名な絵画が登場する。その絵画に絡めて、人生や家族に関わる機微をシャープにしかし優しく描く。
7 線は、僕を描く / 砥上裕將 Amazon
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水墨画の大家に弟子入りすることになった大学生が主人公。その水墨画修行を描く。実は主人公には水墨画に向かう「必然」とも言える事情があった。「紙に一本の線を引く」ことの意味を考える物語。
8 いつかの岸辺に跳ねていく / 加納朋子 Amazon
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生まれた時からの幼馴染の男女が主人公。でも恋とか愛とかとは無縁。とは言ってもやっぱりお互い意識して、という甘酸っぱい話だと思ったら、後半はキリキリと引き絞るような緊張感が漂う展開に。
9 マチネの終わりに / 平野啓一郎 Amazon
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天才ギタリストの男性と通信社の記者の女性の物語。物語の始めには38歳と40歳。女性には婚約者がいた。それでも互いの思いは募る。ドロドロしがちな大人の恋愛を美しく描いたラブストーリー。
10 イマジン? / 有川ひろ Amazon
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連続ドラマの制作アルバイトとして働く若者を主人公に、映像制作の現場を描く。監督、スタッフ、キャストが個性的な面々で、爽快なエンターテインメントになっている。社会への問題提起もある。

 今年の第1位の「熱源」は、北海道と樺太、果ては南極と極寒の地を舞台としているのに、とても熱量を感じる壮大な作品でした。この作品と5位の「少年と犬」は、ともに直木賞受賞作です。私と直木賞は相性がいいようです。

 第2位の「書店ガール3」は、書店を舞台としたシリーズものの第3巻です。2人の女性の書店員が生き生きと描かれている人気シリーズですが、本作はこれまでより飛び抜けて心に残りました。東日本大震災が背景に描かれています。あの震災は多くの作家さんに大きな影響を与えたようです。

 第3位「満天のゴール」は、地域医療の現場を描いた作品です。病院まで車で1時間とか2時間とかかかる集落にお年寄りが住んでいる。私事で恐縮ですが、私の父は私がこの本を読んだ2か月後に亡くなりました。読んでいる時は他人事とは思えず身につまされました。

 選外の作品として、 小野不由美さん「白銀の墟 玄の月」、阿部智里さん「楽園の烏」の、2つの人気ファンタジーシリーズの最新刊、恩田陸さん「祝祭と予感」、原田マハさん「キネマの神様」が候補になりました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
1 あいちトリエンナーレ「展示中止」事件 / 岡本有佳 アライ=ヒロユキ Amazon
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「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が展示中止を強いられた事件の克明な記録。「表現の自由を侵す側」対「守る側」という分かりやすい対立構造ではなかったことが分かる。
2 ほんとうのリーダーのみつけかた / 梨木香歩 Amazon
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著者が、2015年当時の社会情勢に危機感を抱いて、若者に送ったメッセージ。それは「社会などの群れに所属する前に、個人として存在すること。盲目的に相手に自分を明け渡さず、自分で考えること」
3 精神科医・安克昌さんが遺したもの / 河村直哉 Amazon
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阪神大震災において、精神科救護所・避難所などで、カウンセリング・診療などを行った医師の記録。震災時だけでなく「その後」の生き方も含めて。心の傷と癒しについて大切なことを教えてくれる。
4 13坪の本屋の奇跡 / 木村元彦 Amazon
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1冊の本を3ケタを優に超える売り上げを出す、大阪の「町の本屋」を追ったノンフィクション。「町の本屋」の苦境のウラには、私たちが知らない書籍流通の悪弊があった。その解消のための闘いの記録。
5 ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー / ブレイディみかこ Amazon
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英国在住の日本人の著者によるエッセイ集。父が英国の白人、母が東洋人というアイデンティティを持った英国の中学生の暮らしを生き生きと描く。英国のことを読みながら、日本のことを考えさせられる。
6 日本の文化をデジタル世界に伝える / 永﨑研宣 Amazon
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日本の文化に関する紙の資料を、デジタルの世界で情報として流通させることの考察。デジタルアーカイブの事業について、考え方から実践・評価まで幅広く、かつ要点を抑えてコンパクトに収めた本。
7 汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日 / 毎日新聞「桜を見る会」取材班 Amazon
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うやむやのままに忘れられそうになっていた「桜を見る会」疑惑についての詳細なレポート。「明恵夫人の推薦枠」「前夜祭の明細書」「招待者名簿の破棄」などの様々な疑惑を記録し論点を整理している。
8 新聞記者・桐生悠々忖度ニッポンを「嗤う」 / 黒崎正己 Amazon
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満州事変後に世論が軍部支持の一色だったころに、新聞の社説で「関東防空演習」の無意味さ嗤ってみせた記者「桐生悠々」について書いた本。90年前と現代を重ねて、現代の危機と教訓を浮かび上がらせる。
9 女性のいない民主主義 / 前田健太郎 Amazon
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日本では圧倒的に男性の手に政治権力が集中している。それはなぜなのか?それなのに日本が民主主義の国とされている。それはなぜなのか?という問題意識から、ジェンダーを視点にして社会を見直した本。
10 となりの難民 / 織田朝日 Amazon
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突然に収容が決まる。弁護士もつかず身一つで収容される。持病の薬も持ち込めない。期限が決まっていない。在留資格のない外国人「非正規滞在者」を収容する「外国人収容施設」の実態を伝えるレポート。

 第1位の「あいちトリエンナーレ「展示中止」事件」は、報道をなんとなく見ているだけでは分からない、「事件の真相」を垣間見ることができました。「分かりやすい構図」が示されても、そういう時こそ気をつけないといけません。

