聞き手を熱狂させる!戦略的話術

著 者:二階堂忠春 田中千尋
出版社:廣済堂あかつき
出版日:2009年6月17日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の二階堂忠春さんから献本いただきました。感謝。

 本書は、NLPというコミュニケーション心理学をベースに、米国のオバマ大統領の演説を分析しそれを例として、聞き手の心をつかむための7つのテクニックを紹介したものだ。NLPというのは、Neuro(神経)、Linguisitic(言語)、Programming(プログラム)の頭文字をとったもの。五感による自分や他人の世界の知覚(N)、言語による意味付けや行動と思考に与える影響(L)、行動に至る内面の思考プロセス(P)を理解して、コミュニケーション技術の向上を目的とした方法論の研究、と私は理解した。

 優れて実用的な本だと思う。7つのテクニックとして書いてある「目的を定める」「(相手に)近づく」「ストーリーを語る」等々は、知っていることが多く目新しいことはほとんどない。しかし、コミュニケーションというものは、日々多くの人が行っているので、皆が体験に知っている。本書はそれをテーマとしているのだから、目新しいものがあまりないのは当たり前で、仕方がないことだ。
 問題は「知っている」のに「できない」ことを、どうやって「できるようになる」かなのだ。その点、本書はオバマ演説という教材を使って例示しながら、要所で書き込み式のワークシートを用意して「できるようになる」ことへの誠実なこだわりを感じさせる。だから実用的だと思うのだ。

 現代は一面として「プレゼンテーション社会」だと思う。職を得るための面接。上司や同僚、部下、顧客を相手にした説得や交渉。ご近所付き合いも買い物も然り。自分の言いたいことを効果的にアピール(プレゼン)できないと生きづらい世の中になっている。(「不器用っすから」なんて言っている寡黙な健さんは、就職できないのだ。)
 個人的には、アピールが下手でも弾かれない社会の方が余裕があって良いと思うのだけれど、そうも言っていられない。自分の話を少しでもより魅力あるものにしたいと思う方は、手にとってみてはどうだろうか?
 最後に、上に「目新しいことはほとんどない」と書いたが、「ほとんど」のわけは少なくとも1つは目新しいことがあったから。それは「未来ペーシング」だ。実は私は研修講師もしているのだけれど、次回の研修で使ってみようと思っている。

 この後は書評ではなく、別の視点からの考察を書いています。興味がある方はどうぞ

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 本書は、演説をする人の視点で書かれている。オバマ大統領のように(とまではいかなくても)話したい成功したい、と思っている人に向けての本だから当然だ。しかし私は演説を聞く人の視点でも読んでしまった。メディアリテラシーに関わる仕事をしているからだと思う。
 帯の惹句にある「どんな場面でも相手の心を鷲掴み!」というテクニックが研究されているのなら、何の備えもない一般大衆を操ることなど容易だと思う。思想や資質ではなく、演説の巧みさで聴衆の心を掴めるのであれば、大統領就任演説の聴衆の熱狂と本書を思い合わせると「米国民は本当に正しい選択をしたんだろうか?」という疑問を持ってしまうのは、ひねくれ過ぎだろうか?
 良い大統領とは、自分たちの生活を守ってくれる大統領であって、演説で熱狂させてくれる大統領ではない。「あぁ日本の首相もあんな人だったらなぁ」とは私も思ったが、後年どう思っているかは分からないのだ。不穏当な比較だとは思うが、演説の巧みさで言えばヒトラーの演説を教材にしても、本書と同様なものは作れるのだろう。その本からも本書のような前向きなメッセージは読み取れるだろうか?

 もう1点、メディアリテラシーに関連した指摘。本書の「目標を見定める」という章で、エール大学の卒業生に対する調査が紹介されている。1953年の卒業時に「将来の明確な目的を持っていてそれを紙に書いている」と答えた人が3%。20年後の調査で、その3%の人の総資産が残りの97%の総資産を大きく上回っていた(単純計算すれば3%の人は他の30倍以上の資産を持っていたことになる)、というものだ。
 私は、卒業時のたった1つの行いの有無を、20年後の資産に結び付ける単純さが気になって、その調査の詳細を探した。100しかサンプルがなくて、目標を紙に書いた3人のうちの1人が平均の100倍の資産家になっただけ、残りの99人には有意な差がなかった、という可能性もあるからだ。でも何も見つけられなかった。代わりに「そんな調査は行われていない」という次の記事が見つかった。
http://www.fastcompany.com/magazine/06/cdu.html

 この記事の内容の真偽はまだ不明だが、私はこの調査が書籍やセミナーで頻繁に紹介され、伝聞が繰り返されて、その情報の出所も真偽も分からなくなってしまっている、というのが真相ではないかと思う。しかし、読んだり聞いたりした方は、そういう事実があったと思い、「目標を紙に書くことが大切なのだ」と簡単に納得してしまう。
 今回は、このこと自体は大きな問題ではないし、本書の価値をいささかも減じるものではない。しかし、為政者や権力者がねつ造したデータで世論を誘導しうる危険は常にある。私たちは「自分で確かめる」という意志と努力を忘れてはいけない。
 

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