 さらに4位の「13坪の本屋の奇跡」や10位の「となりの難民」には、おそらくほとんど報道されていない事実が書かれていました。私たちの国や社会は、私たちから見えないところで別の顔を見せているようです。

 第2位の「ほんとうのリーダーのみつけかた」、第7位の「汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日帝国の慰安婦」、第8位「新聞記者・桐生悠々忖度ニッポンを「嗤う」」は、安倍政権下の日本の社会に危機感を感じた本です。政権は変わりましたが状況がよくなったとは言えません。

 第3位の「精神科医・安克昌さんが遺したもの」は、神戸で生まれ育った私には特別の意味がありました。著者は新聞社の記者だそうですが、よくぞこれだけ取材し原稿を書き、そして一旦は封印したものを出版してくれました。

 選外の作品として、岩田健太郎さんの「新型コロナウイルスの真実 」、内田樹さんの「サル化する世界」、永松茂久さんの「人は話し方が9割」が候補になりました。

四角い光の連なりが

著 者:越谷オサム
出版社:新潮社
出版日:2019年11月20日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 新幹線とか電車で長距離を移動する際に時々、車内を見まわして「この人たちみんな、それぞれ今日は「特別なお出かけ」なんだなぁ」と思ったことを思い出した本。

 タイトルが「四角い光の連なりが」で、趣のある電車のイラストが表紙なので、「四角い光」とは電車の窓のことなんだな、と分かった。様々な人の人生の「思い出」を描く短編を5編収録。そのすべてで電車が重要な舞台となる。

 「やまびこ」は、東京の生命保険会社の支店長が主人公。父の葬儀のために岩手県の一関に帰る「やまびこ」の中での出来事と父との来し方を綴る。「タイガースはとっても強いんだ」の主人公は、大阪府吹田市桃山台に住むタイガースファンの会社員。気になる同期の女性との野球観戦に向かう電車で思わぬ展開。

 「名島橋貨物列車クラブ」は、福岡に住む小学校6年生の物語。「正直すぎる人の気持ちを想像するのが苦手」な友達と、鉄橋を渡る貨物列車を見ることが日課。「海を渡れば」は、今は真打となった落語家が、香川県から上京して師匠に入門した20歳のころのことを、独演会の話のまくらとして語る。どれも人情噺でしみじみとした読後感がある。

 「二十歳のおばあちゃん」だけちょっと詳しく。私はこの物語がとても好きだ。72歳の祖母と豊橋市に旅行に行くことになった16歳の女性が主人公。旅の目的は、豊橋に行って路面電車に乗ること。以前、都電を走っていた電車の何台かが豊橋に引っ越していったらしく、おばあちゃんはもう一度それに乗りたいらしい。

 16歳にとっては72歳を連れて旅行に行くのは、なかなかに気疲れすることではあったけれど、血のつながった仲でもあるし、まずまずいい旅行になった。目的の電車にも乗れた..と思っていたら、重大な失敗に気が付く。その失敗を取り返すのだけれど..。

 ラストシーンのおばあちゃんの表情が目に浮かんで、幸せな気持ちになる。また、他の4編と同じで「二十歳の~」も人情噺なのだけど、この一遍だけはなんとも言えない空気感が満ちている。そういえば著者はファンタジーノベル大賞優秀賞でデビューしたのだった。繰り返しになるけれど、この物語はとても好きだ。

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やばいデジタル 「現実」が飲み込まれる日

著 者:NHKスペシャル取材班
出版社:講談社
出版日:2020年11月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「立ち止まれない」ことに怖気がした本。

 本書は2020年4月に放送されたNHKスペシャル「デジタルVSリアル」の取材班が、番組の内容を軸に放送では伝えきれなかった取材内容を盛り込んだもの。大きく2つのテーマがあり、前半のテーマは「フェイク」、後半は「プライバシー」。「私たちの社会を自由に豊かにしてくれる」と期待していたデジタル技術の、不自由で非民主主義的な側面をあらわにする。

 まず「フェイク」から。フェイク情報によって「子どもの誘拐犯」の濡れ衣を着せられ、集団リンチを受けて2人が死亡した、メキシコで実際にあった事件が紹介されている。リンチを加えたのは怒りにかられた市民。「その人たち大丈夫か?」と思う。しかし同様の事件は世界各地で起きている。「日本では起きない」とは言えない。

 さらに深刻なフェイクも。「ディープフェイク」という技術を使えば「ある人があることを話しているビデオ」が作れる。見ただけではフェイクと見破ることはできない。今は、女優やタレントの「フェイクポルノ」が問題になっているけれど、「動かぬ証拠」であった動画映像が簡単に作れるのだから、誰かを陥れることも簡単になった。時代はさらに先へ進み、今はそれがビジネスになっているという…暗澹たる気分だ。

 次に「プライバシー」。スマホの利用履歴から持ち主の人物像がどの程度分かるか?そんな実験が報告されている。結論から言うと、住所、氏名、職業、趣味、経済状態、異性関係..プライバシーが丸裸にされてしまった。おまけに「新しい仕事を始める」という未来予知まで的中させてしまう。

 「まいったなぁこれは」が感想。技術の進歩がこんな息苦しい社会を招くなどと思いもしなかった。もう立ち止まれないのか?

 最期に。とても気になったこと。それは、こんな状況を問題だと思っていない人たちが相当数いそうなこと。「フェイク」をビジネスにしているある人物は「ディープフェイクは単なる道具。テクノロジーは進化していかなかればなりません」と言う。別の人物は「フェイクビジネスという新たな道を切り開いてきたことに誇りを持っています」と言う。

 プライバシーを丸裸にされた人物も「あの程度なら全然問題ないかな」と言って去っていった。

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